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2011年3月

2011年3月30日 (水)

始めなかった男(終章)

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昔、彼は風のように速かった。
野球のユニフォームで、100メートルを11秒そこそこで走ったと言う。

彼と初めて会った頃のあるスポーツ祭で、リレーのアンカーで出た彼が前を行く5人をぶち抜いた場面を見た事がある。
最後の一人には届かなかったが、前を行く足自慢の男達が「止まっている」ように見えたのに驚いたものだった。

野球が好きで、いくら勧めてもとうとうゴルフを本気で始めなかった、古い親友。
閉鎖病棟に入院しているという事で、連絡がつかないまま時間が過ぎてしまったため、彼の姉に連絡を取って鹿児島迄見舞いに行って来た。
どのような状態か、顔を見る迄の時間に十分覚悟を決めて、面会。

しかし、杖をついて出て来た彼は、痩せてもいずに穏やかそうな顔をして、はっきりしない話し方で「よう来たな」と...

風のように速かった彼の足は、一歩一歩20センチ程しか前に出ず、杖をついてゆっくりゆっくりと歩くしか出来なくなっていた。
しかし、指は全部ちゃんと動かせる。
話もゆっくりなら、聞き取れるように話せる。
足だけが自由にならないようだ。

病院に外出許可をもらって、レンタカーで彼の行きたいというところに行く事にする。
まず、彼の住んでいた家に行く。
そして昼飯は、彼がバイクで走って見つけたと言う、小さな港近くの穴場の魚料理屋。
ここの安くて絶品の料理を食べてから、彼の行きたがっていた「俺のパワースポット」と言う山へ...そして最後に養鶏をやっているという、彼の幼馴染みのところへ。

この幼馴染みのところに彼を連れて行って、話をしている時に...その幼馴染みの奥さんが駆け込んで来て、「今、関東の方で大地震があったって! 津波と火事で大変なんだって!」

彼の外出時間が終わりそうだったので、病院に戻って彼と別れる。

「歩けるようになったら、ゴルフをやろうや」「ああ、治ったらな」
彼の姉は、「頂いたゴルフ道具なら、物置に全部あるわよ。」
「まず足を鍛えろよ、太さが昔の半分じゃないか」

...彼は笑うだけ。

問題は、彼がなにもかも諦めているように見える事。
子供が、誰も見舞いに来ない事。

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2011年3月29日 (火)

今だから...

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被災地の復興は、あまりにも広すぎる範囲のために、阪神大震災よりもずっと時間がかかるようだ。
その上、破綻の淵にある福島原発は一向に安定への姿が見えずに、不安だけを大きくさせて人々の上にのしかかっている。

今は何よりも、その原発の安定が重大なんだけど、それはそう簡単に収束するような問題じゃないのが判って来た。
こういう事態に、私が仕事でも遊びでも関わって来た「ゴルフ業界」が、非常に苦しい状態に追い込まれている。

地割れや地滑りなどの地震の被害そのものと、常磐道・東北道をはじめとする高速道の被害、それに常磐線他の鉄道被害、それにガス・水道の被害...ゴルフコース自体が休業に追い込まれるところが増え、プラスして放射能の恐怖迄が追い討ちをかけて...
このままでは閉鎖するゴルフコースも多くなると言われている。

それに私の地方では、今日現在もいつも使っていたガソリンスタンドは休業中で、車にガソリンは入っていない。
練習場は開いているようだが、しょっちゅうある計画停電のために、開いたり開かなかったり...一度も停電が無いという地区もあるのに、うちの方はなんだか沢山ある...本当に不公平感が強い。

それでも!
ゴルフというものの火を小さくしないために、時間がある人はゴルフを再開するべきだと思う。
自粛する気持ちは非常に判るし、心から楽しめる事はないだろうし、この災害の影響を受けている人達からは白い目で見られるかもしれないが...

活動しなければ、コースの営業が成り立たなくなり、そこで働く人達が解雇され...結局ゴルフをする環境そのものが縮小されてしまう。

少し時間が経って、被災地の人々が復興して来て、やっとゴルフをする心のゆとりが生まれた時に、プレーするゴルフ場が無くなっていた、なんて事にならないように。

自分も今の仕事が一段落して、ガソリンを入れる事が出来て、被害を受けただろう両親の墓や住んでいた家を見に行く事が出来てから、久しぶりのコースに行きたいと思う。

思えばひと月くらいクラブを握っていない。

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2011年3月28日 (月)

真っすぐにボールが飛んだのは...

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「真っすぐにボールが飛んだのは、ただの偶然だ。」...ベン・ホーガン。

ゴルフというゲームは、人間が自分の手で一番遠く迄ボールを飛ばすスポーツだ。
飛ばす人で300ヤード以上...300メートルもボールは飛んで行く。
普通の人だって、200ヤード以上...つまり200メートル前後は飛ばす事が出来る。

100ヤード以上飛ばせば、ほぼホームランとなる「野球」に比べて、倍以上の距離をほとんどの人が飛ばせるのだ。
それこそゴルフの一番の魅力でもあり、そのボールが飛んで行く「浮遊感」に人は惹き付けられる。

ただし、そこがゴルフの魅力でもあり一番の悩みでもある部分。
「飛ばせば飛ばす程、ボールは曲がりやすくなる」のだ。
100ヤードだったら1ヤードの曲がりだったものが、200ヤードでは10ヤードも20ヤードも曲がる事になる...科学的な問題だけでなく、「飛ばしたい」という欲がもっとたくさんの曲がりを生む。
当然、ゴルフに熱中した人は「曲がらないよう」に練習する。
毎日毎日沢山の球を打ち、いろいろな教本でスイングを勉強し、「曲がりにくいクラブ」や「曲がりにくいボール」を探し続ける。

そこに、このベン・ホーガンは「間違いがある」、と言っている。
真っすぐ飛んだのは偶然だ...つまりボールは曲がるものだ、と。
ベン・ホーガンの時代、ドライバーはパーシモン。
フェースにはロールとバルジがあり、ボールは柔らかいバラタボール...確かに真っすぐに飛ばすなんて無理だとも思える。
それに比べると、今の時代はドライバーのヘッドは大きくなり慣性モーメントが増し、ボールも回転数をおさえたものもあり、「真っすぐに」飛ばし易くはなっている。
...だからと言って、200ヤード以上の距離を曲がる(つまりボールに横回転をかけずに)事無く、真っすぐに飛ばすなんて事は、常識で考えれば、ほぼ無理。

ではどうすればいいか?
「曲がる方向を決めた球を打つ練習をしろ!」と、ベン・ホーガンは言う。
つまり、自分の「曲がる」持ち球を練習で鍛え上げるのが一番いい、と。
右回転のスライス、左回転のフック、どちらかを自分の持ち球にして、それを練習で完全に自分のものにする...そのほうが「真っすぐな球を打つ」よりずっと易しいし、スコアアップの一番の近道になるということだ。
そういう自分の持ち球を作るという事は、「絶対に左に行かない」とか「絶対に右には行かない」という自信を持つ事になる。
それはコース攻略で、大変な武器となる...だから、「曲がる球」を打つ練習をしろ、と。

真っすぐな球を打つ練習ばかりしていると、コースでは必ず右にも左にも曲がる球が出る。
偶然にしか出ない「真っすぐな球」を追い求めている限り、練習場シングルにはなれてもコースで良いスコアは出せる訳が無い、と覚えておこう。

どうせほとんどの人がへそ曲がりなくせに、ゴルフにだけ「真っすぐ」を求めるなんて...チャンちゃら可笑しくて、へそで湯を沸かせるわ! って(ベン・ホーガンは言ってないけど)、思わない?
へそ曲がりはへそ曲がりらしく、曲がるボールの練習、だ(笑)。

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2011年3月27日 (日)

時代が変わった...

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ある討論番組を見ていたら、司会者が「今はCO2なんて、どうでもいいんだ!」「まず我々の生活をどう立て直すのか、それが第一なんだ!」と言っていた。

その言葉に、「停電対策に火力発電所を活用するとCO2が...」と言いかけた出席者は黙り込み、誰も何とも言わなかった。
つい最近...あの大地震と大津波と原発事故の前迄は、「CO2対策」と「オール電化」とか言う言葉を見ない日は無かったのに、震災後にそんな言葉を見かける事は全く無くなった。

まるで究極の選択の問題みたいに、「放射能とCO2とどっちを選ぶ?」と聞かれれば、答は?
震災前迄の「最新の暮らし方」のようだった「オール電化」とやらは、停電では生活する事が出来ずに簡易ガスコンロを買い、水を買い、灯油ストーブを買わなければならない状態になった。
おまけに停電でないときだって、これからは電気浪費の元凶と言われてしまう。

時代が変わってしまったのだ。

まだまだ長い時間、原発は一進一退で放射能を出し続け、東北では耐える時間が続き、停電は深刻になり、節約生活や耐乏生活が当たり前になる。
でも、そのために人々の意識が変わり、日本人の生き方が変わるかもしれない。

あるいは、戦後から続いた「アメリカ風便利で豪華な物質万能文化」からの脱却。
あるいは、「ゆく河の流れは絶えずして...」の世界観の浸透。
あるいは、まったく新しい生き方や価値観の出現...

何かが変わりつつあるのは確かだが、とりあえずは歩き出さなくてはいけない。
それぞれのできる仕事をし、遠慮がちであっても遊び心を取り戻し、残っている社会を動かさなくては助けを待っている人を助ける力も無くなってしまう。

放射能は減らないけれど、停電になるけれど、馬鹿げた買いだめ買い占めは落ち着いて来たし...重たくなった腰を上げ、うつむいた視線を上に向け、落ち込む気持ちを振り払い、ドアを開けてまず一歩歩き出す。

大丈夫、放射能の影響が出るよりも、残っている寿命が尽きる方が早いから(笑)。

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2011年3月25日 (金)

不安の雲

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本当なら、こぞって被災者の支援に立ち上がろうとしていたはずの人々の上を、福島原発の放射能が黒雲のように覆い始めている。
発表しなければ「情報隠し」と言われるのは明らか、はっきり発表すれば過剰反応のパニックが起きる「放射能」の問題。

福島原発の事故が明らかになった時点で、このくらいは想像できたはずの事。
しかし、現実に「安全」だと思い込んでいた東京で放射能が測定されれば、頭から東北の被災者の事は吹っ飛んで、我が身大事の保身に奔走する少数(だと信じたい)の人々。
そういう不安感は、伝染する。
実際に各国の大使館や、一部の企業の本社機能が関西に「逃げた」なんてニュースが流れると、いよいよ臆病になった人々はつられて走り出そうとしている。

そこで、関東に住む「普通の人々」は、どうするか。

妊婦や乳幼児を持つ家で、実家が遠い九州・四国・関西にあるならば、里帰りするのもいいだろう。
仕事も何もかも捨てて、怖いから逃げる、というのもあるだろう。

しかし、皆が東京が危険だから「逃げる」という事になると、莫大な数の人が仕事と生活を捨てる事になる...しかし、これをカバーできる都市は日本には他に無い。
その結果、日本という国は瀕死の活動停止状態になり、東北の支援も続けるのは不可能という事になるだろう。
それほど、今の日本はあらゆるシステムが東京を中心に構成されている。

「しょうがない」でもいいから、今は淡々と日常を過ごす事が一番いい。
その間に、ともかく原発を安定させて...それからだ。
それさえ、確実な道筋が立てば、頭上の暗雲はだんだん晴れて行く事間違いない。
完全停止には遥かな時間がかかるだろうけれど、だましだましでもなんとか押さえ込んで、人の手でコントロールできる状態にさえなれば、「未来」に明るい希望も見えてくる。

そうなれば、最近しばしば姿を見せる、「自分さえ助かれば」という醜い行動は、恥ずかしさとともに消えて行くだろう。
そうなれば、今は耐えて休んでいる東北の人々への応援も、何倍ものパワーになるだろう。

「福島50」、がんばって!
もう少しだ(多分)。

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2011年3月24日 (木)

腹を括れよ!

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浄水場で高濃度の放射能、という事でまたパニックだ。
あっという間に、市販の「水」が消えた。

発表では大人には影響無し。
ただし乳幼児にはあまり飲ませない方がいい...

それで、あらゆる売り場から水が買い占められて無くなった。
結果、乳幼児用に必要な水が手に入らなくなった。

買って行ったのは、普通の大人。
もし、乳幼児が家族に居るというのならかまわない事だが、ほとんどが我が身可愛さ故のパニック買いだろう。

いい加減腹を括れよ。
政府側の発表が信じられないというのなら、さっさと関東を離れて遠く九州や外国に逃げた方がいい。
今の原発事故が半端なものじゃない事は、ずっと前から判っているんだろう?
本当に考えられない程の大事故なんだから、多少(とも言えないけれど)の放射能を浴びる事くらい当たり前の事。
本物の危機だからこそ、あれほどの勇気ある人達が、命がけで原発で作業している。
国を救う、家族を救う、という目的があるからこそ、あそこで命をかけているんだろう。
一進一退の状況の中で、逃げずに戦っている人達は真のヒーローなのだ。
ここが収まらないと、震災と津波だって乗り越えて先に行けない。

それなのに、自分だけが助かりたくて、子供に飲ませる水迄奪うなんてみっともない。
水を買い集めて、自分だけ助かった気持ちになるなんてみっともない。
子供に譲れよ。
こんな事態になったら、当局の発表を疑ってもしょうがないんだ。
放射能は確実に来ている、それは間違いない。
遠く逃げるか、ここで戦うか、今が覚悟を決める時だ。

大事なのは、まず原発を止める事。
我々に出来るのは、原発を止めようと戦っている人達を、祈りとともに応援する事。
子供を押しのけて、自分が助かろうなんてする事じゃない。

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2011年3月23日 (水)

がんばるのは...

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以前、1999年頃から私は「がんばらないぞ!」、そして「がんばらないぞ! 2」というホームページをやっていた。
6ー7年続けたホームページで、みんな一生懸命にがんばりすぎている...疲れたら休もうよ、がんばれと言われなくたって十分がんばって来たんだから...そろそろ違う価値観で生きようよ...そんな意味を込めていた。

ケ・セラ・セラ と生きて
セ・ラビ と酒を飲み
あかんべー でさよならしたい

と。

今、このゴルフブログで「がんばれ日本!」を続けているのは、そんな自分のやって来た事とは正反対の事に見えるだろう。
でも、この言葉をかけているのは、ただ被災者に向けて言っている訳ではない。
被災者は、家族や友達を失い、家を失い、財産を失い、仕事を失い...何もかも失った後で、なんとか生きているだけでもう十分がんばっている。
もうそれ以上、無理してがんばる必要は無い...それよりも、とりあえずは身も心も傷を癒す事に専念して欲しい。

がんばって欲しいのは、我が身と引き換えに困難な戦いを続けている福島原発の作業員、消防士、警察官、自衛隊の方々。
あれほど酷い、広い、悪天候の被災地で、懸命の捜索や復興、被災者の生活支援を続けてくれている、レスキュー隊や、陸海空の自衛隊、警察官、機動隊、世界各国の援助隊の方々...
そして日本中で活動を始めている、ボランティアの方々、わずかでも足しにして欲しいと援助物資や義援金を送る方々...そして、電力の足りない中、停電や、電車の削減の中で耐えている方々・・・つまり、今生きてこの大災害に心痛めている全ての日本人。
そういう方々に、もう少しがんばって欲しい...自分も含めて、今しかないんだと思う「がんばる」時は。
後でだらけたってかまわないから、今はみんな「がんばろう!」と、あえて言う。

今、原子炉も外部電源がつながり始めて、やっと少しの光明が見えて来た。
もちろん、まだまだ時間がかかるだろうけれど、改善される方向が見えて来た事は大きな希望になる。
これさえ落ち着けば、地震と津波の大災害の一時も早い復興に弾みがつくだろう。
被災者の方々の、以前の生活に少しでも近づく復興が身近なものとなる。


...今更ながら思う...東北の太平洋岸の、歴史を重ねた風情溢れる町並みと暮らしは、もう二度と見る事が出来なくなってしまった、という事。
以前からゆっくりと旅をしてみたかったのに...この喪失感は、消える事は無いんだろうな。

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2011年3月22日 (火)

結末は?

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原発に一進一退の状態が続いている。

現場で作業する人達の献身的な行動があっても、原発はそう簡単に大人しくはなってくれない。
こんな緊急事態がいつ迄続いて、どういう形になったら「終結した」と言えるのか...
調べてみてもよく判らない。
簡単に「コンクリートで固めればいい」というものでもないのは判る。
運転自体は緊急停止されたというのに、冷やし続けなければ暴れ馬のようになってしまう、原子力燃料のエネルギーの凄さ。
ネットで調べる「廃炉の方法」の悲観的記事の多さ。
下手すれば福島の半分が、半永久的に「立ち入り禁止区域」になってしまう可能性。
それ以上の事は書いてもしょうがない。

...専門的な知識のある方に、本当のこの先の終結方法を教えて頂きたい。
とりあえず、「冷却」システムを復旧させて、原子力燃料を安定させる事なんだろうけれど。
...その先は?

本当なら、津波で信じられない程の被害を受けた人々の救済と、生活立て直しへの援助と、生活環境の復興に全力を挙げなくてはいけないはずなのに...

毎日の生活が原発に影響されている。

自粛ムードのために苦しくなっている産業も増えている。
我々は、ある程度は普通の生活に準ずる経済活動を送らなければ、不景気が進行し、さらに被災地援助のための体力も弱くなってしまう。
被災地の事を心に置きながらも、遊ぶ事だって必要かもしれない。
ゴルフもいける人は行った方が良いだろう...コースもコースで働く人の生活も維持するために。

今週末には、ガソリンも行き渡り始めるはずと言うし、確実に買い占め買いだめで不足していた品物も増えて来ている。
自分も、ガソリンが普通に供給されれば、親の墓が震災直後に倒れているかもしれないという連絡をもらっていたので、来週以降に見に行くつもりだが...

日本を代表する頭脳を持っている方々、なんとか福島原発を押さえ込み安定させて欲しい。

そして、どうか、現場の勇気ある人々に報いて欲しい。

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2011年3月21日 (月)

まだ戦いは継続中だ

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10日が過ぎた。
千年に一度と言う大災害...それも、大地震と未曾有の大津波と、未曾有の原発事故の三重苦の事態だ。
こんな特別な災害にあって、全ての対応をスピーディーに誤り無くできるリーダーなんてのはそう居るものじゃないと思う。
現在の政治家のトップが、そんな能力を買われて存在しているわけじゃないという事は、おそらく国民全てが知っている事だから、今更そんな政治家の欠点をあげつらっても意味は無い。
むしろ、こんな混乱の時期に「枝野」という、言語明瞭で誠実そうなスポークスマンを得た事は幸運であったろうと思う...彼の政治家としての力量は知らないが。
この混乱に、言語不明瞭で不安が表に出るような悪相の人物が会見を連発していたら、我々の不安は何倍にもなっていただろう。

...災害地の東北で、やはり「火事場泥棒」が出た。
もちろん日本人全てが「善人」なんて思っては居なかったけど、51歳のこの男のような火事場泥棒は見つけ次第射殺してかまわないのではないか。
江戸の昔から、他人の災難につけ込む火事場泥棒は死罪と決まっている。
災害で傷だらけの人に、さらに深く傷をつけるような犯罪者に「人権」は無い...それは義援金詐欺も同じ。
過激過ぎるだろうか?

都内の買い占め買いだめ騒ぎも、少し落ち着いたようだ。
もちろん不要の買い占め買いだめには腹が立つが、地震直後に「三日以内にマグニチュード7以上の地震が起こる確率70パーセント以上」とか「計画停電」とか言うニュースが流れて、普通の人がその対応に追われた部分もあるので、あまり責められなかった。
家族を抱えた父親や母親が、「非常事態には三日分の食料と水を用意する」との情報からとか、「何かあったら家族を乗せて車で避難」と考えたのは理解できる部分がある。
自分だって幼い子供を抱えていたら、自分がなんとかしなくちゃ、と思うだろうから。
ただ、それがティッシュペーパーやトイレットペーパーの買い占め迄行くと、「いい加減にしろ」という気持ちだが。
しかし、こんな東京の事態を見て、ブログなどで「国民の民度が高いなんて言えない」と批判的に描いているのを見かけるが、緊急の大災害の被災者達の一連の態度を見ているのなら、偉そうなことを言わない方がいい。
安全な外野からの否定的な批判は一見知的で格好良さそうだけど、あれほど立派な行動を示してみせた被災者迄侮辱する無責任な悪口でしかない。

今当面の問題は、原発。
メルトダウンから再臨界...チェルノブイリ迄の危険はまだ回避された訳ではないけれど、土俵際で耐えて耐えて押し返しつつあるように見える。
使命感を持った、命がけの人々のおかげで。
ここを押さえきれたら、未来への大きな不安も無くなり、被災者達への援助が加速度的に進むだろう。
今はただ、注目し応援し、祈っている。

関東から逃げるものは逃げていい。
危険だと思うなら、避難する事を責めはしない。
若い人達が、未来のためにと逃げるのも一つの選択で間違ってはいない。

だが、少なくとも俺は現場で戦っている人達を残して、自分だけさっさと関東から逃げる気はない。
何も出来ない自分には、ここで平然と普通に生活する事が、彼等との共闘だと思っている。

とは言っても、ガソリンは相変わらず他人に譲るつもりで買いに行かないので、ゴルフも練習も出来ないんだけれど。
(原発の見通しがつく迄は、ゴルフブログはお休みするつもり。)

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2011年3月20日 (日)

ありがとう! 戦っている人達

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被災地の支援は、自衛隊の人達の手で着々と進んでいる。
原発でも、本当に命がけで戦っている人達が居る。

こんな時に、どうしても手際が悪い、決断が遅い、あるいは判断が間違っている、等々の批判や非難の言葉が、事態の責任者達に向かう事は多い。
それは結果を見ての発言だから簡単だし、責任の無い立場からの当たり前の正論だから、声を大にしての批判は気持ちがよい事だろうと思う。
自分も、ついそういう責任者の態度を、現場の作業員達の行動と比べて非難しそうになる。
これは、やめるべきだと思う。
今、事態が激動している時に、他に適当な責任者が見当たらないのなら、現在の責任者を避難し責める事は、ただ事態を悪くする方向に足を引っ張る事のような気がする。

今は、応援するしか無い。
祈る気持ちで応援するしか無い。

本当に、彼等はよくやっていると思う。
海外のメディアから「brave 50」と賞賛されている、原発で実働している人達。
消防庁の人達。
機動隊の人達。
自衛隊の人達。
東電の作業員の人達。

本当に、命がけで戦っている。
この平和な時代に、自分の命を顧みずに戦ってくれている。
まだ幼い家族が居る、若い男達。
まだ童顔の残る男達。
サムライの顔をした壮年の男達。
誰も経験した事の無い事態に、一糸乱れずに戦っている。

涙が出てくる。
成功しても失敗しても、ただ「ありがとう」としか言う言葉はない。
「ありがとう」
「本当にありがとう」

でも、命は無駄にしてくれるな。
事態がどうにもならなくなったら、君たちではなく、もう十分生きた俺たちが代わって行く方がいいんじゃないか、なんて考えている。
もちろん特殊技能は無いから、ただ単純な事を(命がけの)人の手でしかできない事が残ってしまったら、の話だが。
我々団塊世代は一杯余っているよ。
人海戦術で済むものならば、最後に一花咲かせるのも悪くない。
そう考えている我々の年代の男は多いんじゃないか。

未来のある若者が、犠牲になる事は無い。
臆病者の俺だけど、腹くくる準備をしていたい。

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2011年3月18日 (金)

がんばれ日本!

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計画停電とやらで、仕事もブログのアップも厄介な事になっている。

この未曾有の災害は、まだ被災者の救援も原発の非常事態も収まっていない。
被災者も、救援の人達も、原発で戦っている人達も、この極度の寒さの中で必死でがんばっている。
世界中からの救援や応援の声も届き始めている。

しかし、こんな事態をチャンスとして、火事場泥棒のような輩が、日本でも世界でもうごめき始めてもいる。
世界では、救援と祈りの声をかき消す、欲にまみれたギャンブラー達の饗宴...こんな大災害の国の通貨が、なぜか最高値になる不思議。
普通の感覚なら、ある国で大災害が起これば、国力が弱るために安くなるのが当たり前なのだが、莫大な金を動かして利ざや稼ぎを狙う世界のギャンブラーには絶好の大金稼ぎのチャンスとしか見えない。
たくさんの犠牲者も、被害も、こういう奴らには、ただ金儲けのチャンスとしか見えていない。
ハイエナと呼ぶにはハイエナに申し訳ない、火事場泥棒の薄汚い亡者達...

国内でも、義援金詐欺や、災害を騙った振り込み詐欺...
止まらない買い占め買いだめの、足の引っ張り合い。
こんな時には、人の本当の姿や国の姿が良く見える。


でも、今は
「がんばれ日本」
「がんばれ被災者達」
「がんばれ、それを助けるたくさんの人達」
「がんばれ、後ろで応援するたくさんの人達」
「今は出来る事はわずかだけれど、ずっと応援の旗は下ろさない」

「頑張れ、日本!」

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2011年3月17日 (木)

恥を知る国

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被災地には無情の雪が降り、原発は未だ収まらず...それに停電、物不足が追い討ちをかけている。

千年に一度と言う、未曾有の災害のニュースがずっと流れている。
その災害を受けた人々の姿は、涙無しでは見ていられないものばかり。
...この災害の前迄の、「最近の日本は...」という言葉には否定的なものが多かった。
曰く「拝金主義」「欲ぼけ」「色ぼけ」「無気力」「刹那主義」「身勝手」...等々。
しかし、いざこのような大災害に対処した時に、この民族の心の奥底にはなんていう強い芯があったのかと感嘆する。
どんなに物不足になっていても、打ち壊しや略奪は起こらない。
弱いものを押しのけて我先にという事は、酷い状態の場所では絶対に起きない。
助け合う事、譲り合う事が困難な状況の時こそ自然にできる民族。
世界に、災害にあった人々がこんな事を普通に出来る民族が他にいるだろうか。

こういう人々が普通にいる事が「民度が高い」と言う...決して「民度が低い政治家」に言われる筋合いの言葉ではない。
本当にひどい災害の悲しみの中で、なぜこれほど淡々と気持ちを抑えて行動できるんだろう。
自分が考えつくのは、日本人の心の奥底にはやはり「恥を知る」という心が染み付いているんだろうという事。
誰が見ていなくても「お天道様が見ている」と言っていた我々の先祖達。
そんなDNAが、きっと我々の血の中にしっかりと流れているんだろうと思う。

被災地のニュース映像を見るたびに、つくづくそう思う。
そんな普通の人々に比べ、いろいろな人災の責任者達に「恥知らず」が多い事が残念でしょうがない。
ひょっとすると、出世する事や偉くなるためには「恥を知る心」を捨てる事が必要だったのかもしれない...受験やら出世競争のシステムが、本来の「恥を知る」立派な人々を排除して来たのかもしれない。
それこそ、現代日本の間違ったところだったのでは?

今日本中の「恥を知る」人々が、自分の出来る援助の手を懸命に差し伸べようとしている。
「恥知らず」は、安全な場所で不要不急のものを買いだめと買い占めに走り、援助の足を引っ張っている...

我々が出来る事は限られているけれど、それぞれの立場で今は考えてみよう。
「自分に何が出来るのか?」

計画停電で、電気の来ない夜...数年前のキャンプ用のライトと、その時に使い切れなかった「まだ生きていた乾電池」で暗いけれど確かな光を得て、厚着をして暖かくない炬燵に入って、そんな事を考えている。
こんな状態、あの人達に比べれば...

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2011年3月16日 (水)

自分に出来るのは...

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ここはしがないゴルフブログなんだけど、この津波と原発の災害の中でゴルフの記事を描く気にならない...しばらくは、ゴルフブログとしてのゴルフの記事はお休みさせてもらいます。

津波の災害と、原発と...
原発の現在進行形の事態のおかげで、世界に置ける関心は津波で流された人々よりも、原発事故の行く末に移ってしまった事が残念な事だ。
それだけ今回の福島原発の事態は恐ろしいものになって来ている。
もう世界の基準では、あの「スリーマイル島」の事故を越えてしまった。
後はチェルノブイリ迄行くのかどうかと...

無知な自分は、原発というものは自動停止が効けば、それで止まるものだと思っていたけど、実際はその後ずっと長い時間(5年10年単位)冷やし続けなければ危険が続くという事を知らなかった。
止めるのにも廃炉にするにも、莫大な時間と費用と危険が伴う...そんなものをどうして平気で動かして来れたのか。
これはこの先見守るしか無い事態なのだが、懸命に(文字通り命がけで)対処に当たっている作業員と自衛隊の方々を、心から感謝し、応援する。

そしてこの災害に、自分が何を出来るか考えてみて...あまりに無力な自分に腹が立つばかりだけれど、...それでも、出来る事をやらなければと考えてみた。

まず、買い占め買いだめに走らない。
結局買い占め、買いだめは物流を混乱させ、パニック心理を助長し、「自分さえ良ければ」の気持ちで世間を刺々しくさせ、多かれ少なかれ被災地の人の立ち直ろうとする足を引っ張ってしまう。
あの石油ショック時の、トイレットペーパーを買いだめして部屋一杯に積み上げた、普通の人達の誇らしげな馬鹿顔を思い出して欲しい。

車に乗らない。
ガソリンが少なくなっている。
給油するのにも長い行列となり、ガソリンスタンドが在庫切れの張り紙を出す事態だ。
自分の車も残りはわずかで、入れたい気持ちはあるんだけれど、もっと必要な仕事や物流で車を使わなければならない人に、その分を譲りたい。
しばらくは車は使わないつもり。
当然練習もラウンドもなし。

節電。
これはマメに、マメに、電気を消し、コンセントを抜き、不要の電源はいれない。
このパソコンも、なるべく消すようにするのでコメントは遅れます。

電車の本数も減り、仕事通勤で混雑しているおり、電車利用もなるべく控える。
あまり自粛すると、それはそれでまた景気が悪くなるのは判っているけど、しばらくは日本中で辛抱するべき時なんだろうと思う。

ただ、この事態をもっと悪化させないために、原発をなんとか安定させて欲しい。

地震の不安だけれど、忘れないで欲しいのは、「あの東北の人たちの家は津波にやられたけれど、震度7の地震にはほとんどやられなかった!」ということ。

耐震設計の建物はちゃんと地震には耐えたのだ。
用心は大事だが、パニックにはならないようにしたい。

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2011年3月15日 (火)

停電と原発

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連日映像で流される東北各地の被災地の姿は、涙なしでは見ていられない。
どこかのテレビ局での、家族が皆いなくなったと言う12歳の少女の「おかあさ−ん!」という叫びは、死ぬ迄忘れる事が出来ないだろう。

そして、食料や水が足りないという被災地の情報に対して、今我々が住んでいる地方でのそうしたものの「買い占め」騒ぎは...
確かに、「近いうちに震度7以上の余震が」とか「三日分の食料と水を用意しておく事」なんて情報が流れて、慌てて用意しようとしているのは判る。
まして、男親にとっては「俺が家族の分も用意しなくては」というのも判る。
しかしスーパーなどで、残っているものを全て買い占めていくような買い方をするのは、違うのではないか。
三日分ならそれだけにするべきなのではないか...昔見たトイレットペーパーの買い占め騒ぎを思い出してしまう。
少数の人達がそうやって棚ごと買って行くような買い方をすれば、後の人が焦ってまた余分に買って行くようになり、本来10人の人が買えたものが3人でなくなってしまう...そんなことがそこら中で起こっている。
そうして余分に買い占められたものは、結局本来必要な量よりたくさんの不足分を作る事になり、本来被災地に向けて届けられる分を不足させているのかもしれない。
自制するべきではないのか。
自分の家族には二日分、後の分は被災地に...というように。

これだけの大災害なのに、略奪や暴行事件も起きず、きちんと礼を尽くし、淡々と悲しみを語る日本人の姿に、心から誇りを感じ共感する。
だから、我が身の安全な人間が買い占めの醜い姿を晒して、耐えている被災地の人達の誇りを汚すような事の無いように...お互い自制しようではないか。
今日からは本格的になるらしい「停電」にも、我慢する事は出来るだろう...東北の事を考えたら。

そして、これから一番怖いのは、福島原発。
もうこれ迄の事だけで十分重大な「原発事故」なのに、今進行中の2号炉は既に「スリーマイル島」の事故を越えているのでは?
これを押さえきれなかったら、第2のチェルノブイリになる...
天災にプラスして人災迄が重なって、どんどん悪い方向に向かっているような気がしてならない。
既に関東地方にも「外に出るな」「雨に濡れるな」とあちこちから警報が響く。
こんなものは、もう要らないのではないか?
それで得られる「便利さ」を、我慢した生活の方が我々の身の丈に合っているのではないか?

「不便だ」と言われた時代よりも、「今の方が幸せだ」なんて言い切れないのなら。

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2011年3月14日 (月)

輪番停電パニック

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単1、単2の電池が全く手に入らない。
輪番停電のグループが重複していて、いつから停電に成るのか判らない。

どうやらパニックが起きているようで、あらゆる店から単1単2の電池とインスタント食料が消えている。

我々は東北の被災地を助けようと思っていたのに、東電のこの対応のおかげで自分の生活を守るのに必死にならなければならないようだ。
電気が止まると,、地域によっては水道も止まるらしい。
私の住んでいる地域では電車は運休となり、道路は超渋滞となり、都内に出る事は不可能。
ネットを使うにも、間もなく9時から停電になるらしい。

これは我々が東北を助けようという動きを、完全に止め、自分の生活にいっぱいになる...

これは天災なのか?
人災なのか?

停電の直前に大急ぎでアップする。

今現在、午前9時40分。
急に東電が輪番停電の実施を見送ると発表。
今は第2グループ...実はうちの地域は三つのグループに重複していて、実際に実施される迄はどこのグループに属しているか判らない。

それにしても、この輪番停電は本当に実施する必要があるのか?
その前に徹底的な節電を呼びかけて、関東の住民全ての意思を信じるべきなのではないか?
ネオンをやめ、部分消灯、極力電気を使う事を我慢してもらう。
そういう事の結果、避けられない事態であれば輪番停電も仕方ないと思うが...
先にこういう形での強制停電を発表した事は、関東の住人のライフラインをズタズタにして、東北の人たちを助ける力を根こそぎ奪うものではないのか?

現実に、電車は止まり、道路も動かず、会社が営業できず...やがては食料危機迄呼び起こすだろう。
こんな方法は、関東に住む莫大な数の人達をパニックに陥れて、東北への救援の力を喪失させてしまう、最低のやり方ではないのか?

この輪番停電と言うやり方、あまりに東北の救援と復興にマイナス要因が多すぎる

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2011年3月13日 (日)

こんな事が...

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その時は、九州鹿児島で古い友人を外出許可を取って連れ出していた。
その友人の幼なじみと言う、養鶏をやっている人の所にいた。
急に奥さんが「今関東の方で大地震があったみたい!」と駆け込んで来た。

驚いてニュースを聞こうとするが、山の中の養鶏場のために上手く行かない。
急いで(外出許可時間も一杯だったために)病院に戻り、ともかく鹿児島に戻って情報を確かめる。
すぐにでも帰りたいが飛行機も飛ばず、電車も動いてないというのでビジネスホテルで一泊して、情報を集める。

携帯はつながらず、メールが時々通じる状態。
夜になって、一人暮らしの上の娘は、電車が動いていないのでアパート迄の数十キロを歩いて帰る途中だと判る。
下の娘は都内で、全く電車が動いてないので会社が帰宅禁止令を出していて、会社で待機中だと判る。
とりあえず、家族全員と連絡がついてほっとした。
その後深夜にかけて気になる親族の様子が次々分かり、とりあえず行方不明やけが人がいない事が判った。

最悪のケースはなんとか避けられたが、自分の家は震度6弱...
元々河川のそばの軟弱地盤は判って購入した家(そのために安かった)だから、この震度ではとても無事では済むまい、と覚悟した。
遠い九州にいるために、その辺の様子が全く分からないのが不安で、眠れない夜を過ごす。
朝方会社待機だった下の娘が、動いている電車を乗り継いで10キロ以上離れた駅迄行き、そこから歩いて帰宅中と連絡が入る。
数時間後、「家はつぶれていないけど、玄関から入れない」との連絡。
それでも家の中に入って、「なんとか大丈夫そうなので、昨日から寝ていないので少し寝る」とメールが入る。

昨日はなるべく早い飛行機で帰ろうと、キャンセル待ちのために早く飛行場に行き、午後3時過ぎの便を都合してもらい帰る事が出来た。
慌てて帰り着いた家は、玄関は飾ってあった絵や鏡や花瓶が皆落ちて、ガラスの破片やらなにやらで足の踏み場もない。
とりあえずそこを片付け、いろいろと落ちているものを整理して、自分の仕事部屋...
本当に本で埋まっていた。
本箱が倒れて本が四方八方から落ちでいて、入れない。
心配だったパソコンをみると、不安定な場所に置いていた2台のパソコンとモニターは奇跡的に台から落ちていない!
仕事に絶対必要なために、心配だったものだが...なんとか使える。

今日は朝から部屋を整理し、こうしてモニターに向かっている。

...昨夜からずっとテレビで見ている東北から関東北部の惨状は、心のどこかで「いつか起きるかもしれない」とは思っていた「大地震」のイメージを遥かに越える地獄図を見せている。
CGを駆使した数々の大災害の映画が、「現実」の前ではいかに「奇麗ごと」であったか...

新聞やテレビの発表している数とは、一桁も二桁も違う数の犠牲が出ているだろう。
11日の前と、11日の後と...人生がこんな不条理な形で終わる事を、どれだけたくさんの人々が嘆き怒った事だろう...

「1000年に一度」、が今起こってしまったんだという。
死んでしまった人と、生き残った人...分けたのは偶々...それだけだろう、言えるのは。

この地獄から、どれだけの時間がかかるんだろう、自分の生活を取り戻すのに。

どこでも、被災の現実を淡々と語る「普通の日本人」を誇りに思うと同時に、ただ言葉もなく頭を下げ手を合わせ、復興のために出来るだけの協力を惜しまないという事を、今自分の気持ちに深く収めておく。

このブログを見ている方々に、被害が少なくあって欲しいと、切に、切に、祈ります。

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2011年3月 9日 (水)

叶わない夢だと...

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この「ゴルフな人々」に描いている人々で、ゴルフをしなかったのはこの男だけだろう。
絵を描き始めた頃からの友人、何度か描いている「ゴルフを始めなかった男」の話だ。

厳密に言えば、俺の送ったフルセットで1−2度のラウンドはしたらしい。
しかし、「俺はやっぱり野球だ」と、ゴルフを本気で始める事はなかった。

高校時代、地元九州のヒーローだった。
高校卒業時には、広島カープからスカウトされたが、腎臓を壊したためにプロの道は諦めたと言う。

大学に入学した後デザインをやりたくて中退、某デザイン学校でイラストをやろうとしていた俺と出会う。
それからの長い付き合い。
大阪でデザイン学校の先生となり、写植の会社を起こす。
東京と大阪での元祖長距離恋愛で、毎週東京駅での涙の別れを繰り返した後、若くして結婚。
一時は社員10人以上を使って大きな仕事を続けていた。
...しかし、パソコンの普及とともに、「写植」という仕事自体が消滅。
会社は終わり、結婚生活も3人の子供を作りながら離婚...子供は3人とも奥さんの方についたと言う。

その後、地元九州に帰って母親の面倒を見ながら暮らしていた。
しかし、その母親も数年前に亡くなり、バイトをしながら野球を楽しんでいたようだった。

ゴルフは、もう十年以上前に「ちょっと始めたいから、使わないクラブを譲ってくれ」と言われて、ピンアイ2プラスベリリウムカッパーの1番からP、L、S迄のセットと、その頃最新のファウンダースの1・3Wと、ピンアンサーのパターを送った。
元々運動神経は素晴らしい男の事、本気でゴルフを始めればすぐに上手くなるだろうと思っていた。
そうすれば、九州にもゴルフバッグを担いで遊びに行き、昼はゴルフをして夜は酒を飲む...そんな事が出来る日を楽しみにしていた。

しかし、始めなかった。
何とも上手く行かなくて、自分には向いてないと言う。

そして昨年、軽い脳梗塞をやった。
「もう全力疾走できなくなったから、ゴルフを真面目に始めるわ」
...今度こそ始めるか、と期待していたところに「今度は脳出血で、症状が重い」という連絡。
脳梗塞予防のために飲んでいた血液を固まらなくするワーファリンが、脳出血を重くする結果となってしまったという事だった。

そして、「徘徊症状が出ているので、閉鎖病棟に入っている」と...
本人に聞くと「高校時代や中学時代に戻っているような夢を見るんだ」と。
半身の麻痺も重いようだ...なんとか会話は出来るけれど。

ゴルフを楽しみながら、フェアウェイを歩き、終わってからゴルフを語りながら酒を飲む...そんな夢は、とうとう叶わない事になってしまったようだ。

子供も見舞いに来ないと言う、九州鹿児島地方に、明日見舞いに行く。
喜んでくれれば良いんだけれど...


(少しの間ブログの更新は休みます)

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2011年3月 8日 (火)

3月のゴルフ

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三寒四温なんて言うけれど、暖かいゴルフ向きの天気が多くなって来たようだ。
まあ、中にはゴルフやる時はいつも極寒の中でしかやらない(やれない?)、なんていう変わった人もいるみたいだが、これからは防寒着を着ないでプレーできるシーズンになる事は確かだ。

でも、この何日か確実に目は痒くなり、油断するとくしゃみと鼻水の連続攻撃が襲いかかって来ている。
普段の生活でも、外に出る時には必ずマスク着用だし、途中で花粉アレルギー用の目薬を差さないと酷い事になってくる。

例年、この花粉症の症状が劇的に発症するのが3月後半から4月初めのゴルフ。
途中から、本当に蛇口が壊れたように鼻水が出始め、くしゃみは最低7〜8回は続き、白目が充血し...
鼻の周りは、鼻をかみすぎてすり切れて真っ赤になり、鼻水は身体の水分の半分以上を垂れ流し続けているような状態となり、まぶたは三日も四日も寝てないように晴れてくる。
冷たい水を入れた洗面器に、顔を浸すと顔中が冷やされてホッとするような状態。

だから、多分次のゴルフはそういう強烈な花粉症症状との悲惨な戦いとなる。
当然、なんとか押さえきれたとしても、ゴルフに向かう神経は普段の半分以下にしかならないだろう。
それでも、ゴルフをやるべきか...
いや、したいのか...

まだ緑に染まってはいないフェアウェイだもの、もう少し休んだ方が良いかもしれない...という気持ちと、来るべきゴルフシーズンのために、ここはスイングの調整と今年の楽しみ方の調整をしてみたい、なんていう気持ちと...,

今週は、10日から親友の見舞いのために九州鹿児島迄行って来るので、10日から3日ほどブログはお休みするが、3月後半になったら真面目に再始動を考えてみようと思っている。

...春が近い。

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2011年3月 7日 (月)

知りたいのはホール迄の距離だけ...

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「知りたいのはホール迄の距離だけだ。右や左に何があるのかは関係ない。」...アーノルド・パーマー。
「Hit it Hard!」と「Go for it!」を合い言葉に、その攻撃ゴルフで一世を風靡したアーノルド・パーマーらしい言葉だ。

ある程度ゴルフをして来た人には、こんな経験があるはずだ。
本格的な「難しい」という評判のコースで、「初めてラウンドした時は結構いいスコアだったんだけど、何回もラウンドするごとにスコアが悪くなって来た。」なんて事。

これは、初めてそのコースに行った時には、見える範囲の情報だけでプレーする事しか出来ず、結果的にピンに対する集中力が増して、自分の実力の上限に近いものが出せたため。
これが回数を重ねるごとに、「ここにこんなハザードがあったんだ」とか、「ここでティーショットを右側に打ったら、次のショットは難しくなる」とか、「ここのグリーンは左に外したら、寄せるのが難しい」とか「このグリーンはここに乗せたら、パットが難しい」とか感じるようになる。
こうして、ラウンドするごとに「〜したらダメ」「〜すると難しい」なんて「マイナス情報」が積み重なってしまうと、その情報が自分のスイングにプレッシャーを与える事になる。
打つ前に「あそこはダメ」とか「ここはダメ」なんて考えると、腕は縮み、上半身と下半身のバランスは崩れ、無駄にグリップに力が入り...ゴルフの「呪い」の法則通り「行って欲しくない方向ばかりにボールが行く」事になってしまう。

情報は知っていて良い事もあるけれど、知らない方が良い事も多い。
ある程度練習などで「ボールがつかまっている」状態だと思ったなら、いっそ余計な危険情報など聞かずに、「ピンだけ」に集中した情報の方がショットが安定する可能性が高い。
ハザードなどの情報によって引き起こされる「恐れ」や「不安」は、アーノルド・パーマーのようなスーパープロフェッショナルゴルファーにとってさえ、好ましいものではないというのだから。

我々のゴルフだって、そのショットの前に「親切」なキャディーさんによる「事細かな、見えない難しいハザードの情報」なんかを聞いてしまった後では、大体説明通りのハザードの犠牲になってしまうことが多い。
「だから、言ったのに」じゃなくて「わざわざ言われたからだ」なんて、ついキャディーに文句を言いたくなるような...

ショットが不安でほとんど自信がない、なんていう人はキャディーさんの言うハザードは徹底的に避けて、安全なルートを行くのが良いだろう。
だが、その日「当たっている」と感じていたなら、キャディーさんからの情報は「ピン迄の距離」だけにして、他の事は言わないでもらった方が良いだろう。

ただし、ミスヒットして聞かなかったハザードに入ってしまったとしても、完全に自己責任という事で決して言わなかったキャディーさんのせいにはしない事。
自分のその日の状態で、キャディーさんにはあらかじめそう言っておいた方が良いかもしれない。

「ピン迄の距離だけ」か「あらゆるコース情報」か。
「Go for it!」か「逃げまくる」か。

どっちも、恥ずかしい事なんてない。
真剣にプレーすれば、どっちにしたってゴルフは面白いんだから。

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2011年3月 5日 (土)

変わるものと変わらないもの

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人はどこからかやって来て
わずかな時間だけ生きた後
間もなくどこかに去って行く

砂丘には
そこにいた人の名残のリヤカーが朽ち果てて
ボロボロになって佇んでいる

その向こうに見える海は
思い出す限り変わらずに
空を映して青く輝く

俺も一瞬で年を取り
変わらない姿の眩しい海を
嫉妬とともに眺める事になる


(ブログ「人・酒・旅」より)

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2011年3月 3日 (木)

パーシモンマスターズに...

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第3回パーシモンマスターズ開催の連絡が来た。
第2回大会に、間違って優勝してしまったので、ディフェンディングチャンピオンとしては参加しなくてはならない(笑)。

この大会はスコアより、どんなクラブでどんな風に楽しんでまわれたか、が問題なので...次に使うクラブを決めなくてはいけない。
アイアンは前回はスポルディングのオリジナル黒トップを使ったので、今回は以前手に入れてラウンドでは使った事のないウィルソンの65年ダイナパワーを使うつもり...ただし、このダイナパワーは後年の復刻版臭い。
シャフトもリシャフトされて、ダイナミックゴールドのX100になってるし。
練習場で打ってみた限りでは、2番手ほど飛ばないし...大変だろうとは思うけど、楽しみ優先てことで。

問題はドライバー。
前回使ったレクスターのパーシモンでも良いんだけれど、これはひょっとしたら貸し出す予定なので、かってのエースドライバー「クリーブランドハイジャンボリミテッド」を使おうと思っている。
ただし、現在はネックが緩んで動いてしまうので、もう一度ネックの接着をしてもらってからだけど。
...これが直ったとして、そのスペックはパーシモンとしては、5センチという超ディープフェースの上にFM8.0という固さのスチールシャフト。
本当に使える体力が残っているか...問題だ。

これで揃えるとすると、ドライバーがFM8.0。
アイアンがX−100。

どうなるか面白いなあ。

という事で、第3回パーシモンマスターズ、出場者募集しています。
パーシモンを持っていなくても主催者が貸し出しをしてくれますので、スコアは別としてパーシモンを楽しみたい、味わってみたいという人はぜひ参加してみてください。

詳細は

http://www.taiyou-radio.com/2010pm/pm3.html

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2011年3月 2日 (水)

除名

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Hさんは、明るいショーウィンドーの前でふと足を遅めてしまう。
仕事の終わった帰り道。
夕闇迫る街角に、ひときわ明るいゴルフショプのショーウィンドー。
そこには、来るべきゴルフシーズンに向けて、今年の新製品とやらが飾られている。

極力そういう情報に触れないようにして来たので、何が売り文句の新製品かは知らないが、自分のやっていた頃からはずいぶん形も色も違って来たものだと思う。

30歳を過ぎて、仕事で必要だからいうことで始めたゴルフだった。
そんなに運動神経は良い方ではなかったが、自分には合っていたようだった。
同じ頃に始めた同僚よりはずっと上達が早く、すぐに同僚達は相手にならなくなった。

いわゆる接待ゴルフもうまくこなせるようになって、ますます熱中したHさんは、「もっとゴルフをやりたい」という思いで大衆コースの会員権を買った。
接待ゴルフではない、真剣な競技ゴルフで自分を試したくなったのだ。
初めてもらったハンデは18、Bクラスだった。
毎月の月例には欠かさず出るように心がけて、間もなくハンデ13からのAクラスに昇格できた。
2年ほどでハンデ10になったHさんは、クラブのメイン競技...理事長杯やクラチャンにも参加し始めた。
理事長杯はなんとか予選突破も出来たりしたが、クラチャン予選の壁は厚かった。
2年弾き返され続けた...ハンデも10から上の壁は厚かった。
しかし、クラチャン予選を突破後の「マッチプレー」というものを一度やって見たくて、自分なりの努力を重ねた。

そして3回目のクラチャン予選...パットがよく入った。
5メートルはあるパーパットが3回入った。
チップインのバーディーがあった。
バンカーから、ラフから、奇跡的にカップに寄った。

終わってみると、最下位ではあったが初の予選突破になった。
その次の週に、初めてのマッチプレーが出来る喜びで、その夜の酒は旨かった。

当然、マッチプレーの前夜は興奮して眠る事も出来ずにコースに向かった。

初めてのマッチプレーは、一応勉強して行ったのに戸惑う事ばかりだった。
しかも相手は、ぶっちぎりでメダリストとなった、クラブの顔のようなハンデ1の若い男。
1番ティーから緊張と興奮で、手や足が震えて普段の自分のゴルフが全く出来ない。
おまけに、緊張のために「お先に」なんてやってしまって、「マッチでは遠い人からですよ」なんて注意されたり、相手が2オンしているのに自分はOBのあげく、打ち直して4オンしてさらにパットを打ったり...
カップそばに行った相手のボールに、気がつかずに自分のキャディーに「ああいうのはオーケーを出すんですよ」なんて促されたり...
「浮き足立っている」というまんまのゴルフで、あっという間に7ホール連続のダウンとなった。
バタバタになっている自分は、一つもパーがとれないのだから当たり前の結果だったんだけど。

しかし、8番ホールで相手が1メートルもないパットを外して分ける事が出来た。
続いての9番ホールでも同じように相手が短いパットを外して、分けた。

このままでは連続10ホール取られて、完敗でマッチを終えてしまう、と思っていたHさんは本当にほっとして前半戦を終えた。
いくら相手が強いと言っても、10ホール連続でダウンして負けたのでは、情けなさ過ぎる。

後半迄15分の休憩という事で、Hさんはトイレに駆け込んだ...緊張でお腹の調子迄狂ったようだった。
そこに話し声が聞こえて来た。
「どう? 結構善戦してる?」
「いやあ、相手になんねえよ。 マッチなんてやった事ないおっさんだよ。」
「その割に、7つしかとってないじゃない。」
「次がちょっと手強いだろ、このままじゃ待ち時間が長くなるんで、2−3ホール伸ばして練習するんだよ。」
「じゃあな、決勝で会おう。」
「ああ、待ってるぜ。」

それでわかった。
あの二ホールは、わざと外したんだ。
トイレから出た時の自分の顔は、少し引きつっていたと思う。

後半が始まって10番ホール、自分は必死にパーを取りに行ったが、やはりカップに蹴られてボギーとなった。
相手はやはり1メートルもないパット。
オーケーを出そうと思ったけれど、トイレで聞いた話を確かめたくて見ていた...やはり、外して分けた。
11番分け。
12番のドーミーホール、多分練習が終わったんだろう、ハンデ1の難ホールで1ピンのバーディーパットを真ん中から入れられて、マッチは終わった。

「どうもありがとうございました。」という自分の言葉に、「どうも」目もあわさずにそっぽを向いて投げ捨てたような言葉に...キレてしまった。

前代未聞の事件という事で、コース除名という事になった。
Hさんは、何も釈明しなかった。
それからHさんは、ゴルフを辞めた。
10年以上になる。

しかし...
最近、ゴルフショップの明かりが眩しい。
無意識のうちに、ゴルフスイングのような事をしている自分に気がつく。
しばらく見ていないゴルフ場の風景を、たまらなく懐かしく感じる事がある。

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2011年3月 1日 (火)

残念だった有村

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アメリカ女子ツアーで戦いたいと言っている有村智恵が、トップを守っているというので3日目から中継を見ていた。

2位で追うのが超ベテランのカリー・ウェブということで、ちょっと興味があった訳なんだが..。

試合は結局3日目後半の、1メートルほどのバーディーチャンスを続けて外す、と言う事が響いて1打差の2位で終わった。
この三日目の連続のショートパット外しは、いかにも首位のプレッシャーで手が動かなくなって引っ掛けた様子だったので、最終日には多分ウェブにひっくり返されてしまうだろうと予想できた。
最終日は大崩れするかも、と思っていたんだけど、1打差の2位はあの3日目の様子から見て上出来の結果だろう。

身長は公式には159センチだが、見た目はもっと小さく見える。
力もありそうには見えないのに、ヤニ・ツエンやウェブに飛距離でもそうは負けていない。
何より凄いと思ったのがそのアイアンの正確さ。
このアイアンの正確さがなければ、2位で終わる事は不可能だったはずだ。

その有村のゴルフ...見ていて非常に興味を持ったのが、そのグリップ。
ドライバーからアイアン迄全てのクラブを、かなり短く握っている。
フェアウェイキープもグリーンオンするのも、他の二人を上回っているし、そのピンを狙う精度が凄い。
これは我々普通のおっさんゴルファーの参考になりそうな気がする。
今迄オープンコンペなどで、有村ほどグリップを短く握っているゴルファーには会った事がない。

自分でも、一時期ヘイル・アーウィンなんかの言葉に刺激されて短くグリップしていて、それなりに結果が出ていたのに、気がつくとグリップエンド一杯に握ってスイングしている。
グリップ一杯(下手すりゃ左小指がはみ出していたりする)に握って、何も結果が良い訳ではなく、むしろダフりにトップに、引っ掛けプッシュアウト、おまけにシャンク迄出ているって言うのに...

有村自体はジュニアの頃から活躍している選手なので、そのゴルフ全体を我々のゴルフと比べてもしょうがないけど、こんなグリップ一つなら参考にして試してみるのは面白いと思う。

男子プロは体力も道具も我々とは違いすぎて参考にならないけれど、あの身体の小さい女子プロがやって結果を出している事...我々でも少しは良い結果が期待できるんじゃないだろうか。

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