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2012年5月

2012年5月30日 (水)

ゴルフライフ

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これは、私がゴルフを始めて間もない頃、ある東京近郊のゴルフ場を取材で訪れた時の事。

このコースの辺りは東京に割合に近いために、都内に通勤通学で通う人々のベッドタウンとなっている。
そのために、コースの周りは殆ど住宅で取り巻かれていて、コース自体それほど良いコースと言う評判ではなくても、集客に苦労せずに済むために結構高めの料金設定となっていた。

ただ、通勤で使われる道路しかコースに行く道がないため、近い割にはコースにつくのに渋滞で時間がかかるとも言われていた。
朝早めの取材で、普通に行くとまともに通勤ラッシュにぶつかりそうなので、距離が近い割には家をかなり早めに出た。
当然通勤ラッシュで混む前だったので、コースにはあっという間に着いてしまい、まだ開門前のコースの正門の前で待つことになった。

その時に見かけたのだ。
白髪の老人が、普段着のような服装でクラブを2〜3本持ち、ポーン・ポーンとボールを打ちながら一人でラウンドしているのを。
始めは泥棒ゴルファーかと思ったが、見ているとコソコソした様子もなく、ゆっくりと歩きながらボールを打っている。
朝霧の中で、まるで幻のように現れて、またコースに消えて行った。

取材が終わった後、コースの支配人にその事を聞いてみた。
「ああ、あの人ですか」
「泥棒ゴルファーじゃありませんよ。」
「毎朝、必ず何ホールか回っているんですよ。」
「普通に18ホールラウンドすることは、まずありませんね。」
「確か、ウッドと、7番とウェッジの3本ですね、何時も持っているのは。」
「ボールはポケットにもう一つ持っているとか。」
「ええ、パターは持っていませんよ。」
「グリーンに乗せると、次のホールに行くようですね。」
「一応メンバーではありますけど、普通にラウンドしたことはあまりないと思います。」

彼は、元々はこのコースを作る土地の地権者だった。
そして、土地を売る条件として、「コースを朝の開場前に自由にラウンドすることが出来る事」というのを出して来たのだそうだ。
土地を高く売ろうという訳ではなかったので、コース側はその条件を飲み、彼はコースが出来て以来ほぼ毎日朝早く誰もいないコースを回っているのだそうだ。

その時で、そのコースは開場20年程。
その男は、毎日早朝そのコースを回る。
持つクラブはウッドが1本、アイアンが2本。
パターは持たないので、グリーンはやらない。
回るホールは、殆どが5〜6ホール。
以前は9ホール回っていたこともあったけれど、最近は1〜2ホールで引き上げることも多いと言う。
犬と一緒のことはあったけれど、誰か他の人と一緒に回ったことはないと言う。

不思議なのは、支配人も含めて、誰も彼の腕前を知らないこと。
「コースの競技に参加されたとか、誰かを連れていらした、ということもありませんので...」
「ええ、きちんと年会費は納めて頂いています。」

「でも、本当に特別な例外なので、公表して欲しくはないのですが...」

朝霧の中に消えて行った老人は、今でも「彼の」ゴルフを楽しんでいるんだろうか。
見た感じでは誰かに教わったというスイングではなく、クセのある打ち方だったけど..きちんとボールを打っていた。
飛距離も大したことはなかったけれど、たった一人の静かなコースで淡々とボールを打って行く姿は、当時の私のまだ知らない「大人のゴルファー」の姿そのものに見えた。
それが良いことなのか悪いことなのかは判らなかったけど、ゴルフにはそういう楽しみ方もあるのか、と。

当時は、パーシモンに糸巻きボール。
静かなコースの朝霧の中に、パーシモンと糸巻きボールの「パシュッ!」という音は、実に耳に心地よいものだった。

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2012年5月29日 (火)

なんだ、あれ?...(完)

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網戸越しに見える庭を訪れる、いろいろな「空を飛ぶもの」に興味津々な柚。

カラスアゲハには、優雅に立ち去られてしまった。

と、今度は小さな小鳥...まだ赤くなっていないゆすら梅を啄みに来たようだ。

素早く枝から枝に飛び移る小鳥の動きに、柚の目が、身体が反応する。
網戸のために向こう側からは柚の動きは見えないようで、小鳥は無警戒に近くの枝に来る。

柚の興奮は、まさに今最高潮。
..ただ、小鳥の動きが小さく速いために、柚ののんびりとした構えと準備動作では、気合いを入れた頃にはそこに小鳥はいない。
何度かそんなことを繰り返したあげく、やっと近くの枝で小鳥が落ち着く。

柚は尻尾を振り、小さく身構え、ヒゲは前に出て真剣な表情で息を止める。

「GO!」とでも、気合いをかけたのかもしれない。
飛びついた頭は網戸に激突し、慌てて両手を網戸にかけて立ち上がる。

当然、その時には小鳥の姿は何処にもなく、懸命に辺りを見回す柚の目には、獲物の行方は判らない。


...それで、哀しそうな顔をするかと思えば、そこは腐っても猫の一族。

「ふん、どうせあんなものはあたしの餌としては小物よ」てな顔になり、慌てた自分の姿を忘れたかのように、優雅に身体を舐めて身を整える。

つんとすました顔でこちらを見る。

...「ああ、今のは見てなかったよ」

とある昼下がりの、お話。

(終)

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2012年5月28日 (月)

コースからスコアだけを持ち帰る者に、友人はできない。

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「コースからスコアだけを持ち帰る者に、友人はできない。」・・・赤星四郎。

赤星四郎は赤星財閥に生まれ、贅沢なアメリカ留学でゴルフに接し、腕を上げた。
帰国した後、弟六郎とともに日本のゴルフ草創期の礎を築いた。
昭和15年には日本アマで優勝している。
コース設計家としても有名。

日本ゴルフ界の草創期をリードした人物の言葉だが、そういう人がこの言葉を残しているのが面白い。
いわば、始めから「スコア以外のもの」の重要性を説いているのだから。

今はゴルフをする人の9割以上の人の一番の話題は「自分のスコア」だろう。
「いくつで回ったか」
「百を切れたか」
「90を切れたか」
「80を切れたか」
あるいは
「ベストスコアが...」
「アベレージスコアが...」

「ゴルフの話題」なんて言うと、今ではそれが当然のようになっているが、ゴルフというゲームでスコアが重要な話題として語られるようになったのはそう古い話じゃない。
元々ゴルフというのはマッチプレーから始まったため、相手よりいくつアップしたか、ダウンしたかが大事だった。
いくつ叩こうが、一打でも少なければ勝ち。
実力が違うものとの戦いも、面白くさせるために「ハンデキャップ」というものが考えられ、誰でも勝負のスリルを楽しめるのがゴルフだった。

それが試合の参加者が多くなると、全部マッチプレーという訳にも行かなくなり、ストローク数で順位を決める形に変わって行った。
短い日にちでの賞金の取り合いには、そうしなければ無理だった。

しかし、我々のゴルフではあまりにスコアに執着しすぎるのはどうだろうか?
勿論、前のラウンドよりどのくらい上達したか、自分の実力はどんなものかを測るためにスコアを気にするのはやむを得ないが、スコアさえ良ければ後はどうでもいいなんて人が多くなってないだろうか?

そりゃあ、はじめて百を切ったとか、70台を出したとかで喜ぶのは判るが、案外良いスコアなんてものは運・不運に左右されて、偶々長いパットが入った、とか打ち損ねがピンについた、とか結果オーライが続いた時に出やすいもの。

そんな数字にこだわり過ぎて、折角の野遊びの一日をボールと地面しか見ないで過ごしたり、折角の同好のゴルファーとの触れあいを自分の気分で台無しにしたりじゃあ、あまりにもったいない。
...ムキになってスコアにこだわって、周りを不愉快にしたり自分の気持ちを荒ませたり、あるいは失敗をコースのせいにしたり同伴競技者のせいにしたりして...そんなゴルフで偶々出た良いスコアだって、客観的に見たら大したスコアじゃない。

スコアなんて上には上がいて、80台だろうが70台だろうが、「コースでの楽しみ」を犠牲にして威張る程の数字じゃ絶対にない。
昨日今日そんな数字を威張った所で、後で思い出せば、きっと恥ずかしさしか残らないはず。

赤星四郎なんて人がこういうことを言ったのは、本当は一般庶民にはゴルフなんて高嶺の花で手が出やしなかった時代の、ごく一部の上流階級の世界の話ではあるけれど...

「スコア乞食にはなるな...もっとゴルフ自体を楽しめ」、というのは我々の世界でも通じる「ゴルフをもっと楽しむため」の真理だろう。


さあ、久し振りのゴルフだ。
顔を上げよう、風を感じよう、季節を感じよう
ともに今日一日、一緒に旅する人との会話を楽しもう。
その上で、練習の成果が現れることを謙虚に願おうじゃないか。

ゴルフには、スコアよりも大事なものがある。

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2012年5月27日 (日)

なんだ、あれ?...(続)

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ターゲット確認!
ロック・オン!

ゴー!

...で、柚に掴まる掴まる蝶なんているはずがない。
網戸の向こうをヒラヒラと優雅に舞い飛ぶカラスアゲハは、こちら側で興奮している柚なんぞ知るはずも無く、木々の間を遊ぶ。

思わず柚は、猫パンチ...

網戸に爪が引っかかり、慌てる柚の目の前を飛び去りもせずに蝶は舞い続ける。

柚も自慢じゃないが猫頭。
元をたどれば、ハンターの血筋。
視線は、舞い飛ぶ蝶の複雑な動きから外さない。
弱点と言えば、まだ猫の初心者。
現状の正確な確認なんぞ出来やしない。

ただきっと、「諦めたら生きて行けない」と先祖の声がするんだろう。

獲物が見えている限り、次の攻撃を。

気迫は、まだ衰えず...  (続)

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2012年5月26日 (土)

なんだ、あれ?

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夏が近づいて来て、いろいろなものが宙を遊ぶ。

柚にとっては、それら全てが珍妙で不思議で、彼女の太古からの本能にささやきかける魅力的なもののようだ。

それは、蝶であったり、羽虫であったり、あるいは小鳥であったり、鳩であったり...
大きさ速さに関係なく、猫の目には動くものは良く見えるらしい。

これは、珍しくカラスアゲハが庭を訪れた時の、昼寝中だった柚の様子。
顔を横切った影に目を覚まし、半分寝ぼけたような顔で見上げる。
その目に映った不思議な動きで飛ぶ蝶の様子に、一遍に野獣のような緊張感を持った顔になる。

後ろ足がむずむずと動き、前足は宙に浮きそうになってヒゲが前に来る。
腰が浮き上がり、頭が下がり、目は一瞬たりとも蝶から離れない。

柚というのは、なんだか緊張感のない表情の猫だけど、こういったときは何時もより利口そうで精悍な顔に見える。
甘ったれた子猫の表情は消える。

こういう状態になった時に柚の名前を呼んでも、聞こえない。

蝶の動きに合わせて、頭が上下に動く。
お尻が左右に振られ、前足がぷるぷると動く。

蝶が近づいたら、飛びかかるつもりらしい。

....間に網戸があるのを忘れているのかもしれない。


(続く)

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2012年5月25日 (金)

ディーゼル規制

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ある日、テレビのニュースでその映像は流れた。

いろいろと目立つことの好きな東京都の知事という男が、記者会見の場で記者に向かって小さなガラス容器に入った黒い粒子をバラまいた。
「キャッ」とか「わあっ!」とか言う記者達の声の後、「トラックはこんなものをバラまいているんだ」と言う。
このトラックのディーゼルエンジンから出る、「PM・NOx」を規制するというディーゼル規制がこの時から始まった。

確かに自分でも大型トラックの後ろを走ると、黒煙とともに臭い排ガスの匂いが車内に入って来て、抜ける所であればトラックの前に出たいということは良くあった。
特に整備不良とも思える古いトラックなんかの後では、前が見えなくなる程の黒煙あるいは白煙で窒息するような気持ちになることもあった。

しかし、当時の排ガス規制をクリアしたトラックであれば、それほど酷い排出物が出ることはなかったと思うのだけど。
...何よりも首都近辺の殆どのトラックが走れなくなるような規制は、他に意味があるのではないか、と感じられる程厳しいものだった。
この規制には、荷物輸送のトラック以外に元が1ナンバー4ナンバーの「トラックベースの8ナンバー」も入っていて、キャンピングカーも含まれていた。

キャンピングカーのメーカーや、キャンピングカーのオーナー達が集まって対策を調べたが、当時のキャンピングカーに乗っている人たちの数は少なく、とても大きな声にはならなかった。
いろいろと調べて行くうちに、ヨーロッパなどではガソリン車よりむしろディーゼル車の方が、資源の浪費を防ぎ環境にも易しいと言われていることが判る。
何故日本のディーゼルエンジンは世界的にも評判が良いのに、国内でこうした規制が必要な程排出物に問題が出るのか...原因は軽油に含まれる硫黄分の量だった。
ヨーロッパの軽油の方が硫黄分が遥かに少ないために、排出物が日本の軽油よりずっとクリーンなのだ。
それで、日本の軽油の硫黄分をヨーロッパ並みにすれば、ディーゼル規制の排出基準値をクリアー出来るはずだから、硫黄分の少ない軽油にしてくれと言う意見を出したが...

どこぞの力ある勢力にとっては、大手の石油会社の設備を変更して硫黄分を少なくするより、ディーゼルエンジンのトラックを乗れなくして買い替え需要を起こす方が遥かに魅力的な流れだったらしい。
おまけに、トラックの黒煙や白煙の匂いや排出物が嫌なのは多くの市民に共通した認識だったから、この流れは止まらなかった。

キャンピングカーを乗り続けるには、毎年100万以上の金を出して「触媒」を取り付けるしかなかった...おまけにそれを付けるとエンジンのパワーは足りなくなり、それでなくても自然渋滞の元になりやすいキャンピングカーでは、普通の流れに乗った走行は無理となってしまう。
経済的にも実際の使用の面でも、どう計算しても乗り続けるのは不可能だった。

ずっと乗ろうと言っていた「最後の車・キャンピングカー」は、6回目の車検は通してくれない...車検場から出さない、と宣言された。
ディーゼル規制で大騒ぎだったために、あれだけ高価だったキャンピングカーも二束三文でしか売れず、結局作ってもらったセキソーボディーに引き取ってもらうしかなかった。
車がなくては困る生活のために、いろいろと相談して次の車は決まったが...

それにしても、この規制が(キャンピングカーにとって)インチキだと感じるのは、この規制が外国製のトラックベースのキャンピングカーには適用されなかったこと。
アメリカ製・韓国製・ヨーロッパ製の、日本車より遥かに排出規制値の悪いトラックがセーフだったのだ。
始めにベース車を決める時に、安い韓国製、パワーのあるアメリカ製、洒落たヨーロッパ製、それに信頼性がありクリーンな日本製...と世界のトラックを比べて日本車を選んだのに、その一番クリーンだった日本車が乗れなくなって、数値が遥かに悪い外国製トラックベースのキャンピングカーはまだ走っている。
単純な力関係なんだろう。
外国車を規制に入れると外交問題になるのを恐れたからだと聞いた。

という訳で、夢のキャンピングカー生活は10年12万キロで終わった。
そして、娘達も仕事に就いて、今までのような長期の夏休みなんてとれない...長かった家族旅行の季節も終わることとなった。

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2012年5月24日 (木)

天才...2

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大きくはない会社で、中間管理職として忙しい日々を送っているKさんは、仕事以外の自分の使える時間の殆どをゴルフにかけている。

仕事で必要となって30過ぎて始めたゴルフだが、すぐにその面白さに気がついて夢中になった。
しかし、いつも元気一杯でエネルギッシュなKさんだったけど、ゴルフの腕はなかなか上がらなかった。
それでも怠けずに努力を続け、レッスン書を買ったり、DVDを買って研究したり、レッスンプロについたりもしてゴルフを続けた。

同僚とゴルフのサークルを作り、部下にもゴルフを勧め、手ほどきし、年に2〜3回会社のコンペを幹事となって開催し、そのゴルフ好きは会社中に知れ渡っていた。

...ただ、腕はあまり上がらなかった。
10年やって、アベレージは90前後。
良ければ80そこそこもあるけれど、ちょっとしくじると100を打つ。
スライスが直らず、奇麗なドローボールなんて打ったことがない。

それでも、何時だって酒を飲めば熱くゴルフを語るKさんだった。
...が、ある時、社内のゴルフ好き5人で酒を飲んでいて、Kさんが一言もゴルフのことを語らなかった。

それを不思議に思った同僚が、Kさんにゴルフの話を差し向けると、何となく神妙な面持ちでいつもと違う小さな声で話し出した。

「女房なんですよ。」
「この前、近所の練習場に行く時に、何となく女房を誘ってみたんですよ。」
「まあ、女房はゴルフなんてやったことがなかったので、練習場がどんなものか興味があったんでしょう...買い物ついでということ、でサンダルにジーパンで一緒に車に乗りまして」
「私がいつものように打っているのを、後ろに座って見てたんですよ。」
「そのうち一服しようとした時に、女房に打ってみるか?って聞いたんですよ。」
「握り方を教えて、一応こんな風に上げて、こんな風に振り下ろして...なんて。」
「あら、あなたそんな風にあげて下ろしてなかったわよ、なんて言いやがったんですが」
「ただ、私はレッスン書やDVDは一杯見てますから、他人には正しい事が言えると思うんですよ...勿論自分じゃ出来ないんですが。」

「そしたら...当たるんですよ。」
「男物のRシャフトの私のクラブを、見よう見まねで振って、ちゃんと当たるんですよ。」
「勿論、最初は飛んで行く方向はバラバラだったんですが。」
「でも、20球も打つうちにね、ちゃんと飛んで行くんですよ。」
「それも、奇麗なドローボールでね。」
「私、十年やっていてあんなボール打ったことありません。」
「多分飛距離はそんなに出てないと思うんだけど、アイアンだってドライバーだって、当たるんですよ。」

「もう私、なんにも言えなくなって...」
「やっとの思いで...おい、お前もゴルフやって見るか?...って言ったんですよ」

「あいつ、汗をかいた顔で振り返って、これ 気持ちいいのね、って嬉しそうに...」
「でも、あたしはいいわ。 まだ子供にお金がかかるから、二人でゴルフは無理でしょ...って。」

「うちのが特に運動が得意だったなんて聞いてないし、普段見ててもそんなに運動神経がいいとも思えないのに..」
「自分はこの10年、ゴルフに時間と金と情熱の殆どをかけて努力して来たのに...」
「明らかに女房の方が才能があるって判ったんですよ...でも、女房はゴルフやらないって言うし、女房の才能を知っちゃった自分が、そのまま下手なゴルフを金と時間をかけて楽しんでいていいのかどうか...」

Kさんの言葉を聞いて、始めは冷やかそうとしたりからかおうとした仲間も、Kさんが真剣な顔で苦悩の表情を浮かべていたのに気がついて言葉を飲み込んでしまった。
「...自分の女房にそんな才能があるなんて、全然気がつかなかった。」

「俺がゴルフ続けていいのかなあ...」

,,,Kさんの背中が震えていたように見えた。

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2012年5月23日 (水)

北九州市の「市民」って...

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宮城県の石巻市の「震災瓦礫」を試験焼却する為の搬入を、また「市民」とやら40人程が反対して妨害したニュースが流れた。
「放射能が」「放射能が」と狂ったように言いながら、反対するいい年をした男や長髪の男達。
一体彼等は何を守ろうと言うんだろう。

福島第一から、100キロ離れた石巻市。
放射の影響がないなんて言えやしないが、処分を必要とする「元はみんな人が住んでいた生活のかけら」...福島第一の周辺のような汚染された場所ではない。
復興のためには、それを処分しなければならない事情がある。

「絶対に反対!」と叫ぶ「市民」に思うのは、彼等は自分がそんな災害に遭う事は絶対にないと思っているんだろうか?
自分が想像もしなかった災害にあってしまった時に、絶対に周辺の人に助けてもらう事なんかしない、と断言出来るのだろうか?
...私は、こういう事に声高に自分の権利として反対を叫ぶ人間が、逆の立場になると一番助けを当然の権利としてを要求する人間だと思っている。
「何故助けてくれない」「政府や民間の支援はどうなっている?」「もっと援助しろ!」と大騒ぎする奴程、自分の方に何か損なことが起ころうとすると「助ける必要はない!」「そんなものは被災地で処分しろ!」という奴らなのだ。
何度もそういう人間を見て来た。

放射能の影響なんて、狭い日本ではお互い様で、何処にも逃げ場なんてありゃあしない。
そんな狭い所に、便利だからと不完全な原発を多数作ってしまった、それを許した我々自身が悪いのだ。
その管理を、全くの能無しにやらせていた我々が悪いのだ。
これからは、それを自覚して矯正して行かなくてはならない。

そうして、あの醜い「市民」達に聞きたい。
きみらが騒いでいる、瓦礫に含まれているかもしれない放射能より、西の国から偏西風に乗ってやってくる黄砂に含まれる有毒物質の方が、遥かに身体に悪いと思うんだけど?
そういう立派な「市民」達が、かの国にあれほど執拗で嫌らしい抗議をしている姿を、聞いたことも見たこともないんだが...

絆、なんて嘘くさい言葉を信じちゃいないけど、「自分だけ良ければ」が見えすぎるのも腹が立つ。

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2012年5月22日 (火)

ボールを打つ時には、消極的から積極的へとの順番で考える

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「ボールを打つ時には、消極的から積極的への順番で考える」...ケン・ベンチュリー。

ケン・ベンチュリーはツアー14勝、メジャーは1964年の全米オープンの1勝のみだが、マスターズで56年・60年と1打差の2位と惜敗している。
後年、レッスンプロとして超一流の存在となった。
現役時代は、最高のロングアイアンプレーヤーと言われた。

ケン・ベンチュリーは、ショットを打つ際に最後に考えた事が結果に現れる事が多いと言う。
例えば、「フェアウェイ右に打ちたいが、左のOBが気になる」と考えた場合は、殆どの場合そのOBの方向にボールは飛ぶ。
また、「グリーンに乗せたいが、手前の池が気になる」と考えた時には、大抵の場合池に入れてしまう。

それと逆に、「左がOBだが、右に打って行こう」と考えた場合には、ちゃんと右に打って行ける。
「池が気になるけど、グリ−ンに乗せて行こう」と思えば、グリーンにボールは飛んで行く。

自分に照らし合わせて、覚えがある人が多いんじゃないだろうか?
ゴルフは技術だけうまくなっても、それがスコアに直結するものじゃない、という事は多くの人が実感しているだろう。
ほんの小さな心の動き、針の先のような不安感、小さなかけらのような恐怖感が、それまでの練習で作り上げたスイングを壊してしまうのだ。
あんな小さなボールを打つために、我々は一体いくつの筋肉を動かしてスイングするんだろう?
10?..100?...1000?...あるいはもっと沢山?
それらは、何もなければ十分統合して動けるように練習して身体に覚えさせて来たはずだ。
でも、そのうちのほんのいくつかが、「不安」や「恐怖」や「疑念」という異物で動きが狂ってしまったら...全体の動きは大きく変わってしまうだろう。

そんな異物の混入を防ぐには、実際のプレーでの良い体験の積み重ねで、ガードを強化するしかないと思っている人が多いが...そんな努力も、ショットを打つ前の考え方一つで泡のように消えてしまう。

ケン・ベンチュリーは、「考える順番を間違えるな!」と言う。
先に「積極的な事」を考えて、その後「消極的な事」を考えては、ショットは後に考えた「消極的な事」に影響されて消極的な結果になりやすい。

まず「消極的な事」を考えたら、その後必ず「積極的な事」を考えてショットした方がいい、と。
「グリーンに乗せる」「池は嫌だ」ではなく、「池は嫌だ」「グリーンに乗せる」だ。
もっと積極的に考えるには、「XXは嫌だ」「OOをするには、OをOすればいい」と考える。
そうすれば、身体はその目的のために動いてくれることになるだろう。

ゴルフ程、人間の力だけで遠い距離を動かすスポーツは他にない。
地面から動かないゴルフボールを、遠くへ飛ばすのは全て自分の動き。
その自分の動きは、小さな心の動きに大きく影響される。

だから、ゴルフは深いし、面白いし、飽きない。
身体の動きと共に、心の動きもコントロールする...それが出来たら、ゴルフはもっと面白くなる。

ケン・ベンチュリーの言葉、試してみる価値はある。

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2012年5月21日 (月)

見た! 金環日食!

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昨日のゴルフの疲れと、治り切っていない風邪のだるさで、泥のように眠っていた。

そこへ
「雲が切れたわよ!」
の声。

昨日の夜の天気予報でも、関東全域は雲がかかり、多分日食は見る事が出来ないだろうと言っていた。
しかし、もう生きている間には見る事が出来ないだろう「皆既日食」。
昨晩はもったいないゴルフを反省しながら酒を飲んでいて、雲が切れて見えそうだったら起こしてくれと朝の早い奥さんに頼んでいた。

「見える!」の声で、なんとか起きようと身体を動かすと、そんなに力を入れてはいなかった(入らなかった、とも言う)ゴルフだったのに、身体のあちこちが筋肉痛になっていて腰も重い。
多分、まだ治り切っていない風邪のための身体の痛みとも思うが、なかなか起きあがれない。

それでも、やっと起きて這うようにして日の当たっている所へ...
買っておいた日食眼鏡を受け取り、覗いてみると...太陽の右上部分が欠けている!
「おお!」という声と同時に「痛え!」
左足に、柚が抱きついて噛み付いている...ドタバタと起きて行ったのを、遊んでくれていると勘違いしたらしく、戯れついて離れない。

それからしばらく、雲に見え隠れする太陽を見ていて、7時半過ぎに遂に太陽がリング状になった!
生まれて始めて生で見る、皆既日食のリングだった。
日食眼鏡から目を離して周りを見てみるが、想像していた程暗くなってはいない。
ただ、気温が下がって、吹いている風が涼しくなったのを感じる。

あちこちから人が出て来て「うわー!奇麗!」とか、「リングになっている!」とかの歓声が聞こえる。
完全な同心円になってから、少しずつずれて行く。
見た感じは、完全なリングより少しずれた時の方が美しく見える。

ずいぶん長くリングだったように感じるが、実際は短い時間だったんだろう。

なんだか興奮して日食を見ていたために、木漏れ日に現れるリング状の光を見損なった。
昨日はそれも見るつもりだったのに、すっかり忘れてしまった。

「見る事が出来て本当に良かった」なんて幸せな気分になる。
こんな天体ショー、もう見る事は出来ないんだろうなあ。

いつの間にか、身体の痛みもだるさも消えていた。

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2012年5月20日 (日)

本当に久し振りの月例参加

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まず、言い訳を書いておく。
木曜の夜あたりから風邪の症状が出始めて、金曜日は完全にダウンした。
のどと鼻の奥の痛みに、止まらない鼻水、一度出ると止まらなくなる咳、何となく頭がぼうっとした感じと、全身のけだるさ...
年に一度か二度、鬼の霍乱と呼ばれ元気が取り柄の自分に現れる急激な症状だ。

なんとか土曜日にはその症状が軽くなったので、ひたすら夜まで養生し、不安はありながらも恒例のゴルフ前夜祭に出発した。

月例は東の宮cc、ハンデ8がまだ残っているそうなので、Aクラス出場の権利があるとの事だった。
以前だったら難しかった出場も、OGM傘下のコースとなってその辺は緩くなったらしい。
本当に何年前からか忘れてしまった月例出場だ。

その夜の茂木道の駅は、土曜の夜という事でなぜか本田のビートが関東中から集まって来て、朝早くからエンジンを吹かすのでとても寝られなかった...
風邪の残りプラス寝不足で、スタートホールで第一打を打った時には、スイングした瞬間、頭の中がグル〜〜ンと回った感じでふらふらしていた...ボールは弱々しくスライス。
それでも、この日はスマートに粘る事にしていたため、拾って拾って〜〜〜〜の地味ゴルフ。
なんだかウェッジがピンに絡んで、おばなコースで1バーディ−3ボギーの38。
まだふらついているために、昼には生ビールで気付け。

そのために、午後スタートのさつき1番ロングでダボ。
このさつきコースは3ダボ、1ボギーの43だったが、3ダボの原因が笑っちゃうけどFW。
1番ロングはティーショットフェアウェイど真ん中、残り250ヤードを3Wでチョロ、4Wでトップ。
5番ロングは、ティーショット左バンカーから、セカンド7Wで土手、サード3Wでトップ...
7番ショートで、200ヤードを7Wで引っ掛け...

結局、「下手の考え」そのまんまで、「これからはウッドで」なんて言ったとたんにこの有様(笑)。
これ全部アイアンもっていたら、まずパーかボギーで済んだはず。
本当に何やってんだかねえ...

まあそれで、トップスタートだったのでさっさと帰ろうとしたら、暫定1位なので残っていて下さい、と。
今までと違ってハンデが残っているなら入賞資格があるそうで、準優勝...おまけに金券がついて来たので、奥さんにお土産のゴルフシャツを買って帰りましたとさ。

教訓。
その1...私は、やはりウッドよりアイアンだよ!
その2...大人しく謙虚にやれば、まだスコアを作れそう。
その3...俺のゴルフの神様は、絶対に美しい熟女だ。

3は、関係ないけど、フラフラの頭に何となく存在を感じた...アプローチもパットも、そのおかげで上手くいったみたい(笑)。

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2012年5月19日 (土)

もう日射しは...

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晴れていたり、雷が鳴ったり、雹が降ったり、アメリカばりの竜巻が起こったり...
怪しげな天気が続いているけれど、季節は間違いなく夏に近づいている。

冬からの暖かくはない季節、ずっと日向を求めてうろついていた柚が、さすがに日向から逃げ出した。

一度日向でゴロンとした後、しばし考えて(感じて?)いるように見えたが....おもむろに起き上がって、日向を避けて横になった。
日の当たっている場所の横で、身体をゆっくり伸ばしたあと、その場所を見る。
...「とてもあの日向じゃ暑すぎて寝てられない」と呟いているように見える。

冬の細かく密集した毛から少し密度の減った毛に代わりつつあると言っても、やはり今の日射しの下で毛皮では暑いらしい。
少しの間日に当たっていた毛皮に触ると、それだけでもう結構な熱を持っていて、それ以上日に当てていたら煙でも出そうな気がする。

これからの季節は、日の当たる明るい場所より、風の通る涼しい場所で昼寝をする事になるんだろう。

長い冬が終わったら、もう夏の暑さから逃げ回る季節になった。
木々の緑は深くなり、木陰を通り抜ける風が気持ちいい。

柚も「旅猫」として、キャンピングカーで一緒に旅に出るとしようか。
世界は、お前を待って...いないけど(笑)。

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2012年5月18日 (金)

至福の時間を過ごす場所

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夢のキャンピングカーは、ゴルフ前夜の「至福の時間」を過ごすには贅沢な空間だった。
8人が寝られる広さは、2階部分のスペースだけで4人が寝られる...二人なら大の字になって寝られる余裕があった。
そのため、1階部分はイラストのようにテーブルと椅子の形のまま、ゆっくりと出来た。
壁にもたれかかり、長椅子に足を伸ばし、テーブルの上には酒や摘みや本を置いて、入り口近くに備え付けた車載用テレビデオで昔録画したマスターズや全英オープンのビデオを見たりしていた。
いわば動く別荘とも言える大きさだったので、寛ぐには十分だった。

しかし、今の車は広さで言えば半分くらいだろう。
至福の時間を過ごすには、キャディーバッグを片付け、ボストンバッグを片付け、布団の用意をしてやっと前夜祭のスペースが取れる。
照明も明るいし、足を伸ばしてゆっくり出来る事は同じだから不満は無いけれど...やはり以前の広さが懐かしい。

と書くと、あのキャンピングカーが「最後の車」ではなかった事が判ってしまうけれど...
大借金をしてあのキャンピングカーを買った時には、あれを20年以上乗るつもりだったのだ。
実際にセキソーボディでも、そのくらいのメンテはしてくれると約束してくれたし、家から20メートルくらいの距離に駐車場を借りていたので、家の「離れ」みたいな形でキャンピングカーを動かしていないときでも利用していた。
電源コードを家から伸ばして、私の仕事の打ち合わせに使ったり、奥さんが友達と喋ったり、娘達が漫画を描いたり...本当に役に立った。

車的には何の問題もなかった。
しかし、ある日突然、この車に乗り続ける事が出来なくなるような事態が発生した。
一人の男のパフォーマンスで。

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2012年5月17日 (木)

またまたショートウッドかロングアイアンか

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何年も前から、同じ事を悩んでいる。
ロングアイアンかショートウッドか。

周りを見れば、若いアスリートゴルファーでも3番アイアンをバッグに入れている人は少なくなった。
4番だって少なくて、セット売りの新しいアイアンは5番からが普通(ただし、その分ロフトが立って5番でも昔の4番以上に飛ぶんだけれど)。
プロだって3番アイアンを入れている人は少ないくらい。

なんだか知らないが、ゴルフを始めた当時からロングアイアンの芯を食ったときの感触が好きで、キャディーバッグから3番4番というのを外せずに来た。
以前は2番とか1番なんてアイアンも入れていたりして。
数年前から時折、オークションで仕入れたスチールヘッド3の7番9番なんてウッドを使ってみたりしたけど、結局またアイアンに戻した。
何より、風の吹いた日に風に翻弄される高い球は自分の好みではなかった。
9番は論外として、すぐにまた売ってしまった。

しかし、最近3番アイアンが当たらない...当たっても距離が一定せずに、絶対グリ−ンには乗せられない。
元々、クラシックの黒トップやクリーブランドのTA3というハーフキャビティーのアイアンは、ボールが上がりにくい。
低い球が好きな自分には好みなのだが、残り200yが全く乗らないのは辛い。

そこでこの前の漫画家コンペでは、久し振りに3番アイアンを外して7番ウッドを使ってみた。
結果は、ロングホールをツーオン出来たし、木の下をパンチショットで潰して打ってコントロール出来た。
3番アイアンではグリーンには乗らなかっただろうし、木の下のラフからああいう風に打ち出す事は無理だったろう。

本当は最新のキャビティーアイアンとかにすればいいのだろうけれど、それは自分の美学が許さない...ジジイには古いクラブが似合うし、古いクラブを美しく使ってこそカッコいい、なんてね。

で、今週の月例に急遽参加を決定。
当然入賞資格もなんにもないんだけれど、少しスマートに少し少ないスコアで回る事が出来るかどうか。
7000ヤードを超えるコースでは、7番ウッドの出番が多くあるはず。

それとも、それとも...久し振りに、ウッドやアイアン以外のユーティリティークラブとやらに色気を出すようになるかどうか...
やっぱり、古いクラブと一緒に「滅びの道」を歩いて行くと決めるかどうか(笑)。
クラブでゴルフを考えるなんて、少しは燃えて来たのかなあ。

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2012年5月16日 (水)

残り火

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ゴルフが好きなのは変わらない。

ボールを打つ事を楽しむ事、同伴競技者と楽しく回る事、18回の旅を心置きなく楽しむ事、始めて目にするホールとの出会いに素直な気持ちで感動出来る事...そんな事が今の自分のゴルフの目的。
それで、このままゴルフが出来なくなる日まで、楽しんで行けたらいいじゃないかと思っていた。

スコアは結果であって、今の自分には70台のスコアも90台のスコアも同じようなものにしか感じられない。
むしろ、その日のラウンドで何回イメージ通りのボールを打てたかが重要だったし、どれだけ気に入ったホールを楽しめたかが重要だった。
そして、同伴競技者が楽しんでくれて、前後のゴルファーに迷惑をかけていなければ、それで満足だった。

...それがしかし、昨年からそんな自分の考えが否定されるような事件が続いて起こった。
昨年、始めて参加したブロガーズコンペでは、スコア乞食になるよりは一緒に回る人と楽しむ事優先と思っていたのが...練習不足とクラブのオーバースペックに寄る突然のチーピン連発で、結果打ち直しを繰り返す事になり、同伴競技者に自分のゴルフの歴史で始めて「遅い!」と非難される事となった。
これは、仕事が忙しかった時に練習不足なのに無理して参加したことが原因で、自分のその時の実力に対する判断の甘さに反省と後悔をする結果になった。

そして、今年になってあるゴルファーに「一緒に回ったためにスコアが悪くなった」と言われた。
私の作品のファンだと言う事で知り合ったゴルファーだったが、多少の違和感を感じながらも親しく付き合って来た...と思っていたのは私の誤解で、実は私との付き合いは彼にとって好ましいものではなく、一緒のラウンドは彼のスコアを崩す元であったという事を知らされた。
はじめは冗談かと思ったが、彼が本気であるという事を知った時、自分の勘違いが他人の迷惑となっていた事に気がつかなかった迂闊さに、心底失望した。
彼とは二度と一緒にゴルフをしない事を約束したので、彼は今頃は私の邪魔も無く常に良いスコアで回れている事だろう。

なんだか、ゴルフに対してがっかりする事ばかりが続いていた中、この前の漫画家コンペで同年輩の漫画家松田一輝氏に
「昔は、神様のように上手かったのに」
「今はゴルフを諦めてしまったんじゃないか?」と言われた。
彼は私より十年程遅くゴルフを始めたが、真面目に努力を続けて、今はコンペのトップハンデの「3」になっている。
その練習のために手首や肘を痛めて、ずっとテーピングしてラウンドしている。
体力的に恵まれないために、工夫してスイングを造り、大きなドローボールで飛距離を稼ぐ。
小技もパットも上手く、その時私の83に対して80で回っていた。

そして、鹿児島在住の漫画家古川一郎氏にも、「昔は典型的なアスリートだったのに」と苦言を呈された...彼と池内誠一氏と私が、3人でこのコンペのハンデ「0」であった事もあったのだ。

「諦めた」のだろうか?
俺は、ゴルフを諦めたのだろうか?

内心「そうだ」という声がある。
以前、遊びでならプロにハーフで勝ったりしていた時、仕事でミニツアーに参加した。
そこで、食べるために必死になってゴルフをしている若いプロ達と試合に出て、イラストという他の仕事で食っている自分のゴルフの甘さを思い知った。
自分のボールを誤球されても、死に物狂いの彼の顔を見て、そう指摘出来なかった自分がいた。
...迫力に負けて、60を叩いた自分がいた。
始めは自分に「お客さん」として友好的だったプロが、自分が先にバーディーを取ったとたんに叩き潰すべき敵として認識を変えられた事が判ったラウンドがあった。
ハウスキャディーがかってにプロのドライバーをグリップした時に、顔色を変えて激怒してキャディーを泣かした場面に遭遇して驚いている自分がいた。

そういった経験を重ねて、「上には上がいる」ゴルフの世界での自分の限界を思い知ったのだと思う。
そのミニツアーの数試合に出たあと、自分は「良いスコアであがる」という目標を失ってしまった気がして、その後数年の間殆どゴルフをしなかった。

でも、まだ自分の心には「火が消えて」はいなかったような気がする。
何かが奥でチョロチョロと燃え残っている気がする。
そんな残り火に、松田一輝氏は酸素を送り込んだのかもしれない。
(・・・この火を育ててみようか?)

勿論、もうスコア乞食になることはない。
ただ、少しスマートに、少し少ないスコアで回ってみようか、なんて気になっている。
どうも俺は、同伴競技者に対するサービスは下手らしいし、楽しみ方が皆違う以上自分の楽しみが他人の迷惑となる事が恐ろしい。
(そうそう、今週はホームコースで月例がある...何年振りかで参加してみるか。)

今回は、長いことゴルフをやっていながら、まだまだ迷い道をふらついている「大叩き男」と言う、「ゴルフな人々」のお話...お粗末でした。

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2012年5月14日 (月)

アプローチの名手はリストを使わない

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アプローチの名手は、絶対にリストを使わないものだ」...フランシス・ウィメット。

前回に続いて、生涯をアマで通した全米オープン覇者のフランシス・ウィメットの言葉だ。

アプローチは、パットと並んで精神状態が影響するショットだ。
それというのも、ドライバーにしろアイアンショットにしろ、苦手意識から上手く打てなくなる事はよくあるものだが、いずれもいざとなれば目をつぶって力の限り振り回せばなんとかゲームを進める事が出来る。
精神的なプレッシャーを、力で抑える事が出来るのだ。

しかし、パットやアプローチはそうはいかない。
「力を加減」できなければ、永遠にゲームが終わらなくなる。
振り回してボールを引っ叩けばいい他のショットと違って、微妙な力の強弱を自分で制御して行かなければならない...それは、「失敗すれば」見栄や外聞や絶望や失意や嘲笑や軽蔑などの感情の中に自分が落ち込む事を想像して、我と我が身にプレッシャーをかけるプレーでもある。

アプローチショットという、短い距離でありながら毎回異なった状態のライからのプレーは、月に一度か二度しかコースに出られないゴルファーにとっては、本当はいつも「初体験」に等しい難しいショットとなる。
...テレビで見るプロのように、上手く行く訳が無いのだ。

なのに、そのショットの失敗はもろにスコアに影響し、「わずかな距離のミス」というだけで、深く心に傷を残し...その失敗の記憶は消えずに心に積み重ねられて行く。
そうした記憶が次のアプローチの時に、また強いプレッシャーを呼び起こし、ますます「もっと微妙なタッチを」と体に要求する。

そうしてアプローチというだけで、プレッシャーで体がグルグル巻きに縛り付けられ、頭の命令通りに体が動いてくれそうもない...
もし次のラウンドで、自分のそんな状態を感じたら、このフランシス・ウィメットの言葉を思いだそう。

例えば、テレビで見た「ミケルソンの柔らかいアプローチ」なんか忘れる。
フワッと飛んでピンのそばでギュッと止まる、なんてシーンを忘れる。

かわりに思いだすのは、地味に転がすアプローチ。
野越え山越え、ひたすら転がって行くイメージ。
なんなら、あの全英オープンのアプローチでいい。

ポイントはリストを使わない...手首を固定するイメージ。
「右手の手首の角度を変えない」...あるいは「左手の角度を変えない」でもいい。
肩からの振り子でも、体のターンでもかまわない...左腕とシャフトが1本の棒のイメージでもいい。
とにかく手首を使わないでアプローチする。
少し上げたかったらクラブを変える。
バンカー越えでもピンに寄せようなんて思わないで、クラブを変えて同じ打ち方。

そんな事から、それぞれが掴むものが出てくるだろう。
実際に「一番寄せやすいクラブ」は、それぞれ違って当たり前。
他人の常識に影響される事は無い。

ただ、スコアを気にせず、アプローチに特別のプレッシャーがないんだったら、失敗なんて全く気にせずミケルソン流のアプローチをしようとする事も、それぞれの自由...始めから諦める事は無い。
たまに、「絶対にプロでも寄らない」なんて場所から、凄いロブショットを決めたりするのもゴルフの楽しさでゴルフの魅力だ(ただし、失敗しても後悔しない事)。

案外、アプローチショットだからって特別な打ち方しない方が良い人だっているかもしれないし、常識にとらわれない発想の寄せだって面白い。
以前タイガーなんかがよく使った「アプローチでFW」なんてのだってある訳だし。

それでも、まず「アプローチの基本はリストを使わない」から始めて見る価値はある。

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2012年5月13日 (日)

お気に入りの場所

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猫は日なたの動物だ、なんて言われているのが良くわかる。

起きている時の柚は、遊ぶ・食べる・寝るのどれかをしている時が殆どだけど、暖かい日が差していれば間違いなく、まず寝る。
子猫の時代を過ぎつつあるためか、最近はじゃれて遊ぶ時間が短くなっている。

毛が冬のミッシリと密集した暖かそうなものから、少しずつ密度を減らして来たように感じられる。
それでもいつもの場所に日が差してくれば、その毛に陽の光の暖かさを一杯溜め込んで、気持ち良さそうにいつまでも微睡んでいる。
少しでも涼しくなれば、実を丸めて小さくなるんだけれど、最近はゆったりと伸びたままで寝ている事が多い。

ただ、最近ちょっと困った事に、新しい「暖かい寝場所」を見つけて、そこに行く事が多くなった。
その場所が二階の物干し場の床の下。
合成樹脂の床と屋根に挟まれたその場所は、直接日が当たらなくても暖かさがずっと続き、外の空気を吸う事も出来る、安全で落ち着いた隠れ場所でもあったらしい。
ただ、ここは外から見えない。
手を伸ばして捉まえる事も出来ない。

先日も、柚はここで寝ていたらしい。
その日、家族は皆それぞれ用事があって家を出た。
それぞれ出かける時に一応柚を探したが、多分家の中のどこかで寝ているだろうと、鍵と戸締まりをして出かけた。
...そして、突然の雷と豪雨。

最初に奥さんが家に帰った時、玄関に入ろうとして柚の鳴き声を聞いた。
見上げると、ずぶ濡れの柚が屋根から見下ろして助けを呼んでいた、という。
その物干し場の床の下で寝ていたのに誰も気づかず、窓もしっかりと鍵をかけて出かけたため、家に入れず、屋根から降りられず、豪雨の中鳴きながら濡れて震えていたらしい。
すぐにタオルで体を拭いてあげたけれど、しばらく震えが止まらなかったと言う。


...それでも柚はその隠れ場所が気に入って、家の中で見かけない時はいつもそこで寝ているらしい。

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2012年5月12日 (土)

スイングを変える

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仕事で、ほぼ毎日ゴルフレッスンのイラストを描いている自分としては、「スイングをどうする」という事に対して知識だけはある。

しかし自分が今直面しているのは、まず「年齢によって、変わらざるを得ないスイング」と「クラシックアイアンを楽しむためのスイング」。
これは、最近描いた多くのレッスン記事の中には無いテーマ。

なので、自分でやってみて「より上手く行く方法」というのを見つけて行かなくてはならない。

今まで気にしていたのは、最近のスイング理論でよく言われていた「下半身を固定、ないしは大人しく使って、肩は平らに回し、あとは手の上げ下げだけを意識する」というもの。
重心の移動は、右足の内側から、左足の内側まで。
それに、スクープソールのクラシック黒トップアイアンを打つために、ダウンブロー気味にボールの先のターフをとること。

そんな所だが、これが出来ればそりゃあ問題は無い。
まず、年をとるに従って体は硬くなり、身体をギリギリと捻り上げるなんて事は、もう出来ない。
そのためにどうしても上半身を揺さぶって手を上げるようになり、ショートアイアンはともかくミドルアイアンやロングアイアンはろくに当たらなくなってしまった。
ドライバーもたまに出る一発以外は、曲がるし飛ばない状態になった。

そこで、それまでのスイングのイメージを全部捨てて、構えたその場での円運動をイメージするようにした。
体重移動は全く考えず、テークバックは頭が左に手は右に行くような「リバース」のイメージ。
ダウンからは逆に、頭右に手は左に降りて行くイメージ。
その際、スイングの右サイドを大きくとるイメージにして、左サイドは考えない...つまり今までは「フォローが大事」だったのを、「テークバックとダウンの右サイドを意識して大きく使う」意識に変えた。

そういうイメージを作り上げるために、とりあえず黒トップは使わずにTA3でのリハビリラウンドを何ラウンドかして、ボールを捉まえる感じが判って来た。
このままTA3で行けば、多分スコアはまとまって来て70台のスコアもでると思うけど、それが目的じゃないのが問題だ。
このイメージのスイングで黒トップを使いこなす事...黒トップに変えても必要以上に打ち込まないスイングでボールを捉まえられるかどうか...それが最終目的。

スコアで70台出したって、ガチンコの競技をやらない自分には大して意味は無い。
ドライバーでイメージ通りの球筋と、黒トップでボールを捉まえた時の快感が、今の自分のゴルフの楽しみの大部分。

そろそろ次のラウンド辺りから、黒トップに戻して楽しみたい。

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2012年5月11日 (金)

夢のキャンピングカーで行った場所

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キャンピングカーでの旅は、3日以上の長い旅の方が楽しい。
そのために、どうしてもメインは子供の夏休みなどに合わせて1週間から10日かけての旅となる。

冬休みや春休みはせいぜい2〜3日の旅だけど、夏休みは半年くらい前から仕事の都合などを調整し、世話になっている方々に、早めに原稿を貰って早めに仕事を進める事をお願いしていた。
そうして、なんとか2週間以上締め切りを先行しておいて、10日間前後の旅が出来た。

旅に出るのが7〜8月となると、どうしても出かける方向は北。
家族の北方志向というのもあるが、実は本州の夏はキャンピングカーの旅にあまり向いていない、というのも理由だった。
それは結局、車中泊というのは外気と同じ気温で寝るという事...つまり、熱帯夜なんていう気象条件では暑くてとても寝られない。
もちろん、今のキャンピングカーで屋根などにクーラーを装備しているのもあるけど、あれは発電機を使って回さなければ使えないもの。
車のクーラーを使うという事も出来るが、どちらも結局エンジン音や発電機の音を出し続ける事になる。
道の駅や駐車場などで、夜中じゅうそういう騒音を出し続けるのもマナー違反と考えるので、窓を開けただけで寝られる地方へ行く事が快適な旅の条件とも言えた。

で、まず行ったのが憧れの北海道。
色々調べて、関東から行くには一旦新潟まで行って、新潟〜小樽のフェリーを使う事が便利な上に安かった。
朝方小樽に着くので時間を無駄にせずにすみ、いつもまずオロロン街道を北上して稚内に向かった。
オロロン街道は、自分のイメージの中の北海道に近く、広く荒涼として北に向かう真っすぐな道は夏だというのに不思議な「最果ての地」の雰囲気に満ちていた。
また、残っている廃線の跡に往時を思い、廃屋に北の暮らしの厳しさを思う。
そして、途中にあるかってのニシン御殿「花田番屋」で昼寝をしたりして...最初の時にはニシン漁で華やかだった頃の夢を見たような気がする。

一度最北端の岬に行ってから、そのまま海岸を走って網走に向かったり、内陸に入って富良野や美瑛に向かったり、気の向くままの旅が出来た。
当時の北海道は、観光地や景勝地には奇麗で立派な無料駐車場が整備されていて、車中泊の場所に困る事は無かった。
無料の温泉もあちこちにあり、初めて食べた一匹丸ごとの大きなタラバガニには、それだけで家族全員腹一杯になった。
今は世界遺産になってしまった知床で、カムイワッカ湯の滝の滝壺前に駐車して、家族で水着になって滝を上って温泉を楽しんだり、ヒグマの姿を見かけて慌てて逃げたり...
北海道にはたった2回どころではなく、まだまだ何回も行くつもりだったけど...

娘達が学生で夏休みがある間は、東北の旅では4駆のキャンピングカーという事を活用して白神山地の林道を走ったり、もう無くなってしまった三陸の町を訪ねたり、奥飛騨や高山、能登や越前...等々を旅して回った。
しかし、北海道以外の地方は、たとえ青森でも夏の夜は暑くて寝られず、快適に寝るためには標高500メートルを超える場所に行かなければならなかった。
涼しさとは、北海道以外では「緯度より高度」なんだと、思い知らされた。

しかし、どんなに惜しんでいても時の流れるのはあっという間で、娘達が学校を出てしまうと共に長い休みは夢物語となり、家族揃っての長い流れ旅は出来なくなってしまった。

そして、「最後の車」「20年以上乗る」と決めていたこのセキソーボディーのキャンピングカーに、乗れなくなる時期が来るとは思ってもいなかった...

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2012年5月 9日 (水)

「第98回バレンタインカップ」に参加して来た

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昨日、クリアビューGCで「第98回バレンタインカップ」が開かれた。

このバレンタインカップというのは、漫画家の池内誠一氏が主催する漫画家中心のコンペで、今年で25年目になる。
実はこのコンペは、第1回が1987年の2月14日のバレンタインデーに茨城GCで開かれた。
メンバーは、当時の週刊パーゴルフで仕事をしていた、漫画家、原作者、イラストレーターなど。
そこに当時パーゴルフにイラストを描いていた私も入っている。

「バレンタインデーに、女性に縁の無さそうな野郎どもが集まってゴルフをするんだから、この会はバレンタインカップにしよう」なんて、誰かが言ったような...

それから、なんと25年間続いている...私は途中参加しなかった時期があるけれど、記念の100回までは参加しようと思っている。
その第一回の時の写真を見れば、なんとみんな若い事か...髪の毛はまだふさふさしているし、体から若さのオーラがほとばしり出ている。
そして、時の流れを感じるのは、この中にも既に亡くなってしまった仲間がいる事...「人生は一瞬の出来事」なんて、今更ながら強くそう思う。


...今回の会場クリアビューGCはそれほど難しくないコースのため、ちょっと真面目に70台でのベスグロ優勝を狙うつもりだったけど、つまらないミスを繰り返し平凡なスコアになってしまった。
六分から八分ショットのドライバーは、大ミス無し...それでも、1ペナの線を越えた事3回、木の後ろに止まった事2回はあったけど。
それに比べて、アイアンがいけない。
左に引っ掛ける事が多く、グリーン左に外してばかり...それをなんとかしようと抑えて打つと、なんと100ヤード以内で大ダフリ4回...これは今回一番の反省点。

そして困ったのは「激重グリーン」。
このところの天候のせいか、あまり刈っていないベントグリーンはイメージを出すと大ショートする。
アプローチでも、自分の感覚では上手く打てたつもりでも結果は大ショートが多い...それで今度は強めに打って行くと、大オーバー。
6番なんて、ワンピンのイーグルチャンスについて、ショートは絶対にするまいとしっかり打って行って3パット、ただのパー(泣)。

もったいない取りこぼしを11回も重ねてしまって、結局ただの83。
グロスで3位、アンダーハンデの結果は76で4位。

一緒に回った、この日のトップハンデの松田一輝氏は、同い年ながらまだまだ競技に燃えている、陽気で明るいアスリート。
「俺も、もう一回やってみようかな」なんて気持ちにさせられた。

いい天気でいい仲間と楽しくゴルフが出来たのだから、何にも文句は無い。
しかし、こういういい相手と一緒になった時には、もっと上のレベルのゴルフも出来なくては申し訳ないと...刺激を貰ったラウンドだった。

さて、とりあえずのゴルフの予定はこれで終了。
このあとは、まだラウンドの予定無し。

少し自分のゴルフをまとめておいて、いい天気に、いいコースの旅ラウンドに行くとしようか...

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2012年5月 7日 (月)

「飛ばし屋キング杯」(笑)イン多古cc

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関東の他の地区では大荒れの天気だったらしい、5月6日。

「飛ばし屋キング杯」(笑)が行われた、千葉の多古カントリークラブは朝から快晴に近い上天気だった。

私は勿論、前の晩から近くの「道の駅 多古」に行って、ささやかで最高の時間をキャンピングカーの中で過ごしていた。
本当に「明日はゴルフ」と言う、その時間はなんて楽しいものだろう。
コースの近くに行って、翌日の朝からの長距離運転の心配もなく、のんびりと一杯やりながら過ごすその時間は今の自分の人生で1・2を争う至福の時間だ。

早めについたので早めに寝たら、翌朝は朝の5時過ぎにカーテンの隙間から差し込む、強い朝日で目が覚めてしまった。
やむを得ず早めにコース着。
集まったのは、何度も勝負している30そこそこの若い飛ばし屋、300ヤードヒッターのN氏。
そして、その上司でもある、某出版社の名手、I氏...氏とは、もう十数年前に70台の一打を争う良いゴルフの勝負を楽しんだ記憶がある。
そして、もうお一方は体も大きくただ者ではない雰囲気を持ったM氏。
何でも、若い頃はボートで名を売り、背筋は軽く340キロをオーバーしていた、という40台の飛ばし屋...そういえば、何となくB・ワトソンに雰囲気が似ている。

勿論最大限に楽しむためのゴルフなので、フルバックティー、ドライバー縛り(つまりどんなに狭いホールでもショートホール以外はドライバ−使用すること)。
飛距離はフェアウェイ・ラフ関係なく、純粋飛距離で勝負(笑)。

結果から言うと、安定して飛んでいるのはN氏だと思うが...実際の勝負は、笑ってしまう結果となる。
I氏を除く3人は、それなりに飛ばそうとしているのだが、面白い事にオナーとなった一人がいい所にロングドライブを放つと、他の2人は殆どミスをしてしまう。
...例えば、私がオナーでフェアウェイにそれなりの飛距離のボールを打つと、N氏は左ホールの池に入れたり右にOBを打ったり、M氏は右に吹かしたり引っ掛けたり...
N氏がオナーでいい当たりを打つと、私がスライスしたりM氏がチーピンを打ったり...
ただ、N氏が少し詰まった当たりをした時などは、M氏がドローでそれを越えて行ったり...

つまり、3人が揃っていい当たりを打って、それを比べるという事が一度もなかった。
一人がいい当たりをすると他の人は力が入って、ミスをしてしまうわけだ。
これは、コース選定を間違った、ためだと思うけど(ちょっと曲がると大トラブルになる)。

そんなわけで、実際には「飛ばしっこ」は消化不良で終わったけれど、ゴルフ自体は楽しかった。
それぞれゴルフが好きで、「ゴルフを知ってる」人は、他の人がミスをしてもそれが「何をしようとしてミスになったか」が判るから、その結果だけを見て判断せずに「やろうとした事」に対する感想がすぐに出る。
だから、何でもないプレーに見えても、実は本人がやろうとした事のイメージ通りに上手くいった、なんてプレーには拍手を惜しまず、結果がスーパーでも実は出会い頭の事故ようなプレーはからかうだけ。
それで良いスコアが出る時もあれば、叩く事もある...でも、それはただの数字であって楽しんだゴルフの内容を表すものではない。
N氏は、池ポチャありOBあり、全ホール狭いコースでドライバーを引っ叩いた割には良いスコアであがったし、老練なI氏は、ちゃんとそのN氏より上のスコアであがった。
M氏は、始め調子が出なかったけれど、ラウンドが進むに連れて振れ出して、その脅威の背筋パワーの片鱗を見る事が出来た。
しかし、このコースはドライバーを振り回すのには向いていない。
次回、もう少し広い場での再戦を約束する事になる。

私は、6〜8分で振ったドライバーは満足のいくものであったけれど、試しにとフルショットした18番と9番では大トラブルになった。
18番では、フルショットマン振りのボールは左に巻いて、左ホールを「フォアー!」という声とともに飛び越え、その向こうのどこかに消え去ったロストボールとなった...このホールパ−5でトリの8。
9番でも、もう一度ワンオン狙ってのフルショットは、テンプラとなり右の林の木に当たってトラブルとなり...このホール、パ−4で7。
やはり、力を入れるとこのシャフトは柔らかすぎて、振りすぎていい事は無い(笑)。
八分ショットを限界として、このドライバーは使って行こう。

ラウンドが終わって、そのプレーをあれこれと談笑していると..5時頃からいきなり雷雨。
慌てて車で帰宅の途につくが..途中「ピカピカ・ゴロゴロ・ザーザー」と大嵐の様相。

うん、行いの良いゴルファー同士、上天気で楽しい一日を過ごせた事をゴルフの神様に感謝します。
体も、それほど強く振らなかったためか、腰や体は軽い筋肉痛だけ、問題ない(と思う)。
いいゴルフ友達といいゴルフ、いい一日だった。

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2012年5月 5日 (土)

また再びの果たし状

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2日の予定が記録的な大雨の影響でキャンセルになったが、その勝負を楽しみたいと再びの果たし状来襲(笑)。

曰く、「N氏プロデュース 関東一円飛ばし屋キング杯ゴルフカップ」ですと。
全く、何処まで飛ばす気でいるんだか。

時は5月6日、場所は多古cc...苦手なコースだ、ここ。
どうもティーショットの落ちどころが狭く感じて、ミスが多い。
飛ばしっこするには結構難しい気がするんだけど...いいでしょう、受けましょう。

といっても、今じゃあN氏の300ヤードドライブには勝てないなあ。
2〜3回はマン振りしてみるけど、それ以上やったら2〜3ヶ月はゴルフ出来なくなる。
8日には池内誠一氏主催の漫画家コンペ「バレンタインカップ」もある事だし。

なんだか5月になるとともに、ゴルフをしやすい環境になって来た。
今月と来月は、少し真面目なラウンドを増やしてみよう。
どうせ、7月に30度の日々がやってくれば、2〜3ヶ月はお休みになるんだし。


とりあえずの明日の「飛ばしっこ」。
にわか雨はあるかもしれないが、風が強くて曇りの天気。
これは低いボールで楽しめそうだ。

そして、今日の夜から出発して、「多古道の駅」で前夜祭。
読む本を選んで、今日もまた至福の時を楽しむとしよう。


そうそう、N氏よ....1回でもオレがオーバードライブしたらオレの勝ちね。
だって、オレの方が年齢倍なんだから(笑)。

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2012年5月 4日 (金)

気を使う猫

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三寒四温じゃないけれど、気温の上下が激しい今日この頃。
まだまだ仕舞う事の出来ない炬燵で、猫を抱く。

じゃれ回っていたのが一段落して、毛繕いを始めた奴を捉まえて膝の上に抱く。

以前19年も一緒にいた猫は、餌をくれるうちの奥さん以外にはあまり抱かれて寝るような事はなかった。
自分が抱いても、ほんの2〜3秒でもぞもぞともがいて逃げてしまった。
野良で苦労した時間が少しあったので、気を許す事は最低限の人数だけだった...他に誰もいない時は、やむを得ず大人しく抱かれるような事はあったけど。

この柚は、まだ歩けるかどうかの時に親に育児放棄されて、人間に頼って行きて来ただけに、なんだか我々に気を使っているようにも見える時がある。
こうして、無理矢理に捉まえて膝の上に置いても、前の猫のようにすぐに嫌がって逃げたりしない。

しばらくはこんな感じで、ゆったりとして、伸びをしたり手足を舐めたりして寛いでくれる。
いかにも気持ち良さそうに、半ば目を閉じて...

しかし、これで安心して寝てくれるか、と言うとこれが違う(笑)。

しばらくの間、大人しく気持ち良く寝ているような格好をしているけれど、撫でたりしないでじっとしていると...スッと目を開け、こちらの顔色をうかがう。

「もう気がすんだ?」みたいな表情で、もそもそと体を動かし、「じゃあ、あたし行くから」というような雰囲気で膝から降りて行く。

...少し離れた所に行って、おもむろに背伸びする...

あのね、結局、オレに付き合ってくれたわけね。
気を使って頂いて、ありがとね。

...微妙な気分だ....

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2012年5月 3日 (木)

キャンピングカーの運転

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これも、あくまで自分が買った車で、自分の運転で、という話だけれど。
これから、もしキャンピングカーを買う予定があるなら、参考になるかと。


元々このキャンピングカーは、1・5トン車のいすゞエルフの荷台に家1軒を載せたようなもの。
どうしても、感触としては何時も荷物満載で走る1・5トントラック、という感じになる。
サファリから変わって一番苦労したのが、道路の流れに乗り遅れる、ということ。
元々今まで乗っていた4駆車でさえ、「スタートダッシュを聞かせて流れを引っ張る」なんていう車ではなく、手早くギアを切り替えながらなんとか流れに乗って行くという感じだったのに、この「トラック」はどうやっても流れに乗るのは無理。

しかし中にゆったりと乗っている人にとっては、そんな急なスタートや加速は必要なく、「そういうもので丁度良い」とも言えた。

しかし、ちょっとした上りの坂道では...これは辛い。
セカンド・サードで、床を踏み抜く程アクセルを踏んだって、流れの乗って行けない。
フォースやトップギアは上り坂で使えるはずもなく、サードで必死に回しても最高時速40キロ!
勿論すぐに後ろには数台から数十台の車が並び、自分が車を後ろから押している程全身に力が入り、汗びっしょりでのろのろ走ることになる。
少しでも広い場所に出れば、ハザードランプで端により、後続車をやり過ごす...「悪いねえ..」なんて謝りながら。
また、トラックベースのキャンピングカーは、後輪のショックアブソーバーは高加重に対応するために固めになっていたり、板バネであったりする。
すると、ちょっとした悪路でも後部は跳ねまくり、後部に備え付けられていることが多いキッチン関係の小物は大地震の時のように跳ね回る。
瀬戸物などは絶対に割れるし、包丁なんかも飛んでくる(勿論それを防ぐ方法はあるけれど)。
ここは、割れないものを用意するのが一番。

観光地などに行って、古い町並みなどを走るとき...日本製のキャンピングカーは道の狭さを考慮していて、車幅が2メートルを超えるものは無いのだが、気をつけるのは車高の高さ。
古い町並みは、軒先が低く、看板や店の飾りなどもイメージよりずっと低い所にある。
この上の方の看板などは運転席から見え難く、注意していないと思わぬ所で「ガチャン」となる。

そして、一番注意するべきことは、高速などでの風圧。
最近は見ないが、以前はあちこちでキャンピングカーの横転事故を耳にした。
その原因を見てみると、高速道での急ハンドル。
何も急な車線変更とかではなく、大型トラックの影響があったものが多い。
これはキャンピングカーに乗り始めて、始めて高速道で経験した時には驚いた。
当然スピードのあまりでないキャンピングカーは、走行車線を大人しく走っているのだが、そのためにスピードを上げた大型トラックにしょっちゅう追い抜かれる。
そのとき、まず後ろから高速の大型トラックが近づくと、いきなり車体が左に押し出され流される。
「え?」と思っていると、大型トラックが横を走り抜ける...途端に今度は車体がトラックの方に引っ張られ吸い寄せられる。
これは、特別にハンドル操作をしなくても、押し出され、引っ張られて元の場所に帰るのだけど、この押し出された時にパニックになり、右方向にハンドルを切って戻ろうとすると危険なのだ。
左に押し出されたので、右にハンドルを切る...すると直後に今度は右に引っ張られる!
こうなると最初に右にハンドルを切っていたために、急激で極端なハンドル操作となり左から横転して大事故になってしまう。
数回、押され・引っ張られを経験すると、「こういうものか」と判るのだが、始めての経験の時は驚く。
何しろ普通の車よりは重心の高いキャンピングカー、こういった知識があると無用の事故は避けれるか、と。

便利さと不便さは裏腹のこととして、もしキャンピングカーを手に入れられたら、こんなことに気をつけて楽しんで頂きたい。

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2012年5月 2日 (水)

清涼剤

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Tさんと、Mさんと、Sさんの3人は、もう10年を越えるゴルフ仲間で、ライバルだ。
3人は、地元の駅前スポーツクラブの水泳教室で知り合ったのだが、その後すぐにお互いがゴルフを始めていたことを知り、スポーツクラブよりゴルフ場での付き合いの方が多くなった。

年齢は3人とも50代半ば、それぞれ一つずつ違う。
Sさんの夫は地元で医院を経営し、Mさんの夫は東京で公認会計士の事務所を開き、Tさんの夫は地元で安定した製造業の社長...ということで、3人の経済的な状況はそれほど差が無く、ここ数年は毎月2〜3回は3人でのラウンドを重ねている。
それぞれ、夫と一緒の会員権を持っているので、順番にそれぞれのコースに行くことが多い。

仲は良いのだけれど、ゴルフに関しては競争意識が強く、「スコアと飛距離での勝った負けた」は3人の人生の一番の関心ごとになっていた。
あるコースで誰か一人が飛距離で圧倒すると、その使っていたドライバーを見て、次のラウンドでは他の二人も同じドライバーを手に入れていた。
パターも同じ・・・誰か一人がそのラウンドで入れまくると、次のラウンドでは3人同じパターになる。

...そんなことが長く続いて、最近は少し行き過ぎているような気もしていた。

そんな時に、Tさんの紹介でHさんが仲間に入ることになった。
Hさんは3人より一回り若い40代半ば。
Tさんが順番で町内会の班長をやった時の副班長で、Tさんを実に良く手伝ってくれて仲良くなった。
その時の会話の中で、Hさんもゴルフを好きだというので仲間に誘ったのだ。
Hさんは、ゴルフは会社員の夫に勧められて始めたものの、普通のサラリーマンの収入では二ヶ月に一回のゴルフを楽しむのがやっとの状態なので、裕福そうなTさんに誘われても迷っていた。
夫と相談して、パートの収入をゴルフに回して月に一回のゴルフを楽しむ、ということで仲間に入れてもらう事にしたのは、誘われて3ヶ月後だった。

月に数回一緒にラウンドしていた3人は、Hさんの経済状態を考えて、月に一度だけプレーフィーの安いコースで、Hさんを入れた4人のプレーを楽しむ事にした。
...Hさんは、最初は緊張していたものの、実に楽しいゴルフをした。
スコアは3人より良くないものの、きびきびと動き、気持ちの良い謙虚なゴルファーだった。

ドライバーの得意なTさんにドライバーのコツを教わり、アイアンやアプローチが得意なSさんのプレーをじっと見てやり方を聞き、パットの上手いMさんの距離感やタッチの出し方を参考にした。
上手く行かないことを真剣に質問して、必死に教わろうとするHさんの姿勢に、3人の意識が微妙に影響され始めた。

経済的に厳しいので、数年前の古いモデルのドライバーで一生懸命にスイングし、時には新型の3人のドライバーをアウトドライブする。
教わったアプローチが上手くいってピンに寄ると、本当に驚いた顔をして飛び上がって喜ぶ。
長いパットが教えられた通り打てたり、難しいラインのパットを注意を守って入れたりすると、嘘の無い尊敬の眼差しで走り寄って感謝する。

3人は教えた手前、Hさんに負けていられない気になる。
もっといろいろ教えられる程、自分の得意な物を練習しなければいけない。
飛ぶ道具だとか、入るパターだとか言っていられない。
何しろ、もっと古い、旧式のクラブで自分たちに迫って来てるんだから。
Hさんが入るまでに増えて来ていた、3人がお互いに足を引っ張り合うような雰囲気が無くなった。
3人で顔を合わせると、「Hさんに負けないように」「Hさんをいつまでも教えられるように」と、真剣に練習しに行くようになった。

何となく淀んで来たようだった3人の間の空気が、なんだか窓を開けて換気したように新鮮になった。
月に一度のHさんと一緒のラウンドの時、3人はHさんのために自分のために、胸を張って立派な先輩ゴルファーとして存在し続けようと気合いを入れる。

3人のゴルフは、Hさんが入って来る前よりも確実に良くなった。
ゴルフを楽しむ気持ちも強くなった。
もっといいゴルファーになろうという気持ちは、更に強くなった。

まるで一服の清涼剤。
Hさんの存在に、3人は感謝しつつ、今日も練習をする。

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2012年5月 1日 (火)

下手の考え休むに似たり

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てな言葉ほど、ゴルフに行く前の俗物下手くそ凡ゴルファ−にに合う言葉はないよなあ。

がしかし、この時程楽しい時間はないのかもしれない。

だって、それは自分が「これよりも、きっとこの方が上手く行くだろう...そうなれば、コース攻略に成功して良いゴルフが出来て、良いスコアが出るかもしれない」なんていう、甘い夢が見放題なんだから。
まあ、そんな夢は当日になれば儚く打ち砕かれて、いつも体験するような悲しみと絶望と後悔と怒りと疲れで一日を終わることになるのが殆どだけど。

それでも、そんな状況は一晩寝れば忘れてしまうことだから、やる前から気にすることもない。
運が良ければ、上手く行くことだってあるんだし。
それに、毎回そんな少年のような浮き浮き感と、老人のような落ち込みとを、新鮮に体験出来るなんてことはゴルフ以外には無いことだし。

さて、今回は難コースで名が知れた、きみさらずゴルフリンクス。
ピート・ダイのこのコースは、キャリーボールの距離感の正確さが試されるホールが多い。
よくある古い日本のコースのように、花道からグリーンに転がり上がる、なんてことは殆ど期待出来ない。
グリーン手前には、池や深いバンカーやいろいろなハザードが配置され、きっちりとその距離までをキャリーしなければ殆どその罠にはまる。
そう考えてコースのホール図なんぞを調べてみると、ティーショットからハザードを避けてフェアウェイにボールを運ぶと、残り距離が200ヤード前後残るホールが多い。
勿論それを刻んで寄せワン狙いなら問題ないが、ピンを攻める気ならキャリーで200ヤードを打てるクラブを使うことが多くなる。

自分の場合なら「ちゃんと当たれば」3アイアンなんだけど、今の実力で3アイアンで200ヤードを正確にキャリーするのは...まず無理。
練習場でも5発に1回ならいい方。
すると、以前使ったことがあって、ヤフオクにでも出してしまおうと思っていたスチールヘッド3の7ウッドが、200ヤードのキャリーを打てるクラブだったと思い出す。

しかし、どちらかと言えばウッドが苦手の自分は(アイアンが得意なわけじゃないけど)、7ウッドでは結構左右にトッ散らかる。

どっちにするか...

ピート・ダイは、どっちを許してくれるのか...
まあ、両方持って行って、直前に決心することになるだろうなあ。

なんて、楽しいこと考えているけど、明日の天気予報はだんだん悪くなって来て、まず明日は一日雨らしい。
さあ、どうする...雨具を持たないワタシの人生(笑)。

彼等がくれた挑戦状...自分から逃げるわけにはいかないから、着替え一杯持って望むつもりだけれど、キャンセルだったら、喜んで(笑)。

コース近くの道の駅での前夜祭は、やっぱり楽しい時間だし。


(結局、一日中大雨の予想でキャンセルとなりました...残念!)

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