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2012年3月19日 (月)

パッティングはインスピレーションだ

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「パッティングはインスピレーションだ」...ホラス・ハッチンソン。

ホラス・ハッチンソンは、1886年と1887年の全英アマチャンピオン。
最初のゴルフ評論家で、多数の著書がある。

どんなにボールが飛ぶようになっても、どんなにゴルフのプレーぶりが変わっても、ことパッティングに関しては19世紀も21世紀の今も、まったく変わりはない。

昔はヒッコリーで、飛ばし屋でもやっと200ヤード。
今は、アマチュアでも300ヤード飛ばすゴルファーは沢山いる。
しかし、10メートルのパットの難しさは今も昔も変わりなく、たった1メートルのパットがスコアを左右し、勝負を左右するのも変わりない。

勿論道具は進化している(はずだ)。
世のゴルファーは科学や心理学を動員して、直径10.8センチのカップにボールを転がし入れることに、あらゆる研究をして可能性を追求して来た。
しかし、ボールをカップに入れることが、昔より易しくなったとはとても言えない...それこそが、ゴルフの深さ・面白さとも言えるんだけれど。

例えば、同じ距離同じラインを同じように打っても、パットは入ったり入らなかったりする。
グリーンというものが同じ状態の人工物ではなく、自然の生きて成長しているいる芝、人が歩く圧力で変形する土や砂、濡れたり乾いたりする自然条件、風や砂粒などの障害物、意識に感じられない程の心理的要因による微妙な力加減の変化、強すぎる願望からの運動神経のパニック....

たった1メートルのパットでも、それだけの変化に対応しなければならない。

まして、5メートル以上のパットのラインなど...
グリーンの傾斜、芝目、速さを完璧に読んで、正確にカップインさせるなんてことは、本当は不可能とも言える。
まして、アベレージゴルファーが「ラインを読む」なんて言って、あっちへ行ったりこっちへ来たり...スライス・フック・上り・下り、順目・逆目、踏みあと・傷...いろいろな情報をプラスして、結局何がなんだか判らなくなり、スロープレーのあげくとんでもなく外して3パット・4パットになるのが関の山。

大部分のゴルファーは、グリーンに近づいた時にすでに「ああ、下りのスライスだな」とか、「スネークで上りだな」とか感じているのに、グリーンに上った時にその第一印象を打ち消して「あれ、フックかな?」とか、「上りじゃないのか?」とか思ってしまう。
その場合、まず9割は入らない。
入るのは、ただの打ち損ねが入ってしまったというラッキーの場合くらい。

やはり、古人の名言で「パットのラインは、最初の判断が正しい」というのがあるが、それは今も変わらない。
今のグリーンは、ポテトチップ形状のワングリーンが多いが、そのグリーンを優秀な設計家は「錯覚しやすいように」わざと作っている。
グリーンに乗ったが最後、そのラインを錯覚させるような罠をあちこちに仕込んでいる。
時間をかければかける程、その罠にはまり込んでしまいやすい。

それを防ぐには、グリーンに近づいた時に感じた第一印象、つまり最初に感じたインスピレーションを守ること。

19世紀から、変わらないパットの名言、きっと正しい。
(でも、「入るとは限らない」、と承知すること)


もう一つの意味、「パットは打ち方やスタイルに関係ない、自分の感性が大事だ」については、またあとで。

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