« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »

2011年12月

2011年12月31日 (土)

pray for japan

Bu111231_2


pray for japan

・・・この世界、そう捨てたもんじゃない。

感謝
そして

合掌。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月30日 (金)

3月11日から

Bu111230_2
3月11日、大震災のニュースは遠い九州の鹿児島で知った。
脳梗塞で倒れた古い親友を見舞いに、やっと行けた九州だった。

「東京が燃えている」と聞いてホテルに引き返し、ホテルのテレビで東北の大津波を見た。

東京に引き返すと、我が家はなんとか立っていたが、仕事部屋の本箱が倒れて中はメチャクチャだった。
...それからずっと、東北の大災害をテレビで見る事になった。

思うのは、我々は神戸大震災の時といい、今回の東北大震災の時といい、なんという資質を欠いた指導者に国を任せていたんだろうか、という事。
神戸の時といい、今回といい、より能力のある政治家が決断をしていれば、救われた命はどれほど多かったんだろうか、という事。

彼等は悪人であるとか、無能であるかというのではない。
我々と同じような程度の人間だという事が問題なのだ。
国家の未曾有の危機という時には、間違いの無い決断を自分の身命を賭して実行出来る、常人ならざる大人物が必要。
それはつまり、我々と同じような事しか考えられない人間が、「決断」する力がある場所にいてはいけないんだ、という事。
本当の責任は、無論そんな人間を選挙で選んで来た我々にあるのだが...

そんな事態に対応出来ないレベルの人間が、政治家のみならず、原発の破滅的な事態を引き起こした企業にも居たし、真実を放送しなかったマスコミにも居た。
政治家は何が優先事項か、何が一番必要なのか、我々と同じ次元でしか判断出来ず、企業は住民の命より企業の存続を優先し、マスコミは未だに「大衆は愚か」だと決めつけ、「パニックを起こすから」と真実を隠し続けている。

(自分は利巧だと思っている)馬鹿ばっかりじゃないか。
政治家というのは、高邁な精神と明晰な頭脳を持ち、身を捨てて命を捨てて国と国民に尽くす、サムライではなかったか?
マスコミというのは、いや、ジャーナリズムというのは、権力を恐れず、媚びず、ひたすら真実を追究し、闇の中に一筋の光を当てる孤高の存在ではなかったか?
企業の利潤の追求というのは、客が幸せになってこそ存続し成長出来るのが常識ではなかったか?

家を失い、職を失い、希望を失い、体調を悪くしつつある被災者にとって、一刻を争う援助が必要なのに、遅々として進まない今の状況は、どうすれば打開出来るのか。
政治家は、今こそ「自分が責任を取るから」と、行動を起こすべきではないのか?

力が無く、頭も無く、金も無い普通の国民の我々は、こんな遠くで痩せ犬の遠吠えのように、力なく吠える事しか出来ないけれど...

ともかく来年3月までに、震災から一年のうちに、全ての被災者がまず一歩歩き出せるように、大きな援助の手が届く事を祈っている。
遠く離れた場所では買い占めなどが起こっても、現場では決してパニックなどは起こさずに、ひたすら耐えて来た人達だ。
被災者に大盤振る舞いでいいじゃないか...国民の大多数はそう思っている。

原発の問題は、半永久的に続くだろう。
メルトダウンも、メルトスルーも、「起きてはいけない事実」が起きてしまった以上、楽観的な見通しは何も無い。
「終わらない」という事を忘れてはならない。
我々は、本当の意味で影響の判っていない「放射能」とともに生きて行くしかない。
長い時間の中程度の放射能が、本当はどれほど有害なのか無害なのか、まだ誰にも判らないらしいのだから。

人生は無常...そう改めて考える。
だから、せめて今、生きている事を噛み締めたい。

...本当にいろいろな事があった一年が、もうすぐ終わる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月29日 (木)

テヤンデエベラボーメ!

Bu111229_2


「テヤンデエベラボーメ!」
最近お気に入りの、私のおまじないの言葉。
意味は判らなかったが、小さな子供の頃から知っていた。
なんでも、私が本当に小さな時に可愛がって貰っていた、おじいちゃんの口癖だったと聞いていた。
私が4歳の時に亡くなって、殆ど記憶にはないのだが、大工だったおじいさんは自分を本当に可愛がってくれたらしい。

来年は自分も35歳になる。
23の時に入った今の会社は、傾きながらもなんとか倒産せずに続いている。
給料は、もう5年も上がってないけれど。
学生時代の友人達も半分は結婚した。
自分の恋人いない暦は、もう十年。
これと言った幸福も無い代わりに、これと言った不幸もなく、なんだか「普通」に生きている。

今更結婚に憧れる事も無く、今更恋人欲しい訳でもなく、もうちょっと給料上げて欲しいけれど、会社が潰れちゃ元も子もないし、波風は立って欲しいような、欲しくないような。

で、淡々と過ぎる毎日に、変化をつけているのが、5年前に始めたゴルフだけ。
学生時代の仲間に誘われ、会社の上司に誘われて、安いセットと、安い練習場と、安いコースに行くようになって、生きている事の熱はゴルフにだけ高くなるような。

ベストスコアは98、いつも叩くのは116〜8。
120切れればまあいいか、と。
なのに、なんだか腹が立つ。
なんだか口惜しくて仕方が無い...自分に、道具に、コースに、天気に、出くわす不運とつまらない人生に。
「テヤンデエベラボーメ!」
そんな時に、頭に浮かぶあの言葉。
「テヤンデエベラボーメ!」
呟くと気持ちがなんだか落ち着くような。
「テヤンデエベラボーメ!」
口に出すと、なんだか力が湧いて来るような...

おじいちゃんは、仕事がうまくいかなかったり、行き詰まったり、なんだかか辛そうな時に、自分を励ますようにこの言葉を呟いていた、と母に聞いた。
母はそんな言葉は使うなと言うけれど、隔世遺伝かな、自分はこの言葉が凄く好き。
意味は良くわからないけど、なんだか辛い事や嫌な事、全部まとめて蹴っ飛ばしてしまうような感じがする。

「テヤンデエベラボーメ!」
...思えば、(小さい時に聞かされていた)この言葉が頭の中に浮かび上がって来たのは、何もかもうまくいかなくて、泣きたい気持ちになったラウンドの時が最初だったっけ。

おじいちゃん、あなたの孫は、今日もゴルフ場で、仕事場で、こっそりこの言葉呟いて、負けないように生きてます。
おじいちゃん、この言葉って、面白くもない人生を面白くする言葉かもしれないね。

「テヤンデエベラボーメ!」
さあ、今からの新しい人生を、私は絶対捨てないぞ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月27日 (火)

黒トップ・プロフェッショナルとトップフライトの1番

Bu111227


ヒッコリーシャフトにカルチャーショックを受けたあと、オークションで落としてしまった黒トップのプロフェッショナル。

これで上手くなる訳じゃあ絶対にないんだけど、コレクションのために落としたのではなくて、使いたかったクラブなので落札した。
オリジナルの黒トップであれば、かなり重量もあると思うので、もしかするとヒッコリーシャフトのようなイメージで打てるかもしれないという思いもあったし。

2番から9番までで、シャフトはオリジナルのプロフライトのミディアム。
それに、奇麗に銅下3層メッキの、赤銅色が浮かび上がっているトップフライトの1番も入れて15000円以下なら安いだろう。
この黒トッププロフェッショナルも、ちゃんと銅下メッキの色がうっすらと見えていてとても美しい。
バックデザインは殆ど赤トップと同じだが、フェースが赤トップのようにゴテゴテしてなくて好ましい。
自分のお気に入りの黒トッププロモデルと比べると、構えた印象がちょっと違う。
一番違うのが、プロフェッショナルのフェース上部がひねってある事。
構えてみると、フェースが広くロフトが寝ているように錯覚して、易しく打てるような気持ちにさせる。
あとでヒロホンマなどでもやっているフェース上部の細工が、こんなにはっきりとしてあるとは思わなかった。

これと黒トッププロモデルのウェッジを組み合わせれば、1番からサンドまで揃えて、優雅なゴルフが出来そうだ。

先ほど、まだ完全じゃない腰をかばいながら練習場で打って来たが、感触は柔らかくて最高。
ただ、オリジナルの凝った皮巻きグリップが、少し硬化していてちょっと滑りやすい。
グリップを差し替えるのはちょっともったいないが、このままでは滑りそうな気がしてグリップに力が入りすぎる。
..てことで、先ほどテニス用の滑り止めグリップを巻いてみたんだけれど...
ちょっと太すぎるグリップになってしまった...でも、結構これがヒッコリーシャフトに近いか、なんて気もする。

このプロフェッショナルで、ヒッコリーシャフトでのスイングを思い出して、そのタイミングでゆっくり振ると意外といいボールが出る。
プロフェッショナルは普通のアイアンより1番手以上飛ばないけれど、シャフトもミディアムだし、冬の間はしばらくこれで遊ぶつもり。

そして、ヒッコリーアイアンに近いイメージで振って、一番感触が良かったドライバーは...何と大分前に使っていたミズノの300s。
デュアルアクティブ90のS、9度ロフトだが、重さと小さなヘッドのためか、ゆったりと力まずに振れて...あまり球筋も暴れないように感じる。

これなら、腰を治してからなら、来年は面白いゴルフが出来そう。

それに、「博士」始めいろいろな方々のおかげで、ヒッコリークラブを手に入れる事も夢ではなくなりそうなのが嬉しい。
もし手に入れることが出来たら、来年は常にヒッコリーアイアンを3本、キャディーバッグに入れてゴルフがしたい。Bu111228


| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年12月26日 (月)

ゴルフには「わかった!」と叫びたい一瞬がある。

Bu111226_2


「ゴルフには「わかった!」と叫びたい一瞬がある」...P・G・ウッドハウス。

P・G・ウッドハウスは、イギリスの小説家。
ユーモア小説の大家として知られ、後年アメリカに渡ってからゴルフを生涯の趣味とした。

この言葉、彼が言いたい本当の意味はこのあとにある。

「ゴルフには「わかった!」と叫びたい一瞬がある。
たとえ、すぐにもとの世界に戻ろうとも、何も感じない人より幸せだ。」

「わかった!」と叫びたい一瞬...いったい何回あっただろう。
というより、「何回叫んじまっただろう」だな。
ゴルフに少しでも真面目に取り組んだ人なら、だれだって経験あるはずだ。
日本語じゃあ、いわゆる「開眼」ってやつだ。

いつも失敗する。
どうやってもうまくいかない。
本を読んでも、練習しても、誰かに教わっても、どうやってもうまくいかない。
そんな「壁」の前で立ち往生しているような状況のとき、不意にそいつはやってくる。
何かの調子に、出来てしまう...なんでかわからないが、あれほど越えられなかった壁を越えている自分を発見する。
「あれ?」
「こうか?」
「お!! 出来る!」
「何だ、これでいいのか!」

...そう、その後は今まで出来なかった事が、何回でも出来る。
こうやりたかった、という通りに結果が出る。
「もうわかった。 これでいいのだ。」
「俺は遂に開眼したのだ。」

...甘い。
「その日は」出来たのだ...しかし、一度寝て次の日には、もうその「開眼したはずの何か」は自分の元からどこかへ行ってしまい、もとの壁の向こう側にいる自分を確認するしかない。
こんな思い、覚えがあるだろう。
いくらやっても越えられない壁の向こうで、「もう諦めよう」なんて考えたとたんに、ゴルフの魔女がご褒美に似たものをちらつかせるのだ。
再び壁の向こう側でもがくにしても、「一度は出来た」という記憶があるから、我々ヘボゴルファーは報われない努力を諦める事なく続ける事が出来る。

しかし、こんなゴルフをやらない人から見たら、無限の石積み地獄の不毛の労働のように見える行為こそ、ヘボゴルファーにとってはゴルフを続ける喜びであり原動力であるとも言える。
簡単には出来ない、けれどなにがしかの可能性ははっきりと感じる。
だからこそ、きっと出来るようになったときの喜びは大きいはず。
だから、かりそめの開眼であっても、「出来た!」と思った時には叫ぶし、喜ぶし、泣いちゃったりもする。
大の大人が、こんな事に一喜一憂する事が出来るのが、ゴルフって奴の魅力であり魔力なんだろうと思う。

それが、ごく偶に何の苦労もなく壁を越えて行く人がいる。
あるいはもっと稀に、ゴルフをやっていて壁を越える気なんてさらさらない人もいる。
こういう人にとっては、ゴルフは仕方なくやっているものであり、付き合いだけでやっているものであり、「出来たけど、なんなのさ」であり「出来なくたっていいじゃない」と言う代物でしかない。
そこには、ゴルフの苦悩も、悲しみも、絶望も、後悔もない。
そのかわりに、ゴルフの喜びも、興奮も、道すがらのやすらぎも、ホールアウトの達成感もない。
多分、そこを渡る風も、頭上に広がる空も、季節の移ろいも感じはしないんだろう。
そんなゴルフが面白いはずはないんだけど。

我々にとっては開眼なんてのは流行の風邪にかかるみたいなもので、たとえそれが一夜の夢だったとしても、ゴルフの楽しみは増しこそすれ減るなんて事は絶対ない。
我々には、きっと「開眼する力」はある。
ただ、それを手元に停めておく力がないだけだ。

ねえ、ご同輩、「ゴルフの真実に到達した」なんて思い込んだりしないで、もっと気軽に開眼して、ゴルフをもっともっと楽しもうじゃありませんか..

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月25日 (日)

ヒッコリーアイアンの秘密

Bu111225


皆さん、メリークリスマス!
と言ってもキリスト教徒でもない自分には、あまりピンと来ないのだけど。

そんな時に、「レジェンド」KUROさんに大変貴重なコメントをを頂いた。
...あの、自分に大衝撃を与えてくれたヒッコリーアイアンを、分析してくれたのだ。
そのKUROさんのコメントを、私へのクリスマスプレゼントとして改めて発表させて頂く。


「大叩き男さん

ヒッコリー#2測定してみました。

ロフト25゜ライ59゜ 38.4inch 429g C6.3 400cpm 2600kg-cm2 

ロフト、ライ、長さ、重量共に現代のDG-S200装着の4番アイアン相当ですが、クラブ慣性モーメントは軽めで2600kg-cm2はヘッドが軽いし故のCバランスでしょうか。

異常なのは振動数で400cpmあります。
DGならX600相当位でしょうか(^o^)
これはヘッドが軽いからでもありますが、近代ヘッドが付いたとしても390cpm程度でしょう。

軽めのヘッドに撓まない一様な超硬の手元調子のシャフトというのがポイントですねv(^-^)v


シャフト径は一番細い部分で0.5inch!でヒッコリー 打ち込んでも折れないのがこの太さ。故に必然的にこの硬さが当たり前。


クラブ重量と長さ、ロフトは現代と変わらない。人が振るにはこの位が経験的に定まったのでしょう。
シャフトが実用強度から重くなるからヘッドが軽い→MOI値は低くなり、故に振りやすい。

という感じです。」


MOI値とは、KUROさんが研究し、発見した独自のクラブ調整の理論です。
これで調整すると、全てのクラブが同じ感覚で振る事が出来る、不思議な理論です(自分でもやってもらいたいんだけれど、調整の申し込みが殺到していて大忙しのようなので...)

このKUROさんのコメントで、自分が一番注目したのが振動数。
つまり、今の基準の振動数でシャフトの堅さを分けると、明らかにDG−X600相当の「超」硬シャフトになるというのだが...
実際に振ってみると、重さは感じても堅さというものは感じない。
スチールやカーボンの堅いシャフトのような、カチンカチンの鉄棒を振っているような感覚は全く無い。
ただ全体に竹箒のように撓る感じがする「太い」シャフトという感じだ。
それは数値と違って、手元調子とか先調子というものではなく、「全体に撓る」感じなのだ。
そして、意外に振りやすい(それは、クラブが勝手に上がるところに上がり、降りたいところに下りてくる感じ)のは、Cバランスのためだというのは理解出来る。

面白いのは、以前(1980年代半ば)「フェザーウェイトバランス」のクラブが、一瞬世界中で流行った事がある。
これは普通のDバランスのクラブを、AやB・Cバランスにして、超軽量化すると、誰でも使えるし、飛ぶし、スイングも安定するという触れ込みで売り出したものだった。
はじめはプロでもこれを使って「素晴らしい効果があった」なんて記事もあったんだけど...
このブームは一年も持たずにあっという間に終わった。
原因は、元のクラブからこのクラブに換えると、換えた当初は素晴らしい結果が出るのだが、この軽さに練れてしまうとかえってスイングを崩し、飛ばなくなるから。
...クラブ全体の総重量も極端に軽くしていたので、身体を使わずに手先だけで簡単に楽して打つようなるからだと言われた。

ヒッコリーアイアンは、このフェザーウェイトシャフトと同じようにバランスはCバランスでも、クラブ全体の総重量があるので手先だけでは打つ事が出来ず、またそのシャフトの特性として急激な手の動きをし難く、それ故いきなりでもちゃんと打てたのではないか、と思う。

...さて、そうなるとこのヒッコリーアイアンに近い感触のアイアン探しは難しいなあ...
やはりシャフト独自の特性が、この振りやすさ(自分にとって)を生んでいるのだとしたら、この数値に近いスチールシャフトなんてあり得ない訳だし・・・

もし、あのヒッコリーアイアンの感触のゴルフを楽しみたいのなら、数人の方に教えて頂いた、現在でもイヒッコリーシャフトアイアンを作っていると言う、アメリカの「ルイビル」社をはじめとする2〜3のメーカーから直接購入するしか無いのかもしれない。

う〜〜〜ん。
悩ましい...といってもこれも楽しみのうちだけど(笑)。

どなたか、使う予定の無い使用可能のヒッコリーアイアンをお持ちの方、私の手持ちのパーシモンドライバーやウッドと交換してくださるなんて人はいないだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月24日 (土)

影追い

Bu111224


世間はクリスマス・イヴなんだとか。

本気で寒い季節だなあ...
猫は暖かさを求めて日向を追いかける。
今の季節はやっと見つけた日なたの場所も、あっという間に冷たい影になってしまうから、猫は落ち着き無く居場所を変える。

気がつくと、小さな赤ん坊猫も立派な子猫になって来た。
まだ、何にでもじゃれつく年頃ではあるものの、最近のお気に入りはじゃれさせ道具本体ではなく、壁に映るその影の動き。

目に見えるものよりも、ずっと動きが面白いらしく、やたら真面目な顔をして狙いに狙う。
テレビに映る映像も、壁に映るモノの影も、なんだか好みに合うらしく、飽きる事無く影追いを繰り返す。

昨日は混合ワクチンとやらを受けて来て、ちょっと元気が無かったが、今日は復活して走り回る。
まだもう少しの辛抱だ。
もうすぐ日なたの時間が長くなる。
ひなたぼっこをする時間が長くなる。

外が寒さに凍っても、のんびり昼寝の時間が長くなる。
まだ、春まではちょっと遠いけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月22日 (木)

クリスマス寒波だって?

Bu111222


腰痛は大分軽くなって来た。
と言っても、ずっと腰には湿布薬貼りっぱなしで、急に腰を曲げたり伸ばしたりしないように気をつけて、時々ストレッチして入るけど...

ヒッコリーアイアンは、もう借りていた方に返してしまったけれど、あの感覚をクラシックアイアンで再現出来ないかと、頭の中は「妄想ラウンド」を繰り返すばかり。
それのきっかけを今年中になんとか掴みたいと、安くなったプレーフィーのホームコースにでも調整ラウンドに行きたかったんだけど...

予定していた今週末は、なんと「クリスマス寒波」だと?
その日の予想気温は、最高気温7度、最低気温マイナス5度だって!
こんな気温のときは関東北部のマイコースは、一日中ベントグリーンは凍りっぱなし!
勿論ティーグランドなんて、とんがった棒のついたトンカチでガンガン引っ叩かなきゃ、ティーをさす穴なんて空きやしない。
フェアウェイだって、まるでコンクリートの道路のようにボールはどこまでも転がって行くだろうし、池の上には一日中氷が張ってボールがいくつも乗っているだろう。

勿論下着も沢山着込んで、着膨れした身体はろくにスイングも出来やしないだろうし、いくつものホッカイロをポケット中に詰め込んで、寒さに震えてばかりだろう。

てなわけで、天気予報で撤退決意。
今年はこれで終わりだなあ...

来年は...と言うと、鬼に笑われるから、使いたいクラブでも磨くしかないだろね。

そうそう、オークションで黒トップのプロフェッショナルの2〜9番を安くゲット(銅下メッキのオリジナル、皮巻きグリップ、プロフライトのR)。
それに、クラシックトップフライトの1番アイアンも(銅下メッキ)。

これで、ヒッコリーアイアンのように打てるかどうか...重さだけは重いけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月21日 (水)

不夜城

Bu111221_3

駅からNさんの家までの帰り道に、その練習場はある。
線路際の道は道路の照明が少ないために、その練習場の照明の光は特別明るく輝いて目に眩しい。
深夜11時までやっている練習場は、夜遅くであっても必ず誰かが練習をしている。

Nさんがその練習場の前の道を通り過ぎて、自分の家に帰り着くのは10時過ぎになる。
もうそんな暮らしが10年になる。

その10年前までは、Nさんもこの練習場の常連だった。
本当に「常連」という名にふさわしい存在だったと言える。
何しろ、ほぼ一週間毎日、特別な用事がある時以外はこの練習場にいた。
平日は会社が終わると、家よりもまずこの練習場に寄り、付属の喫茶店でコーヒーを飲んだり、置きっぱなしの自分のクラブで1〜2時間打ったり。
必ず自分と同じような「常連」の仲間が誰かしら居たし、練習場の社長家族とも仲が良かった。
土曜、日曜は朝から一日この練習場にいる事が多かった。
常連なりに練習場からサービスしてもらう事も多かったし、沢山の顔見知りと話したり、お茶を飲んだり、あるいはビールを飲んだり...
朝9時前には練習場に出かけて、帰りは夕飯の出来る7時くらい。
それが楽しかったし、そんな時間が生き甲斐とも言えたし、家族だって面倒な自分が家にいない事を喜んでいた。
いろいろと居心地の良いサービスを受けていた代わりに、練習場が大雪で大変な時には常連のみんなと一緒に早朝から雪かきをしたり、台風の時には後始末を手伝ったり、客と経営者を越えた付き合いという感じだった。
定期的に練習場主催のコンペもやり、みんなで近所のコースの年間会員になったり、何人かの常連は一緒にあるコースのメンバーになったり...
Nさんも年間会員になったコースで、遂にシングルハンデをとって、更にゴルフに対する熱は上がる一方だった。

そんな時間がずっと続くと思っていた。
年を取っても、この練習場でひなたぼっこをしながら常連の人達とゴルフ談義に花を咲かせて、練習が終わればみんなでビールで乾杯して...そうなると思っていた。

変わったのは10年くらい前から。
ある日、常連の中でも中心だった、明るく陽気でハンデが4の人がいなくなった。
家業の建設業がうまく行かなくなって、夜逃げをしたのだと噂に聞いた。
少しずつ人が減って行った。
そして、Nさんの会社も...繊維業としては中堅の位置にあったという会社が倒産した。
円高の影響で、どんなに良いものを作ってももう売れなくなった、ということだった。

それからあと、Nさんの仕事探しが始まった。
1年かけてやっと就職出来たのは、今までの半分の給料の畑違いの会社の契約社員。
ゴルフをやる余裕は全く無くなり、練習場には行けなくなった。
同年代だった練習場の2代目社長は、「別に練習しなくていいから、気楽に遊びに来てよ」と言ってくれたけど、気持ちがそういう風には納得出来なかった。

毎日見かける練習場の風景は、見慣れた常連の姿が少なくなって来たのがわかる。
以前に比べれば半分くらいしか客は来ていないようだけど、若い二人連れや、夫婦や、仲間と来ている若者の姿が多く見られるようになった。
経営者も、今は3代目の若い人が中心になっているらしい。

しばらく練習場に預けていたバッグも、2年程してから家に持って帰ったまま、物置に置いてある。
もうクラブにも、何年触ってないんだろう。

自分の人生はいつもの帰り道の、照明の少ない道路のようだ。
あの明るく輝く不夜城のような練習場は、自分の人生が再び明るくなった時に、やっと再び入場することが出来る夢の城のように思える。
ゴルフをやめたつもりは、ないんだし。

...今はまだ、あの光輝く城には近づけない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月20日 (火)

また、腰が...

Bu111220_2


はじめは先週の火曜日。
木曜日にラウンドするので、久し振りの練習に行った。
つい、ヒッコリーシャフトの練習もかねて(ヒッコリーで打ったのは5〜6球)、200球程打ってしまった。
終わったあと、ちょっと腰が張っているのを感じた。

木曜日、車中泊の朝、起きる時に腰が痛かったけれど、必死にストレッチと柔軟体操してからラウンド。
ヒッコリーの面白さに我を忘れて楽しんでしまった。
ラウンド後、風呂でゆっくり身体や腰をほぐし、大丈夫だと思ったのに...

土曜日の朝頃から、腰が固まって来たような違和感。
金曜に届いた「バチモンマウンテンバイク2号」を組み立てている時に、「イテテ!」と来た。
(バチモンマウンテンバイク2号についての話は後ほど)

そして土曜日夜、かなりの腰痛...だけど、まだ我慢出来る痛み。
それが日曜日の朝、寝床から起き上がるのに汗をかく程の激痛。
ストレッチしても、柔軟体操してならしても、痛みが引かない。
立ち上がると、座るのだけでも激痛が走る。
...家中の、腰痛に効くという湿布役を貼りまくり。

月曜日は一歩も家を出ず、ひたすら大人しくして湿布を張り替える。
これはしばらくダメかと思ったが、夕方になって少しずつ動けるようになって来た。

そして今日、昨日よりは大分楽になって、一安心。
今回の魔女の一撃(と言っても、急なギックリ腰ではなかったが)は、それほど深手にならずにすみそうだ。
あのヒッコリーアイアンの衝撃から、ちょっと思いついた「一番重いクラブでのラウンド」を今年中にしたいので、とりあえず治す事に専念する。

やれやれ、なのか、あ〜あ、なのか.....(溜め息)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月19日 (月)

ミスショットは、すべて速すぎる事に起因する

Bu111219_2


「ミスショットは、全て速すぎる事に起因する」...ホートン・スミス。

ホートン・スミスは、1920年代から30年代に活躍したアメリカのプロゴルファー。
ツアー37勝。(第1回のマスターズトーナメント優勝者で、第3回にも優勝している。)
1952年から54年には、PGAの会長も務めている。

この言葉。
昔から「急ぐな」とか「慌てるな」とか、スイングに関しての名言には、「ゆっくり」した方がいいと言う意味の言葉が多い。
かと思うと、逆に「クラブがトップに達する前に、既にダウンスイングは始まっている」(ベン・ホーガン)なんて言葉みたいに、スイングを慌てさせるような言葉も多い。
「イチ」「ニ」の「サン」、のリズムでは遅すぎて、身体に力が入り過ぎてしまう、「イーチ」「ニ」のリズムがいい、なんていうのは現代のレッスンプロは普通に言う。

どっちなんだろう?

この「速すぎる」と言うのは「どこが?」と言うのが問題。
普通は「飛ばそう」と言う気持ちが、全ての「悪い速さ」を生む。
飛ばしたい・・・クラブを速く振りたい・・・思い切り強く力を入れれば速くなる・・・ともかく、何でもかんでも、出来るだけ強く、速く!
と。

ここで我々の大きな勘違いが、力を入れれば、気持ちを込めれば、気合いを入れれば、クラブを速く振れる...という事。
ゴルフというものの面白さ、深さ、複雑さの魅力の根源がここにある。
ゴルフにおいては、人間が本能的に考える動きや、方法や、気持ちは殆どが間違いだという事。
正解のほとんどは、その正反対のところにある。

最も大事な事は、「クラブヘッドでボールをどう打つか」なのに、腕力、脚力、その他力を入れさえすれば遠くへ飛ばせる、とゴルファーは錯覚させられる。
いくら腕に力を入れ、全身に力を入れても、クラブヘッドのスピードは速くならない。
重い棒なら力を入れれば速く振れるが、軽くて長いゴルフクラブで余計な力を入れるのは、ブレーキをかけながらアクセルを踏むようなもの。

むしろ、多くの格言のように「ゆっくり」をイメージした方がクラブヘッドはスピードが上がって「走る」。
ホートン・スミスが「速すぎる」と言っているのは、間違いだらけの身体の動きなのだ。
決してヘッドが速すぎる訳じゃあ無い。
身体はゆっくり、ヘッドは速く、がゴルフの正しい動き。

気持ちが焦って、飛ばしたい気持ちで一杯になっている時程、「ゆっくり」を心がける。
身体に無駄な力を入らず、ゆっくりと落ち着いて動いたと感じる時に、ヘッドが「ビュン!」と走れば、きっとボールは驚く程飛んで行ってくれる。
多分、そう動けた時にはミスショットの数は激減していると思う。

ただし、ゴルフというゲームは、どんな名人だってミスが出て当たり前のゲーム。
取り返しのつかない大ミス以外は、「ミスもゴルフのうち」。
リカバリー出来るミスならば、ゴルフの楽しみが増えたと思って神経質にならないように、ね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年12月18日 (日)

毛繕い

Bu111218


気持ちが落ち着くと始めるのか、気持ちを落ち着かそうとして始めるのか...

ひとしきり走り回り、遊び回り、フッと気の抜けた隙間のような時間に、おもむろに毛繕いを始める。
腕を嘗め、足を嘗め、腹を、背中を...
指を嘗めては、まるで顔を洗うような仕草を繰り返し...
丁寧に丁寧に...時折窓の外を飛び去る、鳥の影に気をとられたりしながら。

落ち着くと、この高い場所から辺りを見回し、日の当たる暖かな場所の見当をつけて、そこに向かう。
今考えているのは、日の当たる場所での怠惰な眠り...
猫人生、気持ちの良い事最優先。

食べる事さえ出来るなら、生きる事を考え過ぎてもしょうがない。
せめて今、陽の当たる場所の暖かさを、思い切り楽しもう。

なんてね。
猫に変わりたいなんて思わないけど、日向の昼寝は羨ましい。

幸せってのは、あんな風に寝る事かも...

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月17日 (土)

ヒッコリーシャフトアイアンの大衝撃!!(続)

Bu111217


実際にコースで使用出来る「ヒッコリーシャフトアイアン」を、これから手に入れる事が不可能に近い以上、それに近いイメージのものを探そうと思った。

しかし、誰でもが一番先に考えるレディースシャフト。
これはうちの奥さんのアイアンを振ってみたが、全く違う。
まず、重さが決定的に違う。
レディースシャフトアイアンは、家にあるもので一番長く重いのが4番で340グラム。

参考までに、クラシックアイアンの黒トップ(スチールシャフト)の2番が約410グラム、ヒッコリーシャフトの2は約430グラム。(家庭用秤にて)。
面白い事に、最近手に入れた「黒トッププロフェッショナル・オリジナル」の2番は420グラムある。
しかし、手に持った「重さの感じ」は、圧倒的にヒッコリーアイアンが重い。

グニャグニャシャフトも、シャフトはカーボンのためにヒッコリーより全然軽い。
そして何より、振った感じが全然別物なのだ。
レディースもグニャグニャも、普通にスイングしようとすると、すぐにシャフトがしなってヘッドが遅れて来るのが判る。
トップでシャフトが曲がり、切り返してダウンに入る時にはそのヘッドが遅れて来るのを待ちながら、と言う感じ。
インパクト辺りでも、手が先に行かないように、しなったシャフトが元に戻り、ヘッドが「間に合う」ように振らなければ、ろくに目的の方向になんか飛ばないだろう。

ヒッコリーアイアンは違う...全体にぼてっとした雰囲気のアイアンは、その右手と左手の間が太いようなグリップと、ヘッドの接合部分が太いためにやたらと小さく薄く見えるヘッドで、先に重りのついた太い棒切れを持ち上げるイメージ...すると、ヘッドの重さのためか、スイッとトップまで上がってしまう。
トップでも、確かにしなりは感じるが、決してグニャッという感じではなく、全体にまるで天秤棒のようにしなる感じ。
それから、特に待つと言う程の事も無く、腕力に頼らずに棒切れの先の重りを加速させて行く...ここまで書いて気がついた...これこそ「きこりの斧のように」であり「餅つきの杵のように」振るイメージ!
まさにどちらも、「金属製」の棒を力を込めて「振る」のではなく、「木製」の棒をその自身の重さに任せて「振るのに手を貸す」ように振る事なのだ。

ひょっとするとこの違いは、それぞれの既成概念との戦いなのかもしれない。
我々は金属製の得物を手にすると、それが壊れない事を前提に、己の腕力と気力で相手を打ち伏せようとする。
しかし、木製の得物であれば、常にやりすぎると壊れると言う意識が、ある意味謙虚に道具を使う意識となる...決して道具が壊れるような無謀な力を、過剰に出そうとはしない。

レディースシャフトやグニャグニャシャフトが、ヒッコリーの代替えにならない以上、そんな風に「謙虚にスイング出来る道具」を見つけるしか無いだろう。
そう考えると、次の要素は「重さ」だと思う。
軽いものはどうしても、己の腕力で使おうとしがち。
ならば、重いもの。
自分が無駄な力を入れようとしても入れられないくらい、重いもの。

間違っているかもしれないが、自分なりにそんな風に結論する。
「重いクラブをクラブに任せてゆっくり振る。」

...ドライバーもアイアンも、形状や年式にこだわらず、一般的な評価の難易度にもこだわらず、スイングの流行にもこだわらず、クラブのデザインの科学的ポイントなんかにも更にこだわらず、クラブが進化しているなんて全く信じずに。

なんたってあのヒッコリーアイアン、重心深度も、スイートスポットも、ソールのバウンスも、慣性モーメントもへったくれもなんにも関係ないんだから。
...フェースはただの鉄板だし。
...ヒッコリーのシャフトは、キックポイントもトルクも関係無いし。

面白いねえ。
ゴルフを長くやっていて、こんなカルチャーショックに出会えるなんて(笑)。
(この結論は私だけのもので、正論とは言いかねます。
むしろ大暴論だと思いますので、影響されませんように(笑)...ご注意を。)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年12月16日 (金)

ヒッコリーシャフトアイアンの大衝撃!!

Bu111216

参ったなあ...
自分のこれまでのクラブに対する常識とか、あらゆる知識がひっくり返されてしまった。

1本のヒッコリーシャフトアイアン。
この前、YASOさんのカレーショップの忘年会で見かけて、同じメーカーのヒッコリーシャフトパターとともにお借りして来たもの。
「実際に打てますよ、普通のボールで打っても大丈夫です。」とのYASOさんの言葉に興味を覚えて、実際に打つつもりになった。

火曜日に練習場に行って4〜5発打ったが、ちょっと不思議な感覚に驚いていた。
それをキャディーバッグに入れて、この季節には珍しく暖かく晴れるという天気予報に、昨日多古カントリーのオープンコンペに参加して来た。
本当は11月末の自分の誕生日と結婚記念をかねて、奥さん孝行のつもりでの参加だった。
当然漫画にするつもりで、ちゃんとパーティーがあり、コースがうちの奥さんの好みの雰囲気で、という条件にはあっていたから。
(多古カントリーは自分とは酷く相性が悪いんだけど)

2ホール程、トッ散らかるドライバーとクリーブランドのアイアンで調整したあと、3ホール目の342ヤードのミドルで、ヒッコリータイム。
このソールに「2」と刻印してあるアイアンは、練習場では150〜160くらいの飛距離に見えた。
弾道が今のアイアンの軌道とは全然違う、シンプルな放物線軌道なので、実際の飛んだ距離が判りづらい。
グリップは、手袋をしたままだと滑りやすく感じるので、両手とも素手。
何となく重く、いかにも小さな薄っぺらの鉄板一枚と見えるヘッドは、とてもちゃんと当たるようには感じない。
二ホール使った自分のアイアンでさえ、押し出したり引っかけたりしてちゃんと当たってなかったのに。

ティーショット。
構えて、さあどう上げようか...なんて思う間もなく、スッとテークバック動作に入ったら、なんと収まるところに収まるように自然にトップに行く。
クラブを握っている当人が「あれ?」と驚くくらいに、自然なトップに収まったと思うと、ダウンもまた自然にクラブが下りて来て、腕の力をどうしようとか考える間もなく、インパクトしてフィニッシュに収まった。
「コヨ〜ン」とか言うような変な音と、柔らかい手応えを残して、ボールは「ボヨ〜ン」と真っすぐ飛んで行く。
「え? 何だ今のスイング..」
ちゃんと当たって、ちゃんと飛んだ事が信じられない。
ボールのところに行ってみると、残り160ヤード...つまり180ヤード飛んだ?

そこから、残り160ヤード少し短く持ってフックのイメージ...グリーンの左1メートル。
今度は短く持ってアプローチ...1メートル....頭の中は???で一杯。

それでは、と思って自分のアイアンを使うと、まるで鉄棒とトンカチで打つように感じる。
どうしても変な力を入れるしか無く、それがつまらないミスになる。

面白くなった。
オープンコンペの成績なんてどうでも良くなった。
一応コンペなので、同じ場所から2球打ったりは出来ないが、ヒッコリーを使ったあと自分のアイアンを使ったり、またティーショットからワンクラブでヒッコリーを使い続けたり...

特に最終ホール312ヤードのホールでまたヒッコリーのワンクラブにした。
ティーショットは慣れて来たので、一番スムーズに力も入らずに滑らかに振れた...当たった感触も一番良く、高い「コ〜〜ン」というきれいな音。
これが残り100ヤード。
...つまり210ヤード真っすぐに飛んだ?
自分のアイアンだと3番...だけどこんなに楽にスイングで打てないし、ちゃんと当たりやしない(むしろミスを覚悟して使うことになる)。
そこから100ヤードだが、間に松の木があり真っすぐは打てない。
上げるには、このヒッコリーアイアンのロフトは立ち過ぎていて無理。
パンチショットで左から曲げに行くと、思ったよりもヒッコリーがしなって、実に奇麗な曲線を描いて...木と正面衝突。
残り50ヤードをパンチで転がし...ラフに食われてショート...アプローチ、転がり過ぎ(笑)。

まあ、こんな調子でスコアには全然ならないが...生まれて初めて使ったヒッコリーシャフトのアイアン...本当に驚いた、感動した、呆れた。

このヒッコリーアイアンを使ったあと、自分のアイアンを使うと良くわかるのだ。
ヒッコリーのアイアンは「クラブがスイングさせてくれる。」
余計な事をしなくても、考えなくても、持って振り始めると勝手にクラブが「打ちやすい」「当たりやすい」ところに行く。
そしてあんなに薄っぺらで小さな鉄板のヘッドにちゃんと当たり、飛距離のミスも方向性のミスも驚く程少ない。
自分のアイアンをその後使うと、堅くて傲慢で、「力を入れて」「何処に上げるか」「どう振るか」を自分で決めないと何にもやってくれない。
そのくせ、ちょっとでも間違うととんでもないミスの結果を見せつける。

今のアイアンのヘッドデザインも、シャフトの堅さや重さも、グリップの質感や形も...一体なんなんだろう。
自分は、本当にそのことを考え直されている。
このヒッコリーアイアンに、一番近い現在のアイアンて何だ?
...ひょっとすると女性用シャフト?
それとも、クラシックなスチールシャフトアイアン?
少なくても、俺の今までに考えて来たアイアンの理屈は捨てるしか無い。

混乱する頭の中で、これから自分がどんなアイアンを使い、どんな打ち方考え方で振ればいいのか...
殆ど途方に暮れている。
出来るならヒッコリーシャフトのアイアンセットがあれば、それを使ってみたいが...
それは今の世の中でそう存在している訳もなく、不可能な話だろう。

じゃあ、何を使えば、このヒッコリーシャフトアイアンのように振れるんだろうか...
わからない...まだ、全くわからない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年12月14日 (水)

ゴルフ場の夫

Bu111214


T県のゴルフ場の、「シニア&レディース」オープンコンペでその夫婦と一緒になった。
50歳からの出場条件で、その夫婦は50代半ば、もう一人は50歳になったばかりの一人参加の男性。

その夫婦の夫は...うるさいゴルファーだった。
何もかものプレーに、大袈裟すぎる反応を示す。
打つ前に、不安を言い、希望を言い、先に言い訳を言い、打った瞬間に気合いを入れたり悲鳴を上げたり、打ち終わってすぐに愚痴を言い、言い訳を言い、反省し、後悔し、自分を鼓舞し、納得する。
ナイスショットには小躍りして喜び、ミスショットには世界の終わりのように打ちひしがれる。

喜怒哀楽が激しく、我々がミスショットすれば大袈裟に同情し(かえってこちらが傷つく)、ナイスショットをすればこれまた大袈裟に褒めてくれる。

決して嫌な感じではないのだが、付き合うとこちらのゴルフが普段の倍疲れるような感じ...

ただ一つ、聞いていて嫌なのが奥さんを教え、叱り、罵倒する事。
そのほとんどが、我々同伴競技者に迷惑がかかるから、という理由なのだが。

しかし、奥さんは微笑みを浮かべながら、決して反抗しようとせずに、「はい」「はい」と彼の言葉に従う。
いくら夫に怒られても、ゴルフを楽しそうにする様子は変わらない。

なんだかこの夫婦のゴルフに圧倒されてハーフが終わった時に、奥さんが「いろいろとご迷惑をかけて申し訳ありません」と言って来た。
「いやあ、そんな事ありません」と答えながら、つい「たまにはご主人に腹が立ちませんか? あんなに言われて」なんて言ってしまった。
「ああ、そんなこと全然ありませんよ。」
「私、気にしてませんし、嬉しいくらいですから。」

その後、プレー終了後のパーティーの待ち時間まで彼女と話す機会は無かったが、午後のハーフのプレーも同じように進んだ。
夫は、一打一打に喜怒哀楽を露にして、疲れ知らずのようにテンションは下がらない。
奥さんもそれなりのプレーを楽しんでいる様子が見える。

...パーティーの待ち時間が1時間程あったために、その奥さんの話を聞く事が出来た。

「私がゴルフを始める前には、離婚を考えていたんですよ」
「うちの人は、家では殆ど喋らなかったんです」
「一日に話すのは「お茶」とか「飯」とか「おい」とかくらいで、夫婦の会話は殆どありませんでした」
「仕事が忙しいのは分けるけど、家では疲れて寝るだけで、殆ど感情を表す事もなくて...」
「こんな感情の乏しい人と、これからずっと一緒にはやって行けない、と覚悟しました」
「離婚を切り出した時に、彼がゴルフを一緒にやらないか、と言って来たんです」

近所の練習場で、夫に教わりながらゴルフを始めた。
すると、ゴルフの事になると信じられないくらい饒舌になる夫に、本当に驚いたそうだ。
「ゴルフを教えてくれたときの言葉数だけで、それまでの結婚生活中の言葉の数より多かったんですよ。」
「始めて一緒にゴルフ場に行った時、こんなにうちの人って感情が一杯あったんだ...って本当に驚きました。」
「ゴルフ場であんなにいろいろな表情をして、怒ったり笑ったり、泣き言を言ったり、愚痴を言ったり...」
「うちでは口数が少ない代わりに、泣き言も愚痴も言いませんでしたから、まるで知らない人を見るようでした。」

「おかげで、離婚するつもりはなくなりました。」
「彼と生きるのが面白くなったんですよ」
「彼も、ほっとしているみたいです」
「私を怒るのも、私が皆さんに迷惑をかけているからですから、私が悪いんですし」

あの男が家では感情を殆ど表さず、殆ど話さず、奥さんと会話の無い生活をしていた、なんて...
「奥さんがゴルフを始めたあと、旦那さんは家で話をする事が多くなったんですか?」
「いいえ、あの人がああなるのはゴルフ場にいるときだけです」

「旦那さん、お仕事は何を?」

「あの、...警察官です」

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年12月13日 (火)

クラシックパターの楽しみ

Bu111213_2

これは「道具で上手くなれるなら」には、ちょっと反したお話。

多分コースでこんなパターを使って、スコアが良くなるなんてものではないだろう。
だが、他人には判らない「ゴルフの楽しみを」を楽しめるのは確かだと思う。

クラシックなヒッコリーシャフトのパター。
実は自分も以前、ヒッコリーシャフトのL字パターとして有名な「カラミティージェーン」を持っていて、ラウンドで使って楽しんでいたりしたのだが、いつの間にかどこかに行ってしまった。

それがこの前の HARE GINZAの忘年会で、久し振りにL時のヒッコリーシャフトパターを見かけたので、ちょっとお借りして来た。
その目的は、今も手元に残してあるヒッコリーシャフトのパター、「オーティークリスマン」のマレットパターとの打ち比べ。

ヒッコリーシャフトの時代には、パターはイラストのような形のL字パターが普通であったが、そこにウォルター・トラビスがアルミニューム製のT字型パター「スケネクタディー」パターで勝ちまくった。
そのため「キャッシュ・イン」パターとも言われて、一時ルール違反として使用禁止になった事実がある。
そのスケネクタディーと同じ形というのが、がオーティー・クリスマンのマレットパター。
これを、実際にどう違うのかコースで打ち比べてみようと思ったんだけど...

ちょっと風邪で体調を壊したり、仕事が急に入ったりでラウンド出来なかったので、家で打ち比べてみた結果を報告したいと思う。
このL字パターは、後ろの刻印が少し削られていて、私にはどうしても読めなくて申し訳ないが、なんだか良くわからない。

しかし、典型的な作りのL字パターで、その繊細さや敏感さは、その打感をある程度ヒッコリーシャフトが吸収してくれても、神経質きわまりない。
グリップの皮巻きがオーティークリスマンよりかなり長いのは、その神経質さをグリップの仕方でいろいろと調整しようとしたのかも。
タイトリストのV1で転がしてみたのだが、このパターで実際ラウンドしたら「入る」「入らない」に極端に神経質になるかもしれない。
スイートスポットが極狭い、ある意味凄く怖いパターだろう。

これを打った後で、T型マレットのオーティークリスマンを打つと、感触がものすごく柔らかい。
材質がアルミニュームにしても、真鍮にしても、材質の柔らかさと振動を吸収するヒッコリーシャフトのおかげで、奇妙に気持ち良い感覚が手に残る。
それにL字に比べると、スイートスポットも広く感じる。
堅い薄いヘッドのパターで神経をすり減らしていた当時のゴルファーにとって、この柔らかさとおおらかさは、すごい人気になったというのが良くわかる。
そして、キリキリと神経質になって打つパットより、こんな穏やかな気持ちで打つパットの方がずっと良く入った、というのも良くわかる。
「入りすぎる」という理由で使用禁止になったパターなんだから、これは。

なんとか実際にこのパター2本を持ってラウンドしたかったけれど、このどちらも33インチという長さが、(短すぎて)試し打ちの段階で少し腰に痛みが来たのでやめておく事にする。
でもスコア度外視で、こんな楽しみのラウンドをする事もゴルフの魅力の一つ。

どこかでこんなクラブを見つけたら、是非体験してみる事をお勧めする。
今までと違う楽しみのゴルフがある事に、きっと気がつくから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月12日 (月)

壁は右。体重は右足、右腰の内側に置け。

Bu111212


「壁は右。体重は右足、右腰の内側に置け」...ジミー・バラード。

ジミー・バラードは、「HOW TO PARFECT YOUR GOLFSWING」を書いた、ゴルフ評論家。

ゴルフスイングに「壁」をイメージしろ、とは昔から言われている格言の一つ。
こんな言葉が昔からある事自体が、簡単そうに見えるゴルフスイングの意外な難しさを表しているとともに、その理由をも表している。

よく「地面においてある動かないボールを打つのが、そんなに難しいはずが無い」と、野球やテニスや他の対戦型の球技をやっている人は考える。
なんと言っても、他の球技では対戦相手がわざわざ打ち返し難いボールを打って来るのだから。
それに比べて、地面にあって動かないゴルフのボールは、「さあ、殺せ!」とばかりに勝手に打たれるのを待っている。
...しかし、実際にそういう球技経験者、それもベテランや名手と言われる人が、その動かないゴルフボールを打とうとすると、それが意のままにならない事に驚愕する。
秒速何メートルかで動いているボールは打てるのに、動かないゴールが上手く打てない事が信じられない。

そうした運動能力の高い人が上手く打てないのは、動かないボールに対して自分が動きすぎる事が原因である事が殆ど。
あらゆる球技の中で、最長の飛距離が魅力のゴルフでは、インパクトの際のちょっとした狂いが200ヤード先ではとんでもない狂いとなって表れる。
野球でもテニスでも許される、インパクトのゆとりが、ない!
(野球なら90度の広さ、テニスならコート分の幅のミスは許されるが、それに比べるとゴルフのミスの許容範囲は恐ろしく狭い)

そこで、その動きすぎる身体に制限をかけて、ゴルフボールを打てるようにと言われる「魔法の言葉」がこの言葉だ。
不思議な事に、こうして「壁」をイメージすると、ボールはまともに当たりやすくなる。

多くいわれているのは「左の壁」のイメージ。
振り上げた手を打ち下ろす、捻った身体を捻り戻すのに、壁のイメージがないと左方向に動き過ぎ、インパクトもフォローもないスイングになってしまう人が多かったんだろう。
その前にテンプラやダフリや、果ては空振りまで発生して、ボールの行方だってとんでもないものになっていたと思う。
それが左側に壁をイメージすると、インパクトがイメージ出来、飛球線がイメージ出来、何より、手で打つ事よりクラブヘッドで打つ事がイメージされ、自分なりに再現性の高いスイングが出来るようになる。

しかし、本当は右に壁をイメージした方がいい、とジミー・バラードは言う。
確かに、左の壁をイメージする前に右に大きくスエーしていたら、左の壁をイメージしようとする動きはただの「明治の大砲」製造イメージになるかもしれない。
右に大きく動いてしまった身体からは、正確なインパクトなんて、よほどの猛練習をしなくては無理。
右足、右腰の内側でしっかり受け止められたトップがあってこそ、左のイメージだって生きて来ようというもの。
腕ではなくヘッドを使うイメージがより鮮明になる。
これは是非、右と左を体験して欲しい。
まず右の壁のイメージから。


ただ、あまり両方の壁をイメージすると、窮屈になって振れないかもしれなくなるのでご用心。
その時の必要に応じて、右だったり、左だったり...我々楽しみのゴルファーは、それもいいじゃないか...と思うんだけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月11日 (日)

微睡み

Bu111211_2


寒い日々が続くようになると、子猫も日の当たる場所を求めて動くようになる。

朝ご飯を食べて、ひとしきり走り回ったあとは、昼寝タイムだ。
今までじゃれるものを求めて動き回っていたのに、暖かく落ち着ける場所を見つけると、「ここで休むからかまわないでくれ」みたいな顔でこちらを見る。
子猫の柔らかい毛は、日の光を集めすぐに暖かくなる。

そうなると、もう起きているのが面倒になり、目がだんだんと塞がってくる。
あとは丸くなったり、伸び上がったり、十分に日の光を浴びて微睡むだけ。

子猫の一番幸せな時間に見える。

この場所は1時間後には日陰になるけれど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月 9日 (金)

憧れのランドクルーザー

Bu111209

ジムニー360バンに乗っていた当時(今から30年ちょっと昔の話)、武骨な形の4WD車は純粋に作業車であると思われていた。
そういう4駆に好んで乗る一般人は本当に少なかった。

それでも熱心な4駆乗りは全国にいて、わざわざ乗り心地の悪い4駆の乗るもの同士には、不思議な連帯感があった。
アメ車のジープから、ランドクルーザーやサファリ、それにわずか360CCのジムニーまで、好きで乗っている人は「みんな仲間」という意識があったと思う。
その証拠に、日本中何処の道路であっても、作業車以外の4駆同士がすれ違ったり出会ったりすると、お互いに手を振ったり、クラクションを鳴らしたり、パッシングライトをつけたりして挨拶をした。
そうした趣味の4駆のグループなんかにドライブ中に出会うと、数台から数十台のそのグループの人達と連続でクラクションを鳴らして挨拶し合うために、まるでお祭り騒ぎになったりした。
お互いに、こんな乗り心地の悪い車に好き好んで乗る人は、いい人達に違いないなんて気持ちになっていた、と思う。
うちの奥さんは、「こんな小さなジムニーにも、みんなが挨拶してくれるのが嬉しい」なんて、その度に感動していた。
(こうした状況は、やがて三菱が乗用車並みの乗り心地を売り文句に「パジェロ」を売り出して、大した思い込みもなく格好だけで4駆に乗る人が急激に増えてから、自然消滅してしまった。)

高速にも乗れない、よたよたジムニーに乗っていた我々にとって、憧れの車は真四角の形が印象的だった「ランドクルーザー」だった。
それも、6人乗りで後席に余裕のあるBJ44。
道路でその四角いランドクルーザーを見かけると、思わず二人で見入ってしまう程。
「あんな車に乗れたらいいね」
それが口をついて出る正直な気持ちだった。

二人目の娘が出来た時、なけなしの金を集めて、中古のランドクルーザーBJ44探しが始まった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月 8日 (木)

今からでも遅くはない

Bu111208


ビュン! という大きな素振りの音に振り返った。
音からして若い人だろうと思ったんだけど...そこにいたのはかなり年配の男だった。

その人、Yさんとはあるオープンコンペの「シニア&レディース杯」で同じ組になった。
50歳から参加資格があるという事だったが、明らかにYさんは参加者の中でも1〜2の年長ゴルファーに見えた。
他に同じ組になったのは50歳になったばかりの人と、60代半ばの人。
挨拶をすませたあとのティーグランド脇で、その音を聞いた。
「え?」と顔を見合わせる3人。

今度は3人が見ている前で素振り...「ビュン!」。
「ホントかよ..」50代の一人。
「あの...お年はいくつですか?」60代半ばの人。

「あ?  あの、私は73ですが...」

それでその素振り?
その素振りの速さは、殆ど30代、40代の人のそれと変わらず、背中にシャフトが当たるくらいまで振り切るスイングは、とても70代の人のものじゃなかった。
そして素振りの通り、実際の打球も若々しくいつも2番目か3番目に飛んでいる。

ちょっと当たり損ねると置いて行かれる我々3人は、妙に力が入って一人ずつトラブルになる。
...ハーフ上がると、3人ともスコアも負けていた。
「ゴルフは長いんですか?」
「いやいや、私は50になってからゴルフ始めたんです。」
「しかし、70過ぎてあんなに振れる人は見た事ありませんよ。」
「ああ、私、年が年ですから、結構トレーニングしているんです。」
「今でも、一日に腹筋100回、腕立て伏せ100回はやります。」
「市のトレーニングセンターにも、週3回行ってるんです。」
「年金暮らしですが、市のトレーニングセンターは月3000円で出来ますので。」

若い頃から運動が好きで、野球、テニスと続けて来たが、40代の時にアキレス腱を切ってしばらくスポーツをやらなかったそうだ。
それが50になって、友人から勧められてゴルフを始めた。
「もう諦めていた、スポーツで競技を楽しむ事が、また出来るなんて嬉しくて仕方なかったですねえ。」
「ゴルフにはたちまち熱中し、それからずっとゴルフが僕の生活の中心です。」

ゴルフを始めてから、10キロ減量し、食事に気をつけ、酒は程々にして、煙草はやめた。
はじめは走っていたが長続きしないので、市のスポーツセンターに申し込んでジム通いを始め、練習場も安い時間の打ちっぱなしに週2回。
それをずっと続けていると言う。

「ゴルフは何時始めても遅くはない」って本に書いてあるのを読みまして、座右の銘を「今からでも遅くない」にしたんです。
私、ゴルフって、続ければ絶対に今日より明日が上手くなるって信じてます。
だから、いつも打つ前には「今からでも遅くない」って言うんですよ。
そうするとクラブがよく振れるし、楽しくなります。
...圧倒されて、我々3人はその言葉を聞くだけだった。

Yさんは、そのコンペのグランドシニアのベスグロ、新ペリア優勝、それにニアピンまでとって賞品山盛りで帰って行った。

「今からでも遅くない」...俺もかなあ...

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月 6日 (火)

HAREGINZAの忘年会

Bu111206_2


昨日の夜は、一癖も二癖もあるゴルファー達が集まる銀座のカレーショップ「HARE GINZA」の忘年会。
パーシモンマスターズが縁で知り合った店長のYASOさんは、カレーショップ経営の傍ら好きなゴルフに打ち込んで、今年レッスンプロの資格を取りプロゴルファーとなった。

そこに集まる方々は、(ほんの一部の方しか知らないが)単なるスコア追求のゴルフには留まらず、それぞれのこだわりや美学を追究して、いろいろな「ゴルフの楽しみ」を楽しんでいる大人のゴルファーが殆ど。
勿論、優雅にゴルフを楽しむ方も多いが、私のような貧乏こだわりゴルファーも多い。

少し遅れて到着したHARE GINZAは、忘年会貸し切りのために既に盛り上がっていた。
特に、著しく、極めてやかましかったのが、加藤孝プロ...
忘年会の盛り上げ役が、すでに暴走していた...が、忘年会終了後、なんと成田の自宅まで歩いて帰った、という事で許してやる(笑)。
しかし、銀座から成田まで何キロあるんだ?

同じテーブルにクラシッククラブの収集と、それを使ったゴルフを楽しんでいる「セベケン」さんと、「ダッファー」さん。
それに、ゴルフの歴史と道具について、恐るべき博識を誇る「ハカセ」さん。
セベケンさんとダッファーさんは、かなりの規模のクラシッククラブの収集とともに、それを飾るだけではなく糸巻きボールで実際に使用して楽しんでいる。
スコアは当然近代兵器よりは悪くなるが、その感触と歴史への尊敬の念を味わうゴルフは、大人のゴルファーにしか味わえない深いものだろう。
ハカセさんとは、何度かメールで情報を頂いた事はあったが、お会いしたのは始めて。
その博識と資料収集、その集めた莫大な資料の整理...これは凄いものだった。
いままでイラストの仕事のために、自分でも資料を集め、図書館でも探した事はあったが...昨日持って来て頂いたわずかな資料でさえ、初めて見るものばかりだった。
さんざん探して見つからなかった昔のゴルファーの写真も、非常に鮮明なものを持っている。
...世のお手軽ゴルフジャーナリスト、作家達は気をつけた方がいい。
いい加減な事を書くと、彼の資料によって間違いはすぐに白日の下に晒されるぞ。

そしてもう一つ驚いたのは彼が若い事...まさか20代とは...

昨日の忘年会、参加者が多くてわずかな方々としか話が出来なかったが、アイアンマンカップ全出場を誇る「レジェンド」KUROさんがわざわざ持って来てくれた、純米酒の「6年古酒」がめちゃ旨く...殆ど一人で抱え込んで飲んでいた。
6年経った日本酒は、ほのかに飴色に輝いて...日本酒とは違う、何か別の「旨い酒」になっていた。
しかし、日本酒の古酒を自宅で作ってしまうとは...本当にKUROさん、ただ者ではない。

遠くで、ホッカイドードリーミンのファルコンまつばらさんが手を振り、小田プロやインチキ氏の姿も見えたが...

古酒とゴルフ話が弾みに弾んで...あっという間に11時。
料理もうまく、酒もよく、話も弾めば言う事はなにもない。

現在少し二日酔い。

参加した皆さん、来年は良い年に。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年12月 5日 (月)

飛ばしたければ、大きな筋肉を使ってゆったり振れ

Bu111205_2


「飛ばしたければ、大きな筋肉を使ってゆったり振れ」...ジャック・ニクラス。

ニクラスに関して...説明もいらない、ゴルフ界の帝王だった男。
メジャー18勝。

アーノルド・パーマーの敵役として登場したときから、その飛距離は大きな武器であった。
パーシモンの時代、ロフト13度のドライバーで地を這うような低いボールを打ち、その後3段ロケットで上昇するパーマーのボール。
それに対して、ロフト9度のドライバーで天高く打ち上げ、落ち際にフェードしてくるニクラスのボール。

ともに、現在に比べて遥かに飛ばないパーシモンのドライバーと、飛距離のでない糸巻きボールで280ヤード以上の飛距離を出していた。
多分、彼等の全盛期にいまのドライバーとボールがあったら、300ヤードクラスの飛距離を誇っていたに違いない。

そのニクラスの言葉。
「大きな筋肉」とはなんだろう。
背筋、腹筋、あるいは足や腰の筋肉...あるいはインナーマッスルと言われる筋肉...?


普通、ゴルファーが「飛ばそう」と思った時は、グリップに力が入り、前腕に力が入り、上腕に力が入り、首筋から肩に力が入り、ついでに頭に血が上って顔が充血し、鼻の穴が開き、眉が上がり、息が荒くなり、歯を食いしばる。
...まあ、そうなったら結果は殆ど、テンプラ・どスライス・チーピン・大ダフリ・果ては空振りまである。

これは本能的な行動だけど、ゴルフというゲームの奥深さ、面白さは、本能に従った行動はほぼ全てが間違いだと言う事。
ゴルフのスイングやプレーで迷ったときの行動は、殆どの場合「本能と逆の事」をする事が正解となる。
飛ばす事も同じ、という訳だ。


手で握っている道具を使うプレーだから、その道具を持つ手や、その手に続くところに力が入るのは自然な事。
そこで、ここはまるで禅問答のようだけど、それと離れた部分の筋肉を使ってみる。
手や腕から離れた部分の筋肉というのは、確かに大きな筋肉だし。
それに、手や腕を使うスイングはどうしてもリズムが速くなったり、出鱈目になったりする。
元々敏感に動ける部分であるから、自分が思っているより遥かに大きな動きをしてしまって、スイング写真を見て「え? 俺ってこんなに動いているの?」なんて思った事は誰にもあるだあろう。

ニクラスのいう「大きな筋肉」の場所が分からなくても、少なくても本能的に力が入る部分以外の筋肉を使う事...それが正解だろう。
それは、人それぞれに「腹筋」「背筋」「尻の筋肉」「太もも」「臍下丹田」・・・等々、イメージする場所が違うかもしれない。
とりあえず、それぞれそんな場所の筋肉で振るイメージを持ってスイングしてみよう。
ゆったりと振れて、しかしヘッドが意外に走るスイングを見つけたら、それで練習してみる。

そしてショップの計測器などで、そのスイングと「腕で振った」スイングのヘッドスピードの計測をしてみるといい。
腕で振ったよりも、他の筋肉を使ったイメージで振ったスイングの方が、ヘッドスピードが出ている事がきっと証明される。

...以前一緒になった巨漢のゴルファーは、「腹回りの贅肉を振り回すイメージなんです」と言って笑っていたけど、確かに太り過ぎて手が十分振れいなはずなのに、巨大な腹のターンで見事に飛距離を出していた。

例えば、こんな「大きな腹を使ってゆったり振れ」というのもアリかもしれない(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月 4日 (日)

日の当たる場所

Bu111204_2

秋の終わりから年の終わりにかけては、人のいろいろな別れが多くなる季節。
季節の移り変わりに追いつけず、時の流れの速さの圧倒され、変わらないものは何も無いという無常観にどうしようもなく覆われる。

冬の始まりの日々の、ほんの小さな暖かさを感じさせられるスペースに、まだ幼い子猫が寛ぐ。
そこはすぐに冷たい影に覆われてしまうのだが、陽の当たっているわずかな時間は、まるで南の国のようにあたたかな空気に満ちる。

その時間、そこで子猫はゆったりと身を伸ばし、毛繕いをしながら気持ち良さそうに微睡む。
いつもは疲れも見せずに追いかけ回す、紙を丸めた獲物だって、起きようともせずに手だけ伸ばす。
寝た姿のまんま、手で引き寄せたり、足で蹴ったり、噛み付いたり...

両手で抱えて噛んでいるうちに、だんだん眠くなって来たらしく、次第に目が細くなり動きが遅くなって行く。
そして、全く無防備に、腹を上に向け手を伸ばしたまま寝てしまう。

しかし、眠くなるような暖かい日射しは、すぐにその場所から逃げて行く。
日陰になって空気が急に冷たくなると、子猫は悲しそうに起き上がり、自分の寝る箱に向かう。
そこは娘がレンジで温めた「湯たんぽ」を下に置いて、上に暖かい毛布を敷いた寝床が用意されている。

これから春までは、多くの時間、子猫は日なたぼっこと炬燵と自分の寝床で丸くなる。

野良では、秋に生まれた子猫は育たないんだと言う。
秋に生まれた子猫は、拾われて育つと、寒い冬の季節を家の中で過ごすために、家に落ち着く「家猫」になると言う。

柚も普通の家猫になるだろう。
昨日、ワクチンの注射をしたとかで、今日は少し熱が出てだるそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月 3日 (土)

内山まもるさん、あなたもか...

Bu111203_2


12月1日に、漫画家の内山まもる氏が亡くなっていた、というのをニュースで知った。

彼とは、いけうち誠一氏の主催するバレンタインカップで知り合い、何度か一緒にラウンドもした。
コンペの度に顔を合わせ、挨拶をするくらいで、親しく話をするような付き合いではなかった。

しかし、端正なゴルフ漫画を描く人で、ゴルフに対する情熱も知識も深い「端正な」ゴルファーであった。
身体がどこか悪いような様子は無く、本人も健康には自信があるように見えたのだが...

本当に突然の死であったと聞く。

残念だ。
今年は、若いエリオット後藤が逝き、2007年には同い年の沖圭一郎が逝った。
バレンタインカップも、もう何人の仲間を無くしただろう...安藤しげき、石川賢...

私のようなイラストレーターよりも、漫画家の方が締め切りなどのプレッシャーやエネルギーの消費は大きいのかもしれない。
しかし、膨大な数の漫画家志望者の中から生き残って、数十年現役として仕事を続けて来た彼等は、悔いない人生を送って来たのではなかろうか。
私の立場から言えば、彼等プロの漫画家達は羨ましい存在だ。
「漫画」という世界に通用するカルチャーの担い手であり、かつ漫画として発刊されたものはその作品として、半永久的に伝えられて残されて行くだろう。
私はプロのイラストレーターとして、38年の間仕事を続けて来たけれど、自分の作品として残し、伝えて行けるものがあるだろうか...
殆ど全ての仕事が、消耗品として消えて行ったのが寂しい。

もっとも、自分の考えの中には、そう言う仕事を長く続けられて、ここまで生きて来られた事が「作品だ」なんて気持ちもあるんだけれど..

内山さん、どうだったんだろう。
あなたの人生は。

同い年の仲間、小堀洋、松田一輝、古川一郎、西山幸男の同輩達、身体に気をつけてくれ。
いけうち誠一氏、宍倉ユキオ氏、堂上まさし氏、他の先輩方、くれぐれもご自愛を。
そして、石井さだよし氏をはじめとする、バレンタインでの若手の方々、健康を過信しないで気をつけろよ...

まだ、死ぬには早すぎる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月 2日 (金)

2011年の12月

Bu111202_2


今年も、もう12月。

急に寒くなった。
とうとう、本当に奇麗な紅葉は見れずに終わったみたいだ。

もっと沢山行くつもりだったこの絶好の時期のゴルフも、いろいろと急な仕事や用事、それに悪天候と風邪で、結局去年と同じくらいしか行けなかった。
この時期には珍しく、自分なりの「いいゴルフ」も出来なかった。

少し欲求不満の貯まっている現在...暖かい日が来れば、12月と言えどあと2ー3回のゴルフをしたいけど...

いつもチェックしている「オープンコンペ」だが、最近は9ホールのコンペばかりで面白くない。
賞品はそれぞれだけど、18ホールの新ペリアで、終了後のパーティーがあってこそいろいろなゴルファーとの出会いを十分楽しめるのに。
一人でオープンコンペに参加するゴルファー達の、作家の作り事ではとても想像出来ないそれぞれの人生とゴルフのかかわり合い...それに出会いたくてオープンコンペに参加している自分としては、9ホールでカードを出し、帰り際に商品をもらって終わり、のオープンコンペでは全く面白くない。
コースにとってパーティー付きの18ホールコンペでは、料理を出したり飲み物を出したり賞品を飾ったり、手間が多くかかりすぎるのだろう。
ゴルファーにとっても、仲間同士で参加している人や友人と参加している、あるいは賞品だけが目当てで参加している人にとっては、ゴルフが終わったら待ち時間も無く道路が混む前に商品をもらって帰った方がいい、という人も沢山いるんだろう。
そう言うお手軽オープンコンペには参加する気にならないので、最近は選択肢が非常に狭められている。

今週は雨だったし、来週は仕事や用事が多いし、再来週に行けるかどうか。
12月の漫画家達の忘年コンペも参加したかったけれど、連載仕事の本文を書いて頂く作家大先生のスケジュールが変えられないとの事で、不可能になったし...

そんな事でバタバタしているうちに、今年も終わって行くんだろう。

師走だ。
流されすぎないように、ゆっくりと、ゆっくりと行くとしよう。

ああ、それに...ゆっくりと、旨い酒が飲みたいなあ...

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »