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2013年2月27日 (水)

走る女

Bu130227_2Hさんは、42歳、152センチ55キロ...一般的に言えば、小柄で太めのコロコロしたオバさんだ。
ゴルフは始めて3年あまり、未だに100を切ったことは無い。
最近は練習は2週間に一回くらい、ラウンドは練習場や近所の「平日限定午前中だけ会員」のスポーツジムの仲間と、月に1回程度。

球技は昔から苦手で、ゴルフも最初はあまり好きになれなかった。
最初の練習の時なんか、2時間のコースでほとんどクラブフェースにボールは当たらなかった。
毎週一回の初心者教室で、なんとか前にボールが飛んだのは3回目の時だったし、レッスンプロが後ろでこっそり頭を抱えていたのも気がついていた。
近所の仲のいいおしゃべり仲間に強引に誘われて、渋々前払いで参加した初心者教室だったので途中でやめるのももったいなくて続けただけだった。
その教室では、3ヶ月の教室のあとのラウンド体験も費用に入っていた。

球技が苦手なHさんには、たった3ヶ月ではほとんど「フェースにあたるだけマシ」程度にしか上達しなかったゴルフだったが、初のラウンド体験がHさんを覚醒させた。
...といっても、ゴルフではなかったんだけど。

小さな時から、友達とのボール遊びが苦手だったHさんは、中学校でクラブに入るときに陸上部に入った。
ボールに対する運動神経は全然なかったが、なぜか足は速かった。
運動会の玉入れは戦力外だったが、徒競走やリレーでは別人の輝きを見せることが出来た。
ドッジボールやソフトボールの情けない姿でもいじめに遭わなかったのは、この足の速さが一目置かれていたからだと、あとになってからしみじみと思ったものだった。
その陸上部は、中学も高校も部自体が弱小クラブだったので、特に実績もなく終わった。
ただ、普段はどんくさい(と自分でも認めている)存在の自分が、風を切って走っている時だけは気持ちが良かった。
走っている時は、世界に自分だけが生きて動いているように感じることが出来た。
そして、どこまでもずっと走っていけるような気がしていた。

しかし、大学に入り、社会人になり、結婚して家庭に入り...という時間の中では、そんな風に走ることは全くなくなった。
誰もHさんが足が速いことを知らず、走るのが好きなことを知らず、Hさんの世界からも「走る」なんてことは消えていった。

それが、最初のラウンドでいやでも走らざるを得ない状況になった。
始めてのラウンドで、1発目からボールはとんでもない方向に飛んでいった。
場所は初心者の多いラウンドのために、OBや池の少ない広い河川敷のコースだった。
スタート前に、ともかく下手な人は「急げ・走れ・遅れるな」と言われていた。

「ああ、やっぱり当たんないや」なんて、恥ずかしさと失望感で一杯になりながらHさんは7番アイアンと9番アイアンを持ってボールのところに懸命に走った。
フェアウェイで待っている人に遅れないように、ボールのところに着いて急いで打つと、今度はボールは反対側の変なところに飛んで行く。
なかなか前に進めないジグザグ進行に、「もうゴルフなんて2度とやらない!」なんて、泣きそうになった。

しかし、冬だったのに汗だくになる頃...恥ずかしさと焦りと絶望感のほかに違う感覚が自分の中にあるのに気がついた。
汗をかいていても疲れてはいない...もちろん気疲れは一杯だったけど、体は疲れていない。
むしろ、なんだか気持ちがよい。
走る自分の体は確かに若い時より重く感じるが、踏み込む足の感触が実に気持ちがよい。
コンクリートや砂利道の感覚と全然違う、柔らかく受け止めてくれる芝の感触に、走っている足が体が喜んでいる!
青空と、枯れ芝だけど草の香りと、走るときにすり抜ける風を感じて、体が喜んでいる。
「あ〜! この感じを忘れてた...」
思わず声に出た。

結果は、ぶっちぎりのブービーメーカーだったけど、Hさんはゴルフに行くのを楽しみにするようになった。
スコアは全然良くならないし、相変わらずフェアウェイになんかボールは行かないし、あっちへ行ったりこっちへ行ったりで他の人の倍は動く。
でも、Hさんはそれが楽しくてしょうがない。
ボールのところに走っていく時の、靴底に受ける芝の柔らかさが、季節ごとに受ける風の違いが、少し汗ばんで息が少し上がる高揚感が...

この走る楽しみは、誰にも言ってはいない。
「ちゃんと練習してフェアウェイを歩ければもっと楽なのに」なんて同情されるけど、「これが楽しいんだから」なんて本音を言っても,負け惜しみとしか思われないだろうから。

なぜか、だからといって家の周りとか他の場所を走りたいとは思わないのが、不思議だ。
だから体重も減らないで太ったままだし、走る自分の姿にみんなが同情するんだけど。
...ゴルフ場でしか,あの気持ちよさを味わえないんだからしょうがない。

Hさんは、コースを気持ち良く走るために,ゴルフを続けている。

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