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2015年2月

2015年2月19日 (木)

1月は...

Bu150131自分の中では激動のひと月だった気がする。

まだ正月気分も覚めないうちに、あぶらげさんの訃報が飛び込んで来た...
もう2年近く前に「そんな事があるかもしれない」と覚悟していた事なのに、彼女のがんばりとゴルフを心から楽しんでいる姿を見ているうちに「奇跡が起きるのかもしれない」と思い込もうとしていた。

その突然の知らせに驚いている時に、何故かインフルエンザに罹ってしまって高熱で3日間ダウンした。
熱を出す事なんて一年に一回あるかどうかなのに...
その後一週間以上体調が戻らず、あげくの果てにうちの奥さんにもうつしてしまって、うちの奥さんは一週間寝込んでまだ今でも身体の調子が戻っていない。

そして、その間に昨年末痛めた左手首が「手術しなければゴルフが出来ない」という状態である事が判って、手術をするかどうかの決断を迫られた。
ワーファリンを飲んでいる事も引っかかって決断には勇気が必要だったが、まだこれからもゴルフを楽しみたいので20日に手術を受けた。
今日で11日経って、手術した場所は写真の様にまだ少し腫れているものの抜糸も終わって、来週火曜日にチェックを受けたあとゆっくりリハビリを開始する予定。
今は手術したあとのチリチリと引っ張られるような痛みと、手首を内転や外転させた時に出る強い痛みがある。
心配なのは、手術によって腱の脱臼というものによる痛みは少なくなったけど、手首を捻る時に出る痛みが怪我をした時と全く変わらないこと。
リハビリによってこの痛みが少なくなればいいけど、ひょっとするとこの痛みは腱脱臼以外のところから来ているんじゃないか、という不安がある。
そうなるとたとえ手術による影響が無くなったあとも、クラブを振ると痛むんじゃないか...

今はまだクラブを握るだけで痛むので、まだもう少し時間が経たないとどうなるか判らない。
3月3日には漫画家コンペがあるけれど、それまでにクラブを振れる様になるか全く不明。


明日からの2月が、「真冬の時間」になるのか「春を待つ時間」になるのか....
とりあえず、今日でいろんな事をリセットしておきたい。

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天下の暴論・・・30

Bu150129

ゴルフをやりたくても出来ない境遇になると、ホントにロクでもない事を考えたりする。

まあ、この意見は義憤に駆られた訳でもなく、正義感に根ざした考えでもなく、欲求不満の老人の戯言程度の「ただの思いつき」なので、どうぞお聞き流しを。


オレがゴルフを始めた当時、「ゴルフって言うのは経験がものを言うスポーツだ」という事がよく語られていた。
若くてパワーに溢れ、運動能力が高くても、他のスポーツで一流になった奴でも、力も運動能力もそれほどないが経験豊富なベテランゴルファーには敵わない。
ゴルフで勝つには(いい結果を残すには)、経験した時間がものを言う。
だから、ゴルフは老人が若者に勝てる唯一のスポーツだ...

そう、初めはそれを信じてた。
体格の良い若い飛ばし屋で、ぶりぶりとクラブをぶん回して攻めまくるゴルファーを、飛ばなくても枯れた技で軽くやっつけるベテラン老ゴルファー.....ゴルフってのはそういうものだと。

しかし、現実は全然違ってた。
30歳や40歳の大人になってから始めたゴルファーの力なんて、たとえ20年30年の経験を重ねても子供時代からゴルフを始めた経験数年の中学生にも全然敵わない。
競技で顔を合わせた時には「枯れたベテランの技」など出す暇も無く、若いガキのバーディー攻勢に木っ端微塵に敗れ去る。
そんな光景ばかりを見る事になった。

原因を考えた。
...ひねくれジジイの結論は、「コースが奇麗に整備され過ぎているから」となった。
奇麗に刈られたフェアウェイ、ラフでも十分奇麗に整備されたホール、砂のしっかり入ったバンカー、奇麗に転がるグリーン....
こういう場所じゃあ、ただ教わった通りにゴルフをやれるガキにとって、練習場と何も変わらず良いショットを打ててフェアウェイを捕らえ、ピンを狙い、ガツンと強めにパットを打てるただのスコア作りのフィールドでしかない。
より少ない数字を書くのが目的のただの球打ち競技場だ。
そこには、世間の生活に疲れ体力も落ち、成功よりも失敗の繰り返しの記憶に悩み、真面目で正直で謙虚で弱気な老ゴルファーが、何も考えてないガキゴルファーに太刀打ち出来るものなんて何にも無い。
恐れを知らない無礼なガキに、ただひれ伏すしか無いのだ。

さあ、どうするか...暴論だがオレの結論は、「もっとコースを荒れさせろ」だ。
フェアウェイが奇麗すぎるから、何処に打っても次打を練習場の様に打てる...もっと荒れてライのラッキーアンラッキーが大きく出る様にし、イギリスの古いコースの様にアンジュレーションを不公平なまでに大きくしておく。
ラフは雑草で茫茫と茂ってていい...飛ばしても曲れば絶対ペナルティーになる様に、そして簡単に脱出出来ない様に。
バンカーの砂は無くても良い...ただのエクスプロージョンだけじゃ出ない様になればいい。
グリーンは奇麗なままでいいが、出来るだけ芝に目を作る様にしてほしい(そんな技術があればだが)。
つまり、ティーショットはともかく、次のショットは絶対に練習場の様には打てないようなライになって欲しいわけだ...長い経験をしたゴルファーなら、それなりの脱出法や打ち方を知る事が出来る様な。
「練習場と同じスイングじゃ、打てないよ」なんて、言わせるような。


...でもねえ...
自分がそんなコースでプレーしたいか、って言えば...「したくはないな」が正直な気持ち(笑)。

やっぱり中年になってからゴルフを始めたような人達は、「ゴルフと人生の旅を楽しむ」のが一番という事なんだろな...

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一週間目・抜糸

Bu150127手首の怪我については、あまりに細かく経過報告してもしょうがないと思ったので、しばらくブログアップを休んでいた。

左手指や甲のむくみや腫れは、4〜5日目から徐々に引いて来た(そのかわり、出来るだけ長く左手を心臓より高い位置に置く事を意識して生活していた)。
風呂が困ったが、左手肘までをビニール袋で包み、輪ゴムで水が入らない様にしてシャワーを使ってなんとか凌いでいた。

手首の痛みは手術で切った跡と共に、以前の様にうっかり手首を内転したり外転したりした時に強く痛むが、手術前の様に腱が動いて「ゴリッ」「ゴリッ」という感触は無くなった。
...しかし、この痛みで「本当にまたクラブを振れるのかな?」という不安は消えない。

そして今日は手術から一週間、経過を診察してもらって来た。
手術した箇所は、ギブスとそれを止める包帯は何度か巻き直したが、切った場所を包む包帯は手術以来とった事は無かった。
それを今日、チェックの為にとって診断してもらった...まだ切った場所はかなり大きく腫れているが、手首の甲や指の腫れはすっかり無くなっていた。
しかし、改めてマジマジと自分の左手首を見ると...結構大きく切ってあって、ザックリと縫ってある手術跡なんて気持ちいい眺めじゃないなあ...

「ちょっと早いかもしれないけど、抜糸してしまいましょう」
「え? もうですか?」
「多分大丈夫でしょう」

「ただ、うっかり強い動きをすると傷口が開く可能性はあるので、抜糸した後テープでとめておきましょう。」
「あと一週間はギブスはしていて下さい、その後はもうギブスを外しても大丈夫でしょう。」


と、言う訳で思ったより早い抜糸となった...でも、動かして良いのはあと一週間経ってから。
ギブスが取れたらゆっくりと動かし始めたいが、本当に時間が経てばゴルフスイングの動きをしても痛くはないのか...半信半疑。

そして、この一週間の自分で特筆すべき事は、「一滴も酒を飲んでいない事」。
考えてみれば、初めての事かなあ...
それほど多く飲む訳ではないけど、仕事が一段落したあとにストレス解消もかねて、缶酎ハイや日本酒をチビチビ飲みながら、ケーブルテレビの旅番組やヒストリーチャンネルの「お宝探し隊」なんかを見るのが楽しみだった。
それを手首を早く治したいが為に我慢して飲まなかった事が、少なからず自分の中にストレスとして溜まって来ているのを感じている。
ゴルフも出来ず(クラブに触る事も出来ず)、酒も飲めずじゃあ、オレの楽しみは何なんだ...て、気持ちの底でオレが嘆いている。

もう一週間、我慢の時間が続くけど...缶酎ハイの一本ぐらいをちびちび飲むのは始める事にする。
(もちろん酔っぱらう程飲むのは、あと2週間は先の話。)

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術後3日目

Bu150123_2

手術した手首の痛みは、夜寝られる程度にはなった。

しかし、左手指はまだ力を入れると手首が強く痛むため、日常生活で左手は殆ど使えない。
そうなってみると、普段の生活で気がつかないうちに左手を使っている割合がどのくらいあったのか...改めて気がつく。
右手一本ではセーターを着たりズボンを履いたりする事さえ、汗をかくような一仕事なんだから。

痛みは確かに軽くなっているが、今気になるのは写真の様に左手の甲や指がむくんで腫れて来ている事。
医者が「なるべく左手は高い場所に置いて下さい」と言っていたので、寝る時はもちろん仕事をしている時も左手を高い場所に置く様に気をつけて入るんだけど...
右手甲の、看護婦が手術の時に点滴に失敗した場所もまだ内出血の後が赤黒く残っているので、ワーファリンの影響もあってまだ手術した場所から内出血が続いているのかもしれない。

まだ3日目だからそうそう速く元に戻る訳は無いんだろうけど、痛みにしても腫れにしても自分の再生能力と生命力を信じて、復活を願っているんだけどなあ...


もう20年以上前、右手の指を骨折した時に医者に「中学生なら2週間でくっつくんだけどねえ」と言われた事を思い出す。
...その時は、結局完治する迄に半年もかかったんだよなあ...

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手術終了...そして

Bu150121_2

昨日、1時間半くらいかかって手術は終了した。

こういう手術というのは生まれて初めての経験なので、手術台に横になった時には結構ドキドキしていた。
部分麻酔で手首を動かしてチェックしながらの手術という事で、途中途中で自分で手首を動かすので思ったより痛みはあったけど・・・こういう痛みはわりと我慢出来るので静かにしていると、看護婦さんが「大丈夫ですか?意識はありますか?」なんて。
「え? 別に大丈夫ですけど?」
「普通は大袈裟に痛がる人が多いのに、あまり静かなものだから」
「ああ、このくらいなら我慢出来ますから」
「珍しいんですよ、そんなに冷静な人って」
...でも、本当は思わず全身に力が入る程強く痛んだ時もあったっけ。
こういう状態での一時間てのは結構長いし。

手術は、開いてみると思ったよりずっと重傷だったようで、初めの予想の腱を抑える2枚の膜のうち内側の膜が破れているだけではなく、外側の2枚目の膜も裂けていたそうで(後で写真を見せてもらった)、その膜から腱が飛び出したり潜ったりして痛むのだそうだ。
その為、前回聞いていた「元の場所に押し込んでその上の膜を縫って元の状態に戻す」のではなく、北大でアイスホッケーの選手に対する手術で実績があるという「腱を上に出して、その下の破れた膜を縫ってしまう」という手術になった。
(手術が終わった後、写真や動画で手術の内容を確認したけれど...自分の身体とは言え、あんなに深く大きく切って手術するとは・・・オレには外科医なんて絶対に無理!(頭も悪いし))

心配していたワーファリンによる出血の影響もそれほど無く、手術は上手く行ったそうで、順調に回復すれば2週間程で抜糸して、ひと月程で運動も出来る様になるはずとの事。
3月の半ばくらいにはゴルフも出来る様になるかなあ...アイスホッケーの選手もこの手術で回復するようだけど、手首の動き方は以前と同じにはならないらしいので、ゴルフスイングにどのくらい影響が出るかはやってみなければ判らないようだ。

困ったのが、寝ようとしても手術した傷口がズキズキ痛んで寝られない事。
痛み止めは貰ったが、食後に飲むので寝る頃には効き目が薄くなるし、今現在ちょっとでも手首を回すと痛めた時と同じような激痛が来る。
まだ左手指には力が入らず、ちょっと強く指に力を入れると傷口が強く痛む...このパソコンのキーも痛くて押せないので、この文も右手一本で打っている為に普段の倍以上の時間がかかっている。
多分もう2〜3日したら痛みも落ち着いてくるだろうから、それまでの辛抱だろうと思うけど。


さて、酷い手術跡は残るようだけど、オレの手首の強さはどのくらい回復するんだろう。
酒も一週間は飲めないだろうし、今年の春はまだまだ遠いなあ...

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明日、手術

Bu150119

多分するんだろうと思う。

ワーファリンの件は、循環器の担当の医者から外科医の返事を送ってくれると言っていたが、その後何も無いところを見ると明日の午後に手術の予定は変わらないようだ。

こういう手術は初めてだけど、部分麻酔で手首を動かして様子を見ながら手術するそうなので、元の様に動かせる結果になれば良いんだけれど...
約1ヶ月ギブスが取れない状態になるらしいので、それが不便だと思う。

しかし、あの痛みの記憶があるから、たとえ元の様になってもフックを打つのは怖いだろうなあ。
それに同じ動きをするとまた同じ様に切れやすくなっているというので、完治後もフックは打たない様にしなければならない。
それと、私のスイング自体がインパクトゾーンで激しく手首を動かすのが特徴なので、そこを大人しくするようなスイングにすると多分飛距離は大幅に落ちるだろうと思う。
そんな飛ばせない・曲げられないゴルフはつまらない、とつい思ってしまうけど...考えてみれば、この年でまだゴルフを楽しめるってことが、素晴らしくラッキーな事なんだと思える。
脳梗塞で身体が満足に動かせなくなった親友や、もっともっとゴルフを楽しみたかったのに若くしてなくなったゴルファー達に比べれば、我慢すればまだ楽しむ事が出来る自分は何と恵まれている事か...

年のせいで完治するのには時間がかかるかもしれないけれど、これをチャンスとして自分にとっての新しいゴルフの楽しみを見つけて行きたい、と今は考えられる様になった。

2月一杯は完全に無理なので、3月の声を聞く頃にはせめて散歩代わりのラウンドの予定を入れられる様に治して行きたい。
300ヤード飛ばそうというハードなドライバーはもう振れないかもしれないが、完璧にMOIマッチングで合わせたアイアンがある事だし、今までと違うスタイルのゴルフを探してみる事にしよう。

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俺の目は節穴だけど...1

Bu150115左手がダメかも、なんて言って落ち込んでるのもあほらしい話。
生きてりゃ何とかなるって...なあ、あぶらげさん。

とりあえず手術するにしてもしないにして、こう言う時にこそ何とか楽しむ方法を考えるのが自称「トラブルショットの天才」の俺のゴルフ人生。
色々と考えてみると、左手がある程度を超えて外転すると筋が外れて激痛が来るんだから、その手前でそれ以上行かない様にテーピングをガチガチにすれば何とかなるかもしれない。
今からちょっとテーピングの方法を勉強してみよう。

松山が、トーナメントオブチャンピオンズで3位に入った。
彼のゴルフをみていると、やはり基本的なエンジンの大きさがアメリカツアーの連中に引けを取らないところが、一番の強みだと思えてくる。
かっての青木・尾崎・中島がメジャーにおいて「好勝負」まではする事が出来たのも、彼等が揃って180センチクラスの身長と体力があったのが原動力だった。
男子のアメリカツアーでそれなりの成績を残した他の日本人選手...尾崎(直)、丸山、今田達や、今頑張っている石川遼は、やはり基本的なエンジンが小さい。
このエンジンで飛距離を米ツアーの選手並みに持って行こうとすると、やはり無理が来てボールが荒れる、身体を壊す。
そのかわりにアイアンショットや、寄せの切れ、パットの上手さで対抗すれば丸山や今田の様に「勝つ事は出来る」が、それだけでは4日間の体力・緊張が続かずにメジャーには届かない(そんな身体でもコーリー・ペイビンや全米プロシニアに勝った井戸木鴻樹のように、ウッドの達人になれば可能性はあるだろうけど)。
松山の体力は米ツアーの選手達に引けを取らない...加えてその鈍感力(悪口ではない)は、自分に不利になる過度の緊張やプレッシャーに負けない強さであり、ここ一番の「強さ」は過去の日本人選手の中で一番ある。
現時点で、日本人として最初のメジャーに勝つ可能性があるのは松山しかいない、と断言出来る。

しかし、だからこそ言わせてもらうと、松山はプレーが遅い。
そして、態度が悪い、マナーが悪い...これは、昨シーズン中に既にそういう評判が立ってしまったので、これから必死でその評判を打ち消す努力をし、常に注意していないとなかなか消えないはず。
米ツアーが上位に入ると常識はずれの高額の賞金が貰え、待遇も素晴らしいのは見てくれるファンがいて金をだしてくれる企業があるから...「自分が強くさえあれば、勝手に金は入ってくる」なんてのが大きな間違いだってことを、松山には十分に理解して欲しい。
「強ければファンサービスなんていらない」と思うなら、自分達で金を出し合ってそれを取り合うミニツアーで生きるしか無い。
彼には、もう少し速いプレーと、洒落たマナーへの対応を望む。

テロと表現の自由。
当然テロには絶対反対。
イスラムを深く知ってはいないが、日本に来てまでわざわざ浅草の仏像を壊すようなアラブの留学生を見ると....理解するとか価値観が違う、とか以前に同じ場所で絶対に一緒に生きてはいけない人達だ、と考える。
宗教に洗脳されている移民を国内に入れては絶対にいけない。
欧州の移民を受け入れた国々が、「移民受け入れは失敗だった」という結論に達して来ているのをしっかり他山の石としなくては。

表現の自由は、絶対支持。
だが、最近のフランスの「ユーモア」というのが自分には理解し難い。
本来、フランスの風刺とか皮肉とかユーモアというものは、もっと上品なものではなかったか?
相手の嫌がる事を露骨に誇張して描く、というのではただの落書きに過ぎないのではないか?
例えば自分の考える「似顔絵」というものは、相手が自分で嫌がっている特徴を更に誇張して「醜く」表現する事ではない。
私は「下手な似顔絵描き」程、欠点を極度に誇張して、描かれている本人はおろか見た人まで不愉快にさせるようなものを描いて「俺の描いたのは似てるだろう」と得意げになっている、と感じる。
上手い「似顔絵描き」は、本人が嫌がっているものを敢えて強調する場合でも、そこにその人の人間性や笑いを加味して、決して描かれた人や見る人を不愉快にさせたりはしない様に描く(しかし、皮肉や風刺はしっかり入れて)。
描かれた人は「苦笑する」だろうけれど、「酷い!」とは思わない様に描くのが本物だ。

私は、ゴルフイラスト以外にジャパンタイムスで長く(30年くらい)時事イラストを描いているが(月2回・似顔絵は無い)、そこら編の境界はしっかりと気にして描く様にしている。
まあ、私のイラストの評判がいい訳ではないし上手く描ける訳でもないけれど、彼の国の新聞が福島の放射能の事をイラストにした時から、疑問を感じていた。

今の時代はそんな風にあからさまに、他人を面と向かって傷つけるようなストレートなものが主流で、(きつい一刺しは持ちながらも)奥ゆかしさとかヒネリを入れて笑わせる優雅なものは時代遅れになってしまったのか?

風刺イラストというのは、権力を持つ強者に対して、弱者が笑いと共に抵抗する、弱いものの武器だと思うのだ。
それ自体が新たな争いの原因になるようなものであってはならない、と思うんだけど。

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インフルエンザと左の手首

Bu150113_2

私のインフルエンザは、土曜日から急速に回復した。
しかし、うちの奥さんはまだ熱が引かない...もう2〜3日かかるかもしれない。

今日は、左手首を2週間固定していた後の整形外科での診断。
正直、全然良くなった兆候はない。
左手首を動かない様にしたギブスは、確かに左手首は動かないけれど肝心の左手首の外転には全く役目を果たせず、つい落ちて来るものを左手で受け止めたりズボンを引っ張り上げる、なんて事をした時に「ゴキッ」と動いて痛みが走る。
一寸した事で抑える膜が破れてしまった筋が動いてしまうので、どんなに長くギブスをしていても状態は良くならない。

今日の診断の結果は、元の様に動かす為には「結局手術しか無いだろう」。
そして手術の方法は、「とりあえずもとの形に縫う事が第一」。
それでもとの様に落ち着く事が出来ればそれが一番良い,というのは判る。
それでダメなら、もう一度アイスホッケーの選手の怪我の様に手術する、と。
アイスホッケーの選手のような手術にも一長一短がある、ということらしい。

それで来週の火曜日に手術、という事に決めたところでもう一つ問題発生。
それが、ここ10年来私が不整脈があった時からずっと脳梗塞予防の為に飲んでいる「ワーファリン」。
これは血液が固まりやすくなる事を防ぐ薬で、言い換えれば出血が止まり難くなる薬。
それを知って、外科医が「え?」....手術の際に出血が止まらなくなる恐れがある事が問題というのは判る。
で、急遽今日は3ヶ月に一度通院している病院の循環器の医者に「手術までワーファリンを飲む事を中止出来るか?」を聞く事になり、外科医からの手紙を持って病院に...

ほぼ一日使って、あっちの外科医、こっちの病院と走り歩き、やっと夕方になって診断を終える事が出来た。
「どうするか?」というのは、ワーファリンをやめると血栓が出来やすくなり脳梗塞の危険が増す...まして手術というのは血栓が出来やすくなる...
ワーファリンを飲んでいる状態での手術が難しければ、結局は手首か脳梗塞かどちらかを選べという事になるかもしれない。
そうなれば、当然手首は諦める事になる。
外科医がどう判断するか、で運命は決まる。

今回、故障した瞬間に「あ、これはダメだ!」という「壊れてしまった感じ」が非常に強かった。
一番スイングに必要な動きがもう出来なくなる、という実感があった。

手術で治さない限り、普通のゴルフスイングはもう出来ない。
その手術が出来るかどうか...今はまだ未定。


俺のゴルフ人生は、こんな事で終わるかもしれないなあ...そんな気がしている。

なんだかね...

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5日目

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医者が「5日間外出禁止です」って言ってた通り、発症して5日目の今日になっておなかの具合以外はほぼ戻って来た感じだ。

5日の朝感じたあばらや腰の骨の痛みは多分発熱から来たもので、自分で気付かないうちにインフルエンザに罹ってたんだろうと思う。
5日夜の咳が酷いもので、一晩中吐き気がする程酷く咳き込んで、ほぼ一睡も出来なかった。

6日朝にはかなり頭がボーッとしてふらつき、病院に行く自転車の運転も危なっかしいものだった。
医者はインフルエンザ判定の出たこの日を、発症1日目と言っていた。
病院から帰って薬を飲んだ後、ほぼ7日夜まで一昼夜半寝込んだ...

7日に起きたのは奥さんが作ってくれたおじやを食べ薬を飲み、トイレに行く時だけ。
咳は薬で収まったけれど、熱があるらしく体中の骨が痛み、トイレに行くのも身体が重く感じてだるくて仕方が無かったが、あとはひたすら寝ていた。

8日には、この日〆切の仕事をしなければならない為に朝起きてパソコンの前で仕事、昼前になんとか終えてまた布団の中に。
食欲は殆ど無く、酒もずっと飲んでいない。
しかし、布団の中に入ってからは眠る事が出来ずに、ただ横になっているだけ,,,しかし、少しじっとしていると背中や腰が痛み出すので、ひたすら寝返りを繰り返していた。

9日になると、体調は大分戻って来た感じで、布団から出る力を感じる事が出来た。
仕事を始めたが集中力は続かず、気がつくとボーッとしているという時間ばかりが増える。
午後には仕事を諦めて、本を読みながら時間を過ごす。
夕方にはやっと食欲が出て来たが、酒はまだ全く飲みたくならない。

10日....医者は今日までは外出禁止と言っていた。
今日で一応症状は落ち着くという事らしい...貰った薬は今日までだし、これで治療は完了という訳か。
咳は止まったし、熱は無いし、身体の節々の痛みも無い。
食欲は以前と同じという訳ではないが、一応何でも食べられそうだし腹も減る。
ただ、昨日からおなかに来ている...このインフルエンザは、最後に腹に来るのか?
お腹さえ普通に戻ったら文句は無いんだが、今はまだおかしい。

7日に調子が悪くなったうちの奥さんは、8日に医者に「インフルエンザA型に感染しています」と言われた...見事に俺から感染してしまったらしい。
8日は熱と咳で完全にダウン...9日もほぼ寝たきりで、今日になってやっと食事が普通にとれる様になって来たが、やはり今日からお腹に来ているらしい。

私の場合は「今日まで」だが、うちの奥さんは医者から「12日まで外出禁止」と言われたそうだ。

もう...全く間が悪いタイミングでインフルエンザなんてモノに罹ってしまったけれど、全国をみてみれば治療が遅れれば重症になったり死亡する人も少なくない病気....これを読んでいて下さる方々は、くれぐれも我々みたいにならない様に健康にご注意下さい。

医者が言っていた通り、発症してから2日目・3日目はかなり重い症状が出るのでご注意を。
この二日間は、ほぼ日常活動停止になります。


ああ、左手はちっとも良くなったような気がしないし....
今年は、年の初めから波瀾万丈だよなあ。



...それにしても...
あぶらげさん、もう一回ゴルフやりたかったねえ..

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情け無い...

Bu150108

始まりは5日の朝だった。
朝起きた時にあばら骨や腰の骨が妙に痛んだ。
「ちょっと無理な運動でもしたっけか?」ぐらい考えた。
夜になると咳が出始めた...結局一晩中咳が止まらず、殆ど寝られなかった。

6日の朝になると全身の関節が痛み、ちょっとふらつく。
「これはおかしい」と近所の病院へ。
診断結果は「インフルエンザのA型に感染しています」
医者は「これから5日間は外出禁止です。」
「特に人が集まるところには絶対に行かないで下さい」

「明日と明後日、行かなければならないところがあるんですが...」
「もし人の集まるところに行けば、あなたが集団感染の発生源になります。」
「医者としては絶対に許可出来ません」

なんて間が悪い。
なんてタイミング...あぶらげさん、おいちゃん、申し訳ない...



おまけに、今日は奥さんまで熱が出て来た...病院に行ってからなるべく離れていたんだけど、既に感染してしまったようだ。

ああ、情け無い。

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惜別

Bu150105

彼女のブログは、「ゴルフで負ければ晩ご飯当番」から「闘病ゴルフ日記」、そして「ゴルフは旅、旅は道連れ」に変わって行った。

直接知り合ったのは3年前、彼女の「グレンモアでご一緒しませんか?」とのブログ記事に答えてコメントを入れてからだった。

一昨年1月、彼女はブログで末期癌である事を公表して、闘病しながらもゴルフを続ける事を宣言した。
その春、飲み会で私たち夫婦が秋にボナリに行くつもりと言うと、全員がボナリには行ってみたいと言う事になり、「大人の遠足」が発足した(ネーミングは彼女のご主人、「おいちゃん」)。

正直な感想として、11月初めのボナリまで彼女の体力が持つか、という事が心配だった。
しかし、彼女の気持ちの強さは病を押さえ込み、十分にボナリでの紅葉を楽しむ姿を見せてくれた。
お昼には顔が隠れる程の生ビールを飲んだりさえして。

そして、春には大人の遠足の2回目を楽しんだ。

彼女の身体の調子はアメンバーの記事で定期的に報告があり、一進一退ではあったが彼女が負けてないという事を知る事は出来た。
そして彼女は毎年TK杯と言う、東北大震災で被災したブロガーのTKという方の名を冠したコンペ(参加者が日本全国から60人以上集まる巨大なブロガーズコンペ)を、中心幹事になって開催していた。
私も彼女に何度か参加を誘われたけれど、TK氏という方とは何のお付き合いも無かったので年長者の参加は場違いと遠慮していた。

これだけのコンペの開催には非常に大きなエネルギーが必要と思うのだが、彼女は一昨年も昨年秋にも二日がかりのこのコンペに元気に参加していた事を、ブログで見ていた。

いつの間にか、彼女に奇跡は起こりえる、と思っている自分がいた。
彼女は次のゴルフの予定がある限り、病気を押さえ込んで、治らぬまでも共存してずっとやって行ける、と。
それで次の目標として、春3月に暖かさと川津桜を楽しむ為に、川奈での「春の大人の遠足」計画を進めていた。



彼女のブログは昨年12月の「築地」でストップしていた。
そして、1月3日に知らせが届いた。
...あぶらげさん...



7日がお通夜。
8日が告別式。

無念。

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残念です。

Bu150103

知らせがありました。

春に、川奈への「大人の遠足」を予定していたのに...


残念です....あぶらげさん。

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あけましておめでとうございます

Bu150101_22015年、新年おめでとうございます。

過ぎた時間は取り戻せません。
我々には、これから始まる時間が全て。

気持ちは今日リセットして、今日が新しいスタート、と。
調子最高じゃ無くっても、元気満々じゃ無くっても、きっといい事があるはずさ。

語り合える人も、語り合えない人も、出会った恋しい人達も、人生の残りはあと僅か。
できるなら
今年こそ一緒に球を転がしたり、一緒にうまい酒飲みましょう。

今年もよろしくお願いします。

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