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2014年2月

2014年2月 1日 (土)

大人の遠足...「春の巻」準備会議

Bu140130大人の遠足...なんて良く言ったもんだなあ。

昨年11月の「大人の遠足・ボナリ」があまりに面白かったという事で、今度は春の「大人の遠足」をしようと新年会をかねて西船橋の某所にあの面々が集まった。

まずあぶらげさん,おいちゃんコンビ。
それにホワイトタイガー54さん,メイプルさん、風太さん、それに私の6人。

予定は、去年の紅葉のボナリ高原に対して、今度は海の小名浜オーシャンホテル&ゴルフクラブ...狭いけれど、まず本州では最高のシーサイドコース。
もっと奇麗で広くて距離のあるコースはほかにもあるけれど、あれほど「海の近く」で遊べるコースは無い...なにしろ海越えや湾越え、曲げると海、なんてホールがいくつもあって、天気が良ければ本当に気持ちが良い。

そことサットンを組み合わせての宴会付き「大人の遠足」になるようだ。
まあ、そんな話が真面目に始まったけれど、メインは飲み会...自分的には最初にあぶらげさんが選んだ超辛口の純米酒(名前は忘れた)が旨くって、もう最高に満足。
とりあえずの生ビールから始まったけれど、隣に座ったあぶらげさんと「あの酒が一番うまい」と言う事で、何回2合の竹筒を頼んだ事か...摘みも海のモノがあって、かなり飲んだけど...全く悪酔いせず二日酔いも頭の痛さもない!

今回自分は隣にあぶらげさん、向かいにWT54さん、その隣にメイプルさんと美女に囲まれて...美味い酒と旨いつまみ、なんとそれに美女のお酌付き...生きてりゃこんな極楽の時間が来る事もあるもんだ、と鼻の下を伸ばすばっかりで(笑)。
そしてそして、一番端に座ったったおいちゃんと風太さんがそこらのプロのコント顔負けのやり取りをしてくれまして..

酔っても真面目な(普段と変わらない)風太さんが話を始めると、向かいのおいちゃんがチャチを入れる...そのタイミングが絶妙で聞いてるみんなが大笑いする...ムッとした顔で絶句する風太さん...すかさずおいちゃんが「ごめ〜〜〜ん」と頭差し出す...風太さんが頭をしばく...「イタアアイイ〜〜〜」と悲鳴を上げるおいちゃん...187センチ130キロの巨体が大げさに頭を抱えて痛がる様にまたみんなが大笑い。
で、また風太さんが話の続きを話そうとすると、また懲りずにおいちゃんが突っ込みを入れて話が止まる...また頭を差し出して「ごめんなさああいい〜〜」...また風太さんがしばく。

そして、また風太さんが...今度の突っ込みの際は頭を下げたおいちゃんの頭を、誰とは言わないが他の人も一緒になってしばいたり...おいちゃんが「アタマがたくさんいたい〜〜、誰か他の人も叩いたな〜〜〜」なんて...何回繰り返したか判らないが、その二人のコントが面白くて涙を流して笑いっ放し。

7時から始まって11時までがあっという間。
途中あぶらげさんと旨い日本酒で乾杯を重ね、かなりの量を飲んだと思うけど全くいい気持ち...いいなあ、美味い酒と美人がいれば人生に文句はなにも無い。
向かいのWT54さんは、目下左肘故障中で春までには治して参戦するべく、これからは治療に専念するとか。
メイプルさんには、彼女にロックオンした昨年のサットンでのナイスガイとの再会が待っている...なんだかみんなが応援しているから上手く行くかも(約一名、なんとかそこに乱入しようとしているのもいるみたいだけど)。

とかなんとか、予定がほぼ決まればそれに向けて調整する気持ちにもなるし、そろそろ自分も始動しなくちゃいけない気持ちにもなって来る。
問題は、そろそろ出かかっている花粉症対策と腰痛対策・膝痛対策。

...そうそう、おいちゃんに散々チャチ入れられて先に進めなかった風太さんの話...結局彼が「高校時代にモテていた」って話だったんで、今度はみんなにさんざん突っ込み入れられてたっけ(笑)。

決行前に、もう一回くらいこんな宴会がしたいなあ。
ああ、実に楽しかった。

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いよいよ花粉が...

Bu140129先日ぐるっと回って来た房総半島、もうあちこちで杉が赤くなっていた。
枯れ木の低山風景に、まるで貼付けたボロ切れのように赤っぽい部分が点在して見える。

植林して杉を植え付けた部分だけが、妙に毒々しい色で風景を汚している。
まだ花粉が飛ぶのが見える程に赤みはましてないが、見ているだけで鼻がぐずぐずしてくるような色だ。
多分ごく少量は飛んでいるんだろうけれど、鼻水が出るくらいで、くしゃみが止まらなくなる程の刺激はまだ無い。
今年の花粉の飛ぶ量は去年よりずっと少ないという情報は出ているけれど、くしゃみと目のかゆみが本格的に始まったら、ゴルフどころか外を歩くのさえ苦労するようになるのは今年も変わらないだろう。

まだ1月の末で、気温ももっと下がるだろうし、雪も降るかもしれない。
でも、日に日に夕方の明るい時間が長くなって行くのを感じると、気持ちの中に「そろそろ打ちたい」と言うムズムズが溜まって行く。
ストレッチをしたり、クラブをグリップしてみたり...ネットでクラブの情報を見たり、ジープで安い並行輸入ものを見たりして今年のゴルフをやる気を貯めて行く。

漫画家コンペ「バレンタインカップ」の3月4日開催の案内が来て、今年最初のゴルフの予定が決まった。
なので、その前に2014年のゴルフを始動させておかなければならない。
初練習はそろそろ行ってみよう。
コンペ前に、今年初ラウンドもそろそろ....

2月中に最低一ラウンドはしたいんだけど...しかし、2月は寒い(本来2月14日開催だから「バレンタインカップ」だったんだけど、あまりの寒さにメンバーが死の危険を感じて3月開催にした程)し、何より花粉が来始める。
もうどこに行っても花粉からは逃げられないのは判っているので、対策も急ぐ...アレルギー用目薬と、花粉よけの鼻クリームや鼻マスクを今年も...それにミントキャンデーや花粉症飴も。

しかし....本当にあの赤い色した杉の木は、全部切り倒して欲しいなあ...かわりに色々な落葉樹を植えて日本の四季を感じられる山々に戻して欲しい。
それなら、これからの新緑の時期をもっともっと楽しめるのになあ...

...ああ、杉の木のバカヤロメ!

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ゴルファーは勇敢で臆病でなければならない

Bu140128「ゴルファーは、勇敢で臆病でなければならない」...ジョン・ヘンリー・テイラー。
ジョン・ヘンリー・テイラーは、R&Aゴルフクラブの終身名誉会員に推挙された名手。
謹厳実直で知られた人で、バーナード・ダーウィンに、「テイラーはゴルフを嫌うがごとくプレーする」と言う有名な言葉を言われたエピソードが残る(摂津茂和著「不滅のゴルフ名言集」より)。

普通これだけゴルフに対して「厳しい」という評判の人には、ベン・ホーガンのように「変人」「奇人」の評判も残るものだけど、そうは言われてない様なので気配りも忘れない人だったんだろう。

で、「勇敢」と「臆病」。
自分のプレー振りを顧みて、この二つ...二人の自分、ちゃんと存在しているだろうか。
攻めるべき時は、失敗を恐れず思い切りの勇気を出してチャレンジする。
守るべき時は、迷い無い決断を持って危険を回避する。
簡単なようだけど、コースでのプレーを見ているとこれを実践出来ているのは相当な上級者...ハンデで言うと5下の人くらいだろう。

普通の人、つまりアベレージ以下の人からハンデ6〜7くらいまでの人は、これを考えているようで考えていない。
だから、そんなハンデなんだけど。
多くは、「勇敢」になりっ放しか「臆病」になりっ放し。

例えば自分は勇敢にゴルフをすると考えたら、どんな所でも「GO FOR BROKE」で「イケイケ」のゴルフをしてしまう。
可能性が5分5分どころか、10パーセントも無い...プロでも躊躇する様なケースでも、無謀な攻め方をする。
それが勇気だと思っているから、失敗しても失敗しても「挑戦し続ける自分」に酔ってしまって、取り返しがつかないスコアになっても「悪いのはコースだ」とか「今日は調子が悪かった」としか思わない。
まあ、運動不足解消の運動目的だったらそれもいいけれど、スコアをつけるならただの学習能力の無い自信過剰の馬鹿者と言われてもしょうがないだろう。

対して、「臆病」なゴルフをする人は、これまた勇敢とは正反対に「全てに臆病になって」プレーしてしまう。
池や谷やOBが見えたら、どんな場合でも刻みまくる。
右がOBなら左の谷に、左が池なら右の山に打つ。
わずか100ヤードでも刻む。
刻んだ先のアプローチがどれほど難しくても、危険から逃げるのが目的になってしまっているので他の選択肢を考えようともしない。
そのくせスコアに拘ったりするから、なお臆病になって行く。
なのに本人は「自分は考えてプレーしている」と思っているから始末が悪い。
「勇敢」だけ、「臆病」だけのゴルフをする人は、本人以外の人には「ため息をつかせる」ゴルファーだって事に気がつかない。

テイラーが言うように、ゴルファーはどっちも使い分ける事が必要なのだ。
時には失敗覚悟のチャレンジも、時には唇噛んでの撤退も...
本気の遊びであるからこそ、ある時には生き様まで伺える遊びであるからこそ、勇気あるチャレンジと臆病覚悟の撤退とを使い分けたい。

本人が「勇敢」だと思っている攻めっ放しのゴルフも、本人が「考えている」と思っている臆病なゴルフも、そればっかりでは「勇敢」は何も考えていない「お馬鹿ゴルファー」だと思われるし、「臆病」は人間性まで疑われる「つまらないゴルファー」のレッテルを貼られてしまう。

両方必要なのだ。
体力任せに攻めるのが好きな人間も、たまには頭を使って違うルートを考えてみる。
ただ逃げ回ってばかりのゴルファーも、たまにはOOタマが縮み上がる様な(女性には失礼!)チャレンジをしてみるといい。
たとえそれが上手く行かなくても、周りの見る目は「お、頭を使っているな」とか「勇気を振り絞って決断したな」とか感じてくれるだろう。

上手く行けば、そのゴルファー自身が一段上のレベルに上がったという事で、目出たし目出たし、なんだし。


...自分の事は言えないけどね(笑)。

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痛かった...春の旅

Bu14012512_4 Bu1401252_2_2 1月後半。
毎年この時期になると、うちの奥さんの希望で「をくずれ水仙郷」へ水仙見物の旅に行くことになる。
をくずれ水仙郷の奥の方に一軒、最初に行った時に凄くサービスしてもらった水仙栽培の農家があり、そこで近所の人たちや奥さんの友人達の分まで水仙を買って帰るのを楽しみにしている。

例年はアクアラインを使って「鋸南道の駅」で車中泊をするか、前日にどこかでゴルフをしてから水仙見物に行くのだけど、今年は娘も一緒なので違うコースを選んだ。
それは、yokohamadaioさんがご自身のブログ「ゆきさきはボールに聞いてくれ」で1月1日に書いてらした「叶神社」。
なんでも、叶神社には「西」と「東」があり、それぞれで勾玉とそれを入れる袋を別に売っていて、両方を揃えて拝めば願いが「叶う」とか...
まずここを訪ねて、その両神社を結ぶ「渡し船」に乗り、お参りのあとは東京湾フェリーで金谷に渡り、それから「をくずれ水仙郷」で水仙を楽しむ、という経路なら海山に変化があり楽しい旅になるのではないか、と。
それプラス、二日目には今回は娘の希望で房総での歴史ある城巡りもしたい、という事で久留里城と大多喜城に行こうか、と。
その前の車中泊には、館山で居酒屋で一杯...運転手役の私にはこれが一番の楽しみで。

まず前夜9時前,首都高のラッシュが一段落してから出発。
大黒PAに寄ってから、横須賀PAで車中泊。
8時過ぎに起きてから、ネットで調べた順序の通り、まず西叶神社にお参りしてから勾玉を買う。
勾玉は水晶・瑪瑙・翡翠の3種類があり、効能は同じとか。
で、それを買ってから西叶神社の駐車場に車をおいたまま、すぐ先の渡し船乗り場に行って対岸に。
片道大人150円だが、なかなか楽しい。
そして東叶神社にお参りしてから、勾玉を入れる袋を買い、その中に勾玉を入れる...値段はいずれも500円...yokohamadaioさんが「商売がうまいや!」ってのが実感されて、一人笑い。
この東叶神社の裏手に奥の院に続く様な階段があったので上ってみたが、どこまで行っても奥の院は無いので途中で断念...娘一人が頂上まで行ったが、北条氏の出城の跡があったとか...

その後、また渡し船で西叶神社に戻り、久里浜から東京湾フェリーで金谷へ...晴れた東京湾。実に気持ちが良かった。
金谷について1時過ぎ、腹が減ったというので近くの地魚寿司の店に入ったが...大外れ...昔聞いた「房総で街道沿いの店には入っちゃいけない」という忠告を無視した結果、しょうがない授業料。

水仙は真っ盛りだったけど、全体に華やかさが無く花の数が少ない...去年の夏の暑さの影響で、今年は今ひとつなんだとか。
それでも、毎年寄っている農家に行って、またサービスしてもらい奥さんは大喜び。
おじいさんおばあさん、ずっとお元気で。

その夜は館山の海岸パーキングで車中泊。
館山駅への道の途中にある居酒屋「さがみ」で、お楽しみの一杯。
この店は、今の店の前の代の違う名前、違うオヤジの時から行っていた店だけど、代が替わっても焼き魚が旨いから通っている。

翌日は、コンビニ飯で軽く食べてから城巡り。
まずは久留里城。
ここはかなり以前、前のキャンピングカーの時に、家族旅行で春の夕方に立ち寄った事がある。
そのときは丁度桜が満開で、夕陽が落ち始める頃、(舗装路ではなく)山道を息を切らしながら登って行くと、突然満開の桜越しにライトアップされた幻想的な雰囲気の久留里城が表れた。
日の暮れかけた空の下、桜吹雪に取り囲まれた久留里城の姿はなんだか時間を越えて存在しているようで、家族全員が声も無くただ息を飲んで見つめるしかない程美しかった。

今回は桜も無く、枯れ木の山の中の城の姿ではあるけど...偶然居合わせた元歴史ガイドをしていたというご老人に話が聞けた。
この城が、里見と北条、徳川と豊臣、それぞれの時代に翻弄された歴史や城主の運命の話。
前日の東叶神社裏山の北条の出城から、里見の展望台、そしてこの久留里城の戦い。
里見八犬伝は知っていたけど、その裏のリアルの歴史は初めて聞く事が多かった。
それはこのあと訪れた、大多喜城の歴史にも関係するつながり。
大多喜城もまた、里見と北条が関係しているとは思わなかったが、城自体は新しく奇麗で歴史が感じられる様な雰囲気はあまり無い。
...という訳で、今回の旅は里見と北条、両氏の戦いが不思議について廻る旅だった。
(歴女の?)娘は面白がっていたけれど。

最後に茂原で旨いもの食べてから、家に帰る旅でありました。

今回の痛い思いに一言。
東叶神社で手を洗おうとして手水屋舎で、酷く頭をぶつけて(目から火が出た)痛い思いを一回...酷い作りで、娘でさえ額の部分が当たる程屋根の横木が低いのでご注意を...160センチ以上の身長の人は必ず頭が当たるから。
大黒山展望台は、徒歩10分なんて無理!
酷く歩き難い急階段を延々と上る事になる...運動不足の人・心臓に問題がある人は絶対に上らないこと。
久留里城は、昔の雰囲気を楽しむ人は山道がいいけれど、自信が無い人は舗装路を。

という訳で、すんごく痛い思いしたり、足がつりそうになったり...結構身体にハードな旅だった。
居酒屋の一杯が無ければ、誰が山道なんか歩くもんか(笑)。

でも、痩せようかなあ...

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水仙郷へ..

Bu140123ちょっと今夜から水仙郷へ出かけます。

ゴルフを絡ませる事も考えたけど、私は運転手に徹するという事で...
いつもとはちょいと変わった経路で旅してきます。

さあて

道すがらは車中泊。
季節は,,,花粉はまだ大丈夫?
冬の寒さは大丈夫?

海辺の街の居酒屋で、旨い肴に出会えるか。
今年最初の海の景色は、絵を描かせてくれるのか。

そしてそして
昔は知った人もいた街は、寂しい気持ちにさせるかな。
通り過ぎるゴルフ場は、むくむくと寝ている何かを起こすかな。

とりあえず、道を南にスタートで。

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二百年モノのミシシッピパーシモン

Bu140122むかしむかし、ドライバーと言えばパーシモンが当たり前の時代の事。

今の家に引っ越す前に住んでいた町に、小さなゴルフクラブの工房があった。
その工房でオーダーメイドで作ってくれるパーシモンドライバーは、値段もそれほど高くなく、作ってもらったあとの微調整もちゃんとしてもらえるので、地元の腕自慢のゴルファーの間では評判となっていた。

その工房の近くの練習場では、常連として練習している人の殆どがその工房で作ったパーシモンドライバーを使っていた程だった。

工房の主のYさんは、年齢は私より少し上の若さだったけど腕は確かだった。
パーシモンウッド作りで有名な先生のもとで修行したとかで、例えばドライバーを注文すると、そのゴルファーの癖や希望するする弾道を何度も相談して、ロフトからシャフトの堅さからドライバーヘッドの形状や木目やフェースの開き具合まで、好みに合わせて作ってくれた。
さらに、実際のラウンドでの結果をもとに更にフェースを削ったりして調整し、その人に合わせてくれた。

私もそこで2本のドライバーを作ってもらった。
一本は飛ばし優先のハードなもの。
もう一本は冬や体調が万全でない時用の優しいヤツ。
結果は満足していた...値段は当時の有名メーカーのに比べるとずっと安かったし。

しかし、Yさんの工房の一番の売りのドライバーは、私には手が出ない高いもの...一流メーカーの一流品並みの値段のドライバーだった。
一度そのドライバーの事を聞いた事がある。

高い原因は、そのドライバーが本当に手間と時間をかけた素晴らしいものだから、という事だった。
素材のパーシモンは本物のミシシッピパーシモンの二百年もの。
(この二百年もののミシシッピパーシモンは、その当時もう資源の枯渇が問題となっていて普通の業者には手に入らないものだった...噂では日本の大手業者が殆どを買い占めて値段がつり上がった結果、乱獲になってしまって問題が大きくなったとか)
その貴重なミシシッピパーシモンのブロックをどういう訳で手に入れたかは教えてくれなかったが、そのブロックをオイルに5年以上漬けて、その後何年も乾燥させて素晴らしいオイルハーデンドのヘッドを作るからだと言う。
聞いた話ではYさんはそのブロックをかなりの数持っていると言う。
そして当人も「私はこのブロックでまだまだ沢山の素晴らしいドライバーが作れる」、と自慢していた。
この素材にこれだけの手間と時間をかけたクラブは、大手の一流品よりずっといい「本物」だとも自慢していた。

が、時代が変わるのは速かった。
メタルヘッドのドライバーが登場し...メタルヘッドの時代は、まだパーシモンが感触や操作性の面で対抗出来た。
しかしチタンヘッドの登場で、流れは一気にパーシモンから去って行った。
(この変化の原因の一つが先に書いた、ミシシッピパーシモンの乱獲による枯渇問題...自然破壊がアメリカで問題になったからとも言われている)

その後しばらくの間は、Yさんの工房も頑張っていた...しかし、その後メタルヘッドやチタンヘッドのドライバーやアイアンセットの製造も手がけたが、パーシモン時代の様な評判にはならずにやがて店を閉めた。

そんな話を聞いて、「あの自慢の二百年もののミシシッピパーシモンはどうしたんだろう?」といつも思っていた。
長い時間オイルに漬けて、十分な時間乾かして...きっとさぞかし手応えの良い美しいブロックになっているんだろう、と。
しかし、あるとき彼の工房のあった場所を訪ねてみると、そこは売り家となっていて誰も住んではいなかった。

それから十年以上...ひょんな事から彼の噂を聞く事になった。
あのミシシッピパーシモンの事も一緒に。
...舞台はパークゴルフ。
パークゴルフというものが最近人気が出て来て、大量のミシシッピパーシモンを(二つの倉庫に一杯の量とか)在庫に抱えていたという大手の本間ゴルフが、パークゴルフ用のクラブにミシシッピパーシモンを使った高級品を売り出して評判になっている、と言うニュース。
そしてその評判を聞いたYさんが、(まだ持っていた)あの二百年もののミシシッピパーシモンでパークゴルフ用のクラブを作ろうとしている、と。

調べてみると、パークゴルフというのはまだ歴史は浅いが、ゴルフに比べるとクラブは一本だけという事で高齢者や初心者が楽しめて、場所も専用コースでなくても使われていない時期の野球やサッカーのグランドや、それほど整備されていない空き地でも出来るゴルフに似たゲーム。
適度な運動と、何よりそのクラブで打つプラスチックボールの感触が気持ち良いらしい。
そしてその人気が高くなり、更に参加者が高齢者中心という事で、余裕がある人は道具にかけるこだわりが(釣り竿と同じように)あり、打感のより良い5万円以上の高級なクラブ...(その殆どがパーシモン製のもの)が良く売れているらしい。

なるほど。
これは二百年もののミシシッピパーシモンの出番かもしれない。
一度やった事があると言ううちの奥さんに聞いてみると、ゴルフより易しいので安物の貸しクラブでもちゃんと当たるし、打った感じも気持ちが良いし、結構ハマるとか。
クラブの値段を見てみると、安いのは数千円から一番高いクラブは10万円を超えているのだからYさんの活躍する場も出来るかもしれない。
それに資源枯渇・自然破壊の問題まで引き起こして集められた、貴重な二百年もののミシシッピパーシモンが、ただのゴミとして廃棄されないでその独特の感触の気持ち良さを味わってもらえるなら素晴らしい事だろう。

ただ、このパークゴルフのクラブというのは、ゴルフのドライバーのようにロフトが無い一種類だけ。
だから、木目の入り方や全体の微妙な形状しか、Yさんの素晴らしい技術が発揮される場所は無い。
しかし、あの二百年もののミシシッピパーシモンを使って、打感が最高のクラブをそんなに高い値段ではなく作って売れば、きっと評判になるだろう。

...出来るなら、私は今でもあの当時高くて手が出なかった「二百年もののミシシッピパーシモン」でドライバーを作って欲しいんだけどなあ...安く、ね。


(付記・ミシシッピパーシモンというのは、ミシシッピ川流域に生えるパーシモンの事でドライバーの素材として最適の品質と言われていた。
特にその二百年くらい経ったものは年輪が詰まり、その木目の美しさ、渋の多さ、糸巻きボールでの打感の良さ、丈夫さ,反発性能...どれをとっても世界最高の評価で、プロや上級者が金に糸目を付けずに欲しがったものだった。
それを長時間オイルに漬けて内部まで含滲させてから、更に長時間かけて自然乾燥させてからヘッドを作ったものは、更に飛距離や丈夫さが増し打感も良くなったが...値段も高かった。)

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始動せず...

Bu140121別に自分の住んでる所が雪国って訳じゃないんだけど...(当然外に雪は降っていないし)。

ただ、自分の気持ちがまだ冬眠中って訳で。

一応穴蔵にこもっている自分の心に、「お〜い、そろそろ始めてもいいんじゃない?」と呼びかけてはいるんだけど。
...まだぬくぬくと、炬燵に酒がいいらしい。

しかし、そろそろ始動しないと身体が固まって来ているのは感じていて...前屈後屈が非常にヤバい。
横への捻転も、マジヤバい。
少しは危機感も感じてはいるもので、2日に一回くらい何キロか歩くようにはしている。
まあ、ホンの言い訳みたいなもんだけど...夜一杯やるための。

今はまだまだ気温がねえ...最低気温氷点下ばっかりだし,最高気温10度行かないし。
天気が悪くなれば雪が降りそうって、テレビじゃいつも言ってるし。
その辺の池や川は結構凍っているみたいだし、北風は思いっきり冷たいし...なんて思って歩いていると、じいちゃんばあちゃんが野球のグラウンドでパークゴルフなんてやってるし。

...そろそろ始動かなあ。
スイングのいいイメージやショットのいいイメージだけは、繰り返し思い浮かべているけれど...「寒すぎる時に練習始めちゃうと、身体や手が縮こまった悪いスイングになっちまう」なんて、以前の取材で聞いた事があったし。

そろそろ始めたい気持ちと、まだちょっと早すぎるなんて気持ちが交差して、だんだん始めない事に罪の意識までが重なって来ちまった...ちょっとまずいなあ。

でもね、2月一杯はコースに行っても凍ったグリーンでキンコンカンになるのは判っているからなあ。
100回を越える「バレンタインカップ」も2月14日にモテない漫画家達が集まったのが最初だったんだけど...最近はみんな年とって「こんなに寒い時にやったら死んじまう」って事で、1ヶ月遅れの3月14日開催になったくらいだし。

ホントの気持ちは
「ゴルフ、そろそろやりたいなあ」
でも
「春はまだまだ遠いよなあ...」

しょうがない、今日も炬燵で酒飲むか(笑)。

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「芯を喰ったショット」はナイスショットじゃない

Bu140120「芯を喰ったと感じるショット」は、ナイスショットじゃない。...杉本英世。

杉本英世は、ジャンボ・青木・中島の3人が出現する前の時代に、河野高明・安田春雄とともに「和製ビッグスリー」と呼ばれ、その180センチ近い身長とビッグドライブで「ビッグスギ」と呼ばれていた大型ゴルファー。
国内12勝,海外3勝。
1969年には、日本オープンを始め年間6勝という記録を残した。
全盛期は1960年代後半から1970年代前半。

この言葉は、ゴルフの仕事を始めて間もない頃に杉本プロ自身から聞いた言葉。
「例えばアイアンの場合、芯を喰わせるとどのくらい飛ぶのか計算出来ない。」
「計算出来るのは下から3番目のスコアリングラインで打った時」
「少しトップしたと手が感じる当たりの方が、思うように飛距離が合わせられる」

この当時、仕事の関係で嫌々始めたゴルフが想像に反して面白くて、練習にも精を出していた時代。
この言葉はまるで禅問答のようだった。
当時の自分にとっては、「芯を喰った当たり」の方が望んだ場所に飛んで行く確率が高いと感じていた...実際にパー3のティーショットでは、「芯を喰った」と感じたときの方がピンに寄っていたし。

しかし、この取材の後、色々なプロから同じ様な言葉を聞くことになった。
佐藤精一プロには、「気合いを入れて打つより、いい加減に打った方がいい球になる」なんて言葉を聞いたが、よく聞いてみると杉本プロの言葉と同じ様な意味だったし。

しかしプロにそう言われても、現実の普通のゴルファーにとっては「芯を喰う」感覚がゴルフプレーの大きな魅力になっている。
どんなにスコアが悪くたって、やりたかった事がことごとく失敗したって、たった一発の「芯を喰った」ドライバーショットで「報われた」なんて感じたこと、経験あるだろう?
「もうこんなアイアン捨ててしまおう」「新しいアイアンを買ってやり直そう」なんて感じていたのが、突然のうっとりする様な「芯を喰った」ショット一発で、「こんな気持ちいいショットが打てるんだから、自分が練習すればいいんだ」なんて考え直したり。
「芯を喰った」と感じられるショットが増える度に、「自分が上手くなった」と思うゴルファーも多いはず。

このプロとアベレージゴルファーの感覚の違いは、芯を喰った場合の「飛び」に理由がある。
どんなクラブでも本当に気持ちの良い当たり...「芯を喰った当たり」はよく飛ぶ。
ドライバーなら、よく「今日一!」と呼ばれる当たりになるだろうし、いつもの自分より20〜30ヤードは飛ぶ当たりだろう...下手すれば、信じれないくらい...いつもより50ヤードくらい飛ぶかもしれない。
これは我々ヘボゴルファーにとっては快感以外に無い...たとえ想像以上に飛んで、いつもなら絶対に行かないはずの池やOBになったとしても、「おかしいなあ、そんなとこまで飛ぶはず無いんだけど」なんて悔しがる素振りは見せても、実際は喜んでいたりする(こんなに俺って飛ぶんだ、って)。
でも、プロにとってその一打..計算外の飛びの池やOBは命取りになる。

アイアンも同じ。
我々にとってアイアンで芯を喰う確率なんて非常に低い...つまりいつもの「当たり損ね」のショットの距離が自分のアイアンの番手飛距離だと思っている人が多い。
だからたまにアイアンで芯を喰うと、「芯を喰った快感」を得るかわりに1番手以上の飛距離が出てしまう。
そんな時に我々は「いい当たりだったなあ」「気持ち良かったなあ」とうっとりしながら、ピン奥にこぼれたボールをそれなりに満足しながらアプローチする。
たとえ酷く難しい場所に行ってしまったとしても、「ナイスショットだったんだからしょうがない」なんて考えながら。
当たり損ねでショートして手前からアプローチするより、ずっと気分はいいはず。
...プロは違う。
一番嫌うのが、飛び過ぎてグリーンをオーバーする様なミス。
殆ど全部のパー3は、手前のミスより奥にミスした方がずっと難しい。
バンカーであろうがラフであろうが、プロにとっては手前からならパーをとる技術はある。
しかし、試合用に整備されたグリーンの奥からは、プロでもパーをとるのは難しいようになっている。
そして普通の場合、よほど風の影響でもない限りプロはオーバーのミスはおかさない...「芯を喰った」場合を除いて。
プロのヘッドスピードで芯を喰った場合、どのくらい飛ぶのか計算が難しいと聞く。
それを避けるために下から3番目のスコアリングラインで打つ...手には、ハーフトップの様な堅い感触が残るが、飛び過ぎる事は絶対に無い...しかし、スピンは確実にかかり本当のトップボールとは全然違うコントロールされた球筋になる。

プロに見せてもらったアイアンのフェースには、確かに3本目のラインにボールを打ったあとがしっかりついていた...どの番手も。

この言葉、とりあえず100叩く人には関係ないかもしれない...ショットの殆どが本物のトップボールやダフリショットじゃ手に来る感触は酷いものだから、「芯を喰った」気持ちの良い感触を追いかけるのは当たり前だ。
そうした「芯を喰ったショット」が多くなって来たら、このプロの言葉を思い出して今度はスコアリングラインの3番目を意識すればいいだろう。
...中級者や上級者は、もうそれを実行している人も多いはず。


正直、自分みたいな「お楽しみ系ゴルファー」は「芯を喰った」アイアンショットの感触の方が好きなので、(そこそこ満足しながら)奥からせっせと寄せているけどね(笑)。

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ゴルフは滅びる?...4

Bu140117ゴルフ...日本のゴルフの話だけど、確実に滅びへの道を歩んでいると思える。

原因は、我々から現在50歳前後の人まで続いていたゴルフ大好き人間がいなくなるから。
あと20年もしないうちに、日本のゴルフ人口は激減する。
ゴルフコースは減り、用具は売れなくなり、ゴルフ業界は衰退し、ゴルフを趣味とする人はほんの少数の人間になってしまうだろう。

ゴルフというゲームは実際に体験してみると、それまでゴルフを毛嫌いしていた様な硬派な男達程、「これほど面白いゲームだとは思わなかった」とハマりやすい。
それは、簡単にツボを会得して上手くなってしまうような底の浅い技術ではなく、何度やっても二度と同じ状況にはならない複雑なシチュエーションが続き、誰からも助けを得る事が出来ずに自分一人で続けなければならず、心理状態がまともにゲームに影響する複雑さがあり、上手くいかなかったラウンドには自殺したいくらいの挫折感を感じ、稀に上手くいった時には自分の人生を全て許して祝福さえしたくなる...
それほどの喜怒哀楽を素直に感じる事は、大人になったあとの人生で出会うのは稀な事だろう。

だから、ゴルフに惚れた人々は次の世代にもそれを伝えたいと願うのだけど...
会員権バブルの崩壊は、やっと自分も「メンバー」になってゴルフを楽しみ、その楽しさを家族や子供に伝えて子や孫と一緒に長く楽しみたいという人の夢を粉々に打ち砕いた。
ゴルフ狂を自認した人たちも、さすがにゴルフを諦めて退場しなければいけない程の傷を負ってしまった...それと同時に彼が次世代に伝えるつもりだった「ゴルフライフ」も消えた。

世間ではもっと酷い事になっていた。
バブルで犠牲になるのは、本来バブルに踊った人たちだけなはずなのに...バブルに何の関係も無く真面目に働いていた人たちが、経営者の無能の犠牲になって虐殺されて行った。
確か、パイオニアだと思ったが...日本で初めて「リストラ」と言う名の、首切りが断行された。
それから、それまでの日本基準だった終身雇用が崩壊し、「実力主義」と言う名の下に非正規雇用社員ばかり使うインチキ経営者が大きな顔をするようになった...確かゴーンとか言う名のヤツが、大量首切りしただけでの経費削減で名経営者と言う名で呼ばれるようなったりして。
首切り前に建て直してこそ名経営者だろうに。

終身雇用が過去の遺物として消し去られ、会社はちょっと経営がまずくなれば簡単に首を切れば良くなり、ほんの少数の実力がある?者以外はいつ首になるか判らない上に安い給料で働かされて、将来に何をしたいかなんて夢を見る事は不可能になった。
年間収入は少なくなり、何時までたっても給料は上がらず、簡単に首になる世の中では若者に使える金などたかが知れている。
車を持つ事は、税金やら駐車場代やら保険やらガソリン代やらで、はじめから諦めるしかない夢だ。
まして、自分の金でゴルフをやる程の余裕がある若者はどのくらいいるだろう?
そんな多くの若者達にとって、ゴルフというのは金と面倒がかかる代物だ。
道具は多く、クラブ類はたとえ中古であっても揃えるのには金がかかり、ボールや靴や手袋なんかも揃えなくてはならない。
おまけにマナーやルールなど覚える事が多くあり、何人か集まらなければ出来ないし...

そんな面倒な事をしなくても、なんとか手に入るオモチャにスマホがある...ゲームがあるし、バーチャルな仲間がすぐ出来るし、時間はいくらでも潰せる。

40代くらいの最後のゴルキチ世代のあと、ゴルフに熱中する世代はもういない。
ゴルフを出来るのは恵まれた一握りの人だけだ。

やってみれば魅力があるのが判り、人生までももっと楽しめるようになる可能性がある遊びなのに...それを、今精一杯の生活をしている若者に勧めるのは酷だと感じてしまう。
将来に夢を持てない若者達、車も持てずユニクロの服を来て一食500円の食費がやっとの正社員になれない若者達、あるいは正社員でも薄給で給料が上がらない若者達の視界に「ゴルフ」という選択肢は無い。
株主に対する責任だとか言って、利益が上がっても内部留保として社員に分配しない経営者が当たり前の今の世の中...それでいいのか?

頭の悪い私に経済の本当の意味なんか判りはしないが、結局今の若い世代の殆どがゴルフどころじゃないというのは切実に感じる。
だから...今のゴルフは近い時代に必ず滅びる。
ゴルフ場は半分近くがつぶれ、残った殆どのコースはパチンコ関係や金貸し関係のコース経営会社に所属し、安いセミパブリックコースとなり、以前からあった「名門コース」は超高額な年会費を納められるメンバーがいるコースのみ「名門」として存続し、それが出来ない「名門」はコース経営会社の目玉コースとなって生き伸びるしか無いだろう。

そんな時代にはもう私のゴルファーとして命も終わっているから、それを目の当たりにしないですむのが有り難いけど...ゴルフの楽しさを知る事もなく、スマホに向き合って時代を過ごして行くしか無い若者達が可哀想だと思う。

人の手によって作られ整備された自然であっても、コースに出て季節の風と、移ろい行く時間の流れと、空を飛ぶ白いボールとともに旅する気持ちを....スマホから顔を上げて、味わって欲しいものだと切に思う。

...また気が向いたら、そのうちに続きを。

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飛ばし自慢の新年会

Bu140115昨日、去年も何度か飛ばしっこをやった飛ばし屋どもと、御徒町の「あいちゃん」で新年会をやった。

身長は180センチオーバー、背筋380キロを誇る元ボート部出身のM氏と、小柄ながら柔らかいからだと強烈な筋力でヘッドスピード50を軽く越えるN氏と、以前はいい勝負をしていながら昨年は全く二人に勝てなくなった私、の3人。

世の中に飛ばすことを自慢しているゴルファーは沢山いるが、実際に一緒に廻ってみると私より飛ばす人はそうはいない...が、この二人は掛け値無しに300ヤードオーバーの球を打つ。
普通のコースによくある「320ヤードのミドル」なんてホールは、芯を食えば間違いなく打ち込む事になる。
キャディーに「打っても大丈夫ですよ」と言われて、ワンオンして打ち込んでしまって青くなった、なんてエピソードが彼等には毎年複数出来てしまう。
幸いにまだ事故になった事は無いと言うが、キャディーに判ってもらうまでが危なくてしょうがないと言う。
セルフの場合は、350ヤード以上無いミドルではグリーン終わるまで打てないので、それはそれで後ろの組に気を使うとか。

2年以上前までは、こんな化け物とも対抗出来たんだけど...さすがに去年はもう歯が立たなくなった。
しかし、自分では敗因は今の腰痛や体力にあったドライバーを見つけてないからだと思っている。
昨年暮れの漫画家コンペでは、FTツアーの8・5度のライン出しショットで270ヤードはワンオンで来たから、まだいける可能性も十分あるはずと。

な事を、飲みかつ語って5時間。
生ビール飲んで、焼酎のお湯割り飲んで、摘みは肉や魚や野菜やら。

実は3人とも、違う部分でゴルフ業界に関係している人間達だから、話はものすごく面白い。
ゴルフ業界の現状や、クラブやボールの新製品の情報や、その製造の裏話、実際に使ってみた表に出ない試打結果や長所短所、プロゴルフ界の裏表にゴルフツアーの本当の姿...
聞き耳を立てられてたらまずい様な情報も沢山出て来て...それを肴にいつもながらの大笑い。

でも、今年は約一名、生まれた娘にぞっこんで...ゴルフの話より生まれたばかりの娘の話に夢中なヤツがおりまして。
ゴルフの話に娘の話、クラブの話に娘の話、ボールの話に娘の話。
あのねえ、「娘は僕にそっくり!」としか言えないんかい...どう見たって、娘さんの可愛さは君の顔と違うでしょ! なんて、他の二人の冷やかしも全く耳に聞こえてないし。

という訳で、今年の飛ばし馬鹿の新年会は、ゴルフの話と娘の話が半分ずつになりましたとさ。
まだ1歳になってもいないのにあれじゃあね...思春期になったら「お父さん」、心配で心配でゴルフどころじゃなくなるわ(笑)。

ヤツはもう上手くなれないな(笑)。

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ゴルフは滅びる?...3

Bu140113会員権ブーム。
俗にいう会員権バブル。

後世の人は、こういう「バブルとバブル崩壊」と言うものは欲にかられた者同士の自業自得ゲーム、と思っているだろう。
そんな会員権なんてものに手を出したのは、ゴルフの本質から離れて金儲けをしようとしたゴルファーの風上にもおけない奴らだ、と。

結果的にそのまっただ中にいる事になってしまった、私の体験した事を書いてみる。
前回書いたような事情から、私がゴルフを初体験したのは30代半ば。
面白い事に、私だけではなく廻りでも同じ世代のたくさんの人たちが、ほぼ同時にその頃ゴルフを始めた...会社員なら、その年代になって付き合いでゴルフをしなければならない状況になったんだろうし、自営業の人たちでもほぼ同時にゴルフなるモノを体験する人が増えて食わず嫌いを返上する機会が増えたんだろう。
日教組ばりばりの教師に教育を受け学園闘争を経験して、よくわかりもせずに気持ちの中に「アンチブルジョア」的な思想を植え付けられた我々世代には、ゴルフというものはブルジョアの遊びの典型に思われていたから、始めるまでは抵抗があった。
しかし、実際に体験してみると「やってみたらこんなに面白いゲームは無かった」だった。

そんな人々が急激に増えた影響で、ゴルフブームが起こって来た...日本で初めて「普通の人々」がゴルフをやり始めた時代、という事だった。
...スタートがとり難い、土日しか休めない人にとってはプレーフィーは恐ろしく高い。
誘われるのを待っていたら、いつ次のゴルフが出来るか判らない。
もっともっと上手くなりたい。
ゴルフに熱中した人々が、「会員権を持っていれば...」と思うようになるのは当然の事だった。

もし会員権を買ってメンバーになれば、何時でも一人でもゴルフが出来る...土・日曜日でも安くゴルフが出来る、ハンデを貰って競技も始められる。
そこで当時まだそれほど高くなっていなかった会員権を探してみる...手の届く値段のコースは高速で1時間半は走らなければ行けないほど遠いコース・・・それでもゴルフをやりたくてローンで買う事になる...一方それならば近くのコースを多少高くても買った方がと言う人も。
そんな人たちが急激に増えて会員権の値段が上がり始める。
毎週値段が上がって行く(それほど高くではなく、数万円ずつ)のをみて、「早く買わなければ、手が届かなくなる」と慌てて買いに出る人が増えてくる。
ある時期からいきなり、人気のあるコースが一週間で数十万という単位で上がり始める。
それをみて余計に焦って買いに走り、ますます値段が上がる...という事が始まった。

この当時会員権を買おうと苦労していた人たちは、会員権で儲けようとしていた人はいなかった。
大人になってから初めてゴルフという者に触れ、その魅力を知り、自分の出来る限りずっと長い時間楽しみたいと思ってゴルフをしやすい環境を得ようとしていただけだった、と思う。

しかし、そうして既設のコースが値上がりして相場の平均が1000万を越えようとする頃、「悪意を持った」業者が会員権ブームに乗り込んでくる。
世界的に有名なゴルファーや有名設計家を使って、新設ゴルフ場を作り会員を募集するという流れだ。
まだコースが出来ていなくても、「縁故募集」や「1次会員」と言う名で高額な額面の会員権を売って巨額の金を得る、という手法で。
こうして会員権バブルが始まった。
後年判る事だが、こうした事業を始めた連中は殆どが「金貸し」や「ゴルフに関係ないうさんくさい投資会社」の面々だった。

今の人々は、「なんでそんな新設会員権なんてモノに数千万もつぎ込んで、大損をする事をしてしまったんだ?」とその愚かさを笑うだろう。
しかし、そんな会員権を買ってしまった人の殆どは、善良で見識もありゴルフを本当に愛した人だった。
そして、結局浅はかではあったにしても、バブルへのギャンブル投資とは思えない要素があった。
...そのブーム以前、会員権というモノはずっと値段は上がり続けていた。
大きな金額で上がるのではなく、実需に合わせて堅実に値上がりしていた実績があった。
そして、ゴルファー人口は(こんなに面白いんだから)増え続けるに決まっている、という感触があった。
そして前にも書いた週刊ゴルフ雑誌が伝える、名門コースの「ゴルフライフ」への憧れ。
たとえ金があったにしても自分達の決して入る事の出来ない、閉ざされた名門コースのゴルフライフは既設の大衆コースでは味わう事は決して出来ない。
ところが新設のコースの会員募集の案内には、(嘘っぱちだらけだったけど)魅力的な文言が並んでいた...会員数わずか数百人・有名設計家の作った世界に通用するコース・高速のベントワングリーン・豪華で華やかなクラブハウス・メンバーオンリーのメンバーズルーム・名門コースに負けない優雅な倶楽部ライフ...等々。
こんな言葉にフラフラと(結果として)騙されたと言って、ゴルフやゴルフの歴史に惚れ込んだゴルファーをどうして責められようか...
なけなしの貯金をはたき、ローンまで使ってこんな「縁故募集」の会員権を買ってしまったゴルファーを何人も知っている。
そしてこの新設ゴルフ場の会員権というヤツには、買うゴルファーを安心させるもう一つの罠があった。
やはりどんなにゴルフに惚れ込んだゴルファーであっても、普通の庶民には百万、千万の金で買い物をするには抵抗がある。
そこで、そんな会員権には「これは預託金と言って、預けているだけです。ここに書いてある通り15年経てばご希望の方には返還します。」と言う手法が用いられた。
(普通、既設コースの会員権の額面は「80万」とか「100万」とかの額面が印刷されていて、コースに請求すればその額面で買い取ってもらえたが、当時は会員権相場の方がずっと高くなっていて誰も損して請求するなんて人はいなかった)
この場合の新設コースの額面は「1000万」とか「2000万」とかの額面で、それは「15年預けているだけで、15年経てばその金は請求すれば戻ってくる」という約束だったのだ。
だから「15年預けていて、利子分で名門コースの様なメンバーライフが遅れるのか」と思い、決断した人が多かった。

結果はご存知の通り。
金貸し達の作った新設コースは、会員権で集めた巨額の金を皆他の投資や事業で使い切り、15年後にメンバーに返す金があるコースなんてありはしなかった(コース側は、15年経っていれば多分会員権相場の方が額面より高くなっていて、預託金を返せなんてメンバーはいないだろう、なんて計算をしていたんだろう)。
それどころか、その返還請求を理由に倒産するコースばかりとなり、メンバーとなった者にはプレー権と言う名の軽い権利と、ローンが残っただけだった。
なかには金だけ集めて、コースさえ満足に作らなかった酷い所もあったし。

今にして思えば、そんなコースのメンバーになったゴルファー達が夢見ていたのは、なんとか味わいたいと願った「嘘ばっかりの」名門コースのゴルフライフ。
それは
支配人らとの、打ち解けた挨拶が出来るメンバーライフ。
フロントで、ビジターを横目にメンバーズノートにサインする見栄と気持ち良さ。
月例や理事長杯やクラチャンに挑戦し、どこまでも上達する(可能性がある)競技ゴルフ。
ビジターのようにドタバタと慌ただしくしなくてすむ、ゆったりとした時間が流れるメンバータイム。
そして名門となって行くコースとともに、自分の次の世代にゴルフを伝える長い長いゴルフライフ。

そんな夢が悪党どもの手によって、粉みじんにされた事をどうして笑えよう。
ローンだけが残った会員権購入者の中には、倒産や夜逃げや一家離散の目にあった人も少なくない。
そうして、多くの大損をしたゴルファーが(本来だったら最も熱中したゴルフライフを送っただろうゴルファーが)、ゴルフをやめて退場して行った。
それと同時に、そんなメンバーと次代を一緒に楽しむはずだった未来のゴルファー達も消えた。

この話はバブルの当初に甘い夢を見たゴルファーの話だが、バブルの最中に金儲けのみを考えて参入したゴルファーもどきの事は関係ない。
このバブル、結局多くのゴルファーが損をしただけで儲けた人なんて殆どいない。
例えば、私のコースは一時期2000万を越えたが、その当時高値で売って儲けたという人はたった一人だけしかいなかった。
何でも、それ以前100万くらいで買っていた会員権をバブルの時に1500万で売ったという(競技で何度か一緒にラウンドした人だが、急に月例に来なくなったのはそれが理由だった)。
...しかし、後年仕事の関係で偶然彼と会った時にその話を聞いたけど...その売った金(あぶく銭)を手にして欲が出て、それで新設コースの会員権を2枚買ってしまい、結局なんにも残らなかったとか。

私は実際にプレーで使っていたので売れなかったけど、当時2000万も今はゼロ...奥さんとプレーするのに買った会員権もあるけど、それも今はゼロ同然...金額的には損をしたって言えばそうだけど、それで競技や倶楽部ライフ(勿論大衆向けのね)や自由なゴルフを楽しんだんだから、不満は無い。

我々のゴルフは、雑誌に紹介する様な名門とは関係がないゴルフ。
それを肝に銘じていないと、こんな風に背伸びし過ぎて足下をすくわれる...雑誌の記事になんか影響されて、絶対に勘違いしちゃいけないぞ。

じゃあ、ゴルフになんの魅力があるのか? はまた次回。

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ゴルフは滅びる?...2

Bu140112ゴルフと言うのは興味を持ち、体験してしまい、はまり込んでしまうと本当に罪なゲームだと思う。
私個人の体験で言うと、「ゴルフなんてモノは絶対に自分の人生とは縁もゆかりも無いもの」だと思っていた。
一族郎党見渡しても、誰一人そんなものに触れる事が無かったという堂々たる一般庶民の貧乏人にとって、ゴルフに対する知識といえば「上流階級(と言ってもどんな人達だか知りもしないけど)・金持ち・政治家の老人達が、女を侍らして変な格好で棒振り回し、お互いの心にも無いお世辞を言い合うみっともない(しかし大変高価な)遊び」というものだった。
自分の人生にとっては、そんなものをやるなんて事は99・9999...パーセント無いだろうと思っていた(いや、そもそも「ゴルフ」なんて言葉が自分の人生の辞書には無かったか)。

それが始めるきっかけになったのは、フリーのイラストレーターとして山と渓谷社の仕事をしていて、その近所にあったゴルフダイジェスト社の仕事をするようになったから...そのきっかけがそれ以前広告イラストを描いていた時の知り合いがゴルフダイジェスト社の編集者になっていて、道でばったり出会ったため...と言う超偶然。
それでもゴルフをするには抵抗があって、実際にプレーを始めるには時間がかかったんだけど...これが始めてみたらいっぺんにハマる程面白かった!
それは、本当に山登りや岩登り、あるいは冒険の旅に似て,,,イギリス発祥のゲームに多い、自然と自分の戦いであり、簡単には上手くならない技術があり、心の状態が影響する繊細さがあり...
食わず嫌いの人程ハマるゲームで、当時ゴルフを始めた人で自分と同じような道をたどった人は非常に多かった。

そんな風にゴルフに熱中した人は、必ずゴルフの歴史やその精神性にも興味を持ち出し、その楽しみをなお深く味わいたいと思うようになる...そこで「ゴルフ倶楽部」と言うものに突き当たる。
ゴルフ倶楽部...ゴルフに熱中し興味を持った同好の士が集い集まる「閉ざされた」空間だ。
ゴルフ雑誌やテレビの番組で、このゴルフ「倶楽部」と言うものが、どれほど素晴らしいかを繰り返し紹介する。
所謂「名門」と言うヤツだ。
その名門ゴルフ倶楽部では....倶楽部の雰囲気、コースの状態と歴史、会員達とコースの支配人達の優雅な付き合い、その贅沢な時間の過ごし方、名門独特のマナーの紹介...そんな記事が必ず毎週掲載され、それこそがゴルフの「理想」だとばかりに教育しようとする。
確かにそんな記事を読むと、「ああ、名門ていいなあ」「優雅なゴルフっていいいなあ」「こんな歴史って素晴らしいなあ」なんて思うようになる。
そして、「いつか自分もそうなりたい」なんて思うようになる。

...それが不幸の始まりだった。
考えてもみればいい...「倶楽部」と言うのは、「閉鎖された仲間だけの空間」なのだ。
それは、「嫌なヤツ」や「嫌いなヤツ」や「気の合わないヤツ」「意見の合わないヤツ」、そして「身分の違うヤツ」「毛色の違うヤツ」そして「仲間じゃないヤツ」を拒否出来る、つまり「差別」を前提とした仲間だけの場所なのだ。
それが許されるから、その中にいる人たちのとっては「寛げて気持ちのいい空間」になるのだ。

我々が金を稼ごうと名前を上げようと、その中には入れない。
つまり、雑誌で紹介される「憧れの名門」と言うのは、普通の貧乏ゴルファーである我々には「あらかじめ拒絶された空間であり、我々には「絶対に」関係のない世界なのだ。
...ある当時の名門コースに、一代で富を築き上げた男がなんとか入会出来たと言う話を聞いた事がある。
やっと名門コースに入会して、喜んで仕事で世話になった人や、これから仕事をする関係の人などを連れて行ったら、陰で「あの成金が...」「あんな下品なヤツが...」とずっと悪口を言われ続けて、酷く居心地の悪いものだったとか...
(レストランで、空いているので奥の席に座ったら、「そこは座ってはいけません」と言われた...そこはメンバーの中で一番の重鎮の方々が座る場所で、新参者が座るなんてとんでもない話だったと後日知ったとか)
これは名門と言うものへの悪口ではなく、閉ざされているからこそ会員に居心地のいい空間になる、という事実を言っているだけ...外部の人間がすぐに入れるなら「倶楽部」ではなくなってしまうんだから。

そんな時代、私の様なゴルファーが爆発的に増えたため、平日でもゴルフ場のスタートをとるのが難しくなっていった。
平日で一ヶ月前の同日に電話予約受付開始なんて場合,9時開始だとすぐにかけてももう話し中で繋がらない...結局1時間2時間後に繋がった時にはもう一杯だった、なんて事が普通になって来た。
それに上手くなる為には、競技もやってみたいなんて気持ちが強くなると、たどり着くのは「どこかのコースのメンバーになりたい」と言う結論。
まだ会員権バブルの始まる前でも、名の知れたコースは高くて無理...しかし、手の届く会員権のコースは名門の香りなどどこにも無く、会員数も何万人と噂されるコースばかりだった。
しかし、少しずつゴルファー人口の増加とともに会員権は上がり始め、ゴルフを愛した多くの人は慌てて手の届く会員権を買い始めた。

そして、こんな流れに目を付けた有象無象が、会員権ブームを起こして行く。
その流れの中で、こんな気持ちでゴルフを愛した人たちが、自分たちのコースを求め、自分たちの「倶楽部ライフ」を求めてブームに乗ってしまったのを誰も責められないだろう。

その結果、本当にゴルフを愛そうとした沢山の人々が、絶望して去って行った事も...

ゴルフが滅びへの道を辿り始めるきっかけになった、と私が考えているのがこの「会員権ブーム」。
このことはまた次回。

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ゴルフは滅びる?...1

Bu140110はじめにお断りしておきますが、これはあくまで私個人の勝手な思いであり勝手な考察です。

そしてここで言う「ゴルフ」とは、我々普通の庶民がやり出した「ゴルフ」の事で、雑誌などで書かれている昔から繋がる富裕階級の嗜む「ゴルフ」とは違うものです。
先祖の代から「名門」と呼ばれるゴルフ場で、ゆったりとした時間を過ごして来た階級の方々のゴルフは、昔も、今も、これからも変わらずに存在し続いて行くと思います。

そうではない、「プレーフィーが1万円を超えると考えてしまう様な」我々が遊ぶゴルフと言うものは、本当は似てはいても違うものだと言う事です(世間からはこれを「ひがみ」とも言われます(笑))。
それでも我々のゴルフは十分楽しく、本当に深くて飽きないゲームなんですけど。
でも、そういう我々が遊べるようなゴルフ場で、入場者が減って来ています。
ゴルフをやる年齢層が毎年毎年上がっています(今一番ゴルフを多く楽しんでいる年齢は60歳以上だとか)。
それは具体的に言うと、このままでは団塊の世代がゴルフをやらなくなるとゴルフ場の入場者は激減すると言う事。
それがいくつかの統計で表れているのが、今の日本のゴルフ場事情とか。

私は、この状況が少し前のスキーブームに重なって見えてしょうがありません。
スキーブームは我々団塊の世代が参入して華やかになり、去って行くとともにブームは消えて行きました。
この「スキー」と言うもの...私の子供の頃には廻りに楽しむ人は殆ど無く、それを楽しんでいるのは生活に余裕のある富裕層だけでした(勿論雪国の地元の人は除く)。
学生時代にその楽しみ方がいろいろと紹介され、現実とかけ離れた「白銀の」で形容される別世界で遊ぶ事への憧れが大きくなっていき、景気が良くなって少し余裕ができて来た時に「ああ、スキーというものがやってみたい」「やっとスキーというものが楽しめる」と、興奮して始めたものでした。
その体験してみたスキー場というものは、本当に現実世界とかけ離れた夢の世界のようで...みんな普通の街では着れない様なファッションで白い雪の中を転げ回り、そこではスキーの上手い人は年齢職業に関係なくヒーローやヒロインになれました。
(余談ですが...そんな晴れ舞台で知り合った男女が恋に落ちて結婚した、なんて話はよく聞きましたが...現実世界に戻るとともに夢から覚めて、結局離婚したなんて話もよくありましたっけ)

そして、ブームの最中には毎年最新の型のスキーやブーツ、最新のファッションが発表されて、神田のスキーショップ街は若者達で溢れました。
(なんか...ゴルフと似ていません?)
雑誌も、はじめは冬の間の12月・1月・2月の3ヶ月だけ発行していたスキー雑誌が、年々ブームとともに11月から3月まで...10月から4月までと増えて行き、一年の半分の時期に発行されるようになって行きました。
これを発行する山岳出版社は、スキー雑誌の利益が他のあらゆる出版物より多くなり、これで経営が成り立っている程でした。
当然スキー場もどんどん新しいものが出来て...それでもスキー場では何分かの滑走の為にリフトに乗るのに1時間以上並ぶのが当たり前なんて時代でした。

それが今、スキー場は次々閉鎖され、スキー人口は激減し、スキーショップも激減し、スキー雑誌も休刊廃刊が相次ぎ、ニュースでも冬のレジャーとして放送される事は殆ど無くなってしまった。

スキーがどうしてこんな風になってしまったかは諸説あるけど、それは後回し。

ゴルフ界の現状が、このスキーブームの末期に似て来ていると言うのが私の考えです。
ゴルフ人口の高齢化と、新規参入する若者の少なさ、そして始まり出した不採算ゴルフ場の閉鎖と転業...
この先そう長い時間を経ずに、我々が楽しむゴルフと言うものが滅びて行く様な気がしてなりません。
我々団塊の世代がゴルフを楽しめているうちは、なんとか大丈夫でしょうけれど。

....長くなるのでまた次回。

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和解

Bu140108東京に出て来て15年になる。
大学入学とともに上京して、うまく公務員になれてそのまま東京に住み続けている。
面白みの無い地味な仕事だけれど生活は安定して、安いワンルームマンションで贅沢ではないけれど不自由も無く暮らしている。
自分のペースで暮らして行けるので結婚なんても話も無く、と言うより面倒な事が嫌いなので多分結婚なんてしないだろう。
特に相手もいないし。

最近は遠い実家に帰るのは年に一回、年末年始の一週間くらいだ。
本当はもっと帰れると思えば帰れるのだが、どうも実家にいると居心地が悪くて足が遠のく。
原因と言えば、父親...別に悪い男じゃないし、乱暴でもないし、それほど嫌いじゃないけど...軽くて面倒くさい男なのだ。

常識家で腰が低くて世の中の流れに流されまいと必死になって、周りを気にし過ぎてしょっちゅう自分の姿を見失う男...酒に酔うと当たり前の事をクドクドと説教し、酒が覚めるとそれを謝る男。
高校時代にそんな風に感じてから、何となく父親を遠ざけて来た...かわりに妹がうまく父親とやっていたから気が楽だった。
まあ、父親はかえって私に色々と気を使って近づこうとしてはいたみたいだったけど。

今年家に帰った時に、久しぶりに父親が酒に酔って話しかけて来た。
「おまえなあ、なんでゴルフやらなかったんだ?」
「え?」
「お前が小さい頃、俺の入っていたコースで一週間の夏のジュニアスクールに行った事あっただろ?」
「ああ、夏休みに嫌々参加したヤツね」
「でも、あのときお前嬉しそうだったじゃないか」
「2日で何でも打てるようになって、最終日の親子コンペでぶっちぎりで優勝したじゃないか」
「ああ...うまく打てるようになって、ボールが遠くまで飛んで行くのは嬉しかったっけ。」
「それにパットだって天才的にうまくて、プロに『本気でやる気は無い?』って言われたじゃないか」
「あのまま続ければかなりいいところに行くから、高校や大学でゴルフをやってみるといいって言われただろう?」
「なんで、やらなかったんだ?]

覚えている。
確かにゴルフは面白くて熱中しそうだったんだけど...合宿から帰った夜、家で父親と母親が相談しているのを聞いてしまったんだっけ。
ちゃんと娘にゴルフをやらせる為には、やっとローンで手に入れたコースの会員権を売らないと無理だろうなあ、なんて話してた。
父親は見栄っ張りだから、朝になって「おい、ゴルフやりたいならやらしてやるから...本気でやってみないか?」だって。
「大丈夫,子供にやりたい事やらしてやるのが親のつとめだ」なんてカッコいい事言っちゃって。
それがやだって言うんだ...「別に。あたしゴルフなんてやりたくないから」って言ってしまった。

それをあらためて父親が聞いて来た...それでつい「あの頃家にお金なんて無かったじゃない,判ってたわよ」と言ってしまった。
父親は「やっぱり...」と言って,珍しくあっさりと行ってしまった。

そしたら、これだ。
東京に帰って何日もたたないうちに,宅急便が届いた。
新品の最新のゴルフ用具一式!
ポケットの中に手紙が入っていた。
2通...1通目には父親から「ごめんな」だけ。
2通目には母親から「お父さん,あなたが帰ってから『子供だった娘に気を使わせて俺だけゴルフを楽しんでいたなんて、最低だ』って泣いてたわよ」って。

馬鹿だな。
また娘に気を使っている。
だから嫌なんだ。
あんたの為に泣くなんて。

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まだ寒いし...

Bu1401072014年になって、正月休み中はずっといい天気が続いていた。
風も無く暖かい日が多かったから、この季節として最高のゴルフ日和だったんだろう...あちこちで初打ちの話が聞こえてくる。

中には新年早々もう「優勝した!」なんて縁起のいい話も聞こえてきたし、いきなり自己ベストなんて人もいたらしい。
正月休み中真面目に仕事をしていた自分としては、「そろそろクラブに触りたいなあ」なんて思っていた所だけれど、明日明後日と天気が崩れるとの天気予報。
練習場での初打ちももう少し先になりそうだ。

昨年暮れの漫画家コンペで、以前から使っていたTA-3でかなりいい感触が戻って来たけれど...この寒さで身体が動かないのに使うのは、その「戻りかけたなにか」を雲散霧消させてしまうように感じる。
ティーグランドでティーが刺さらない、グリーンがカチンコチンに凍っている、厚着をして身体も手も動き難い、手がかじかんで足も凍えて耳が痛くて鼻水をすすりながら...そんな季節は、そんな季節に合わせた「ほどほど」ゴルフで遊ぶだけにしたい。
一番柔らかいシャフトのドライバーと、タマの上がるフェアウェイウッド,去年使ってそこそこ気に入ったカーボンファットシャフトのアイアンが適当か...

3月になって暖かくなったら(多分花粉でグズグズではあろうけど)、アイアンはスチールシャフトに戻しドラも元に戻し...廻った事無いコース探訪や、オープンコンペや、たまには月例や、パーシモンにクラシックアイアンに糸巻きゴルフも楽しみ...一泊二泊しての遠いコースにも旅ゴルフに行きたい。
今年一年のゴルフを、そんな風に考えている。

そうそう、去年2013年のゴルフは本当に久しぶりに30回のラウンドとなった。
11月12月のラウンド数が多かった為だが、今年も出来たらそれくらいのラウンド数を目指したい。

スタートはまだまだ、だけど。

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不安と緊張こそ、ゴルフの最高の調味料

Bu140106「不安と緊張こそ、ゴルフの最高の調味料」...ベン・ホーガン。

ツアー64勝,メジャー9勝。
再起不能と言われた大怪我からも復活し、「鉄人」「頑固」「厳格」「生真面目」「変人」とまで言われた社交嫌いの名ゴルファー。
ゴルフ史に燦然と輝く名手ではあるが、どうも人間的には「面白くない男」との評価が今に伝わる。

その為か、彼の残した言葉は「的確」ではあるが「面白くない」...つまり、「そんな事は判ってるわ!」、「判ってても出来ないんだ、凡人は」なんて気持ちになる言葉が多い。
そりゃあね、あなたの様な「鉄の意思」の持ち主には可能でも、俺の様に「誘惑に弱くて、言い訳が多くて、楽な事が好きで、サボリ癖があって...反省はするけど更生しない出来ないただの凡人」には、地味な努力や努力の継続なんて無理なんだって(自信を持って言える)...てこと。

でも、この言葉はちょっと違う。
...へえ〜、ベン・ホーガンでも不安と緊張がゴルフの調味料なんて感じる事があるんだ、と。
強烈な自己節制と努力の継続で、いざラウンドにおいては圧倒的な自信と意思でゴルフに立ち向かったと思われるホーガンにして、不安と緊張を最高の調味料と感じていたなんて。

ホーガンでさえそうならば、我々圧倒的意志薄弱煩悩満載ゴルファーがティーグランドで不安や緊張に襲われるのは当たり前じゃない...でしょ?
まあ、我々は不安と緊張の他に、恐怖や迷いや後悔や寒気や血圧の上昇や...中には便意にまで襲われたりする人もいる訳だが...
安心したまえ、アベレージ並びにそれ以下の腕のゴルフ狂患者達。
それはベン・ホーガンでさえ感じている「ゴルフの最高の調味料」なんだ!
多分、きっとニクラスだってパーマーだって、ワトソンだってタイガーだってミケルソンだってマキロイだって感じている(?)ことなんだ。

実際、ラウンドしていてなんの緊張も不安も無いラウンドなんて面白くないだろう。
たとえスコアをつけないラウンドだって、ホールごとのティーグランドに立つ度に「どこが危険なんだ?」「どこが最良の攻略ルート?」「設計者は何をさせようとしている?」「自分の球筋ではどうなる?」「あのミスが出なければいいけど」「こういうホールはあのミスをしやすいな」等々...
不安や緊張...言い換えれば、他の場所では感じられない「スリル」とも言える。
そのスリルに挑戦する...対戦成績では世の大多数のゴルファーは大幅な負け越しか、むしろ連敗記録更新中のはず...ああ、その無謀なる弱者の挑戦は何て魅力的なんだろう(笑)。

不安を克服出来た時がいい。
緊張がほどける瞬間がいい。
まあ、ミスを重ねて不安が不安を呼び、緊張がますます強くなる、なんて事が当たり前にある我々のゴルフだけれど、何の感情の揺れも無く何もかも淡々と廻るのがいいなんてのはあり得ない(それじゃただの老人の散歩だ)。
内面では嵐のごとく感情がうねりながら、でも表面は淡々と同伴プレーヤーとの会話を楽しみながら...周りの風景や天気に慰められつつ旅を重ねるのがいいと、自分は思う。

よくゴルファーってのはマゾなのか?...と言われるが、GB(ゴルフ馬鹿)と言われる人たちは、それを否定出来ないだろう。
だってこんな寒い中、まだ世の明けぬ暗い時間に起きて、自己連敗記録更新する為に沢山の悲鳴と嘆きを経験するに決まっているコースに出かけるんだから。

ベン・ホーガンにはなれないけれど、ちょっとマゾのゴルファーさん...最高の調味料を味わいながら今年もゴルフを楽しみましょう。

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抱きやすい猫

Bu140104小さな頃から、いつも自分の家には猫がいた。
池袋の官舎にいた頃から、結婚して埼玉県に住んでからも...いつも偶然が作用して捨てられた、あるいは親猫に育てられなかった猫を飼うようになってしまう。

柚は長く生きたパトラの後を継いだ、埼玉に来て3代目の猫だ。
パトラは長女が小学生の時に拾って来た猫、その前の猫は借家の縁の下にどこかの野良猫が生み捨てて行ってしまった猫。
柚は、一人住んでいる長女のアパートの近くで親に育てられなかった猫...他の兄妹猫と比べて育ちが遅く、家族の移動について行けずに餌を食べる事が出来なくて弱っていた猫だと言う。
本来ならば一番先に淘汰されてしまう様な生命力の弱い猫だったんだろう。

そのためか柚は人間に対する警戒心の全く無い、無防備な猫の様な気がする。
誰にでも抱かれるし、怒って爪を出して引っ掻いたりする事は無いし、甘噛みも含めてまず人を噛まない。
怖いと感じると逃げるけれど、追いかけるとすぐに諦めて立ち往生してしまう。
オモチャなどに戯れる気持ちも弱いらしく、目の前でそれを動かしている我々をすぐに見上げて「なぜそんな事をしてるの?」と言う顔をする。

そしてそんな性格は「今まで飼った猫の中で、一番抱かれやすい猫」と言う事になる...実はこれは自分にとっては非常に喜ばしい事だ。
どうも自分は猫に嫌われる...自分がかわいがろうとする事が、猫にとっては「しつこく」感じるらしい...今までの猫は数秒抱いていると「もう結構」とばかり,必死の動きで逃れようとする。
何度も繰り返すと、顔を見るとすぐ逃げようとする...結構これが傷つく(笑)。

しかし、柚は違う...膝の上でゆっくり寝てくれるし、抱いていると気持ち良さそうに小さく喉を鳴らす。
仕事中にこうして膝の上で膝掛けをかければ、寛いでもくれる。
柔らかい毛触りも暖かい体温も、小さく伝わる喉の音も肉球の感触も....これが「癒し」というのかなあ...

外に出ては絶対に生きて行けない猫だから、せめて家の中では「柚の世界」でのんびりゆっくり生きてくれればいい...そんな柚とまた一年。

さあ、仕事も始まって、ゆっくり歩き出しますか...

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2014年 あけましておめでとうございます

Bu1401021_2Bu1401022

新しい年になりました。
何事にせよこの機会に悪い事柄を全て忘れてリセットし、これから出会うもの全てを新鮮に感じたい...そんな気持ちで2014年をスタートしたいと思っています。
まあ、無理ですけど(笑)。

本当に「一年」が若い頃の「1ヵ月」に感じる様な速さで過ぎて行きます。
「四季」は落ち着いて味わう暇も無く、あっという間に通り過ぎます。

油断してちゃいけません。
自分から味わいに行かなくちゃ、なんだって近づいて来てくれません。
面倒くさがった時には、全ては取り戻せない過去になっています。

,,,ゴルフはとりあえず冬休み。
今年の初打ちも初ラウンドも全く未定。
下手すると3月まで冬眠状態が続くかも...多分その前に房総辺りに行くだろうけど。

冬ゴルフやる人もやらない人も、のんびりティーオフして下さいな。
きっと今年も記憶に残るゴルフができるだろうから、冬ゴルフで悲しみすぎないように。
氷と霜のフェアウェイは、球打ち散歩でいいんです...数字を書いて嘆き悲しむなんて、ホントにマッタクあほらしい。
打って笑えりゃ、それで十分...満足しましょ。


これから始まる2014年。
今年お会い出来る人も出来ない人も、楽しいゴルフを楽しみましょう。
一緒に酒を飲める事、楽しみにしています。

本年もよろしくお願いします。

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