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2012年3月

2012年3月31日 (土)

遊び相手

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動くものに、自然に体が反応してしまうらしい。

眠そうな顔でボーっとしていても、窓の外を通り過ぎる鳥の羽音に振り向くと、急に真剣な顔になって窓に張り付く。
背を目一杯伸ばして立ち上がり、飛んで行った鳥の姿を追う。
未練そうにしばらくそんな格好をした後、諦めて降りてくる。
...とたんに、また今にも眠りそうな顔になって、畳の上で寛いだ格好になる。

そんな柚にも、これからは遊び相手が増えるだろう。
つい最近、風呂場に行ったきり帰って来ないので、何をしているのか見に行ったら...なんと、何処からか侵入したダンゴムシを相手に、飽きずに遊んでいたと言う。

ダンゴムシは触ると小さく丸まる...少し見ていると、また伸びてごそごそと動き出す。
これが不思議らしく、動き出すと前足でチョンチョンと触って、丸まった虫を興味深そうに見ている。
それを繰り返して飽きずに、一人で遊んでいる。
まあ、ダンゴムシにとってはいい迷惑だけど、柚にとってはいつまでも自動的に動くおもちゃを見つけたみたいで大喜びなんだろう。
なので、もうダンゴムシがいなくなっても、時折風呂場に行ってそのおもちゃを探している。

この辺は暖かくなると結構虫が多いので、他にもいろいろな虫達が柚と遊んでくれるはず。

外は生暖かい強風が吹いている。
3月も今日で終わりだ。
あっという間に、今年の4分の1が過ぎてしまった。

来週はマスターズ。
今年のゴルフシーズンが、始まる。

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2012年3月30日 (金)

最後の車

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ニッサン・サファリを、ゴミ箱に投げ捨てる気持ちで見限った後、次の車をどうしようと言う事になった。
サファリのようにあまりにも馬鹿馬鹿しい故障を繰り返し、メンテも満足に出来ないような新車を購入する事は、もう絶対に嫌だった。

どうするか。

買い物をするには「時」があると思う。

以前、まだ次女が生まれて間もない頃、さんざん迷ったあげく当時出たばかりのビデオカメラを買った事があった。
VHSで、デッキ部分とカメラ部分が分かれていて、カメラは肩に乗せて撮影する大きなもので、デッキ部分は一昔前のVHSデッキの大きさ...左肩にデッキ部分を入れた重いバッグを下げ、右肩にコードで繋がれた大きなカメラを構えて撮る、という仰々しい形のもの。
大袈裟な形の割には画質は、今見ると酷いものであった。
しかし、小さな娘達の毎度おかしく可愛い仕草を残しておくには、それが当時最も性能の良いものだった。
しかし、値段は両方で40万円以上...稼ぎの少なかった当時の自分達の、貯金全部をはたいて買った。
自分の親達は呆れ、怒り、友人は「そんな高いものを今買わなくても、すぐに安くていいものが出るから」という。
それに対して、「確かに安くていいものがどんどん出ると思うけど、今の娘達を映しておけるのは今しかない」と反論した。

後年、大きくなった娘達は、自分達の幼い頃の動きや言葉や、いろいろなエピソードを何度も繰り返し見て、笑ったり泣いたりして楽しんだ。
と同時に、「知り合いの誰も、自分達のこんな小さな時の映像と音声を楽しめる人はいない」と言って感謝してくれた(8ミリの映像を持っている人はいるけれど、それには音は入っていない)。
「すぐに安くていいものが出るから」と言ってなかなかビデオを買わなかった友人は、やっと安くて充分性能の良くなったカメラを買った時には子供が中高生になっていて、カメラを向けても顔を背けて逃げてしまうと嘆いていた。
時はすぐに流れてしまって、その時間は二度と来ない、という事を忘れていた、と。

あまりにも高い買い物であるキャンピンングカーの購入を、自分が奥さんの反対を押し切っても決断したのは、やはりその思いがあったからだった。
その時、娘は中学生と小学生。
夏休みや、春休み冬休みを利用すれば、長期のキャンピンングカーの「流れ旅」が出来る。
「時」は今しかない、と思った。

時が流れて、金が貯まるまで待ってしまうと、もう娘達と一緒に長い旅に行けなくなる年になってしまう...子供が学校を出るまでが、本当にキャンピングカーが必要な時期だと思っていた。

金の苦労は...大変だった。
貯金全部足してもとても足りず、中小企業向けローンなどの助けを借りて、なんとか買う事が出来た。
勿論その後は貯金ゼロのその日暮らし、必死で仕事を続けてなんとか生活を続けた...

細かい事はまた後で書くけれど、最初に行った東北旅行での奥入瀬渓谷で撮った写真を見れば、奥さんも楽しんでいるのが判るだろう。
子供たちはこの時車内で寝ていた。

(20年前は、うちの奥さんも若かったなあ...)

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2012年3月29日 (木)

2012年 1回目のオープンコンペ

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29日は天気も良く、暖かく、最近にないゴルフ日和というので、急遽ちょと遠いコースのオープンコンペに行って来ました。

片道100キロ以上だけど、「OBが少なく広い」というコースで、18ホール新ペリア.賞品は「肉」というコンペ。
昨日申し込んで、8時30頃の組み合わせスタート。。

広くてトリッキーな所は無いコースなのに、なんとドライバーはフェアウェイキープ率14分の2!
右に左に曲がりまくり、殆どのホールで2打目は「出すだけ」....

それに比べて、アイアンが当たって来たのが嬉しい所。

さて...ドライバー...チーピンは無かったけれど、フックとスライスが交代で出た。
暖かくなったので、シャフトが合ってないように感じるけれど...それはこれから考えよう。

でも、久し振りに自分のゴルフに、ちょっとだけ光が見えた。

詳しくは近いうちに漫画にするつもりなので....その時に。

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2012年3月28日 (水)

伊達男

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Hさんは、ホームコースでキャディーさん達に人気がある。
「お洒落」
「センスがいい」
「紳士だ」
「話も面白いし、ユーモアがある」
「いつも、違う服装でカッコいい」
「派手な服装が似合う」
「地味な色の組み合わせも渋い」
...

Hさんは中肉中背、大きくはないが男らしい顔をしている。
ゴルフは、そのコースでハンデ22から始めて、今は9。
15年かかってシングルハンデにはなれたけど、これ以上のハンデにはなれないと思っている。

その洒落者のHさんには、秘密がある。
その秘密を知ったのは、月例帰りの高速のサービスエリアでの事だった。
見覚えのある車が先に止まっていた。
黒い普通の国産セダンの高級車ではあるが、ナンバーがHさんの車に似ていた。
Hさんの車のナンバーをちゃんと覚えていたわけではないが、自分の奥さんの誕生日の数字に似ていたので何となく覚えていたのだ。
...トイレを済まして、自分の車に乗り込んで眠気覚ましのコーヒーを飲んでいると、その車に男が乗り込むのが見えた...だが、その男はHさんとは違う服装...上下つなぎの作業着を着た、地味な中年男だった。

翌月の月例でHさんに会った時、その事を話すと..
「あ、バレちゃいましたか!」

月例後にHさんに聞いた話では、彼は下町で親と一緒に小さな工場をやっているという。
乗って来た車も父親の車で、(自分の車は仕事用のトラックなので)ゴルフの時だけ借りるんだそうだ。
工場の経営は結構大変で、数人の従業員の目や、隣近所の評判が気になって大っぴらにゴルフを楽しむ事はし難い雰囲気がある。
そのため、いつもゴルフに行く時は普段の作業着で家を出て、サービスエリアでゴルフウェアに着替えてからコースに行く。
帰りも、同じくサービスエリアで作業服に着替えて帰るのだと。

「私、着るものの中で自分で高いのは、ゴルフウェアだけなんですよ。」
「自分の普通の服は、全部バーゲンセールの安物ばかりです。」
「背広だって黒いのを1着しか持っていませんし、ゴルフ用のジャケットの方が数倍高いです」
「ゴルフ場って、自分の人生の晴れ舞台のような気がするんで、晴れ着でお洒落したいんです」
「給料で、毎月いいゴルフウェアを1着買うようにしてるんですよ」
「月例で月1回行くわけですから、その度にウェアの組み合わせには気を使っています」
「キャディーさんに評判がいいのは、励みになります」

「私の晴れ舞台の秘密なので、どうか内緒に...」

もちろん、誰にも言いませんよ。
コースで見るHさんはカッコいい伊達男で、優雅にゴルフを楽しんでいる雰囲気に溢れている。
...時間の長さではなくて、どっちの時間のために生きているか、どっちの時間を楽しんでいるか、はそれぞれ個人の問題。
晴れ着を着て、晴れ舞台のゴルフコースで格好いいのもHさん。
作業衣を来て、額に汗して働いているのもHさん。
でも...どっちも、それなりに格好いいなんて、誰かさんのような都合の良い事は言いたくない。

ただ、ゴルフコースで普段の人生とは「違う人」になる事を楽しむってこと、良くわかる。
たとえ、「そこだけのヒーロー」であったとしても、主役の伊達男には誰だってなりたいものだ。

自分だって、実はゴルフ場では、違う「紳士」になりたいものだと常々思っている...ただ、いつも3ホールも持たずに化けの皮がはがれてしまって、「晴れ舞台」で「大見得」を切れた事が無いだけ。

...それはそれで、実は結構寂しいもの、と思っている自分がいる。

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2012年3月25日 (日)

背伸び

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相変わらず寒い日が続くが、その間に暖かい日が挟まる事が多くなって来た。

猫という動物は、本当に日溜まりが好きだ。
窓の隙間から日が差している場所を見つけると、それがどんなに狭い場所であっても、そこで暖まろうとする。

日の当たっている場所で横になり、おもむろに伸びをして、腹を見せたり寝返りうったり...
実に気持ち良さそうに、寛いで。

浮気者の太陽が、今迄当てていた日射しをあっという間に隠してしまっても、猫はそこにあった日射しをいつまでも楽しもうとする。
「だって、さっき迄日が当たっていたんだから、日はまた当たるはず」なんて思っているんだか、いないんだか...

人間は、猫が日射しの中で(たとえもう翳ってしまっていても)その暖かさを楽しむような仕草をしているのを見るだけで、なんだか暖かく感じてしまう。

その動きを見ていれば、確かに犬は寒い国の動物で、猫は暖かい国の動物だ。

...季節というのは、猫と犬がいるから順番に巡るのかもしれないな...

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2012年3月24日 (土)

サファリは、もうダメだ...

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サファリで引っ張り過ぎたと思う。
でも、それだけ思い入れの強かった車なので、口惜しさも大きかった。
まして、始めて買った新車、借金して無理して買った車だったし。

メーターが動かなくなった前後から始まった、「サファリに見切りをつけたトラブル」を、書く。

まず、家族で出かけた秋のドライブの帰り、夕方から降り出した冷たい雨が土砂降りになって来た。
東北道に入ったのは矢板インターからだったか...
料金所で通行券をとるために、運転席の窓を開けてカードをとった。
そして走り出して窓を締めようと、スイッチを入れる...動かない。
土砂降りの雨の中、高速を走り出した車の運転席側の窓は全開になったまま、いくらスイッチを押しても閉まらず、雨風が車内に吹き込んでくる。
子供たちや奥さんも悲鳴を上げる。
「寒い!」「冷たい!」。
しかし、高速道を走り出した車を途中で停めるわけにもいかず、ビニールシートやタオルをかぶらせて次のインター迄走る...運転している自分は全身ずぶ濡れで、寒さに震え、頭も痛くなってくる。
最初のインターを降りて、やっているガソリンスタンドを見つけて事情を話し、窓を閉めようとする。
結局、1センチ程出ている窓ガラスを男3人で無理矢理引っ張り上げ、いろいろなもの挟み込んで固定するしかなかった。
翌日、サービス工場に持ち込んで修理させる...「わりと故障する所なんですよ」
「他の窓は大丈夫なのか?」
「そう度々起こるわけじゃありません」

...半年後、後ろ側左の窓が落ちたまま上がらなくなった...やはり雨の中、観光地で。
この時は車の修理工場を見つけたので、事情を話し、ドアの内側を剥がして窓を閉めたままに固定して貰った...帰宅後、工場に持って行って文句を言うと
「モーターの調子が悪くてギアがナンタラカンタラ...」
「ともかく、他の窓が2度と落ちないようにチェックしてくれ!」

...数ヶ月後、今度は夏の雷の中、助手席側の窓が「落ちた!」
電話で近くのニッサンの工場を探して、「すぐに直しに来い!」
...そうは言っても、雨の中濡れながら(ゴミ袋をガムテープで貼付けて窓を塞いで)、その工場に行き、応急修理させた。
当然、帰ってから工場に持って行き、くどい程念を押した。
「3つの窓が順番に、落ちたまま戻らなくなるというのは、何が原因なんだ?」
「まさか、次ぎに残った窓が落ちるなんて事、無いよな?」
「絶対に、残った後ろの右側の窓が落ちないようにしてくれ」

...で結局、半年後にその残った後部の右側の窓が落ちた。
やはり、旅先の天気の悪い時に。

漫画じゃあるまいし、どういう事なんだろうと思う。
一つ壊れれば、その原因を見つけて、他の同じような場所が壊れないようにするのが当たり前の事じゃないのか?
まして、4つの窓は同じように電動のモーターとギアで上下させるシステム。
修理した窓はその後落ちないのだから、まだ落ちてない窓も落ちないようにするのが普通なんじゃないだろうか。

つくづくニッサンという会社に失望し、サファリが大ハズレの車だったという事を認めるしか無かった。
そして、このあとどんなトラブルが起きるのか判らないし、工場の技術も信用できないのだから、このサファリをゴミ箱に捨てるような気持ちで、乗り換えるしかなくなった。
しかし、自分の中では、ジムニー・ランクルと来て、サファリは「頂点の車」。
他の4駆に乗り換える気にはならない。

ではどうするか...

このとき気持ちは決まっていた。
実は、もしサファリが完璧な状態であったら、屋根を切り取ってキャンピングカーに改造する事を考えていたのだ。
自分は、スポーツカーや、ベンツやBMのようなドイツ車に興味はあまり無かった。
「車は悪路でも走れなければならない」
「車は壊れ難いものでなくてはならない」
「車はガソリンを大食いするものであってはならない」
「車は、基本道具である...飾るより使い倒すものでなくてはならない」
なんて考えがあった。
そして、車に乗り続けているうちに、
「車は、自由な旅をする最適な道具である」
という考えが強くなり、「車中泊」が自由な旅の手段として一番適していると確信するようになった。

そうなると、自分の車遍歴の最終兵器は「キャンピングカー」しかなかった。

しかし、まず大問題はお金....どんなキャンピングカーも安くはないが、安全性と快適性を考えればある程度高額になるのは必然。
おまけに自分は考えていた...キャンピングカーだって、4駆でなくてはならない。
すると、キャンピングカーの姿が具体的になって来た。

...ベースのトラックはいすゞエルフの1・5トン車、で4wd。
1・5トン車はやや非力なのだが、それ以上大きいととんでもなく高額になり、とても手が出ない...と(言っても、これでさえ充分に高額でとてもお金は足りないのだが。)

とりあえず、動き始めた。

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2012年3月23日 (金)

今年のゴルフのスタートだ!

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昨日、かって競技を楽しんだホームコースでもあった、東の宮ccに奥さんと二人で行って来た。
天気予報で「暖かく風もない」という事を確認した上で、8時10分さつきスタート。

例によって前夜出発し、道の駅「もてぎ」で車中泊。
酎ハイとコンビニおでんで、文庫本を読みながら一杯。
やはり、この時間がたまらない。

翌日は天気予報通り、風もなく、それほど寒くない絶好のゴルフ日和。
心配だった花粉は、風が弱かったためか、鼻マスクと鼻の周りに塗るイオン何たらクリームと、花粉症用目薬のAGアイズでなんとか防ぎ切れて、用意した「鼻炎フィルム」は使わずに済んだ。

プレーは、今回使えるかどうかを確かめたいドライバー2本(460ccと400cc)...勿論、持っているうちから選んだもの...と、ラウンド初使用の赤い銅メッキの浮いた黒トッププロフェッショナルアイアンの使い心地と、皮グリップの上に巻いたテニス用テープで太くなったグリップが使えるかどうかの確認。
ただ、バックティーからだと「さつき・あおい」は7000ヤードを超えてしまうので、昨日は殆ど初体験のレギュラーティーからまわる事にした。
実際に東の宮のレギュラーティーからラウンドした記憶は、十数年前に知り合いのコンペに参加して以来...多分、2回目。
さつき・あおいをレギュラーから...実に新鮮だった。

ドライバーは、ゆっくり振れるなら460cc(SXシャフト)がいいようだ。
アイアンのプロフェッショナルは、打感は良いのだが...飛ばない(泣)。
実に気持ち良く当たって、それもあらかじめ2番手あげているにも関わらず、最高の弾道で手前のバンカーの土手の目玉になる事11回!
2番手飛ばないからと番手をあげているのに...例えば残り140ヤード弱、いつもの自分なら9番か8番を短く持って...それが7番じゃあ短いかも、と6番を持つと、アドレスに入ってグリーンを見た瞬間、その景色と自分の持っている6番というのが納得出来なくて、スイングを加減してしまうようだ。
その結果、グリーンには3〜5ヤード足りずに、柔らかくさらさらの砂の入った深いバンカーの急な斜面の目玉になる。
それはスタンスとるのさえ厄介な場所ばかり。
感触が気持ち良く当たっているだけに、その結果にはがっかりする。

普通ならスコアも書くべきなのだろうけど、クラブの試打のためにテープをつけたりとったり、鉛を貼ったり剥がしたり、ちゃんとスコアをつけるとペナルティーだらけなのでやめておく。
テープを貼った太いグリップは、テープが使っているうちに剥げて来るので途中で中止。
パットは、最近ロングパターが全く入らず、使い続けるか考慮中。
それでも、バーディー一つ、パーは三つ、ボギーが八つ、残りはダボ以上...最高はトリ、ボールは池ポチャで一つだけしかなくさなかったので、今の状態では上々か。

自分の知ったコースで、それもレギュラーティーでこのスコアは恥ずかしい話だけど、久し振りにスイングの感じがよくて、今年のゴルフシーズンスタートする気になった。
クラブを楽しむ今回のようなラウンドの他に、今年はスコアを追求して「コースと対決する」ゴルフもやりたいので、道具を使い分けての二刀流でやろうと思う。

そのコースとの対決を楽しむ方では、昨年やり残した那須方面の2コースで4月18・19日に続いてオープンコンペがあるので、とりあえずそれを目標に練習を始める。
この日はうちの奥さんは都合が悪いので、一人参加で既に申し込んだ。
ただし、この日はオープンコンペなので、ティーはフロントティーだろうから、この初ラウンドは視察プレーのつもり...その後、夏の暑い日迄にプライベートでフルバックから、このボン・ヘギー設計の名コースを堪能する予定。

勿論その間に、クラシッククラブを使った楽しみゴルフは、オープンコンペ参加を中心として続けたい。

..しかし、東の宮の平日プレーフィー...メンバーもビジターも変わらないとは驚いた。
それでも、かなり上質の昼バイキングが付いて、5500円。
もう少し練習でラウンドしてみようと思う...競技はもう出ないけど。

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2012年3月21日 (水)

女は50から

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Nさんは、もうすぐ50歳の誕生日を迎える。
待ちに待った、耐えに耐えた、抑えに抑えた、長い日々...でも、決して嫌でも不幸でもなかった。
むしろ、それなりに充実して面白く、感謝に溢れた日々でもあった。

26で見合いして結婚したNさんは、真面目な公務員の夫と、28で生まれた双子の息子と、31で生まれた娘の5人家族。
平の公務員だった夫の収入は決して多くなく、官舎住まいでなかったら生活は無理だったかもしれない。
まして最初の子供が双子だったために育児の負担も大きく、子供が3人になってからは無我夢中の生活が続いた。
そして、下の娘を保育園に預けることが出来た34の年から、子供の学費を貯めるためにずっとパートで働いて来た。
あまり出世しなかった夫の収入は生活するのに精一杯で、自分の楽しみを楽しむ余裕はなかった...それでも、その生活はそれなりに面白く後悔することはなかった。

ただ、Nさんはずっと思っていた。
「私の人生を楽しむのは50歳からだ。」
「50歳迄は、妻であり、母であることにすべてを集中する。」

「女は50からよ。」...これは、20歳から6年程働いた会社にいた、尊敬する女性の上司の口癖だった。
仕事をバリバリやり、エネルギッシュでありながら後輩の面倒見も良く、夫と子供の世話もちゃんとやっているというスーパーウーマンのような人だったが、何度か連れて行ってもらったバーでよくそう言っていた。
「私はね、50になったら自分のやりたいことをやるのよ。」
「そのために、今は頑張っているのよ。」

その上司が、52歳でくも膜下出血で亡くなったというのを、結婚退職後しばらくしてから聞いた。
彼女が50歳を超えて何をしようとしていたか、何を始めていたかは知らない。
でも、その言葉をNさんは、自分の人生をも示駿しているような言葉として受け止めていた。

Nさんは結婚前、ゴルフに熱中していた父親に教わってゴルフを始めていた。
練習場に一緒に行き、レッスンプロにも教わり、ラウンドは10回くらいした。
スコアは最高でも120回くらいだったけれど、面白かった。

しかし、間もなく親戚の紹介からお見合い、結婚、出産という流れが押し寄せ、ゴルフをやる時間も余裕も無くなった。
そして子供の学費稼ぎのためのパートを始め、10数年が過ぎた。

今年、下の娘が短大に入り、教育費も一段落した。
上の子もそれぞれ就職が決まった。

そしてもうすぐ、Nさんがずっと忘れないでいた「50歳からの女の人生」が始まる。

...実は、Nさんはパートの収入の一部でずっとへそくりをしていた。
計算では月1万円...1年で24万円。
15年で360万円を貯めるつもりだった。
しかし、急な出費や、やむを得ない支出、怪我や病気の出費などで、結局貯まったのは300万円を少し切るくらいの金額。

でも予定通り、これで50歳の誕生日を過ぎたら、ゴルフを始めるつもり。
夫も付き合いでゴルフをしているようだが、自分で始めるのは自分のゴルフ。
幸い、最近のゴルフは以前父とやっていた頃のような「贅沢な遊び」では無くなり、普通のコースなら「手軽な遊び」になって来た。
道具も中古クラブでかまわないし、ファッションだって贅沢をしたいと思わない。
パートも日数を減らして続け、その収入をゴルフに回せば、今なら充分にゴルフを始めて続けることが出来るだろう。

まず、練習場に行ってレッスンプロに半年くらい教わってから、コースに再デビューする。
夫と一緒にゴルフに行ってもいいし、練習場の会に入ってもいい。
腕が少し上がれば、オープンコンペに出たっていい。
すでに父が亡くなってしまったのが残念だけど、きっとゴルフを再開することを喜んでくれてるだろう。

...亡くなった先輩に言いたい。
「先輩の言ったこと、ずっと忘れずにいました。私も50歳から自分の人生を楽しみます。」

なんだか元気な最近の私に、夫も子供も不審げな顔を見せているけれど....
さあ、私の「妻」でも「母親」でもない、「私の人生」を楽しむ様を見せてあげる。

もうすぐの「50歳の誕生日」が楽しみだ。
...心配なのは、ゴルフを楽しめる程に自分の身体が動いてくれるかどうかだけ。

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2012年3月19日 (月)

パッティングはインスピレーションだ

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「パッティングはインスピレーションだ」...ホラス・ハッチンソン。

ホラス・ハッチンソンは、1886年と1887年の全英アマチャンピオン。
最初のゴルフ評論家で、多数の著書がある。

どんなにボールが飛ぶようになっても、どんなにゴルフのプレーぶりが変わっても、ことパッティングに関しては19世紀も21世紀の今も、まったく変わりはない。

昔はヒッコリーで、飛ばし屋でもやっと200ヤード。
今は、アマチュアでも300ヤード飛ばすゴルファーは沢山いる。
しかし、10メートルのパットの難しさは今も昔も変わりなく、たった1メートルのパットがスコアを左右し、勝負を左右するのも変わりない。

勿論道具は進化している(はずだ)。
世のゴルファーは科学や心理学を動員して、直径10.8センチのカップにボールを転がし入れることに、あらゆる研究をして可能性を追求して来た。
しかし、ボールをカップに入れることが、昔より易しくなったとはとても言えない...それこそが、ゴルフの深さ・面白さとも言えるんだけれど。

例えば、同じ距離同じラインを同じように打っても、パットは入ったり入らなかったりする。
グリーンというものが同じ状態の人工物ではなく、自然の生きて成長しているいる芝、人が歩く圧力で変形する土や砂、濡れたり乾いたりする自然条件、風や砂粒などの障害物、意識に感じられない程の心理的要因による微妙な力加減の変化、強すぎる願望からの運動神経のパニック....

たった1メートルのパットでも、それだけの変化に対応しなければならない。

まして、5メートル以上のパットのラインなど...
グリーンの傾斜、芝目、速さを完璧に読んで、正確にカップインさせるなんてことは、本当は不可能とも言える。
まして、アベレージゴルファーが「ラインを読む」なんて言って、あっちへ行ったりこっちへ来たり...スライス・フック・上り・下り、順目・逆目、踏みあと・傷...いろいろな情報をプラスして、結局何がなんだか判らなくなり、スロープレーのあげくとんでもなく外して3パット・4パットになるのが関の山。

大部分のゴルファーは、グリーンに近づいた時にすでに「ああ、下りのスライスだな」とか、「スネークで上りだな」とか感じているのに、グリーンに上った時にその第一印象を打ち消して「あれ、フックかな?」とか、「上りじゃないのか?」とか思ってしまう。
その場合、まず9割は入らない。
入るのは、ただの打ち損ねが入ってしまったというラッキーの場合くらい。

やはり、古人の名言で「パットのラインは、最初の判断が正しい」というのがあるが、それは今も変わらない。
今のグリーンは、ポテトチップ形状のワングリーンが多いが、そのグリーンを優秀な設計家は「錯覚しやすいように」わざと作っている。
グリーンに乗ったが最後、そのラインを錯覚させるような罠をあちこちに仕込んでいる。
時間をかければかける程、その罠にはまり込んでしまいやすい。

それを防ぐには、グリーンに近づいた時に感じた第一印象、つまり最初に感じたインスピレーションを守ること。

19世紀から、変わらないパットの名言、きっと正しい。
(でも、「入るとは限らない」、と承知すること)


もう一つの意味、「パットは打ち方やスタイルに関係ない、自分の感性が大事だ」については、またあとで。

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2012年3月18日 (日)

外は寒いし...

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まだ冬だ。

「梅祭り」は、もう2週間も過ぎたのに、まだ梅園の梅はチラホラしか咲いていない。
春は、何処で何してるんだろうねえ...
そのくせ、一丁前に花粉だけは飛び出すし。

柚は、手術の跡も癒えたようで、すっかり元気を取り戻した。


...が、ちょっと性格変わったか?

最近、自分の餌の入った袋を、齧って穴をあけた痕があるのを見つけた...それも二つの袋で。
ちゃんと餌はやっているのだが、獣医さんに「避妊手術をした後は、餌を食べ過ぎて太りやすいので量に気をつけて」と言われたので、少し量を減らしているせいか?

テーブルの上の食べ物に手を伸ばして、怒られているのにへこたれない。
...食欲が、以前より強くなったのか?

とはいえ、仕草も身体の大きさも、まだ子猫のうちに入るとか...今しばらく、アホでもいいからそのままでいておくれ。
ふてぶてしい猫になるのは、あと2〜3年は待ってくれ。

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2012年3月17日 (土)

雨の一日

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朝から雨が降っている。
風もあり、今日ゴルフをするのは辛いだろうなあ...と思う。

というのも、今日は2回程出場した「パーシモンマスターズ」の当日。
初め参加するつもりでいたのだが、20日が祭日のために締め切りが変則となり、今日明日は家で仕事をしなければいけない状況となったために、不参加にした。

折角のパーシモンを使うコンペなのに、パーシモンには大敵の大雨....あとの手入れをよくしないと、二度と使えないくらい状態が悪くなるので要注意だ。
それにしても、「晴れ男」が多い事が売りの「HARE GINZA」のコンペだったのに...前回の「ヒッコリーマスターズ」に続いての「この日だけ土砂降り」...
誰か「悪魔のような雨男」が、入って来たのか(笑)。

昨日、久し振りの練習をして来たが、当たるとかどうとかより「目が痒い」「鼻水が出る」...
一応鼻マスクをして、その上に普通のマスク迄しての練習なのに、花粉を防ぎきれていない。
今日も猫と一緒に雨空を見上げていると、鼻水がつ〜っと...

20日の祭日のために予定が狂った締め切りが終われば、ゴルフに行く時間が取れる。
本当の今年のシーズン初打ちに、今度こそ出かけて行きたい。
もう一度、花粉に対抗する手段を整えて、古い300〜400ccのドライバーに、クラシックアイアンの黒トッププロフェッショナルで。
できれば、奇麗でフェアでまだラウンドした事の無いコースを、オープンコンペ参加としてまわりたい。
とりあえずは90を切るくらいで、バーディーをハーフに一つくらい。
それを、止まらないくしゃみと鼻水を防ぎながら、いい天気の日に。

もう3月も半ばを過ぎたのに、普通のラウンドは1回だけ(他にショートコース1回)。
ちゃんと今年のゴルフ、スタートしなくては。

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2012年3月16日 (金)

サファリ、最初のトラブルの後..

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呆れる程馬鹿馬鹿しい、振動トラブルの流れ。
常識でもあるホイールバランスへの疑問に気がつかずに、「直らない」と言ったニッサンの整備工場への不信感。
それでも、「もう日本にはこれ以上の、4駆で欲しい車は無い」と考える自分は、サファリを20年は乗るつもりだった。

性能的には、最近人気のハマーもあるけれど、ハマーは大きな図体の割に狭い室内(特に低い天井)が気に入らなかった。
ガソリンエンジンのジープのバンや、高級なベンツの4駆よりも、サファリの方が好きだった。

それで、次々出て来るトラブルは我慢した。

一年もしないうちに、夜の雨の首都高速で後輪左のタイヤがバーストした。
まだ殆ど減っていない、ほぼ新品のタイヤ。
空気圧は勿論給油の度にチェックしていた。
右車線を走っていて、急に左にハンドルを取られ、左を走るトラックに接触しそうになりながら、なんとか体勢を立て直して左路側帯迄行って停めた。
タイヤはパンクではなく、文字通りバーストして裂けていた。
暗い夜の雨の首都高速なので、危険を感じて自分でタイヤ交換はしないで、JAFを呼んでタイヤ交換してもらったが、見事なバーストぶりにJAFの人も驚いていた。
「まだ新品タイヤだから、パンクの原因を調べてもらった方がいいですね」
...ニッサンの工場に持ち込むと、釘が刺さっていた、と言われた。

2年で4万キロ前後走った後、距離計やスピードメーターが動かなくなった。
すぐに交換してもらった...おかげで、距離系がまた0キロからのスタートなのが、笑えた。

まあ、新車がどのくらいそういうトラブルが出るのか知らないし、きっと大したトラブルじゃなかったんだろう、と思う事にした。
そう無理に思う事にしてまでも、まだまだサファリに乗り続けるつもりだった。

しかし!
3年目に入った後から出たトラブルには...さすがに、だんだんだんだん頭に血が上って...

こんな車に、誰が乗るか!
バカヤロー!
と言って、結局5年でサファリにさよならする事になる。

本当に、馬鹿馬鹿しい、でも迷惑この上ないトラブルで。
長くなるので、その馬鹿なトラブルは次回。

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2012年3月15日 (木)

リターン

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30過ぎた息子が、いきなり「オヤジ、ゴルフ教えてくれ!」と言って来た。

Mさんは、どう返事して良いものか、しばらく言葉が出なかった。
「オヤジ、昔ゴルフやってた頃シングルだったんだろ。」
「おふくろと喧嘩する迄、毎週2回くらいゴルフ行ってたよな。」
「オレが小さい頃、このタンスの上に優勝カップが沢山飾ってあったのを覚えているんだ。」

Mさんは、もう20年以上ゴルフを全くやってない。
確かに、20年以上前には3下だったし、それなりに名の知れたアマチュアゴルファーでもあった。
クラチャンも2回とったし、県アマでも予選通過は必ずしていた。
ゴルフに熱中するあまり、サラリーマンなのに週2回はゴルフに行き、有給は全部ゴルフのためにとり、クラブも常に最新のものをボーナス払いで買っていた。
そのうちに腕に自信のあるゴルフ仲間も増え、その付き合いでニギってゴルフをするのが普通になった。
レベルの高い勝負に興奮して、益々ゴルフに熱中していった。
...しかし、そうしているうちに仲間とのニギリも大きくなり、勝てば良いが負けると給料からボーナスから少なくない額を払う事が多くなった。
当然、少なくなる生活費に妻との諍いも多くなった。
どうしても足りなくなる生活費のために、妻はパートに行くようになった。

Mさんのゴルフのニギリはどんどん深みにはまり、殆どの生活費をゴルフに入れ込むようになり、妻との中は険悪になって行った。

そして、遂にある日、負けた金と次のゴルフの金を必要とするために、息子の学費の積み立て貯金に手を出してしまった。
...ニギリで勝って元に戻しておけば良い、と思った。
しかし、その勝負も自分の不運と相手のラッキーもあり、手酷く負けた。

それを知った妻は、もう我慢出来ないと離婚を口に出した。
それを見ていた一人息子も妻の側に付き、Mさんに決断を迫った。

「やめよう」
夢から冷めたような気持ちで、Mさんは思った。
実は、最後に負けたゴルフの時も、両方の肘と、肋骨と、首筋と、左の足首と、腰が痛いのを我慢してのゴルフだった。
そのゴルフも、スコアの勝ち負けだけを気にしての、体中の痛みをこらえ、暗く醜い気持ちで一杯の楽しくはないゴルフだった。
...Mさんは、妻と息子に土下座して謝り、ゴルフをやめる事を約束した。

クラブは全部売り払い、優勝カップも賞状も捨て、会員権も売り、「ゴルフ」を口にするのも避けるようにした。

息子もそれを覚えているので、今迄ゴルフをする事は無かった。
しかし30を過ぎて、勤めていた会社で少し昇進した事で、ゴルフをやらざるをえない事になったんだと言う。
その会社のコンペで、嫌々のプレーとはいえ、ブッチギリのビリで上司に怒られたのだと。
今迄息子の事を味方してくれた同僚の女性迄、さすがに呆れて付き合いを避けられるようになってしまった...それで、半年後にもう一度会社のコンペがあるので、その時に名誉挽回をしたい、と。

Mさんは事情を聞いて、妻の了解を取った上で息子のためにゴルフを再開する事にした。
半年後に、相当上達した所を見せるためには、練習場だけでは無理なのでラウンドもしなければならない...Mさんの怪我は、腰や首の痛みは治ったが、両肘の痛みは治る事無く続いていた。
肘の軟骨が飛び出していて、手術する以外治らない(手術しても完治は五分五分だと言われた)ので、そのまま騙し騙しやる事にした。

そのために中古クラブ屋に行って、肘に負担の少ないレディースのクラブを揃えた。
息子のためにラウンド出来れば良いので、これで十分だった。

4ヶ月の練習で、運動神経のあまり無い息子も、なんとか100を切れる目安がついた、とMさんは思っている。
それで、残り2ヶ月はラウンドを2〜3回する事にした。
息子は、素直にMさんのアドバイスやレッスンを聞いて、上手く行くと実に嬉しそうに笑う。
Mさんが息子のそんなに嬉しそうな笑顔を見たのは、初めてだった。
「考えてみれば、自分がゴルフに夢中になっていた時は、息子と遊んだ事も無かった...会話も殆どなかった。」

レディースクラブでラウンドしている最中、Mさんは今迄体験しなかったような気持ちでゴルフをしているのに気がついた。
...スコアに関係なく、ゴルフが楽しい。


「自分はゴルフにリターン(RETURN)したんじゃなくて、リボーン(REBORN)したんだな」...今は、そう感じている。

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2012年3月14日 (水)

「震災瓦礫」は「不浄のゴミ」ではない!

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テレビのニュースを見ていて、腹が立ってまたこの事を書きたくなった。
このブログは「ゴルフブログ」で、時事ブログじゃないのにね。

また、ニュースで「市民の味方」のような面をしたジジイ(と言っても俺の方が年上かもしれない)が「絶対に瓦礫の受け入れは反対です」なんて叫んで、それに周りの奴らが拍手していた。

まるで、「震災瓦礫」を汚らわしい不浄のゴミのように言って、偉そうな顔をして。

...みんな、ただ「がれき」「瓦礫」と言って、汚いゴミのように言うけれど、あの瓦礫をよく見て欲しい。
あれは、あの3月11日迄、普通に、幸せに、懸命に生きて来た東北の人たちの、その生きて来た証の残骸なのだから。
あれは、生活して来た家、いつも触れて使って来た家具、楽しみで集めて来た趣味の品、生活の記録の写真、記念品、長く伝わって来た道具、これからも伝えて行きたかった愛用品、いつも通った店、歩いた道にあった看板、使って来た車、着て来た着物、遊んだゴルフ道具....そんなものが、あの日の津波で理不尽にも、一瞬で叩き壊されてしまった、その残骸なのだ。

すべてが、そんなもののかけらなのだ。
夢や記憶や、思いや感情の染み込んだ、あの3月11日で断ち切られた夢の残骸、生活の残骸が積み上がったものなのだ。
その中には、どれほどの無念や悲しみ、希望や絶望、喜びや優しさの記憶が織り込まれている事だろう。
...あれは、絶対に不浄のゴミではない!
ただ、地震と津波によって断ち切られ、壊されてしまった夢のかけらなのだから。
それは鎮魂の思いと祈りによって、静かに埋められるべきものであって、断じて安全な場所にいた知ったかぶりの、安っぽい正義感によって穢されていいものではない。

そして、その「無念の残骸達」が汚い「市民」によって反対される映像なんて、テレビで流して欲しくない。

あれは、絶対にゴミではない。
地震と津波によって失われた、そこに住んでいた人達の無念と悲しみの集積物だ。
合掌して、悲しみと敬意とともに地に返すべきものだ。


(原発周辺の放射能汚染の瓦礫は、全く別の問題だ。)

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2012年3月12日 (月)

これからの春に...

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今日は、いつものゴルフの事を描く気になれない。

昨日から、普段はあまり見ないテレビをよく見ている。
...各テレビ局の、東北大震災に関するルポルタージュや、ドキュメントもの。
一年経った後での、各局の良心ともいえる、真面目な取り組みのものを選んで。

勿論、たった一年で総括も結論もあるはずがない。
あるのは現在進行形での、反省と意思だけだ。
とかく、傲慢で不正確でアンフェアで意図的な「作り」をするマスコミだけど、この事件に対する「記者達の反省」は心に届くものが多かった。
彼等、フェアであろうとするジャーナリスト達が、その気持ちを持ち続ける事が出来る事を祈る。
...ただ、彼等が所属する各メディアは、結局その経営会社の資本主義の論理の上でしか活動出来ないのだから、ジャーナリズムの公正さ、公平さ、真実の追究などというものは、ただの幻想に過ぎないんだけれど。

それでも、彼等個人の大事にする一片の正義感に期待して、見守りたい気持ちになった。

...花粉は今週が盛りだとニュースが言う。
目が痒く、鼻水が出る。
目薬とマスクは欠かせない。
多分、これでゴルフ場に行ったら、また鼻水地獄、くしゃみ地獄、で涙ボロボロ...まず、ゴルフになんないだろうなあ。
毎年の事だけど、なんだか気合いが入らない。

海外では、石川遼がプエルトリコオープンで、首位に2打差の単独2位に入った。
これは表で世界ゴルフ選手権の「キャディラック選手権」があり、強豪達は皆そちらに出場していたので、この試合は石川の初優勝の大チャンスだったんだけど...
マスターズ超特別招待が聞いて、リラックス出来たのに...なんてもったいない。

この2週間クラブに触っていない。
このままじゃいけないのは判ってるし、今週は練習に行きたいけれど...

今年の普通のラウンドはまだ1回だけ。
(1回は、土砂降りのショートコースのヒッコリーだったし)
そろそろ、本格的に始動するかなあ...鼻マスクつけて。

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2012年3月11日 (日)

3月11日

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昨年の3月11日。
自分は関東に住んでいるのに、あの大地震を経験していない。

その日、朝早い飛行機で鹿児島に飛んだ。
とうとうゴルフを始めなかった、古い親友の見舞いだった。
彼は一昨年の春に脳梗塞になり、その治療の薬を服用していて、脳出血を起こした。
そのために症状が重くなり入院したとの知らせを受けていた。
時間と金を工面して、やっと奥さんと二人で飛んだ鹿児島だった。

レンタカーを借りて病院に行き、外出許可を貰って、身体の不自由な彼の行きたい所に連れて行ってやるつもりだった。
何カ所か彼の行きたい所に行き、食べたいものを食べさせ、最後に行きたい場所と言う、彼の幼馴染みが経営している山の中の養鶏場を訪ねた。
そこで、関東に大地震があった、と知らされた。

彼を病院に送り返したあと、ホテルのテレビでニュースを見て、翌日早朝から急遽家に帰る事にした。
やっとたどり着いた我が家は、地震の影響で部屋の中の本棚などが倒れて滅茶苦茶になっていた。
しかし、東北の状況を知ればそれも些細な事だった。
そして、福島の原発が追い討ちをかけた...

自分は頭が悪いので、良く判らない事が多すぎる。
何故、日本では神戸大震災や東北大震災のような国家的な大災害の時、トップに凡俗な人物がいるんだろう。
事態に対応出来ないばかりか、足を引っ張るような事しか出来ない人物を、何故我々は日本の最重要責任者としなければならなかったのか。

数百年に一度と言われる災害とはいえ、事前に警告されていたにもかかわらず何の対応もしなかった電力会社の責任は、担当者の責任はどうして曖昧にされたままなんだろう。
一旦壊れれば、広い範囲が二度と人が住めない環境になるような原発を、くどい程の対応が必要な超危険な施設を、なんと無責任な経営者が扱っていたんだろう。
そして、そんな事を地震が起きる迄、ほとんど知らなかった自分とは...

...あれだけ世界中から、日本中から好意で集められた義援金は、被災者のためにどう使われているんだろう。
日本の大災害に世界で一番の募金をしてくれた、「去年一番幸せなニュース」は「日本に募金を感謝された事」という台湾に、何故政府は公式に感謝の意を表さないのか。
「隣の大国に遠慮して」お礼もちゃんと言えないなんて、なんて日本は誇りの無い、情けない国になってしまったんだろう...

...自分の所は安全だと勘違いしている、「市民」とやらの東北復興への妨害行為を、何故のさばらして時間を無駄にしているのか。
年寄りも多い被災者には、時間こそが大事なのに。
それから、国家的な災害復興に集中しなければいけないこの時期に、欧州復興のためにIMFに4兆円の拠出金...て、何故?
ギリシャの贅沢のために、東北に我慢しろ、とでも?
TPPも、消費税も、ちょっと待てよ...その前にやる事があるだろう。
東北と原発と、一年経って一体何が進んでる?

頭の悪い自分には、判らない事ばかり。
でも、聞いておきたい。
そういう事態に日本を動かしているあんた方、「胸はってお天道様の下、歩けるの?」。

それとも、みんな俺と同じくらい、本当の馬鹿なのか?

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2012年3月10日 (土)

あれから一年

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(写真は、ネット上でずっと気になっていたものをお借りしました。どなたが撮影されたものか判りませんでしたが、無断でお借りする事をお許しください。)

明日が3月11日。
東日本大震災から1年が経つ。
時折ニュースで復興の進み具合が放送されるが、その歩みは想像を絶する程遅い。

耐え忍ぶ力が信じられないくらい強い、と言われている東北の人々だって、いつまでも希望の無い生活は耐えられない。
強引にでも前に進むための助けが、今こそ必要だと思う。

そんな東北の復興の足を、またあの「市民」という怪物が引っ張っている。
まず被災地に大量に残る「震災がれき」を処分しなければ、復興のスタートが出来ないという状況なのに、その「震災がれき」を受け入れたのは、今現在東京だけ。
いろいろな県が、「被災地復興のために」と受け入れを表明する度に、それに反対する「市民」からの抗議が数百件届いて、立ち往生してしまう。
それは今、9日、10日の段階でも、あちこちで起こりつつある事態。
がれき受け入れの反対理由は「放射能」というのが一般的だが、放射能検査をしたがれきでも「そんな検査は信じられない」と言うのだから、ただ「受け入れたくない」というだけなんだろう。
それに放射能にはあまり関係ない、東北北部のがれきでさえ受け入れ反対は同じなのだから。
(それでも、少量はあるという放射能が問題になっているが、はっきり言って日本中同じ事だろう。)

数日前のテレビニュースで、また、そんな事態の裏にいる「市民」という名の嫌な人間達の存在を知らされた。
それは石川県が、数年前の大地震の時に全国の人に助けてもらった恩返しに「がれき受け入れ」を決めたところ、数百件の反対意見が殺到したという。
しかし、受け入れ地区の人や石川県民の多くは「恩返しに力になりたい」という人が多い。
それで調べてみると、なんと8割が県外からの反対意見だった。
それも代表的なのが、東京から「主婦」が「奇麗な海を子供達に残すために、汚いがれきを受け入れないでくれ」とか。
この「東京の主婦」というのは、本当に「東京の主婦」なんだろうか。
もし本物の「主婦」だったとしたら、これほど薄汚い「市民」はいないだろう。
自分が逆の立場だったら、逆上して「ほかの人の事はどうでもいい! 自分にだけは充分に賠償しろ!金を出せ!保証しろ!補償しろ!特別扱いしろ!」と叫びまくる事間違いない種類の人間。
主婦を騙った、政治運動ならありえる...社会不安と社会の分断を狙っての、いやらしく汚い方法として。

昨日受け入れを表明した長崎県の大村市にも、「県内外から約180件の反対や抗議の意見」が集まっていると言うし、鹿児島でも「市民」が反対していると言う。

がれき受け入れを一旦決めて、反対意見のために撤回した地方は多い。
しかし、いずれの場合も反対意見は「県内外から」、多くて数百件程。
地元住民の大多数が、「東北の復興のために受け入れもやむなし」としているのに、この少数の狂気のような反対意見でそれが立ち往生して、東北復興を遅らせているというのは、納得出来ない。
テレビでも短時間、受け入れ反対の「市民」の姿が映っていたが、見た感じでは中年位の顔に狂気の張り付いた不気味な人が多かった。
こういう人間達は、自分がそういう天災になんて、絶対に遭わないと信じているか、「正義の仮面」をつけた心底悪意の人達か、天才的に鈍感で暗示にかかりやすい人間なんだろう。
自分の現在の生活のためには、助けを求める人達を平気で足蹴にできる「人でなしの顔」をしている「市民」。
こういう大被害に遭われた、写真のような人達を見て、我が身の安全なところから平気で「唾する」ような事が出来る「市民達」。
せめて最低限の、「恥を知れ!」 と思う。

多くの日本人は「明日は我が身」と思い知り、東北を、日本を、なんとか助けたいと思っているのに...

今更ながら、自分の無力さに腹が立つ。
でも、今はただ、出来る事を長い目で続ける事を、覚悟するだけ。

東北の皆さん、きっともう少しの辛抱だ。
いい事はきっとある。
きっといい日が続くようになる。

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2012年3月 9日 (金)

復活

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抜糸をして来た。

動くのに邪魔だった、エプロンだか前掛けだかのような包帯がとれると、やっと安心したようだ。

家に帰り着くなり、駆け出す。
身軽になった身体の動きを、確かめるかのように走り回る。

高い所にジャンプする。

伸びをする。

転げ回る。

...


包帯がある時は、情けなそうな、不安そうな、自信のなさそうな顔をしていたのに、やっと家庭内の猛獣の威厳を取り戻す気になったようだ。
まだまだ子猫という事と、性格がもともと優しい猫らしいので、抱かれると大人しくなるが...窓の外を飛ぶ小鳥を狙う顔や、じゃれさせるための紐を狙う時の顔に精悍さが戻って来た。

少し可哀想な事をしてしまったなあ。
あとは、猫らしく自由に生きていいからな。

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2012年3月 8日 (木)

サファリ、最初のトラブル

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一応新車なので、しばらくは慣らし運転のつもりで慎重に運転していた。

ひと月ぐらいしてから、ちょっと遠くに出かける事にして、初めて高速道に入った。
それでも、急な加速は出来るだけしないように、のんびりと運転していた。

さすがに直進性能も安定感も素晴らしく、スピードを徐々に上げて行っても、4200ccのディーゼルエンジンはスムーズに回転していた。
車内はランクルとは別世界の静かな状態だし、トレッドの広さは大型トラックにすぐ脇を走られても、風圧の影響を殆ど受けない。

「すごい! こんなに乗り心地がいいなんて、ジムニーやランクルに比べると夢みたい。」
「運転も、5速迄あるから凄く楽だよ。」

なんて会話を交わしている時に、それが始まった。
時速90キロを過ぎた辺りで、「ブルブル、ブルブル」と小さな振動が...
それが95キロくらいで、「ブルンブルン、ガタガタガタガタ!」と車体全体の大きな振動になる。

「え!?」
「なんだ、これは!」
「キャー!怖い!」

アクセルを踏んでいたので、そのまま100キロを超えると振動は収まった。
110キロでは振動は出ない。
しかし、また100キロから下げると、90キロを下回る迄盛大に振動が出る。
ハンドルを持つ手がしびれる程の振動だ。

すぐに、買った営業所にあるニッサンのサービス工場に持っていった。
90キロから100キロの間で酷い振動が出る事を説明し、ともかく買ったばかりの車なんだからきちんと直して欲しいと抗議した。
(ここで少し車に詳しい人なら、この振動の原因は想像出来るのではないだろうか? ...自分も、多分そこがいけないのではないか、と想像したが、整備のプロならわかっている事だろうと思っていた。)
サービス工場では「一週間程預からせて頂いて、調べて直します。」という返事。

が、しかし、一週間後に行くと...
「あのう、自動車の部品というのはですね、数百、数千、数万の部品で組み合わされていましてですね、それらが微妙にずれて出てくる音とか振動は、非常に直しにくいものでありまして...」
「調べてみたんですが、完全に治るというのは...」
と、「少しくらいの振動はどんな車にもあるから、我慢して欲しい」、というような雰囲気の説明。

「そんな事無いだろう! 新車で買ってこれは我慢出来ない」と抗議するも、出来るだけの事はやった、としか言わない。
...その後、また高速に乗って90キロ以上を出してみると、前回よりは小さくなったが、やはりはっきりと「ブルブルブル」と気持ちの悪い振動が始まる。
そして、100キロを超えると静まる。

少し経ったあと、近所の行きつけのガソリンスタンドでその事を話した。
そのガソリンスタンドの所長は、整備士の免許を持っており、ジムニーやランクルでは度々お世話になっていた。
「それって、ホイールバランスが狂っているんじゃない?」
「うん、自分も最初そう思ったんだけど、サービス工場ではそんな事真っ先に調べているんじゃない?」
「念のために、ちょっとタイヤ診てみましょう。」

....

「これ、ものすごくバランス狂っていますよ!」
「あれ、4本とも狂ってる」
「直しておきますよ」

...

振動は、見事に収まった。
この件で、ニッサンのサービス工場とその技術を全く信じられなくなった。
本当に工場で整備をしたのかどうかさえ、信じられなくなった。

その不信感は、あとからあとから発生する「車の走行関係以外のトラブル」で益々強くなって行く。
勿論、その後の整備は、絶対にニッサンの整備工場に任せたいとは思わなかった...が、本当に下らないトラブルの対処には、クレームでニッサンに任せるしか無かったのが、結局トラブルが続く原因になった。

後年外人社長に乗り込まれて徹底的にリストラされたのも、納得出来る気持ちだった。

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2012年3月 7日 (水)

ごめんなさい!

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ごめんなさい!
あんた、本当にごめんなさい。
あたし、心から謝ります。

あんたのキャディーバッグが、狭い廊下においてあるのが邪魔だからって、行き帰りに力任せに蹴っ飛ばしていたのを、謝ります。
あんたが見ていたテレビのゴルフ中継を、問答無用でチャンネルを変えてしまったのを謝ります。
あんたが読んでいたゴルフ雑誌を、ゴミの日にみんな捨ててしまったのを謝ります。

あんたが朝早く起きて、一人でゴルフへ行く用意をしているのを、「朝早くからうるさい!」って怒鳴ったのを謝ります。
あんたがゴルフ場から持って来たお土産に、一度も「ありがとう」って言わなかったのを謝ります。
あんたのゴルフウェアの洗濯を、いつも乱暴にしていたのを謝ります。

あんたが嬉しそうに持ち帰った優勝カップを、すぐに子供の砂遊びに使わせてしまったのを謝ります。
土曜.日曜にゴルフに行ったあんたを、子供と一緒に呪っていたのを謝ります。
一つ新しい道具を買う度に、一ヶ月以上悪口を言っていたのを謝ります。

庭で素振りをするあんたを、「格好悪くて見てらんない」なんて言ったのを謝ります。
「どうせ運動神経無いんだから、いい加減に諦めたら」なんて言ったのも謝ります。
「そんな金持ち気取りのジジイの遊び、あんたは身の程知らずなのよ!」なんて言ったのも謝ります。

...でも、あたしが悪いのは認めるけど、あんただって悪いと思うのよ。
だって、ゴルフがこんなに面白いものだなんて、あたしに教えてくれなかったじゃない。
自分一人で楽しんでいたんじゃない。
あたしは、無理矢理となりの奥さんに練習場に連れて行かれて、それで初めてゴルフを知ったんだから。
なかなか当たらなかったけど、当たったらあんなに気持ちが良いもの無かったわ。

あたし、パートに出て自分でお金貯めるから。
それでゴルフを始めるから。

あたし、本当にあんたとゴルフに対して謝るから。
今迄本当にごめんなさい。


...それで、絶対あんたより上手くなってみせるから。

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2012年3月 6日 (火)

春は...

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遠いのか近いのか。
昨日は一日冷たい雨が降っていた。
月曜日という事で参加出来なかった、いけうち誠一氏主催の漫画家コンペ「バレンタインカップ」が、茨城ゴルフクラブであったはずだ。
正直、あの冷たい雨の中でゴルフしないで済んだ事にホッとはしているが...

始めたのは、20数年前の2月14日。
「バレンタインデー」だっていうのに、「いい年の男ばかりがこんなところに集まって」てな事で名付けられた「バレンタインカップ」。
寒い真冬でもずっと、2月14日は茨城ゴルフクラブでやっていたのだが、2月じゃあまりに寒いからと最近3月に変えたというのに...

もういい年の人間が多いから、身体を壊さなきゃいいけど。
昨年は、エリオット後藤氏、内山まもる氏の二人の漫画家が亡くなった。
年が違ったり、フィールドが違ったりはしても、同じゴルフを楽しんだ仲間が去って行くのは寂しい。
昨日みたいに終日冷たい雨が降るような天気の時は、中止にすればいいかと思うんだけど...熱いゴルフ狂をずっと続けるいけうち氏は、やめないだろうなあ。

今日も雨だが、気温は昨日より上がっている。
雨がやんで晴れる度に、春になって行くんだろうけれど...今日は雨なのに、目が痒くくしゃみが出る。
いよいよ、花粉が来てるようだ。

なかなか「今シーズン」のゴルフが始まらない。
アバイディングの初打ちのあと、ショートコースでのヒッコリーをやっただけ。
17日に「パーシモンマスターズ」があるが、気温が上がって晴れてくれればいいけれど、低温が続くようだと難しい。

最近ちょっと腰痛が出て来たし、とりあえず運動を始めよう。
...今年のゴルフシーズンは、やっぱり「マスターズ」が終わってからのような気がしてる。

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2012年3月 5日 (月)

うまくいく事を前提に立てたゲームプランなんか役に立たない

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「うまくいく事を前提に立てたゲームプランなんか役に立たない」...青木功。

青木功は、世界で通算84勝。
記憶に残るのは1978年の「世界マッチプレー優勝」と、1983年のハワイアンオープン優勝。
1980年のバルタスロールでの全米オープンで、ニクラスとの4日間の死闘の末の準優勝も有名。
ショットの大技よりも、むしろ寄せとパットなどの小技の名手として知られている。

...確かに、競技を少しでもやっていたゴルファーには身に覚えがあるだろう。
コンペや競技の前日、コースレイアウトなんかを見ながら、コースを攻めて行く自分を夢想する。
イメージトレーニングと称して、ティーグランドから攻めるルートを考える。

スタートホールは、無理せずにここにティーショット...セカンドも安全にグリーンセンター狙い...ここから2パット、うまくいけばバーディーも。
このパー3は、7番で打てば楽に乗る...どうしたって、2パットで収まる。
このパー5は、右がOBだから左に打って行けば大丈夫、セカンドは100ヤード残して、3打目はピッチングでピンそばに打てる、半分はバーディーがとれる。

...これなら、大丈夫。
明日はベストスコアだって、出せる!

...なわけがないだろう。
「無理せずにティーショット」でちゃんと打てるなら、何時だってティーショットはフェアウェイキープしてるって!
「セカンドは安全にグリーンセンターに」って、グリーンの端にでも乗せる腕があったら、とっくにシングルになってら。
「パー3は楽に乗る」なら、なんでパー3で大叩きするんだよ...2パットで収まった事だって、何回あるんだよ。
「パー5は右がダメだから左へ」打てるんならゴルフってのは易しいよ...打ちたい方向と逆にボールが行くから悩んでるんじゃない!
「残り100ヤード残して」ちゃんとグリーンに乗せられるなら、大したもんだ。
100ヤード迄2打で来て、そこから4打も5打もかかるのがあんたのゴルフじゃない?

そんなイメージトレーニング、百害あって一利無し!
いくら良いイメージを必死に作り上げたって、その一打目から「こんなはずじゃなかった!」の繰り返しになる事確実。
そんなイメージはただの願望。

これは練習ラウンドだって同じ事。
練習ラウンドで良いスコアを必死で出して満足している人多いけど、そんなスコアは本番とは全く関係ない。
練習ラウンドでいくつバーディーとったって、本番で「こんなはずじゃあ...」となる原因を作っているみたいなもの。

青木功は言う。
「練習場でも起きないようなミスが起きるのがコース上だ」
それを前提にプランを組み立てなければ、実際のラウンドには役に立たない。

ミスした場合を前提に考えて、それに対して対策を考える事。
それからゲームプランが成立する。
例えば練習ラウンドでは、狙えても絶対にパーオンさせない。
全てグリーンを外して、全てのパーを拾いまくる。
バンカーが効いている時はバンカーに入れ、外してはいけない方に外してみる。
そこから寄せる事が出来れば、それが自信になる。

元々は(若い頃は)飛ばしで名を売った青木が、強くなるに連れて「寄せとパットの名手」と言われるようになったのは、こういう考えに基づいて徹底的にその練習やイメージを作り上げていったからではないだろうか。

我々は、つい自分の出来る事を忘れて甘い夢に浸りがちになる。
しかし現実のラウンドでは、あてが外れて失望と絶望を繰り返し、自己嫌悪と自己否定と自己憐憫を繰り返す。

「上手くいったのは、たまたまで偶然でラッキーで間違いだった」
「ミスしたのが、当然で普通で当たり前で正解だった」
と考えて、ゲームプラン考えた方が良さそうだ。

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2012年3月 3日 (土)

傷心

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退院して来た。

柚は大人しくて可愛いと、獣医がいつも言ってくれるそうだ。
ケージの中でも、騒ぎもせずに隅の方でじっとうずくまっていた、と。

朝から気になってしょうがなかった娘が、迎えに行って連れて来た。

帰って来た柚は、元気がなく、食欲もない。
包帯代わりのガーゼがまるで前掛けのようで可愛いのだが、窮屈そうなそれを嫌がりもせず大人しくしているのは、受けたショックの大きさを表しているようだ。

信じていた人間に裏切られた気分だろうか...
何となく、こちらを見る眼差しに失意の色を感じる。
あまりこちらを向かず、背中を向けている時間が長い。

しばらくは、こんな調子かもしれない。
抜糸は来週。

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2012年3月 2日 (金)

可哀想な話

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猫の柚の運命の日。

今日、人に馴れ、大人しい猫だった子猫の「柚」が避妊手術を受ける事になった。

雪に驚き、窓の外の小鳥を追い、家中を走り回る「子猫」に変化が現れた。
いつもと違う声で鳴き、あちこちに身体をもどかしそうに擦り付けて転がり回る。
突然床に身体を横たえて、ぐるぐる回る。

突然の狂ったような動きが、子猫から大人の猫へと変わる標だった。
春。
外で雄猫の呼び声が聞こえる。
そういう時期が来てしまった、ということだ。

まだ早いのになあ。
まだまだ小さいのになあ。
本当に子供時代は「あっ」という間に過ぎてしまうんだなあ。

奥さんが獣医に相談すると、「間違いなく発情期です」と断言されて、以前からその獣医と予定していた避妊手術をする事になった。
今日の朝、餌も水も与えずに獣医の元に連れて行く。
まだ、獣医でもそれほど痛い目にあった事の無い子猫は、外出用のケースに入っても大人しくしている。
何が起こるかわからずに、ケースから少し不安そうに見上げる。

今日手術をして、明日退院。
抜糸が終わる迄腹巻きをすることになる。

出来るなら自然のままにしてあげたかったけど、外に出て子供が出来てもその子供を育てる事が出来ないのなら、やむを得ないことと...
結局人間の都合なんだけど。

穏やかな柚の性格が、変わらなければいいんだが...

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2012年3月 1日 (木)

サファリという車

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初めて買う新車。
そして、今迄乗っていた中古のランクルの倍以上の価格。
酷く苦労した夏の暑さに対する、エアコンの装備(まあ、普通の車じゃ当たり前の事だったんだけど)。

そして、決してランクルに負けないと言う悪路走破性能。
大型ディーゼルエンジンでの力と、意外と良い燃費。
ハイルーフにしたことによる、室内の広さ。
等々..

ハイルーフ車にしたのは、一応パジェロやビッグホーンやロッキーなども運転席に乗ってみて、いずれも182センチの身長の自分には、ランクルより狭くて窮屈だったから。
サファリも普通のルーフ車では、天井が低くて窮屈だった(これは、自分の座高が高い、とも言う)。

それがハイルーフ車では、頭上の圧迫感がなく、室内自体の広さも実に広く感じた...子供達が座席の上に立ち上がっても大丈夫なくらいだった。

そして5速MTのミッション。
なぜATにしなかったのか、とよく聞かれた。
これは、林道や悪路走行を楽しんでいる人には良くわかっている事だが、もしスタックした場合ATよりMTの方がずっと脱出しやすいし、スタック自体し難いのだ。
よく砂や泥にタイヤがとられて止まったり、スタックしやすい所を通らなくてはいけない場合、慣れてない人はアクセルを踏み込んでタイヤにパワーをかけて動こうとする。
こうするとタイヤは益々潜り込み、滑りやすい場所では益々滑る。
正解は、なるべくタイヤに急なパワーをかけずに、そろそろと動くのが一番。
MTの場合は、2速発進、あるいは3速発進で、そうっと動き出すようにする。
大体のスタックはこれで出られる...ダメな場合は、今度は逆にパワーをかけてバックと前進に揺さぶりながら出たりするけど。
ATではそういう芸当が出来ない。
車任せの運任せという事になる...雪道でも同じだから、家族を乗せる事を考えてもMT選択しか無いと考えた。

が、ジムニーやランクルでよく行った未舗装林道走りや、山道周遊は、このサファリでは無理だった。
ランクルの時でも、林道では結構道の両側の草や小枝が車体に当たっていたが、サファリの車幅と車長は大きすぎた...小枝どころか大枝迄折らないと進めないし、つづら折りの山道ではカーブ度に切り返しを何十回も繰り返さないと曲がれない...新車の車体が、あっという間に小さな擦り傷だらけとなってしまう。
結局、ランクルに負けない悪路走破性能は、発揮する場所が殆どなかった。

そして、このサファリ。
買った時には1ナンバーのバンしかなかった...内装や装備は完全にワゴン並みなのに、商用車として毎年車検を受けなければならない。
なのに、買ってから半年経たないうちにワゴンが新発売された。
ニッサンの営業の男や営業所で、「ワゴンは出ないのか?」と何度も聞いていた時には、「その予定はありません」と言われていたのに。
確かに税金を含めた総合的な経費はどちらもあまり変わりはなかったが、毎年車検と2年ごとの車検はえらく面倒な違いであり、高速道などの料金も違っていた。
実際に半年もしない(3〜4ヶ月後だったと思う)うちの、新発売の情報というのは営業所の人間は知らないものだろうか?

そんな不満もあったが...それより買って初めて乗った高速道路で、最初のトラブルに見舞われる事になる。
その時、新車のサファリが家に来てから、一ヶ月も経っていなかった。

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