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2014年3月 1日 (土)

悪夢

Bu140226「また、あの夢だ...」
Tさんは汗をかいて目を覚ます。
毎年この時期になると見る夢だ。
こんな夢を見始めてから、もう十年になる。

...30を過ぎてゴルフを始めたTさんは、すぐにゴルフに熱中してしまい、他の趣味を全てやめて小遣いや余暇の全ての時間をゴルフにつぎ込む事になった。
安い会員権を買い、競技ゴルフにも熱中し、毎月の月例などにも必ず参加していた。
ただし、腕は熱意の割には上がらずにハンデは13までにしかならなかった。
学生時代から身体を動かすのが好きで、バレーボールやテニスをそれなりにこなして来たのに、ゴルフはどうも勝手が違ってうまく行かない...でも、それがかえってTさんの情熱の元になっていた。

競技の成績も、ハンデ26から始まって13まで...CクラスからBクラスまで欠かさず月例に出ていたのに優勝はなかった。
良くて2位...1位タイでハンデ負けや年齢負けが何回もあったけど。
そんなTさんの目標は、アンダーハンデの理事長杯に優勝する事だった。
月例はいくら優勝してもコースの記録にしか残らない、でも理事長杯はクラブハウスの目立つ所に名前が飾られる。
一番大きいのはクラチャンのボードだけど、それは自分には全く縁のない世界だと諦めていた。
でも、次に大きな理事長杯のボードは自分にも十分チャンスがあると思っていた。
Bクラスで優勝争いをした顔見知りが二人も理事長杯を獲っていたし、その二人に比べてみても自分が取れないはずはない、と。

このコースの理事長杯は、予選が27ホールのストロークプレー、決勝も27ホールのストロークプレーだった。
最初の2回は予選落ち。
その後は毎年予選を通る事が出来るようになった。

そして十年前、予選を3アンダーで通った...2位通過だった。
決勝は一週間後。
調子は良かった。
ティーショットで大ミスはなかったし、アプローチやパットも満足いく出来だった。
自分のハンデに合わせて自分のパーを決めて、ハンデのあるホールはボギーをパー、苦手なホールもボギーをパーと考えて粘った。
調子は良かった。
...最後のハーフを残してネット5アンダーで一位、2位は2アンダーという事で3打差の首位と知った。
自分のハンデを考えれば、4つのボギーで済ませればまず優勝、5つボギーでも多分大丈夫と計算した。
5番までは「自分の」パープレー、調子はよく大きなミスはない...なのに6番のティーグランドに上がった時に心臓がドキドキしているのに気がついた。
7番では、もっとドキドキして来て「あれ?自分は凄く緊張している」と思った...
結果、6番7番はボギー...でも自分にとってはパーなので、まだ大丈夫。
問題は一番苦手な8番ショート。
心臓がバクバクして、身体が浮き上がりそうな気がしながら打ったボールはガードバンカー。
それは無難に出して、カップまで3メートル。
ファーストパットはカップ手前30センチに...ホッとした。
調子はまだいい。
ここをボギーなら「自分の」パーだし、最終ホールは相性がいいから自分の優勝はある!

...そう思った時に、「お先に」と言っている自分に気がついた。
30センチだから、普通なら「OK」の距離だし...何より自分に「早くボギーで終わらせたい、ホッとしたい」と言う気持ちがあった。
普通に構えるとスタンスがかかる所にマークがあったので、ちょっと離れてポンと打ってボールをカップインさせた....つもりだった。
ボールはカップに蹴られてクルッと廻って、40センチくらい離れた所に止まった。
驚きと焦りと恥ずかしさで頭の中が真っ白になってしまって、また「お先に」と言って慌てて打った...これも...今度はカップをかすりもせずに外れた。
「あ、すみません。待ちます。」と言ってマークしてボールを拾い上げた時には、まだ自分が何をしたのかよくわからなかった。
が、同伴競技者がパットをしている間に、自分が今度打つのが「6打目」と言う事に気がついて頭からすっと血が引いて行くのを感じた...

次に気がついたのは最終ホールを終わって、同伴競技者と握手をしている時。
「惜しかったですね。」
「残念でしたね。」と言葉少なに言われた。
...最終ホールは、ダブルパーと書かれていた。
結果は勿論優勝には遠く、風呂でもクラブハウスを出るまで誰とも話をせずに、人目を避けて逃げるように家に帰った。

次の日にクラブは中古クラブ屋に売った。
売れないものは燃えないゴミで出した。
ゴルフの本もスコアカードもみんなゴミにして出した。

それ以来ゴルフには近づかなかった。
...なのに、春先になると悪夢を見る。
あの17番のパットだ。
汗をかいて目が覚める。
それが去年は何回もあった。
今年も、また見た。

でも今年は、自分の気持ちにどこかそれを許す様な気持ちが出て来ているのを感じている。
何か懐かしい様な気持ちが、夢に加わっている。
これは自分が50歳を超えた事に関係しているのかも知れない...Tさんはそう感じる。
もう、自分は若くはない。
もうそろそろ、自分を許してやろうか。
そんな気持ちがどこかにある気がする。

目が覚めて、天井を見上げてTさんは思う。
多分、あれは青春の夢だったんだ。

...またゴルフをしてみようか。
...今度は、自分の人生のゴルフをやってみようか...

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