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2011年9月12日 (月)

調子が良いときは、飛ばしたい所を見ている

Bu110912

「調子が良いときは、飛ばしたい所を見ている。調子が悪いときは、飛ばしたくない所を見ている」
ケン・ベンチュリー。

ケン・ベンチュリーは、ツアー14勝、メジャーは1964年に全米オープンをとっている。ほかに1956年、1960年にいずれも一打差でマスターズ優勝を逃している。

この言葉、アベレージゴルファーであっても誰でも覚えがあるだろう。
あるホールのティーグランドに上がった時、景色がどう見えるか...
「調子が良い」、あるいは「当たっている」なんて感じている時には、「あそこに打つのがいいな」とか「あそこまでは飛ばせるから、セカンドはウェッジだな」とか「ベスポジは広いな」とか見えているはずだ。
逆に「当たらない」とか、「調子が悪い」なんて感じている日には、「あそこはOBが近いな」とか「池が効いてるな」とか、「打つ所がねえよ」とか、ボールに行って欲しくない所しか見えなくなっている。

これはゴルフの面白さ、深さと直結しているポイントなのだ。
ゴルフに人がこれほどはまり込むのは、他の多くのスポーツと違って「単なる技術の向上が、スコアとは結びつかない」ということにある。
いくら練習してスイングを作り、飛距離が出るようになり、正確さが増し、いろいろなテクニックを覚えても、それがすぐにコースで結果を出すことにつながらない。
練習場で「出来ること」と、コースで「出来ること」は違うのだ。
その原因は「景色」。
ただし、いくら景色が見えても「シミュレーションゲーム」は、やはり別物で本物のゴルフではない。

ゴルフが古来「景色のゲーム」と呼ばれるのは、その景色が呼び起こす「心理」が技術に大きく影響して、練習場ではあり得ないような結果をもたらすからだ。
はじめは練習場では問題のないショットが、本物の芝や天候や同伴競技者や、ライや手順や焦りで「こんなはずじゃあないのに」というミスになる。
その結果経験して行く、ちょっとした「恐怖」や「不安」や「迷い」が、ラウンド事に積もり積もってゴルファーの心に大きな「マイナスの記憶」を育て上げる。
...池やOBがあれば、そこに打ち込んだ悲しみや怒りの記憶。
林や崖があれば、やはりそこに打ち込んで何度も屈辱の大叩きをした記憶。
ちょっとした傾斜でダフリトップを繰り返し、練習場のようには全然当たらない記憶。

その景色の記憶が、いつまでたっても心理状態と直結する。
調子の良い時には、フェアウェイは限りなく広く見え、トラブルを呼ぶ景色は自分の視界からは消えてしまう。
しかし、一旦調子が悪いと感じると、フェアウェイは狭く狭く見えてきて、視界のほとんどはOBの白杭とラテラルウォーターハザードの赤杭と、ウォーターハザードの黄杭で埋め尽くされる。
林は大きく聳え立ち、崖は絶壁となって迫り、クリークは大河となって荒れ狂う。

どうだろう。
今日のあなたにはフェアウェイはどんな風に見える?
もし、穏やかに美しく、ボールを打とうとするポイントが良く見えるなら、きっとあなたは調子が良い。
今日一日を、ホールの美しさだけを求めてフェアウェイを逍遙すればいい。

もし、見えるのが大きな池や、行く手を遮る林や、ボールの落ちどころに張り巡らされたOBの白杭だらけだったら、あなたは間違いなく調子が悪い(たまにコースが悪い場合もあるけど)。
そういう時は、大人しく、無謀な攻めをやめ、今日一日は試練の時と覚悟して、ポーンポーンとボールと一緒の散歩のつもりで歩き続けて行けばいい。

もちろん、調子が悪い時に意識して「飛ばしたい所を見る」ようにすれば、より悪い結果にはならない。
「飛ばしたくない所を見る」事で、いいことは一つもない。
出来るなら、打つ時には「飛ばしたくない所」は絶対に見ないことだ。

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