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2012年2月

2012年2月29日 (水)

心 静かになりたくて...

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きっかけは、中古クラブショップの店先で見かけたクラブだった。
「どれでも1000円と500円!」と張り紙がしてあって、古いクラブが10数本入り口の外の箱に突っ込んであった。

懐かしい、ミズノやテイラーメイドやファウンダースのメタルヘッドのクラブだった。
思わず、金も無かったのに1000円で2本のクラブを買ってしまった。
テイラーメイドのバブルシャフトのフェアウェイウッドと、ファウンダースのメタルドライバー。
昔、買おうとして結局買わなかったドライバー。

ただ、家に持って帰ったのは良いが、それを使う予定は無かった。
Tさんは、2年前に30年近く勤めた職を失ってから、パート暮らし。
奥さんとの二人のパート暮らしで、なんとか生活出来ている。
正社員としての就職は、この2年間いくら懸命に探しても見つからなかった。
その2年前迄、Tさんは会社勤めの傍ら、ゴルフに熱中していた。
会社のコンペではいつも優勝争いをする腕前だった。

そのゴルフは2年前に、やめた。
とてもそんな余裕ができるはずも無く、未練を残さないために全てのゴルフ道具は処分した。
...一時は荒れて、酒に逃げる生活もした。
それが、最近になってやっと、現実に向かい合う事が出来たのに。

それなのに、つい、またゴルフ道具を買ってしまった。
買って返った2本のクラブを前に、Tさんは一晩考えた。

その後、Tさんは散歩の途中でその店によく立ち寄り、度々1000円以下の「ゴミクラブ」を買うようになった。
古いスチールシャフトのドライバーや、時代遅れのスチールシャフト・マッスルバックのアイアン、名も知れぬパターや、廃棄処分のクラブ。
それらを持ち帰ったTさんは、自宅の小さな物置部屋に運びこむ。

そこで、Tさんは見よう見まねで、シャフトを抜いたり、ヘッドを抜いたりして時間を過ごす。
今の収入では、高価なゴルフクラブ調整用の工具は買えなかったので、主な道具は安い万力だけ。
あとは、ホームセンターで安いガスバーナーや工具セットを買って使っている。
Tさんの今の仕事は、週4日のパート。
収入は少ないが、時間は十分すぎる程ある。
あっちのクラブのシャフトをこっちにつけてみたり、長いシャフトを切って短くして付け替えたり、アイアンのシャフトを抜いてずらしてつけてみたり...

かって、ゴルフに熱中していた頃評判だったクラブを、改造して自分で作りあげてイメージする。
「このクラブだったら、きっとこういう球が打てるはず」とか、「このヘッドにこのシャフトなら、もっと飛ぶはず」とか...
どれもゴミクラブとして出ていたものだが、発売された当時はそれなりに高価だったものが多い。
なので、上手く組み合わせればかなり面白いクラブになる、とTさんは考える。
その作業をしている間、Tさんはゴルフに熱中して楽しんでいた時代に戻る。

運の悪い失業だったけど、以前の生活に戻れる可能性は低い。
ただ、こんな楽しみを見つけて夢を見るのも悪くない、と今のTさんは思う。
病気にならずに生きていて、迷惑かけずに暮らして行ける。
そして、本当にプレーを楽しんでいる人に、きっと負けずに「自分のゴルフ」を楽しんでいる。

「ただね、ゴルフの名言によくあるように、『幸運と不運の量は同じ』なんだったら、そろそろ私に幸運が来る番だと思っているんですけどね」

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2012年2月28日 (火)

ゴルフシーズンがまだ始まらない..

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2月は天気予報通りに低温が続き、ラウンドはお休みだった。
しかし、当面目標にしていた3月5日の漫画家コンペも、月曜開催という事で締め切りの関係で出られない。
3月になっても、10度以下の日とか雨の日はゴルフは出来ないし、今年の花粉がどうなるかでゴルフをしようとする気持ちも影響される。
まあ、3月で暖かくてもゴルフ場は枯れ芝のままだし、周りの風景も冬と変わらない。
結局いつもの通り、自分のゴルフシーズンは4月のマスターズが終わってから、となるんだろう。

10数年以上前のように「雪が降っても嵐でもゴルフに行く」という情熱は去り、「旅するようにコースをまわりたい」というのが今の自分のゴルフ。
それは「ラウンドする度にベストスコアを目指す」ゴルフから、「今日はどんなコースをどんな風に楽しめるか」というゴルフに変わって来た、とも言える。

当然、そういう変化で、道具に対する希望・願望・欲求も変わって来た。
「スコアを良くするためだけの道具」から、「そのコースを楽しむためのこだわり道具」へと、だ。
それは、最新のギアへの興味を無くし、自分にとってそれを使う理由を見いだせる道具へと興味が変わったということ。

ドライバーは「飛べば良い」というものから、古くても飛ばなくても「自分の打ちたい弾道で飛ぶ」ものへ。
フェアウェイウッドも、「自分の打ちたい球筋が打てるもの」へ。
アイアンは、今は「ともかく打った感触がよく、銅下メッキの美しいもの」。
パターは、こだわると腰を痛めるので、ロングシャフトのどうでも良いもの。

どれも、練習場では「これが良いかも」なんて思ってはいるが、実際にコースで試してみないと決まらない。
例えばアイアンは、黒トッププロフェッショナルの銅メッキが出始めている奴を手に入れたのは良いけれど、グリップで悩んでいる。
オリジナルの素晴らしい皮巻きグリップがついていて、それをそのまま使いたいのだが、皮が硬化していて何をしても柔らかくならない。
取り替えて捨ててしまうのが惜しいので、上に薄いテニス用のテープを巻いたのだが...微妙に太くなり過ぎて...まだ慣れない。
太さを合わせるために他のクラブにも巻いてみたが、コースで使ってないのでどうなるのか不明。

あとは花粉。
いよいよシーズン到来だが、まだ完全には症状は出ていない。
時々、くしゃみが出たり、鼻水が出たり。
一応鼻マスクと花粉よけクリームを塗ってはいるが、目がそれほど痒くはなっていないので、本格的に花粉の襲撃を受けている訳ではないようだ。
くしゃみ止めの鼻フィルムというのがあるようなので、それも用意するつもり。

さあ、3月。
ラウンド出来るかなあ...

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2012年2月27日 (月)

素振りの時には、右足かかとを上げない

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「素振りの時には、右足かかとを上げずにベタ足にして素振りをする」...ベルンハルト・ランガー。

ベルンハルト・ランガーは、メジャー2勝(1985年、1993年マスターズ)、ヨーロッパツアー賞金王2回(1981年、1984年)を誇る、ドイツのプロゴルファー。
アメリカで9勝、世界で67勝している。
現在はアメリカのチャンピオンズツアーで活躍中。

ベルンハルト・ランガーは、それほど飛距離も無く、パットも弱点とされているが、ショットメーカーとしての力がずば抜けている。
そのランガーが、ショットの前の素振りで意識してやるのが、右足のかかとを上げずにスイングする事。
彼は、かなりのフックグリップでフラットスイングというスタイルを変えずに、正確なショットを打ち続けるポイントがここにあると言う。

右足かかとを上げずにスイングすると、頭や右肩などの上体の前方への突っ込みを防止出来るし、左足へスウェイを防げる。
その上、左に壁が出来て右腕がしっかりと伸び、ボールを強く捉まえる事が出来る。
そうなると、上半身に無駄な力を入れずとも、飛距離は伸びるのだと。
勿論実際にボールを打つ時には、右足かかとは上がるし、左への体重移動もするが、この素振りの感覚が残っていると過剰な動きが防げると言う。

前に書いた、バレステロスの「右足かかとは上に上げる」というのも、やはり目的は右肩や頭などの上体の突っ込みと、左への過剰な移動を防止する事が目的だった。
このランガーの言葉もそうだが、世界一流のプロゴルファーでさえ、自分のスイングで上体が突っ込んで行くのを嫌って、これを確認するためにこんな風にチェックしている。
勿論実際のスイングでは誰もが右足かかとは上がるし、左へと寄って行くし、フィニッシュでは奇麗に膝を揃えて立っている。

我々平凡なアベレージゴルファーは、もう少しトップからダウン.インパクトでの右足の動きに注意した方がいいのかもしれない。
よくレッスン書などでは、「右足の蹴り」とか書かれているが、その「蹴る」という意識はどうしても右足の過剰な動きになりやすく、それが上体の突っ込みやスウェイを呼び込んでいるんじゃないだろうか?

我々レベルでは、ボールを飛ばしたければ腕力や上体に力が入り、それに加えて下半身も使って引っ叩けば最高に飛ぶはず...なんて思って思い切り足や腰を動かす人が大多数だろう。

ゴルフというのは、「本能の逆をやる事が正解」な事が多い。
ここは一つ、「上半身も下半身も使う」という本能に逆らって、「下半身、特に右足を大人しく使う」という事に注意してみると良いかも知れない。
世界的な一流プロが、そんなにも注意して使っている右足...ことによると、我々もうまく使えると「劇的にスイングが変わる!」し「劇的に飛ぶ!」...かもしれないぞ。

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2012年2月25日 (土)

春眠、暁を....

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今、走り回っていたと思うと、急に動きが止まる。

もぞもぞとスタンスが決まると、静かに呼吸を整える。
ふと、外の世界に気が行っても、今日は雨の土曜日。
普段は賑やかに飛んでくる小鳥の影もなく、何かの物の怪を感じさせる音も無い。

一回り走って、朝食を食べ、トイレを済ませたあとは、飼い主に遊んでくれる気がない時は、自分の居場所に落ち着くしかない。

まだまだ子猫かなあ...

静かになると、あっという間にうたた寝を始める。
目がだんだん閉じて行き、いかにも眠くてしょうがない、という顔になる。
懸命に目を開けようとしているに違いない...のに、半分くらい目が閉じてくると、身体が揺れてくる。

いつの間にかこっくりこっくりと、舟を漕ぐ。

本当に寝る気になると、前足を折って座り込んで、「さあ、寝るぞ」という体勢を作るのだけど、こんなうたた寝の時は全く危なっかしい。
人間みたいに、傾き過ぎて「おっとっと!」となったりして笑わせてくれる。

「しょうがない」こんな雨の日は、ストーブの暖かさに甘ったれて、一日だらけてぬくぬくとしていよう。
飼い主も猫も、居眠り出来る春の日は、「幸せな時間」の象徴だ。

...今日は、雨の、春の一日。

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2012年2月24日 (金)

サファリがやって来た!

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免許を取ってから、「新車」に乗るのは初めての経験だった。
「車は壊れずに走れば良い」という考えから、ずっと中古車に乗るのが当たり前だった。
大体、その頃は世界中で「日本車は壊れない」と言うのが常識だったんだし。

その期待に応えて、ランクルBJ44は壊れない車だった。
そして、新しい車は「技術のニッサン」というプライドを看板に背負った、ニッサンで一番ハードで立派な車のはず。

お金の工面には苦労しても、家族が楽に安全に...「夏だって涼しい車」...に乗れるなら、そして20年は乗るのなら、やむを得ない出費だと思って納得していた。

あまり数が出ないと言う「濃緑色」のボデイカラー、オプションとして頑丈で大きなルーフキャリアーをつけ、サイドに「ぶつけられ事故」から家族を守るために頑丈なサイドバーをつけ、シビエの強力なフォグランプを自分で取り付けた。

外観の大きさには改めて家族も驚いていたが、内装の立派さにはもっと驚いていた。
運転席には細かい調整の出来るランバーサポートが付き、助手席も後部座席もランクルBJ44と比べると別世界の豪華な作りに見えた。
後部シートがリクライニングも出来る大きなものであったので、ランクルのように内部の改造はする気になれなかった。
そして、ウィンドウも電動で、エアコンがついて、冬でもランクルのようにチョークを引かなくても一発で始動するエンジン。
殆どの内側部分が鉄板だったランクルに比べて、フルトリムとなった室内...
豪華だ、と思った。(以前がジムニーとランクルじゃね...)

家族を乗せて走ると、まず奥さんがその走行の安定性に感動する。
ダブルオーバーフェンダーで広げられたトレッドは、ランクルの180cmに対して、198・5cm。
ホイールベースはランクルの240cmに対して297cm。
カーブでの車体のどっしりとした動きは、今でもうちの奥さんが感動して話す程。
エンジンも、ランクルの3200ccから4200ccになって、アクセルをそれほど踏み込まなくても普通の運転で車の流れに乗って行ける。
(何しろ、ランクルではローで動き出すだけ、セカンドで20キロにもいかず、サードで引っ張って40キロくらい、トップでやっと50キロを超えて流れに乗る、という感じだった。)

そして何より、車内が静か(と言ってもガソリン車に比べれば、相当うるさい)。
走行中に普通の声で会話が出来るのが嬉しかった...なにより、走り乍ら音楽も聴けるのに感動した。
乗り心地も、ランクルに比べると別次元の柔らかさ。
といっても、うちの家族は私以外の全員が、普通の乗用車に乗ると車酔いするタイプ。
低い座席と、柔らかすぎる乗り心地の車には乗れない。
その点、このサファリは座席も高く、ランクルよりソフトとはいえ普通車に比べれば遥かにハードだったので、車酔いする事は無かった。

そして、クーラー。
夏に汗だくの着替えを何枚も用意しなくても、熱射病予防に水分をとり続けなくても、太陽の落ちる迄待たなくても、涼しく車に乗れるなんて....夢のようだった。


が、間もなく、「折角の新車」のサファリなのに...
「なにが技術のニッサンだ!」なんて言う事になるとは...

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2012年2月22日 (水)

冬が過ぎれば...

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ずいぶん頑張ったものだと思う。
娘一人を自分一人で育てる環境になったあと、大袈裟じゃなく普通の人の2倍働いて来た。

娘が独り立ち出来る迄。
学生から社会人になる迄。

自分で決めた事だから、弱気になる事は度々あっても、迷わずに歩いて来た。
もう無理か、と思われる時々に、思わぬ出会いで助けられた事が何度もあった。

...そうして去年、娘は大学を卒業して無事に就職出来た。
一番重かった荷物は肩から降りた。
しかし、まだマンションのローンは残っているし、自分の生活だって続けなくてはならない。
人の二倍働く事はしなくても良くなったけど、普通の人並みに働き続ける事は変わらない。
...でも、自分の楽しみのための時間を、これからは取る事が出来る。

美味しいものを食べたり、酒を飲んだり、コンサートに行ったり、少しだけ自分を飾ったり...
それと、ずっと封印していたゴルフも、また楽しむ事が出来るだろう。
ずっと以前、レッスンプロについて練習していて、ベストスコアは90を切っていたゴルフ。
もう十年以上昔の話だけれど、そのとき使っていたクラブはまだ置いてある。
ゴルフをやるなんて余裕なんか全く無かったこの十余年、それでもクラブを処分しないで置いてあったのは、「いつかまた、ゴルフを出来るようになる時が来る」という事を信じていたからか...
あるいは、そういう時代がまた来れば良い、という願いを込めていたからか...

なんだか少し楽になった休日に、久し振りのクラブを日なたに出して磨いてみた。
パターのシャフトには、うっすらと錆が浮かび、グリップは少しカビのようなものが出て硬くなっている。
ドライバーもフェアウェイウッドも、今のものに比べればヘッドはずっと小さくて、ヘッドカバーにもうっすらと埃が積もっている。

外は冷たい風が吹いていても、窓ガラスのこちらの日なたは暖かい春になっている。
その光の中、雑巾でクラブを拭いていた。
...明るい太陽の下、濃い緑のフェアウェーで真っ白いボールを打つ。
青空に白球が1本の線を引き、明るい緑のグリーンに届く。
赤い旗をつけたピンの根元にボールは落ち、若い魅力的な自分が両手を上げて喜ぶ。
若くて奇麗だった自分...
ゴルフが好きで、一打一打に喜怒哀楽の感情が溢れ出た。
このゲームをずっと楽しみ、自分が確実に上手くなって行く事を信じていた。

窓ガラスが風に動かされる音で、気がついた。
クラブを手に持ったまま、居眠りをしていたようだ。
夢の続きを思いだそうとして、ふと鏡に映った自分に気がつく。
時は流れたのだ。
十数年の時間は、自分の顔に、手にしたクラブにその証拠を残し、昔には戻れない事を確認させる。

でも、全部のクラブを磨き上げたとき、自然に考えた。
...「ゴルフをまた今年から始めたい。」

「ゴルフは人生に似てる」とよく言われるけれど、もし本当にそうならば、人生を知らなかった昔の自分より、より深く人生を経験した今の自分の方が、ずっとゴルフを楽しめるはずだから。
記憶にある若い自分が遊んだゴルフは、「ゴルフのジュニア版」であって、もっと楽しくてもっと深くて、もっともっと素晴らしい「大人のゴルフ」はこれから始まるって事。

何時になるかわからないけど、きっと今年の春以降、自分はまたゴルフを再開出来るだろう。
勿論百なんか絶対切れない、下手くそゴルファーのはずだけど、そこには以前の何倍もゴルフを楽しむ自分がいるはずだ。
練習を始めよう。
ちゃんとこのクラブを使えるようになろう。
ルールもきちんと勉強しよう。
ボールとグローブも必要だ。

...ああ、それから、涙が出るのを我慢する練習も必要かもしれない...

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2012年2月21日 (火)

花粉と低温

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気温が10度以上になったらラウンドしたい、と思ってはいるんだが...今年の気候は、寒波の冬が長くて、春の気配はなかなか感じられない。

それでもこの2〜3日、くしゃみと鼻水が出ているので、花粉は間違いなくその辺を飛び始めている。
鼻水が出る前に、鼻水止めや鼻マスクをして被害を事前に防ぎたいんだけど、どうもうまくいかない。
寒くてもダメ、花粉が飛んでもダメ、という若い頃とは違って来た自分の体調の変化が、本当にまだるっこしい。

珍しく週1回の練習は続けているが、「当たって来た」という感覚はまだ全然感じられず、ただ身体を慣らしているだけという状態。
3月5日に漫画家コンペがあるが、月曜日という事で締め切りとの調整が難しく、まだ参加を決めかねている。
ラウンドを全くせずに、いきなりコンペ参加というのもなんだか気が引けるし、まともなゴルフになるような気もしない。
今年は、去年のような「チーピンばっかり」で大叩きするようなゴルフはやりたくないが、そうならないような手応えも、まだ確かなものは感じていない。
グリップを変えて、クラブを変えて、さてどんな風なスイングが良かろうか、と試行錯誤は続くだろう。

...今年の花粉は、「例年より少ない」というニュースが流れているが、鼻に花粉が入れば出る症状はいつもと変わりない。
鼻水地獄とくしゃみ地獄。
目のかゆみと集中力の弱まり。
落ち着くのは、梅雨の頃。

鼻マスクと、イオンでなんたらと、目薬と鼻水止めで、どのくらい軽くこの花粉を抑えられるかだ。
春は、何時からこんなに苦難の季節になったんだろうなあ...

まずは気温が上がってからだけど。
...今週も練習には行こうと思う。

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2012年2月20日 (月)

右のかかとは、真っすぐ上げろ

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「飛ばしたい時には、右足のかかとは飛球線方向ではなく、真上に上げるように意識する」...セベリアーノ・バレステロス。

セベ(セベリアーノ)・バレステロスは、2011年5月に54歳の若さで亡くなった。
それ迄の常識を覆すような、破天荒なゴルフをするハンサムなスペイン人だった。
攻めまくる姿勢と、天才的な小技の冴えで、若くして世界で注目されたバレステロスが、メジャー勝利わずかに5勝というのは、本当に不思議な気がする。

そんなバレステロスが、こんな言葉を残している。
ダウンからフォローにかけて普通のゴルファーは、右足かかとは左足に寄って行くような形に上がる。
自分でクラブを振ってみると判るが、インパクトではどうしても右膝が左膝に寄って行って、右足かかとも左の方向に寄って行って上がるものだ。

特に左に身体がスウェイする人、上体が突っ込む人、身体の開きが早い人は、間違いなく右かかとは左方向に上がっているはずだ。
そういう人がこのバレステロスの言葉を思いだして、右足かかとを「上に上げ」るつもりでスイングすると、それらの悪癖が収まるのだと言う。

実際に右足かかとを真上に上げるつもりでスイングすると、いつもよりヒールアップのタイミングが遅くなる。
そして、体重が左に移り難く、右足に体重が残っているうちにインパクトを迎えるようなスイングになる。
...しっかりと「ビハインドザボール」の形のインパクトになる。
右肩が前に出難くなり、身体が開き難くなる。
その結果、何時もよりボールが掴まりやすくなり、強い球が出る。

が、しかし...セベの身体は普通の人より柔らかかったという。
身体の硬い人がこれを意識しすぎると、今度は腰が回らなくなり、手だけでボールを捉まえに行く「
手打ち」になり、左引っかけが多発するようになる。

「右足かかとを上に上げる」事を意識してスイングすれば、「ビハインドザボール」の形はしっかり作れるはずだから、あとは自分の身体の硬さとか、それで出てしまう「球筋」を見て自分で調整するのが良いだろう。

...普段のスイングでは多分意識しないであろう、「右かかと」の上げる方向を意識するだけで自分のスイングが変わるのを体験出来る。
次の練習では、是非試して欲しい。
名手の言った言葉は「一服の良薬」とも、「一服の毒薬」ともなると言う事、しっかり確認できるから。
もし、自分で体験した事の無い「掴まり」を感じたら、この薬は飲んでみるべき。
その後うまくいくかいかないか...それは服薬する薬の「量」の問題か、「種類」の問題か、自分で体験して判断するしかない。

ただ、世間の格言では「良薬は口に苦し」なんて事いわれているけれど、ゴルファーって種類の人間は、「効き目が速くて旨い良薬」を探している人間が殆ど。
苦い薬なんて、絶対に買おうとはしないはず。
じゃなけりゃあ、宣伝文句につられて「前のより飛ぶ」というドライバーを、あんなにとっかえひっかえする訳ないんだから。

さて、セベの薬、どうします?

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2012年2月19日 (日)

冬はまだ..

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冬はまだ立ち去る気配もなく、梅の花の蕾はまだ小さい。

ガラス一枚の向こう側は、明るくて魅力に満ちた世界に見えるだろうが、まだ子猫の身には冷たすぎる風が吹き抜ける。
こうしてぬくぬくとした世界から見れば、飛ぶ鳥の影も、飛んで行く枯れ葉も、魅力に満ちた獲物に見えるんだろう。
窓から外を眺めるお前の姿は、外の世界に対する憧れで一杯のようにも見える。

あとひと月もしたら、日はもっと暖かい日射しを与えてくれるし、風ももっと暖かくなる。
それまでは、やっと冬毛が揃って何となくふっくらとした身体を、更に丸めて冷たい冬をやり過ごそう。


最近、人が訪ねて来た時に、ドアの隙間から脱走する事が何度かあった。
一旦脱走すると、追って行っても掴まらない。
名前を呼んでも、振り返るだけで、逃げて行く。
ただ、まだまだ中身は子猫なので、気に入っている「ねこじゃらし」を持って誘うと、簡単に捉まえられる。
人間に育てられた子猫には、外の世界で一番怖いのは、「猫嫌いの人間」だと言う事を教えなくちゃいけないし、縄張りを持つ野良猫の恐さも教えなくちゃいけないなあ。

さて、この猫は家で住む事で満足する猫なのか、外に出たがる猫なのか...3月になると避妊手術をする事になるらしいので、その後性格が決まるらしい。

のどかな子猫生活をもう少し続けさせてやりたいんだけど、春になれば現実がいろいろと迫って来る事になる。

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2012年2月17日 (金)

ランクルからサファリへ

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憧れていて、愛着を持って乗っていても、錆やディーゼル規制で乗れなくなって行ったランドクルーザーBJ44。
娘達もあちこちに遊びに連れて行きたいし、ゴルフにも仕事にも車で出かけなくてはいけない機会が増えた。

特にジムニーの頃から、毎年一週間以上かけて夏に行っているキャンプや旅行の事もあり、どうしてもクーラーのついた車に変える必要があった。

BJ44の代わりの車となると、普通ならまず同じトヨタの60系だったけど...
クラシカルな雰囲気の44に比べて、なんだか丸く太くなった60系は「太り過ぎのランクル」と言う感じで、あまり気に入らなかった。
そんな事で、始めは安い中古車探しから始めたのだが、三菱パジェロのヒットのために4駆ブームが起き始めていて、4駆はどんな車も決して安くは無くなっていた。

探しても中古車では適当な車は見つからず、やむを得ず「10年以上乗るから」と言う事で新車に目標を定めた。

最初は、同じトヨタ。
営業の人に、今までランクルに乗っていたから、それを下取りしてもらって、同じランクルの新型が安くならないか、と交渉。
このとき、この営業の男は今まで乗っていたランクルを見て「こんな車、とても下取り出来ません」「むしろ、廃棄料がかかります」と言いやがった。
おもわず「お前のとこの車を大事に乗っていたのに、その言い方は何だ!」と言ってしまった。
で、トヨタは除外。(この営業、あとで上司に怒られて謝りに来たが追い返した。)

パジェロは、乗用車のように乗る人が増えていて、軟弱に見えたので除外。

いすゞやジープも検討したが除外。

で、残ったのが(と言うより、最初からこれに目を付けていた)ニッサンのサファリ。
ランクルと双璧をなすハード4駆の雄。
ランクルもサファリも海外でのハード使用で評価を上げた、隠れた日本の名車と言える。
日本国内では消防車などの特殊用途に多く用いられたので、一般にはあまり知られた車ではなかった。

この当時のサファリは、新しく「ダブルオーバーフェンダー」「ハイルーフ」「乗用車並みの室内装備」という、自分の理想に近い車となって売り出していた。
問題は値段が高かった事。
ただ、10年以上乗る事だし、エアコン装備と子供達にも優しい乗り心地、それにランクルと同等の悪路走破性、ハイルーフで室内が広い、基本的な構造の頑丈さ、安いディーゼルでの5速MT、と条件は完璧だった。
そのため頭金を払い、あとはローンということで、初めての新車に乗る事になった。

...実車を初めて見たとき、奥さんが言った言葉...
「大きい! まるで戦車みたい!」

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2012年2月16日 (木)

今年のグリップ

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昨シーズンは、年間を通して特に球筋が安定しなかった。
...この十年程はあまり練習をしないので、元々そんなに安定した球筋ではなかったけど。

昨年多発して困ったのがチーピン。
そんなに振るつもりじゃないのに、ダグフックの連発で困った事が多かった。
特に真夏のブロガーズコンペで、いきなりのチーピン連発で打ち直しの連続となり、途中で前の組に1ホールあけられた時に(決して後ろの組を待たせた訳じゃなかったが)、同じ組の男に「こんなに遅れたのは初めてだ」と言われた事は、自分のゴルフ人生最大の屈辱だった。
その上、秋の漫画家コンペでも、打とうとしているフェードボールが殆ど逆球のチーピンとなった時、さすがにスイングなりゴルフなりを徹底的に変えなくちゃダメだと覚悟した。

とりあえず、年の割にオーバースペックと感じていた、白マナの73XシャフトのドライバーをSXシャフトのものに変えた。
ドライバーを変えてからは2ラウンドしただけだが、それでもやはりチーピンが出る。

自覚する原因は、強すぎる右手の握力。
それが証拠に、ダブルオーバーラッピンググリップではチーピンは出ない。
ドライバーは軽いフェードかドローになるし、アイアンの切れも良くなる。
しかし、ダブルオーバーラッピングでゴルフをしていると、右手中指がねじれて来てだんだん痛みが強くなり、最後は打つたびにクラブを握っていられない程になる。

かといって、インターロッキンググリップで握ると、やはりチーピンは出ないものの右手薬指が痛くて続けられない。
まあ、こうなるのはグリップの仕方が間違っているんだろうけれど、「痛いゴルフ」はしたくない。

で、最近試行錯誤して、何とかなりそうなのが右手を極浅く指先だけで握り、右手小指と左手人先指の交差は軽く指がくっつくくらい軽くするもの。
こうすると、ダブルオーバーラッピングのように、アイアンではヘッドの走りを感じられる。
スクープソールの黒トップでも、きちんと切れの良いフェードが打てるし、指も痛まない。

ただし、今の所ドライバーが今ひとつ。
チーピンは出ないが、時々大きなスライスが出る。
これはドライバーが、ミズノの300S・デュアルアクティブ90シャフトためかもしれないので、これから400ccオーバーのドライバーで試してみて、曲がりの少ないものを選んでみる。

...今日あたり、鼻のグズグズが始まっている。
これからあと、気温が10度を越えてくれば今シーズンのゴルフ始動のつもりだけど...花粉症の恐怖が同時に始まる。
救いは「今年の花粉は例年より少ない」と言うニュースだけ。

実際にコースで試してみなければ判らないが、今の所、今年は「軽〜いインターロッキンググリップ」で、行くつもりでいる。
まあ、どうしてもダメだったら、「困った時のハンマー打法」で行くかもしれないけど。

...こんな時間も、ゴルフの楽しみの一つかな(笑)。

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2012年2月15日 (水)

練習する人

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駅からちょっと離れた住宅街の奥、気分転換に散歩する道沿いの家の庭でその男を見かけた。
年は60代...と言っても、それは最初に見かけた10年以上前の話だが。

たまたま、午後3時半に通りかかったので気がついたのだが、男は毎日雨が降らない限り、3時から4時までのほぼ一時間ゴルフの練習をしていた。
最初に気がついた時には、自分の家の駐車スペースにマットを敷いて、そこに紐のついたプラスチックのボールを乗せて打っていた。
男の振っているクラブは、古いスチールシャフトのパーシモンのドライバーと、これも古いスチールシャフトのフラットバックアイアンだった。

いつも真剣に顔を真っ赤にしてボールを打っているので、立ち止まるとその練習の邪魔をするような気がして、話しかけたりは出来なかった。
スイングは、トップでシャフトがクロスし、フォローで左肘が引けて右足に体重が残ってしまう、典型的な自己流ダッファーのスイング。
しかし、同じリズムで紐のついたボールをマットにセットして、フルスイングする...それを、見事な集中力で繰り返していた。

しかし、「マットの上からプラスチックのボールを打つ」と言う動きは、静かな住宅地では意外に大きな音が響き、離れていても「あ、また彼が練習しているな」とよくわかった。
少しその道を歩かない時期が続き、しばらくの時間をおいてその道を通りかかったとき、音が違っているのに気がついた。
見ると、練習する雰囲気は同じだったが、紐のついたプラスチックボールではなく、マットにセットしたゴムティーをボールのように真剣に打っている。
その音は、以前の「ビシュッ・カツーン・カランカランカラン」から、「ビシュッ・ビチッ」となって、音が大分静かになっていた。
...紐のついたプラスチックボールが壊れたか、あるいは周囲の家から「うるさい」と言われたか..

そのゴムティーを打つ練習は、何年も続いた。
そんな単調な練習をよく毎日続けられるものだ、といつも感心していた。
一回一回、彼のスイングの真剣さは途切れない。
スイングも、初め見かけた時と変わらない。
ただ、ゴムマットはだんだんすり切れて、緑色の部分は薄くなってきて、彼のパーシモンも遠目にも傷んで来ているのが判るようになった。
グリップも、明らかにすり減っていて、彼のグリップした形に凹んでいるようにも見えた。
アイアンも錆が目立って来た。

また時間をおいてその道を通りかかると、その練習音が聞こえなかった。
彼の練習していた家の駐車スペースの横には、以前見かけた時よりも更に擦り切れたマットと、古いクラブが2本、家の壁に立てかけてある。
「練習時間を変えたのかな?」
「それとも...」

それから半年くらいの間、通りかかるたびに見ると、マットとクラブはそのまま置いてあった。

それからまた時間が過ぎて、最近通りかかったその家には、もうマットもクラブも無くなっていた。
彼の姿も、ずっと見ていない。


今でも、散歩してその家の近くを通るとき、なぜか耳には彼の練習している音が聞こえる気がする。
ああ、そうだ。
俺も、あなたぐらいに真剣に練習して、真剣にスイングしなくちゃいけないね。

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2012年2月13日 (月)

ゴルフボールは、何もそんなに遠くに飛ぶ必要は無い

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「ゴルフボールは、何もそんなに遠くに飛ぶ必要は無い」...ハリー・バードン。

ハリー・バードンは、19世紀末から20世紀はじめにかけて活躍した、英国の名ゴルファー。
全英オープン7回優勝した他、1900年の全米オープンに優勝したという記録もあるが、その名が「バードントロフィー」と言う、その年の最小平均ストロークのゴルファーに与えられる賞として残っている事でもその名手ぶりが判る。

そのスイングは「オープンスタンスでアップライト」で、それまでの「クローズドスタンスでフラット」という流れを劇的に変えたゴルファーと言われる。
その他に、バードングリップ(今で言うオーバーラッピンググリップ)を発明した事でも有名。

その名手が、1900年頃に発明されたハスケルボール(ゴムの糸巻きボール)が、それまでのガタパーチャボールより30〜50ヤード飛ぶため、大流行した時に語ったのがこの言葉。

結局それほど飛距離が出てしまうと、それまで有効でゴルファーを悩ませていたハザードを、皆が軽々と越えて行く事になり、ゴルフの魅力が無くなってしまうと言うのだ。
ホール攻略に頭を使い、練習を重ねて努力して対抗して来たものが、いとも容易くバーディーやイーグルをとれるようになり、ゴルフは単なる数字の競争になってしまうと....

今の状況に似ていないだろうか...
プロの試合はパー4は、殆どのコースでセカンドにショートアイアンかウェッジ。
パー5は普通にツーオンして、バーディーをとるのが当たり前。
若い力のある飛ばし屋ばかりが有利になり、年老いたベテランに勝ち目は少ない。
長年鍛え上げ、磨かれた技術よりも、若いパワーこそが勝つ条件となる。

現実には、パットが特別上手いルーク・ドナルドが賞金王になったりする事もあるが、飛ばし屋対策に距離を長くしたコースでのメジャーなどでは勝ち目は薄い。

そういうゴルフは、大味で詰まらなくなり、ゴルフ本来の面白さを無くしてしまう、と言うのがハリー・バードンの言葉の意味。
それは、後年ジャック・ニクラスも同じ事を言い、「飛ばない」ケイマンボールを作ったりする。
まあ、ケイマンボールはあまりにも飛ばなかったために、ゴルフの一番の魅力であった「飛び」の面白さがなくなり失敗であったが...

一般のアマチュア...普通の楽しみでやっているゴルファーにとって、「飛ばし」は他の競技では味わえない「ゴルフだけ」の魅力なのだから、これが失われるとゴルフの魅力のほとんどは無くなってしまう(誰でも200ヤード近く飛ばせるスポーツなんて他には無い)。
だから、普通のゴルファーは飛ぶボールで良いし、飛ぶ道具でも良い。

ただし、プロはバードンの言う通り、「ボールはそんなに飛ばなくても良い」と思う。
最大で300ヤードしか飛ばないボールにするか、「ものすごく曲がりやすいボール」にするべきだと思う。
例えば、本当にほんのわずかなミスヒットでも、数十倍数百倍大きく曲がるボールだ。
完璧なスイングで完全に正確なヒットをした時だけ、「飛んでも良い」ボールなら良いかもしれない。
パワーさえあれば誰でも飛ばせるボールなんてのは、プロは使用禁止にするべきだ(勿論道具も、飛ばせないものを使うとか..)。

で、バードンさん、申し訳ないけど...ダッファーである我々は、多分これからも「もっと飛ぶボール」を探してゴルフ楽しみますので、それはどうぞ目をつぶって見逃してくださいな。

何しろ、気持ち良く飛びさえすれば、この世の悩み、苦しみ、悲しみ、ストレス、失意、後悔等々、沢山の積もり積もった重たいものを、空の果てまで吹き飛ばす事が出来る...ような気がするもので...

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2012年2月11日 (土)

日溜まりの中で..

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外は冷たい風が吹いていても、ガラスのこちら側には暖かい日溜まりがある。

まだ子猫の猫は、ただ気持ち良さそうに横になっている。
人に育てられた猫は、全く無防備に、安心しきって日の光の中に身体を伸ばす。

運命とは不思議なものだ。
この猫の寛いだ姿に、思わず笑ってしまう飼い主の元に、野良として生きていたこの子猫の兄妹も親も、この厳しい冬を越えられずに凍死してしまった、という知らせが届く。

野良の生活にとても耐えられない程、育ちが遅く、弱く、小さかった猫はこうして人に飼われて日溜まりの中で微睡んでいる。

その力と敏捷さと気迫で、野良で生きようとしていたこの猫の兄妹や親は、その戦いに敗れて去って行く。

...人も猫もそんなものなんだろう。
結果を知らない運命の中で、何が正解かなんて死ぬ時まで判らない。
そして結果がわかった時だって、後悔しなければ答は一つじゃ無い。

さあ、子猫よ。
お前は兄妹や生みの親に別れを言おう。
お前はお前として行きて行くために。

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2012年2月10日 (金)

さらば、愛しのランクルBJ44

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初めての、ちゃんと車の流れに乗れる車だった。
ずっと憧れだった車。
家族で何処へでも行ける車。
壊れない、頑丈な車。

そんな車だった、ランクルBJ44。
10年間乗り、14万キロを超えた。
しかし、武骨であり、まるでクラシックカーのような外観のデザインは、要するに鉄板をただ直角に張り合わせたようなもの。
垂直に立った壁は、内部容積を増し、室内の広さは大したものだった...が、それは溶接部分が直角に近い所だらけで、青空駐車しか出来ない状況では雨露がいつもそこに留まり、錆が発生する。
それが判っているからマメに錆び止めを塗るのだけれど、10年も乗ると接合部分は何処も錆が浮いて来てしまう。
やがて、左右のウィンカー取り付け部分は錆で取れそうになり、前輪のフェンダー裏は錆だらけでボロボロと崩れ、あちこちの接合部は穴が空いて向こう側が見えてくる。

「もうダメかな」と思いだしたのは、遂に運転席の床下に穴が空いた時。
上に乗せていたゴムマットを剥がすと、いくつも穴が空いて地面が見えていた...
冗談ではなく、足元から地面が見えていて走るのは、床が抜けそうな気がして結構怖いもの。

10年経ったある時、走行中に錆びてマフラーが落ちた時に、買い替える事を決心した。

ランクルBJ44は、うるさい車だった。
走行中は激しいエンジン音と走行音で、普通の声での会話なんてとても出来なかった。
車の流れに乗れる、とは言っても、ローでは動き出すだけ、急いでセカンドに入れるとやっと普通の車のロー並み。
サードで思い切り引っ張り、やっとトップで流れに乗れる...オーバートップギアはついていない4段ギアのために燃費はそれほど良くないが、軽油が安かったためにそれほど負担は大きくなかった。
トップギアで走っていても、普通にスピードを出せるのは100キロまで。
100キロを超えると、その空気力学を無視したほぼ直角だらけの車体設計のために、前面投影面積は馬鹿でかくなり、スピードはいくらアクセルを踏んでも大して上がらない...ただエンジン音が大きくなるだけ。

しかし、このクラシックカーのようなデザインが好きだった。
蒸気機関車の魅力とも似て、なんだか生き物のような存在感をいつも感じていた。
武骨で無愛想で、いざという時には頑丈で力強い...悪条件になるほど、その真価を発揮する...いわば、自分の好む男のあり方のような気がしていた。

10年の間、その4駆の力強さで、いろいろな所で落ちていたり脱輪した車を引っ張り上げた数、10数台。
自分で落ちかけて、引っ張り上げたのが1回。

ランクルに惚れ込んで乗った10年。
ほぼ乗り潰すくらい、十分乗った気はした(5年落ちを買ったから15年分か)。

...買い替えにあたっては、やはりランクル系でと思っていたのだが...

(続く)

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2012年2月 8日 (水)

ありがとう

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なんとか就職できた。
小さな会社だけど、安い給料ではあるけれど、やっと社会人として歩き出せる。

小さなマンションの部屋には、宅急便の配送カバーの中に入れたままのキャディーバッグが立てかけてある。
一つの夢は破れて、一つの夢が始まる。
実家を遠く離れての社会人生活は、全く新しい生活。
今現在、そこに「ゴルフ」はない。

中学時代に、父に連れられて行った練習場。
そこでレッスンプロに才能を見いだされて、本格的にゴルフを始めた。
高校時代には、地方の小さな試合だけれど、上位入賞を続け優勝も何度かした。
期待されて、ゴルフで大学に推薦入学した。

そうしてゴルフを続けるために、普通の会社員だった父は、自分のゴルフをやめて会員権を売り、車も手放して全面的に協力してくれた。
私の試合の結果に、家族で一喜一憂してくれた。
当然、将来はプロになって父が自分にかけてくれたものを、倍にして返してあげるつもりだった。

大学に入ってゴルフ部に入り、プロになるために力をつける...つもりだった。
しかし、甘くはなかった。
同じゴルフ部のほとんどの人は、普通の家庭よりずっと裕福な人が多く、練習したければ強くなりたければ、余計に金のかかる世界だった。
奨学金と実家からの仕送りだけでは、とても試合のレギュラーになるための練習代にも足りなかった。
勿論バイトもして、出来る限りの努力はしたつもりだったけど...とうとう大学ではレギュラーにはなれなかった。
スコア的には上位の力はあったと思うが、アマチュアの試合に多い「マッチプレー」に弱かった。
「ここ一番」の勝負には殆ど勝てなかった。
マッチプレーの、「相手の弱みをとことん突く」とか、「溺れかけた人間を更に上から押しつぶす」...そういう気持ちになれなかった。
...「相手の不運を願い、喜ぶ」勝負に徹しきれなかった。
アマチュアの試合でそうなんだから、自分はとてもプロではやって行けないと早い段階で自覚するより無かった。
ゴルフには、辛さの方が大きくなって、少しも楽しめなくなっていった。
父にそんな事情を報告し、3年でゴルフをやめると言った時には、「お前に悔いが無ければ、それでいいんだ」と言ってくれた。

大学3年から必死で就職活動をして、故郷から遠く離れた東京で、やっと小さな会社に就職出来た。
ゴルフする余裕はもう無いだろうと、ゴルフの道具は全て実家に置いて来た東京だった。

...ある日、宅急便で自分のゴルフバッグと靴や服が送られて来た。
バッグのポケットには、「そのうちにする機会もあるだろう」と父の字で書いてある手紙が入っていた。

まだまだ仕事にも東京暮らしにも慣れて無いし、ゴルフをする気持ちは全く無い。
今はまだゴルフは「楽しい」よりも、「辛い」という気持ちの方が大きい。
キャディーバッグは送られて来た時のまま、部屋の隅に立てかけてある。

そういえば...卒業して東京に来た後、母から「お父さん、久し振りにゴルフをしに行ったのよ」と聞いた。

あと5年もしたら、自分もまたゴルフをしたくなるかもしれない。
そうしたら、父と一緒にラウンドを楽しめるかもしれない。

そうしたら、
そのスタートホールのティーグランドで、改めて「父さん、どうもありがとう」って言うつもりだ。

...きっと父は、そのティーショットをミスするはずだ。

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2012年2月 7日 (火)

試合中継

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もう、ヨーロッパもアメリカもゴルフシーズンは始まっている。
ゴルフネットワークやゴルフチャンネルを通して、それらの試合が見ようと思えば見られる環境になっている。
日本の試合が始まるのはまだ先だけど、どちらにしてもそれらのテレビ中継を見て「今年のゴルフシーズンが始まる!」というワクワク感は全く無い。

ハワイアンオープンにしたって、南アフリカでの試合にしたって、ちょっとテレビをつけてみるが...すぐに消してしまう。
自分のゴルフは、「暖かくなれば」、「花粉を抑えられれば」、「身体に故障が無ければ」、何時だって始めたい気持ちは満々なのに。

思えば、ゴルフを始めた当初(1985年頃から)は、ゴルフのテレビ中継は内外問わず殆ど見ていたような気がする。
プロのコース攻略や、距離に対する番手、トラブルに対する技術、自然条件に対する対応法...全てが参考になった。
それは、金属ヘッドのウッドと、カーボンシャフト、2ピースや3ピースボールの登場まで続いた。
パーシモンに糸巻きボール、スチールシャフトにマッスルバックアイアンの時代は、プロの番手選びや打ち方が参考になったのだ。
勿論、プロのやる事を自分も出来たらプロにだってなれてしまう訳だが、いくら失敗しても「同じ条件でトライする」事が楽しかった。

あのニクラスだってバレステロスだって、自分と使う番手は1クラブ程度しか違わなかった。
勿論パーシモンでの飛距離は20ヤードくらい違うし、アイアンの番手もフルショットではなかったが。
...でも、参考になった。

ゴルフというものは、絶対に「見る」より「やる」方が面白いゲームだ。
サッカーや野球と違い、自分がやる事が前提になっているスポーツだ。
だから、見ている時に自分のプレーと比べて、「凄い!」とか「上手い!」を身近に感じる事が出来る。

...それが最近は全く無くなった。

テレビを見ていても、ドライバーは300ヤードを超えるのが普通。
ロングホールは600ヤードでも簡単にツーオンし、ミドルホールは460ヤードなんてのがショートアイアンでツーオンだ。
200ヤードを超えるショートホールもミドルアイアンで楽々乗せる。
コース全長は7500ヤード程度で、楽に二桁アンダーが出る。
どういうコースであれ、ショットに大したスリルはなく、結局グリーン上でワンピン以上のパットがどれだけ入るかで勝負が決まる。
もう、飽き飽きだ、こういうゴルフを見るのは。

結局、急速な道具の進化は、我々一般ゴルファーに対しても飛距離やミスに対する許容性を増しはしたが、プロの方がその何倍もの恩恵を受ける事になったのだ。
我々は、やはり「市販のものに自分を合わせる」(たとえ「カスタムフィッティング」とやらを受けたにしても)のが普通なのに、プロは完全に自分に合わせて、自分の最大の力を発揮出来る道具を手にする事が出来る。

その結果(ボールの進化も加わって)、馬鹿馬鹿しい飛距離の飛ばしっこになり、何の参考にもならないアイアンの番手使いとなり、プロの試合は普通の一般ゴルファーとは関係のない安っぽいショーになってしまった。
ゴルフ中継を見る事は、我々にとっては遠い世界の絵空事になり、視聴率は限りなく低くなって行く。

ニクラスがずっと前に鳴らした警鐘を、今こそ我々は再び考えるときじゃないだろうか?
...「進化し過ぎた道具は、ゴルフの魅力をスポイルする」
「飛ぶ事」がゴルフ最大の魅力であるために、彼の考案した「飛ばない」ケイマンボールは大きな流れとはなり得なかった。
しかし、今の状況を見てみれば、ニクラスの言った通りになって来ているんじゃないか?
せめてプロの試合は「最大飛距離300ヤード以内」のボールを使うべきではないのか?

まあ、今は実現するのは無理な話なんだろうけれど。

...ともかく、今のゴルフは見ても全くつまらない。
今年もテレビ中継は、メジャー競技以外は見ないだろうなあ...

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2012年2月 6日 (月)

同じミスを3回続ける人は、アホや!

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同じミスを3回続ける人は、アホや!....戸田藤一郎。

戸田藤一郎は1914年生まれのプロゴルファー。
1930年代から1970年代にかけて活躍し、1939年には「日本オープン」「日本プロ」「関西オープン」「関西プロ」という当時の年間グランドスラムを達成した。
158センチの身長ながら、強烈な右手の力を生かした「トイチのパンチショット」で一世を風靡した。

「ゴルフの鬼」とも「最強」とも呼ばれた、クセのある名ゴルファーの言葉だから、この言葉には迫力がある。
多分、この人が先生で、目の前で3回同じミスをしでかしたら、ぶん殴られるか「ゴルフやめろ!」とか言われるんじゃないだろか...

しかし、凡ゴルファーにはよくあるはず、この「3連続」というミス。
皆、身に覚えがあるだろう。
「3連続OB」、「3連続シャンク」、「3連続ダフリ」、「3連続トップ」、「3連続グリーンオーバーかショート」、「3連続ミスパット」....

最もいけないのが、3回連続殆ど同じミスをする事...同じクラブで同じ場所から同じ事をする。
気持ちとしては「おかしいな?」とは思っても、「そんなはずは無い」とか「今度は大丈夫」なんて考えてやってしまうのだが、当然「アホや!」と言われて返す言葉も無いバカな結果となる。
..クラブを換えればいいいいのに。
狙いや攻め方を、考え直せばいいのに。

そう頭では思ってはいても、意地になる部分があったり、練習ではうまくいったので「こんなはずでは」という気持ちがあったり...見栄や、未練や、疑念や、興奮や、自虐の気持ちが邪魔をする。
一度でも「3連続」というミスをした経験のある人は、自分を「アホなゴルファー」だと自覚した方がいい。

なまじ自分が「ちょっとは上手い」とか、「頭は悪くない」とか思っているから、本物の馬鹿になる。
利口ぶる馬鹿は、本物の馬鹿。
馬鹿を自覚した馬鹿は、本物の馬鹿より数段上だと言える。

自分は基本「アホなゴルファー」だと自覚する事が、今突き当たっている壁を乗り越えるきっかけになるかもしれない。

ミスを2回続けたら、戸田藤一郎の怖い顔(ホントは怖くないと思うけど)を思い出そう。

アホを自覚して「3連続」を回避出来たなら、戸田藤一郎はきっと「よし、お前は本物のアホじゃなかった」と笑ってくれるだろう。
それからだ。

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2012年2月 4日 (土)

毛繕い

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寒い日が続く。

地球温暖化なんて何時の話だよ!
なんて声があちこちから聞こえる。

それでも、冷たい風さえ凌げれば日射しは、ゆっくりとだけど確実に暖かくなって来ている。

ガラス一枚隔てたの向こう側は2度か3度の冷たい風でも、こちら側はまるで温室の中にいるよう。
猫は、冬毛になって来た毛の「毛繕い」に余念がない。
いつもこうしているうちに、柔らかい毛の中に暖かさが溜まって行って、気持ちが良くなってくる。

目を開けているのが厄介になり、どんどん目は細くなる。
そのうちに、まるで人間のようにうつらうつらと舟を漕ぎ出し、あくびを一つ二つすると、もう昼寝の時間に突入だ。

こんな冬の日、外の寒さを忘れてしまう猫の時間。
しばらくの間、幸せな夢を見ていればいい。
その場所が日陰になる時まで。
腹が減る食事の時間まで。

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2012年2月 3日 (金)

ランクルでゴルフを始めると...

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1985年頃だったか、「山と渓谷」誌などで仕事をしていた時に、偶然な出会いからゴルフダイジェストの仕事を始めるようになった。

当時は勿論ゴルフなんてした事も無く、将来ゴルフをやりたいなんて気持ちも全く無かった。
むしろ、あんなものは絶対にやりたくない、くらいに思っていた「遊び」の代表だった。
それが仕事としてイラストを描き始めると、自分でプレーを始めない事にはどうにもならない状態になった。
それに、当時の編集長に誘われた事もあって、半分嫌々始めたゴルフ...結果は、当然「即ハマり」。
こんな面白いゲーム・スポーツがあったのか、と。

当時は仕事がらみでラウンドする事がほとんどで、そのために無料やメンバーフィーでプレーする事が多く、今にして思えばかなりの高級コースにも行く事が出来た。

そして、当然コースに行くのはランクルBJ44で。
...しかし今と違って当時の常識は、ランクルBJ44のような4x4は「乗用車」のうちには入っていなかった。
そのためにランクルでゴルフ場に行くと、とんでもない目によくあった。

例えば、その時は取材のためにGDの編集者を助手席に乗せて行った、某有名コース。
早めの時間にコースに到着して、コース入り口を入ろうとすると門番の男性に止められた。
左側を指差して、そっちへ回れと言う。
その指差す方向に進んで行くと、ついたのはコース管理棟。
工事車両が止まっている中に到着。
すぐにUターンして門に戻ると、門番はまた「何故戻って来た?」、と...ここで、助手席の編集者が切れた。
「ゴルフしに来たのに、なんで管理棟に行かなくちゃいけないんだ!」。
...やっと、門番の人もこのランクルが「工事車両」ではないと気がついた。
...しばらくの間、その編集者の怒りは収まらず、とばっちりでこっちまで「大体こんな車でゴルフ場に来るからいけないんだ」...だって。

まあ、その怒りは冗談半分だったんだけど、自分が一番腹立ったのはI県の「名門」と呼ばれるゴルフ場に行った時の事。
自分がメンバーになっているコンペ参加のために行ったのだが、早めについたので空いていた正面玄関に近い駐車場にランクルを停めた。
その場所にはベンツやらポルシェやら、なんだか高そうな車が停まっていて、正面の入り口からよく見える場所だった。
そこに止めた車から小物を持って出ようとしていたら、玄関からきちんと背広を着た中年の男性が走って来た。
胸の名札には「副支配人」と書いてある。
で、「すみませんが、その車は奥の方に停めてください」
「え?ここメンバー専用だった?」
「いえ、違いますが...」
ムカッと来たが、コンペに来て喧嘩する事も無いと、黙って奥の方の玄関から見えない場所に移動した...やはり、ランクルは「現場作業車」であって、「乗用車」としては認知されていなかった時代の話。
「名門コースの正面に、汚いトラックを停められちゃあ堪らない」、という気持ちだったんだろう。

そして多かったのが、コースについても誰もキャディーバッグを受け取りに来ない事。
他の「乗用車」が着くと、先を争って荷物を受け取りに行く係の人が、ランクルを停めて荷物を降ろしていても遠巻きに見ているだけ。
「あれはゴルフをしに来たんだろうか?」
「工事の人が大きな工具を下ろしているのか?」
「こんなとこに停めちゃダメだって言って来ようか?」
なんて会話をしているんだろう...一向にこちらに近づいて来ない。
まあ、そういうのには慣れてしまって、黙って自分でキャディーバッグを持って行く事にしていたけど。

そして面白かった事がもう一つ。
今では週刊朝日の名編集長となっているY氏は、初めゴルフダイジェストに就職していた。
その彼が新人の頃、いろいろとユニークな企画を出す男として評判になっていた。
その一つの企画が、「変わった車でゴルフに行く人達」(のような内容だった)。
そしてその一例として、「工事用車両のランクルでゴルフ行く人」みたいな趣旨で写真入りで記事になった。
ちょっとわかり難いので、(本当はそんな事してないんだけれど)トップのキャリアーにキャディーバッグを写真でわかるように乗っけて、掲載された。
...そのくらい、ごついランクルでゴルフに行く事が珍しかった時代、だったという事。

今では、ごつい(外見はそう見える)4x4でゴルフ場に行ったって普通だろうし、ハマーなんて馬鹿でかい4x4にも趣味でのる人が増えている時代、こんな事がつい20数年前にはあったんだって信じられないだろう。

それだけ、この時代のランクルは外見だけではなく中身もハードで、好きで乗る人は少なかった。

...道で、同じような4x4に出会う度にみんな挨拶していた時代の、懐かしいエピソード。

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2012年2月 1日 (水)

そんな人もいるんだと...

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オープンコンペで出会う人には、いろいろな人が居る。
いい人、悪い人、変な人、おかしな人、珍しい人、何処にでもいる人、嫌な奴に馬鹿な奴、悲しい人に寂しい人、カラ元気屋にやせ我慢屋、もっと生きてて欲しい人、速く死んで欲しい人...

なんて、勝手な事言ってるけれど、この人はそんな人達とは全く違った...「違う人」だった。

同じ年,,,だけど、髪の毛は黒くフサフサで(染めてるんだろうけれど)、長髪に片耳ピアス、いい色に日焼けして白い歯で...
ハンサムな若さを残した中年風で、人当たりも良く、ゴルフも歯切れよくスピーディー。
腕はシングルハンデで、癖の無い良いスイングをしている。

...ラウンドしながらの彼から聞いた話。

明後日には日本を発って、ラスベガスに行く。
ラスベガスには、一流ホテルの部屋を一部屋、年間契約してとってある。
そんなホテルが、東南アジアとヨーロッパにも。
カジノが好きで、よく遊びに行く。
昨年は、半年以上かけて世界一周クルージングしていて、大震災のニュースもヨットの中で知った。
普通、一年のうち8ヶ月は外国で暮らしている。
ノートパソコン一台あれば、仕事はできる。
若い頃、他人より何倍も懸命に働いた。
その貯めたお金を元にして、今は投資家として暮らしている。
しっかり勉強して、堅実な投資で成功している。
ギャンブル性の高い、信用取り引きは一切しない。
堅実な情報を大手証券会社から得て、信用に応える用意はいつもしている。
そのために動かせる資金は、数千万以上いつも用意している。
日本にずっといないのはそういう情報を得るためもある。
ゴルフは、世界中の名コースと言われている所は殆ど回った。
奥さんには十分な額を渡しているので、それぞれ自由にやっている。
子供は既に就職しているが、自分の資産を当てにしているなら自分の言う事を訊くように言ってある。
最近、息子の付き合っていた女性が好みではなかったので、自分の資産を当てにしているなら別れろと言った。
子供はそれに従って、その女と別れた。
...

等々。

何処の世界の話だろう?
少なくとも自分の人生の、歩いて来た道の周りには、そんな人生は無かったなあ。
彼は、嫌な感じを持たせない好人物。
しかし、どこかの違う世界の住人。
一万円のプレーフィーを考える自分達とは、比べようもなく。

そういう人生を送る同い年の男もいれば、一人病院のベッドにいる同い年の男もいる。
...勝ち組と負け組では済まされない違いがある。

しかし、もう一度人生をやり直せると考えて、自分は彼のようになりたいだろうか?
彼の持っているお金は正直羨ましい。
しかし、自分の来た道を振り返ると、自分の生き方では、今の自分がベストの自分。
莫大な収入と引き換えに、絵を描き始めてからの人生を捨てる事は出来やしない。
何より出会った人達が、みな捨て難い。
良い奴も嫌な奴も捨て難い。
素晴らしい女性達は、もっと捨て難い(笑)。

まあ、金を持っていない貧乏人の、焼きもち嫉妬の類いからだろうけれど、彼に会ってそんな事まで考えた。
そうなんだ...ピンと来ないけど、凄いんだ...って。

...彼は、高そうな黒いベンツで、微笑みながら帰って行った。

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