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2015年4月

2015年4月15日 (水)

三月の終わりに

Bu150331

暖かい、というより暑いくらいの日が続いたので、桜が急に満開になってしまった。

近所の桜並木は、今日殆ど満開になった...2〜3日前にはそれぞれの木に2つか3つしか咲いてなかったのに。
週末の天気が良くないような予報が出ていたので、もう花見の宴会を始めている人達も多かった。

来週は、いよいよゴルフの花祭り「マスターズ」が始まる。
花粉症はまだ酷い有様だけど、自分のゴルフシーズン開幕の為に昨日は練習場に行って来た。
クラブに触るのはあの川奈のラウンド以来。
今日31日に手首の手術の経過診断が有るので、昨日はテーピングしないでボールを打ってみた。
テーピングさえすれば、いつものように曲げて遊べはしないけどラウンドは出来るのは判っていた。
昨日はその川奈のラウンドから3週間経って、どのくらい手首が使えるか回復度合いを測る為にあえて手首を使うショットを打つ必要があった。

ウェッジなどの重いクラブを持つとちょっと手首に痛みがあるけど、スイング中に怪我したときの様な強烈な痛みが起きる事はなかった。
一応手首を色々と使って曲げてみたけど、なんとか出来る....ただし、時々「ピリッ!」と来る痛みを手術跡から感じる。
しかし、かなり力を入れたスイングをしても、それ以上の痛みは来なかった。
おおむね以前と同じようなスイングは出来るのが判ったけれど、「飛ばしてやる!」という気には全然ならない...それと、やはり怪我したときの様な極端な手首のヒネリを使う打ち方は怖くて出来なかった。

一番気になるのはウェッジなどを、わざとゆっくり振る時に手首に感じる痛み...手首を小指側にコックする形の時に手首の付け根が痛む。
グリップは以前のようにフックに握ると痛みを感じるので(強い痛みではない)、左手グリップはウィークに握って打つ。
まだ方向性はバラつくが、かなり慣れて来たので練習して行けば結構いい球が出そうだ。

夜になって傷跡の腫れている所にちょっと高い熱を感じたけど(いつも多少熱はある)、酷い熱という訳でもない。

そして今日、3週間振りの手術後チェック。
1月20日に手術してから2ヶ月と10日....普通の人よりはかなり速く回復しているとの事。
「普通は3ヶ月経ってからゴルフなんかを再開するんですけど...1ヶ月半でゴルフしてますからねえ」
「「また痛むんじゃないか?」という恐怖心が、手首を動かす事を躊躇させていると思う。」
「これからは以前のように積極的に動かしてみて、それで状態を判断してみて下さい」
とのこと。
通常は普通に動くようになるのが3ヶ月、元に戻るのが半年、完全に治るのが1年というのが目安らしい。

明日から4月。
9日からマスターズ。
それが終わったら、まずはホームコースにでも行って色々と調整ラウンドを始めて見ようと思う。
連休が始まる前に、どこかのオープンコンペを楽しむのもいいなあ。

さ、4月から2015年のゴルフシーズン開幕だ。
今年もいいラウンドを一杯楽しむぞ。

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つなげた人・つながった人

Bu1503292

昨夕、したたかに酒を飲んだ。

あぶらげさんのパートナーだったおいちゃん、本当に芯から優しかったWT54さん、大事な時に力になれなかった大叩き男の三人。
不思議な縁、と言うんだろう。
あぶらげさんの存在がなかったら、こんな風に飲みかつ語るなんて機会はなかったはずの三人。
この二年程、彼女を中心として何度もラウンドし、旅をし、飲み、語りしてきた。
...人というのは長く生きる程に夢を情熱を失い諦念に囚われて行くものだけど、困難に当たっても決して諦めずに戦い挑戦し続ける人が稀にいる。
あぶらげさんという女性が去った後に、残された我々は「彼女はそういう人だった」と思い知る。

おいちゃんの寂しさはそう簡単に消える事はないだろう。
WT54さんの悲しみもすぐに薄まる事はないだろう。

最年長で取り残されてしまった俺も、魅力ある方々との接着剤の役目をしていた彼女の存在の喪失に、途方に暮れている。

杯を重ね、思いの丈を語り、あっという間に終電の時間になる。
このメンバーで飲む酒は美味い。
「大人の遠足」は終わったけれど...「遠い遠足」の話も出たし。

新しい章は....
あぶらげさん、貴女はどう思う?

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急にネコに触りたくなる時...

Bu150327今日は天気が良くて暖かい...当然、朝から鼻水が出っ放しで、油断すると鼻水・・・鼻をかむ・・・鼻がスッキリ通る・・・たちまち鼻の中がムズ痒くなる・・・くしゃみが出る・・・鼻水がどっと出る...鼻をかむ...以下、繰り返しの無限ループとなる。
目は眼科医に貰った目薬でなんとか押さえ込んでいるが、鼻水は防げない。
家の中でまでマスクするのも面倒だし気分が悪いので、まだまだ外でゴルフをする時期じゃないんだよなあ。
手首は相変わらず少し腫れてはいるし、動かすと多少の痛みは有るが...あれから一ヶ月、そろそろゴルフをしたいんだけど...

この花粉症と手首の怪我の為に、ここの所仕事が忙しいのが続いているのに、そのストレス解消は重装備をした上での散歩と夜の晩酌だけ。
しかし、座りっ放しの仕事のストレスは結構有るので、一寸した気分転換はしたい...で、そんな時には...柚がいる(笑)。

大体すぐに捕まる大人しいネコだけど、最近はストレス解消にいじくり回して肉球や毛並みを触って楽しむ俺を警戒していて、目が合うとそっと逃げようとする(笑)。

今日は、いつもの日向で寝ていると思って2階に上がると...いない。
あれ?ッと思って他の部屋を探してもいない。
もう一度最初の部屋に入って、よくよく見渡す...
「ん?」
ちょっとビニール袋が動いた...で、覗き込むと...写真のように柚なりの精一杯の「隠れモード」。
そーっと下を覗き込むと...こちらを伺っている目と合った(笑)。
見つかっても、「私は何も見なかった」とでも言うように視線をそらし、そっぽを向いてじっとしている。
もっと近付いて、顔のそばに顔を寄せると...ついに諦めてビニール袋から出てくる。
とりあえず、抱いて身体を触り、肉球の感触を楽しんですぐに解放する。

最近、柚はため息をつくようになっていて、一声ため息と共に呟いてから窓際の日当りのいいところに行ってこちらを振り返る。

まあ確かに、また仕事やる気になるために触りに来るのは迷惑なんだろうけれど...でも、ため息つかれる程しつこくしてはいないんだけどなあ。
...最近ちょっと避けられている気がする。

なんだか、「前はあんなに仲が良かったのに、最近はだんだん冷たくなって行くのを感じる女性」...つまり、もうすぐ別れを言うだろう予感がする女性と逢った後みたい...な気がするって、どんだけ俺はモテなかったのかしら(笑)。

柚もそのうち、俺の顔を見ると逃げ出すようになるのかも。

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春が来たから...

Bu150325

潮時という言葉は大嫌いだ。
「でも、今がそんな時期なのかな」

Kさんは、一人で珈琲を飲みながら考える。
ひと月振りで月例の日曜日に来たマイコース...他のテーブルには二人・三人・四人の話し声や笑い声が聞こえる。
遠い所には月例に参加する男が一人珈琲を飲んでいるが、女で一人で珈琲を飲んでいるのはKさんだけだ。
「寂しいなあ...」
ついに最後の一人になってしまった。

東京から高速を使って約1時間のコース。
会員権はバブルの時にはかなり高額で売買されていたが、バブルが弾けてから償還期限が来るとともに倒産、やがて大手の経営会社に買われてセミパブリックのようになって現在に至る、世間によくあるパターンを辿ったコースだが、レイアウトが面白くてKさんは気に入っていた。
おまけにここで良い仲間が出来たので、毎月必ず1回は必ずここでプレーを続けていた。

...もう、20年ちょっと前の月例の時。
初めてKさんがこのコースの月例に参加した時、Cクラスで女性4人の組になった。
当時50代のMさんと、40代のSさんとHさん、それにまだ30代の自分(と言ってもギリギリ30代だったんだけど)の4人は、この最初のラウンドですっかり意気投合した。
それ以来月例はずっと同じ組み合わせになるように頼み込んでいたが、やがてSさんがBクラスに上がり、自分とHさんとMさんはCクラスから上がれなかったので、月例以外の週の日曜日に4人で毎月廻る様になった(三人は変わらずに月例は一緒にまわっていた)。
月例ではクラスが違っても、月例後には一緒に珈琲を飲んで歓談を続けていた。
不思議な事にみんな都内の暮らしなのに、「付き合いはコースだけ」という事が暗黙の了解事項になっていた。
コースで楽しい時間を過ごす...しかし、お互いのプライバシーには立ち入らない、というのは女性には難しいと言われるけど、何故かここではそれが気楽で気持ち良かった。

Kさんは、結局独身で今に至った。
聞かないまでも問わず語りで伺えたそれぞれの事情は、Mさんは夫婦でここのメンバーで旦那さんの運転で月に2回くらいここに来ている事。
Sさんはスポーツ好きで競技指向でゴルフに命をかけるくらい打ち込んでいる事...彼女はBクラスに上がった後、数年でAクラスまで上がって行った。
...彼女も独身だった。
Hさんは夫が会社を経営しているとかで、沢山の趣味のうちの一つがゴルフという事らしかった。
生活の心配のない様なのんびりとした女性だった。

10年くらいはその4人のゴルフが続いていた。
その間に、月例のCクラスの三人の組に入りたがる男性がいた事が何回もあったけど...面倒な事は嫌だ、という事で丁重にお断りして女三人でのプレーで楽しむ事を続けていた。


最初に欠けたのはSさんだった。
倒産や再生のごたごたで、月例も満足に開催されない事が続いた時、「ここじゃ私はゴルフを続けられない」と別れを告げて、月例がきちんと開催されていた近郊のちょっといいコースに移って行った。
時折今でも元気に月例に出ているとのメールがある...ハンデはついに9になったとか。

次に欠けたのがHさん。
「ごめんね。ゴルフ続けられなくなっちゃった。」
と別れを言ってコースに来なくなった...風の噂では夫の会社が傾いたとか聞こえて来たけど、真相は判らない。

Mさんは一番年長だったのに、元気でゴルフを楽しんでいた....月例ではツーサムになるので他のメンバーが入ったが、彼女とのゴルフは相変わらず楽しかった。
...そのMさんが「もう、ゴルフ続けられないのよ」と去年の暮れの月例で言った。
プレー後に珈琲を飲んでた時に、
「これが最後なの。」
「今まで楽しかったわ、どうもありがとう。」

...今まで夫の運転でコースに来ていたが、その5つ年上の夫が最近軽い交通事故を何度か起こし、高齢の為に免許を返納することを決めたんだと言う。
彼女も70代なので、二人で相談して財産を整理して有料老人ホームに入る事にした、と。

まだまだ元気だと思っていたKさんも、年齢はいつの間にか60代になっていた。
確かにここに来る為に片道100キロの運転はしんどいと感じているが、コースに行けばコースでしか会えない友人がいるという事が励みになっていた。
...Mさんのいない月例は本心から楽しめない。
ゴルフは相変わらず大好きなんだけど...つまらない。

「ここのコースでのプレーは、私も終わりにしよう。」
「もっと近いコースで、もっと違う楽しみのゴルフを見つけよう。」
珈琲を飲みながら、そう考えた。

ここは潮時だ。
ここで続けて行くのには、想い出がありすぎる...きっとこれからのプレーに「今がつまらない」と感じ続けるに違いない。
でも、自分はゴルフをやめる気は無い。
ならば、自分もここから旅立って違うコースの違う楽しみを見つけよう。

春なのに別れがある。
でも、春だからきっと新しい出会いもあるに違いない。


もう若くはないけど、まだ年じゃない。
...Kさんは、そう思いたい。

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緑の世界

Bu150323

近所のソメイヨシノは、もうすっかりつぼみも膨らんで今日明日にでも咲き出しそうだ。

不思議なことに数日前にかなり痛んで腫れた左手首は、この1〜2日で痛みが弱くなった。
これはやはり皆さんが言っていた通り、「雨や低気圧の影響で古傷が痛む」という症例だったような気がする。
腫れが出て、小指と薬指の2本が曲げるだけでかなり痛い、というのはそういう「天気の具合で悪くなる」という状態より酷いものだと思っていたけれど、どうやらそうではなかったみたい。
....てことは、これからも天気が悪くなるとああなるということ...嫌だなあ、まったく。

花粉で目が重く鼻水が出てしょうがないけど、テレビで見るアメリカツアーなんかを見ていると「ああ、早く緑の世界でゴルフがしたい」なんて気持ちになってくる。
アメリカツアーでは、久しぶりに石川が上位に来た、と思っていたらやっぱり最終日に崩れて下位に低迷...結局松山がそれなりに上がって来て二人の順位は逆転...石川は彼なりに頑張っているんだけど、やっぱり「常にエンジン全開」のような余裕の無さが不安定さの原因に思える。
660ccターボ付きの軽のスポーツカーは、4000ccの高級欧州車や8000ccのアメ車のトラックのようには4日間安定して走り切れないんだよなあ...
上位に行けないことが続くうちに、予選通過が普通に目標になってしまっているようなのが見ていて辛い。

松山はまるで世界中の田舎で活躍しているトヨタのランクルや4駆のトラックのようだ。
スマートさはなくても頑丈で壊れ難く(今はちょっと手首を痛めているようだけど)、いつの間にかそれなりの順位に来ている逞しさがある。
ただ、彼のスイングは普通ならもっと大きな故障をするように見えるんだけど..きっと地の身体力が強いんだろうなあ。

もうすぐマスターズ。
これを見た後が、やっぱり俺の今年のゴルフシーズンの開幕だろう。


「そろそろ」...クラブでも磨こうかなあ。

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イタタ...

Bu150320順調に回復していると思っていた左手首だが、二日前から痛み始めた。
特に何かをしたという記憶はないんだが、二日前「あれ、左手首が痛い...」なんて感じた。
小指と薬指を屈伸させると、手術した部分に繋がる筋のような部分が痛む。
これは怪我をした腱の繋がっている部分だと思うんだけど、今まではそんなに痛みを感じなかったのに、何故今頃になって引き攣れるような痛みが出るんだろう?

手術した場所はここの所ずっと熱を持っていて、その周辺も少し腫れている。
担当の医者は2週間休みとかで、次の検診が31日...それまで大丈夫かなあ...


花粉症は相変わらずだけど、外出時には必ずマスクをしていることで、くしゃみと鼻水は時折どっと出るものの我慢出来るレベル。
去年苦労した目のかゆみは、去年かかった眼科医に目薬を貰ったため、一日に一度はそれを挿しているので酷い症状は出ていない。

例年定期的に悩まされる腰痛は、時折「ヤバい!」という痛みを感じるものの、毎朝起きがけにやっているマッケンジー体操が効いている為か酷い状態にはなっていない...この体操の効き目というのは即効性があって判りやすいというものではないが、こうして酷い一撃を受けないでいるんだから多分「効いている」んだと信じたい。

左手首の為に現実に新たなゴルフの予定はないけれど、「4月になれば」と思っていた気持ちも最近の左手の痛みで「これは当分ダメかも」なんて風になりつつある。


ただ、先日の川奈のゴルフが濃厚だった為に、今はそれほどゴルフに餓えたり焦ったりしていない。
花粉症が消えて行き、左手首の痛みが無くなってから、今年の春のゴルフは再スタートするんだろうと思う。

しばらくは...クラブには触らずに、酒と散歩が楽しみになるのかな...

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存在

Bu150318_2Fさんは、「ゴルフが紳士を作る」なんて言葉は全く信じていなかった。
仕事で始めたゴルフに熱中してから10年、6年前にプライベートでちょっと遠いコースのメンバーになり、ハンデをとって毎月の月例を中心にゴルフを続けて来た。

今までに月例の優勝は6度を数え、2位3位は結構沢山獲った。
しかしメジャーの競技、特にクラチャンではでは予選通過の常連にはなったが、優勝にはまだまだ手が届かないレベルだ。
このクラブの月例に出るようになった時、Fさんが最初に感じたのは「強い選手はそれぞれ強烈な個性を持っている人が多い」ということだった。

実際このクラブの上位に来る常連というのは、競技中一言も口をきかず挨拶も満足にしない男や、打つ前に何時も嫌なイメージを聞こえるように呟くような男や、キャディーを自分だけの奴隷のように呼びつけ走らせる男や、何かあると狂気のようにルールを喚き立てて自分に有利なようにジャッジしまくる男や、他人には「遅い!」とか言うくせに自分の打つ順番になると呆れるくらい長い儀式をしないと気が済まない男や、他人のミスを鼻で笑う男なんていう「とても紳士なんて呼べない様な男達」ばかりだった。

「そうか、こいつらに負けない為には甘チャンじゃダメだ。自分も他人を無視して平気で自分の世界のゴルフしなくちゃダメなんだ」
Fさんはそう考えて、余計な愛想を振りまくことをやめて他人から簡単に近づけないような雰囲気を作ることにした....もちろんそれで恥ずかしい思いをしないように懸命に練習し、そのおかげですぐにハンデは13から10、そして3年前に念願のシングルハンデ9になり、今はハンデは6にまでなった。

クラブ内でも実力者の一人として顔を覚えられる存在になったが、周りからは無愛想で怖くて、マイペースで他人に気を使わない男、なんて評判だったと思う。
自分では、「練習は嘘をつかない」「ゴルフは実力があるものが勝つ」「上手くさえなれば他人は一歩下がって恐れてくれる」「ゴルフは上手いヤツが偉い」なんて考えでいたから、むしろそんな評判は嬉しいくらいだった。

しかし6になってから、Fさんは自分のゴルフが壁にぶち当たっているのを感じるようになった。
いいときはいい...しかし、何をやっても上手く行かないときが結構あるのだ。
いいときはティーショットがいい場所に行き、セカンドやサードショットはグリーンを捕らえる...ミスした感覚のショットでさえ、ハザードを避けてグリーンを捕らえる。
そして、そういうときはパットが入る。
チャンスにつけたヤツはもちろん、長いパットを寄せるだけのつもりが入ってしまったり、短いのを打った瞬間ミスしたと感じたのに結果ラインの読み間違いで入ってしまったり...

しかし、不思議なことにどんな風に打ってもパットが入らない日がある....ラインに乗ったのにことごとくカップに蹴られる、入ったと思ったボールが砂粒かなにかにぶつかって曲る、下りなのにカップの縁で止まってしまう...
ショットも同じ....フェアウェイ真ん中に打ったボールが、みんなディボット跡に入ってしまう...グリーンに乗るはずのボールがスプリンクラーに当たって跳ねてとんでもない所に行ってしまう...花道から行くはずのボールがバンカーレーキに当たってバンカーに入る...あげくの果てにはピンを狙ったボールがピンに当たって変な所まで跳ねてしまう...

Fさんは調子が上がって行って、「チャンス!」と思っていた試合でこんなことを何回も経験した。
それが原因で、クラブの強豪としてある程度まで来たFさんは、どうしてもクラチャン連中のレベルまでたどり着けない。
何故彼等にはそんなことが起きなくて自分には起こるのか...考えたFさんは、ある結論に達した。
クラチャングループは、ほぼ全員が自営業者やゴルフ練習場とかゴルフショップの関係者や大学ゴルフの関係者...自分とはラウンド数が倍以上違う。
サラリーマンの自分には、ラウンド数が少ないが故にこういう「ラッキー・アンラッキーの日」が試合の日に当たってしまう。
...Fさんは、いままで自分より下手な連中が「今日はアンラッキーばっかりだったよ」とか「今日はついてねえなあ」とか言う言葉が嫌いだった...「それはお前が下手なだけだよ」と考えていた。
「上手くなればアンラッキーなんて関係ないんだ」、そう思っていた。

しかし、「違う...自分の力ではどうしようもない何かの力はある」と今は考えている。
テレビでメジャーの試合なんかを見ていると、よく選手がショットの後に宙を見上げて何かを呟く...「あれは彼等の神様に感謝していたのか」「彼等程の名手であっても、自分の実力以外の何かに祈っている」...
Fさんは、生まれてずっと無神論者だった。
親は仏教らしかったが、自分が特に何かを神や仏に祈った経験はなかった...もちろん初詣や墓参りやクリスマスの経験はあったが、それを自分が信じていた訳ではなく、ただの生活の風習として参加していただけだった。

Fさんは今でも「神」を信じている訳ではない...ただ、自分の力の及ばない「存在」がゴルフに影響している、と感じているだけ。
そう思うようになってから自分のゴルフが変わったような気がしている...なんだか上手く行く日は、「ありがとう」と何かに言いたい気持ちになってプレーしている。
何もかも上手く行かない日は、「勘弁してくださいよ」「そんなに虐めないで、今日は許して下さいよ」なんて、「何か」に話しかけている自分がいる。


まだ成績やハンデに影響は出ていないが、最近「またご一緒にプレーさせて下さい」と言われることが多くなった気がする。
そんなこと、あまり言われたことってなかったんだけど...

これも「何かの存在」の影響なのか...?

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からだを使うな! 頭を使え!

Bu150316先日の川奈遠足で、左手首の保護の為にがっちりテーピングしてラウンドした。
おかげで、改めて自分が「昭和のゴルファー」なんだという事を実感してしまった。

昭和のゴルファーと言っても、自分は最後の6〜7年くらいをプレーしただけで、その後の平成の時代をゴルフした時間の方がずっと長いんだけど...その6〜7年が一番熱中していたし、競技ゴルフを懸命にやっていたし、おまけに仕事でプロやトップアマと一緒にラウンドする機会が多かったので、その経験や体験が自分のゴルフの柱となってしまったようだ。
その時代はパーシモンに糸巻きボール時代の終わりの時期であったけど、それは同時にパーシモンヘッドのウッドとマッスルバックアイアンやフラットバックアイアンに糸巻きボールの組み合わせのゴルフが、一番熟成された時期でもあったと思う。
その時代のプロは、遠くから見ても一目で誰か分かるような個性的なスイングの持ち主が多く、またそれぞれが得意な技を持っている人が多かった。
そしてそれぞれ独自の理論を語る(でも、よく聞くとスイングの根底は理にかなっていた)語り口は面白く、一見珍妙とも見える技が実は誰にでも出来るシンプルで合理的な打ち方だったりする、レッスン名人が多くいた。

そんな昭和のゴルフのレッスン名人でもあり、代表的業師の一人がこの佐藤精一。
小兵で非力ながら、日本オープンや日本プロに勝った強豪であり、プレーの速さから「早打ちマック」の異名を取リ、その多彩な技は定評があった。
彼のボソッ、ボソッと呟く言葉は、どれをとっても我々の役に立つ名言になるような粋な言葉で、いわば歩くゴルフ名言製造機みたいな存在だ。


今回、手首を固定して動かせなくしてみると、シンプルに打つティーショット以外で自分の望む球筋のボールを殆ど打てなくなっていたことに気がついた。
特にアプローチやバンカーショットやグリーンを狙う「曲げるショット」が打てない。
これは
「仕事をするのはクラブヘッドだ」
「みんな身体を動かそう動かそうとしてるけど、クラブヘッドを動かすのを忘れてる」
「からだはいいんだ、頭(クラブヘッド)を使うんだよ」
なんて彼が言っていた言葉が気に入って、ともかく「ボールに当たる周辺のヘッドの動き」を重要視して作り上げた自分のスイングが、左手首をガッチリ固定されると手も足も出なくなるスイングである事をしみじみ思い知らされた(笑)。
...そうか、やっぱり俺は「昭和のゴルファー」ってことか...そこでこう感じた訳。
ここで俺の言う「昭和のゴルフ」ってのは、手首を柔らかく使って右に左に上に下にボールに悪戯する変態スイングする人のことで、昭和の時代も「立派なゴルファー」はみんなカッコイイシンプルなボディーターンスイングをしていたので、お間違いの無いように。

...それで、この前の川奈では、足りない頭で考えた。
ティーショットは、現代兵器だとともかく真っすぐのイメージでリストを使わずに大人しく打てば問題はない(つまんないけど)。
アイアンは、フックはフックに構えてフェースをかぶせて大人しく打てばフックする(面白くないけど)。
ところがスライスが上手く打てない...スライスに構えてフェースを開いても、上手く曲らずにボールが上がって飛距離が出ないで、弱々しくスライスするだけ。

まあ、これはいい。
困ったのがバンカーショット...ハンドファーストで当たるように固定していたので、ヘッドを先に行かせられない...つまりバウンスが使えずボールに直接当たりやすいし、アリソンバンカーを越える高さが出せない。
で、昭和の(変態)ゴルファーは考えた...左手のグリップの為にヘッドが行かないんだから、インパクトで左手のグリップの小指と薬指と中指を緩めりゃいい...インパクトで左手のグリップを親指と人差し指で摘むだけにしたらヘッドが走り、以後のアリソンバンカーは全て一発で出ておまけにピンに寄った(もちろんパットは入らなかったれど)。
アプローチもそう...左手のグリップを緩めなければ寄らない...って、どれだけ俺は普段から手首使ってたんだろう。

ティーショットは、二日目にパーシモンに変えてから球筋がある程度上手く打ち分けられた...つまり、スライスならヒールで、フックならトウで、で打つようにするとフック・スライスが打ち分けられた...今思うと、パーシモンって本当に偉大だったんだよなあ...

パーシモンに糸巻きボールでプレーすると、頭に浮かぶのは早打ちマックのピリッと香辛料の聞いた言葉達...それとあの林由郎の、酒場で隣のおっさんに話しかけられたような田舎訛りたっぷりの、噛めば噛む程味のある言葉達。


そうだよな、昭和のゴルフでなにが悪い。
球打ち遊びにゃ、オレ達の昭和のゴルフのが最強さ...本人が楽しむだけならね(笑)。

ああ、昭和の変態ゴルフ、万々歳!



...ってか(笑)。

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余韻

Bu150313_2あれから一週間...余韻はまだ醒めない。

多分、彼女の事がなければ「一度は行ってみたかったコースで遊べた」、という想い出が残るだけだったと思う。
年末に手首を大怪我をして、その時点では3月初めのゴルフ旅どころか二度とゴルフが出来なくなるのではないか、なんて思いさえあった。
地元の整形外科医では手に負えなくて、「手」専門の整形外科医を紹介してもらい、その外科医に「私が今までに見た沢山の患者の中で二人目の症例で、非常に珍しい怪我です」と驚かれ...元の形に手術しても再発する可能性が非常に高いからなあ、と考え込まれ...

ゴルフも諦めるかなあ...なんて考えていた時に、彼女が行ってしまった。
それが後押しをして、1月20日に手術に踏み切り、「3ヶ月は無理」というのを押し切ってテーピングで固めて、3月初めの(彼女を中心とした)「大人の遠足」の旅に行く事が出来た。

思えば、彼女は人をくっつける天性の力を持った人じゃなかったか...今はそう思っている。
私はこういう年齢差のあるグループはどうも苦手だ。
殆どの場合、最年長として存在する事に非常に居心地の悪さを感じてしまい、話を合わせる事に億劫になり、ゴルフの楽しみの方向性の違いにシラケて行く...真面目にスコアを追求するゴルフする人にとっては、私のような変態ゴルファーは迷惑なんだろうと感じてしまう。
かと言って自分より年齢の若い人に媚びてまでゴルフはしたくないし、自分流のゴルフを勧める事もしたくはない...遊び方が沢山あり、それを自由に遊べるからこそ、ゴルフが「大人の遊び」なんだと思うから。

例えば、よくご一緒したXXさんなんかを自分がゴルフに誘ったとしても「XXさんは俺とゴルフして楽しいんだろうか?」なんて考えると、とても誘う気持ちにはなれなくなるが、彼女に「XXさんや00さんと一緒にいかがですか?」なんて誘われると喜んで付き合ってしまう。
彼女は自分のゴルフに真摯に向き合い、いつも「上手くなろう」、「いいゴルフをしよう」という気持ちを前面に出してプレーする。
XXさんも彼女とのプレーを楽しんでいるのが判るから、私は気楽に自分のゴルフを楽しめる。

それは私だけが感じてた訳ではなく、他の大勢の人も感じていたから彼女の周りには沢山の人が集まり、大きなコンペがいくつも発生して成長して行ったんだろう。
...彼女がいなくなった後、それがどうなるかはそれぞれ集ったメンバー達の気持ちにかかっているが...これからも続けて行くのは、決して容易い事じゃないだろう。

1日目のプレー後、温泉に入り夕景を見ながらビールを飲み、ホテルの歴史を感じながら時間を過ごすとき、彼女もそこに一緒にいるような気がした。
みずおさんの選んだシャンパンで乾杯し、メイプルさんが選んだワインを飲み、あの日のゴルフを語っているとき...窓の外には上がって行く明るい満月が、海の上にはっきりとした「月の道」を光らせていた。

宴はホテルの一室に帰っても続き、笑い転げる酔っぱらい達の話は...でも、ゴルフの話題からずれる事は全く無かった。

2日目のラウンドは、何人かは二日酔いながらカート使用に助けられ、千変万化の遊園地で球打ち遊びとハイキング...雲は多く、風が強く、寒さも季節相当となったけど...「なんとか一緒に来たかったね」と誰かが独り言...

いつかはみんな去って行く場所だし、「さよならだけが人生だ」なんて昔の人も言ったっけ。
諸行無常、水は流れてとどまらず、思いもやがては消えて行く。


...みんな去ってしまっても、遊園地には日が照らし、風が吹き、月が昇って海は輝く。



...当分、ゴルフの予定はない。
今は鼻水で死にそうだ。

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川奈ゴルフコース 大島コース(旅ゴルフ2日目)

Bu1503101_2 Bu1503102_2 「大人の遠足」としては、いろいろな出来事や思いは川奈ホテルでの夜にあったんだけど、それは後日描く機会があるかも知れない。
今回は、とりあえず旅ゴルフの2日目として大島コースをラウンドした事を書いておく。

1日目の富士コースを回って感じたのは、色々なホールに名門と言われるコースのホールに似た感じがある...そして、その理由が富士コースが後に日本を代表するゴルフコース設計家となった井上誠一と上田治が影響を受けた、C・H・アリソンの設計であると言う事。
ここは00コースの何番に似ている、とかxxコースの何番に似ているとか...しかし、それをよく考えてみるとグリーン周りのアリソンバンカーが似ている所為なのが大きいように思える。

「二日目の大島コース」
設計は日本ゴルフ界の祖とも言える、大谷光明。
私はこちらの方が「いかにも大人の遊園地」という気がして気に入った。
富士コース程広く・明るく・南国ムード一杯の「リゾート」という感じではなく、功成り名遂げた男達のプライベートな遊び場、みたいな感じがしてしょうがなかった。
「男達」と書いたのにも理由があって、この大島コースには全てのホールにニックネームがついているんだが、その18番のニックネームが「w&D」...その意味を調べてみると「ワイフ&ドリンク」、つまり「18番が終わると、19番ホールでワイフとドリンクが待っている」という意味なんだとか。
当時、ゴルフをライバルと楽しんでいたのは夫だけ、奥さんはここにあった乗馬クラブなりでリゾートの時間を過ごしていたらしい。

そのニックネームが面白いので順に書いて行こう。
1番「KUMAGAI'S ADVENTURE」
スタートホールは富士コースと同じように、見晴らしの良い高台から海に向かって打ち出して行く。
今の武器なら右目に打ち出して行けば問題ないが、当時のパーシモンに糸巻き、あるいはヒッコリークラブではさぞかし手強かった事だろう。
2番「TAMETOMO PROMENADE」
打ち下しのショートホール。風次第で距離は変わるがグリーンは小さいし芝の目があるのでやっかい。
3番「KAIGAN-DORI」
もう、手作り感満載のホールの眺め。
ここでホールの誘いに我慢出来ずに、私もパーシモンに糸巻きでプレーする事にした。
この方がずっとホールにあっていて面白い。
4番「GOOD-BYE」
よく知られたホールだが、右に打って行けば逃げ場所は十分ある。が、しかし、ここに来たら左の崖ぎりぎりからフェードボールなんてのが美しい...もちろん、失敗すれば「グッド・バイ」...それもいいじゃないか? せっかく来たんだもの(笑)。
5番「MIKAERI ZAKA」
今はカートだからいいよ。
これは写真で見るよりずーっと酷い上り坂...上に行ってから振り返ると「見返り坂」なんて名前を付けたヤツの半分怒っているような気持ちが良く判る...いい長めだ、まったく。
6番「S.O.S」
これは、谷にボールをぶち込まなくちゃいかんでしょ(笑)。
大きめに打てば何の事はないけれど、打ち下しで海風が吹き抜け、当時の高い糸巻きボールでグリーンを狙うのはスリルがあっただろうなあ...それと、グリーンに向かう吊り橋が実に楽しい。
7番「OHTANI'S SMILE」
6番のグリーン横から、谷越えの打ち上げ...頂上を越さなければ、谷ぎりぎりまで落ちて来る。
飛距離のない爺さん達が、パーシモンの時代にここを越えるのは至難の業だったろう...頂上を越えられないで戻って来るボールを見つめるゴルファーを、ニヤリと笑う大谷光明の顔が浮かぶ。
頂上を越えればなんて事無いホール。
8番「OCHUDO-MAWARI」
まあ、これが栃木や群馬の山奥のホールなら「とんでもない山岳コースだ」なんて、不満と愚痴タラタラのホールになるんだろうね。
普通のドライバーだと上り坂の途中に突き刺さる...越えると右に流されて行く。
左の山に引っかかるとカートじゃなければ、足がつる。
9番「TOKAIDO」
もう慣れて来て、ああ普通のホールだ、なんて安心するホール。
10番「TERRACE」
昼食をとった後、おおらかに打って行くやや打ち上げホール...9番10番と大人しいホールが続く。
11番「LINKS LAND」
木々の間を通り過ぎると、そこにリンクス風のグリーンがある。
意外と目が強くてグリーンで苦労した。
12番「NORTH COL」
正面に見える急斜面の上にグリーンがある。このホールの風景は「トリッキー」と酷評される某山岳コースとそっくり。
この2打目はグリーンに届かなければ遥か左下まで落ちてくる...その打ち上げは半端無い。
普通の山岳コースとの一番の違いは、グリーンに乗るといきなり開ける青い海...振り返ると登って来たホールの向こうに電車の鉄橋...
13番「VENI VIDI VICI」
なんじゃそれは? という前に、超打ち下しのホールの姿に感動する。
ホールの先に青い海と大島が見え、このコース一番の絶景!
...よくこんなホールを造ったなあ...遊び心と悪戯心が満載の大人子供の遊園地だよ、これは。
「来た!」「見た!」「勝った!」だって?...確かにバーディーはとったけど。
14番「TWIN」
打ち上げショート...何の意味だ?
15番「HODOGAYA」
これまた「保土ヶ谷」なんだか知らないが、よくわからない。
ただコースは極端に右下がりで傾斜していて、かなり左に打ってもボールはみんな170〜80ヤード程の右下に行ってしまう。セカンドもグリーン左に打って行かないと恐ろしく右下まで転がって落ちる...次のホールが「地獄谷」だそうだが、こちらの方がそんな感じがしてスリル満点。
16番「JIGOKUDANI」
ちっとも地獄谷を感じないが、以前は今の竹が生えてる部分までボールが落ちやすい傾斜だったとか。
17番「CHAMPS-ELYSEES」
フェウェイに凄いうねりのあるパー5。
頂上を辿って行かなければ、ボールは100ヤードも戻って谷底に落ちる。
やむを得ず2オン狙った方が安全なくらい...カートに迎えに来てもらわなければ谷底から上るだけでエネルギーは尽きる。
18番「W&D」
見えるところの向こうは谷がある。
セカンドも届かなければ谷に落ちる。
ここを終えると、ワイフと一杯が待っている。
今ならワイフを放っておいて遊んでいたら、角を出した鬼と一杯飲む事になるんだろうなあ。

帰り道に、昔の馬小屋がまだ用具置き場として残っている。
昔、ここで遊ぶ男達にとって、ここは千変万化する遊園地だったんだろう。
そんな男達は普段は関東の平地にある、なだらかな地形のいわゆる名門コースでプレーしていたはず。
それが夫婦や同好の士と川奈ホテルにやって来て、休暇にリゾートのゴルフ...ストロークプレーでは敵わなくても、こんな変化のあるコースでのマッチプレーなら運や遊び心でいい勝負が出来た事だろう。

そして、このコースでのプレーは沢山の好プレー珍プレーを生んで、間違いなく最上の酒の肴になったはず。
そう、ここはダイナミックなスケールの悲鳴だけのジェットコースターじゃなくて、浅草の古いジェットコースターの笑いと悲鳴と愚痴と諦めに溢れた大人の遊園地。
いろんなミスを笑い飛ばせる、痩せ我慢が楽しい遊園地。

どちらかと言えば、こっちのコースで糸巻きにパーシモンでプレー、が好きだなあ。

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川奈ゴルフコース 富士コース (旅ゴルフ一日目)

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川奈ゴルフコースというのは、自分にとって凄く複雑な気分になるコースだった。
「歴史あるリゾートコース」「一度は行った方が良い『日本ゴルフの古き良き時代』を感じさせる名コース」「ブルドーザーなどがない時代に、人力モッコで作り上げたコース」「アリソンバンカーで有名なC・H・アリソンと大谷光明氏の設計のコース」「1928年からの歴史が凄い」..等々の評判が知れ渡っている。

私もゴルフの仕事を始め、ゴルフのプレーを楽しむようになってからよく名前を聞いたゴルフ場だった。
しかし、その全ての評判も「川奈ホテルに泊まらなければプレー出来ない」「川奈ホテルは高級なホテルで一泊+プレーフィーで10万近くの費用がかかる」と言う情報と共に、自分には縁のないものと考えるしかないコースとなった。

それが倒産等を経て、今なんとかプレー出来るようにはなったんだけど...

このコースのエピソードの一つに、「東急が伊豆急を通す時に、川奈ホテルを駅前に造らないかという誘いに対して、うちは電車で来るような客を対象にはしたくないので、と断った」というものがある。
1928年に出来た当時、車を使ってゴルフをする事が出来たのは、いわゆる裕福な上流階級・貴族階級・財閥関係の人...それがどのくらいの数いたのか知らないが、ごくごく少数の裕福な人だけを対象とするコースとしてずっと存在していたのは間違いない。
そんな時代私の先祖は、多分関東地方の田舎で田んぼを耕していて、ゴルフのゴの字も縁が無かったはず。

コースの古い歴史も、ゴルフ場のエピソードも、興味はあってもそれは自分とは本来関係ないもので、そんな所縁の場所で遊ぶ事にはどこか「場違い」であり「居心地の悪さ」を感じるのは私だけだろうか?

さて、それでも一日目は富士コース....ここは基本「歩き」で「キャディー付き」のラウンド。
1番ホールに行くと、驚くようなうち下しのホールに愕然とする。
ただし、ティーグランドに行くと打ち下しのフェアウェイの向こうに真っ青な太平洋が広がっている!
悪いけど、このバックの青い美しい海がなければ、もし後ろが関東の低山の連なりだったら...関東の奥のトリッキーな山岳コースと変わらない。
ただし、フェアウェイは広く、OBは極端に少ない。
グリーンはコーライの11フィート...カチンカチンに硬くなったコーライグリーンじゃないのに妙に転がって止まらない。

アウトの9ホール...今年初打ちであり、手術後初のラウンドだったので、左手はコックで動かないようにがっちりテーピングして固め、クラブは短く持って謙虚にフェアウェイの広い方向を狙う。
ドライバーもアイアンも飛距離は出ないが酷いミスもなく、ハーフを終わって短いバーディーパットを3パットとかのグリーン上でのミスがあったり、コントロールして優しく打った4wが引っかかってOBになったりで43。
文句無いが...正直距離はあまりないので、面白くもない。
それより、考えたより遥かに凄いアップダウンの為に、ティーグランドからの急坂を下りる度にこの日用に久しぶりに履いた革靴の中の指が悲鳴を上げる...ハーフで小指や薬指などの第2関節の皮が剥け、ついには親指の母指丘がぺろりと大きく剥けてしまい、歩くのに痛くてビッコを引く始末。
やむを得ず、テーピング用のテープなどを使って指と母指丘をぐるぐる巻き、なんとかトレッキングを続けられるようにする。

インに入って、名物の燈台のある11番のパー5をパーで過ぎると、だんだん我慢出来なくなって来た。
...安全にフェアウェイに打って行って、スコアを作っても面白くない...
15番の絶景の打ち下しのパー5に行くと、もう我慢出来なくなった。
海に落としたって、それが気持ち良ければ良いじゃない...安全に右に打てば何の問題もないけれど、海ぎりぎりに打って行ってもっと攻めたい・遊びたい...左手首は固定されているし、足はマメとテーピングでよくわからん状態になっているけど、ホールと遊ぶ事がしたい。
ティーショットはギャンブル成功、セカンドで左の海、上がって初のトリだけど気持ちが良い。
16番の名物ショートも、「謙虚に軽くのFW」なんて使わずに3アイアンでスライス打つつもりが、手首が固定されていたので左に当たり損ね...下からフェースを開いて打てないのでミス...なんだかんだでトリ...結局、インは50くらい打ったけど..満足。
左手首は、痛めずに済んで問題無し...足裏もテーピングした後は痛いだけで済んだ。

海が奇麗だった。
これが川奈の富士コースなんだな、という感想。
両足が筋肉痛で、風呂に入るのに両足裏のマメが痛いのと、左手首のテーピングを剥がすのに一苦労。

暖かく晴れて、微風...川奈には珍しい好天だったとキャディーさんも話していた。
(この日、みずお氏と一緒ならパーシモンに糸巻のつもりだったけど、夫婦二人のツーサムで初打ちラウンドという事もあって普通のチタンヘッドドライバーにツーピースボールでのラウンドだった。)

この後はホテルで食事、そして宴会...次回。

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大人の遠足  最終章

Bu1503073月5日・6日と、かの有名な川奈ゴルフゴルフコースに1泊2プレーの旅に行って来た。

これは病を公表して、それと「断固戦う!」と宣言したあぶらげさんを中心に、一緒に遊ぼうという事で集まった8人が、「遠くても絶対回ってみたいコース」を「絶対に回ってやる」ということで発足した「大人の遠足」の、3年目の遠足だった。
メンバーは、最初はあぶらげさんのブログでのコメントが切っ掛けで、あぶらげさん・ホワイトタイガー54さん・風太さん・それに私が一緒にラウンドして知り合い、それにWT54さんの友人のメイプルさんが加わり、私とWT54さんと共に飲み会をしていたみずおさんが加わり、そこにあぶらげさんのご主人のおいちゃんが加わリ、うちの奥さんが加わり、での8人。

初めにあぶらげさんが自身の病を公表した2013年には既にステージ4とか言う事で、そういう事に詳しいホワイトタイガー54さんも、春の宴会で決まった秋のボナリまで持つだろうかと心配する程だった。
しかしそれからのあぶらげさんは、おいちゃんと共に気迫での闘病生活を続けて、その年の秋のボナリどころか、2014年の春の小名浜シーサイドとサットンの遠足も元気に楽しみ、その秋の彼女がメインで幹事をしていた巨大コンペまで(それも二日間)やり遂げてしまった。

「どうなるんだろうか...」、と心配していた「大人の遠足」のメンバーの面々も、「これなら上手くやれば治らないまでも病と共存して、ずっと彼女らしくゴルフを楽しめるんじゃないか?」なんて思うようになっていた。
そしてそんな彼女のパワーの源が「憧れのコースでの楽しいプレーの予定」なんじゃないか、とメンバーは考えた...そこで昨年秋から暮れの飲み会でWT54さんと、みずおさん、私の3人で「次は川奈に行こう」と方向を決めた。
川奈には10回以上行っていると言うみずおさんが、「春3月初めの川奈は河津桜が咲いて非常に美しい」と色々とつてを頼ってリーズナブルな値段で楽しめる予定を組んでくれた。
もし、あぶらげさんの症状が悪くなっても、車椅子ででも川奈に連れて行ってホテルのテラスから自分達のプレーを見たり、海の光景を見たり、桜を見て楽しめればいい、とみずおさんが言う...いやいや、そんな予定が決まれば、彼女は気合いと根性で身体をプレー出来るように持って行くさ、なんて俺が言い...実際に彼女は「次の川奈、楽しみにしています」なんて書いていたし。

正月の突然の知らせは、そんな思いを打ち砕くものだった。
...しかし昨年暮れのみずおさんやWT54さんとの話し合いで、もし何かあったとしても、せめて我々だけでもこの川奈に行って、彼女と一緒の「大人の遠足」を楽しむという方向で意見がまとまっていた。


今回の「大人の遠足」参加者は、ホワイトタイガー54さん、メイプルさん、みずおさん、それに我々夫婦の5人。
ツーサムとスリーサムに別れて、それぞれにあぶらげさんが入って...

一日目は日本晴れの富士コースをWT54、メイプル.みずおのスリーサムが1組目、2組目は我々夫婦。
写真は何番ホールだったか...先行する、みずお・WT54・メイプルさんが海へ向かって歩いて行く...一緒にあぶらげさんも歩いているのが見えるだろうか?
この日は殆ど風もない、海も空も桜も穏やかで奇麗な、川奈では滅多にない一日だったとか。
天気の崩れが心配された2日目も、風は川奈らしく強く吹いたが天気は晴れ間が出る一日で海もよく見え、川奈ゴルフコース大島コースの「らしさ」を十分に楽しめた。
ホテルの夜の宴会も、本当に楽しい時間だった...あぶらげさんも、腹を抱えて涙を流して笑い転げた事だろう...あぶらげさんの席だってあったし。


そして、この川奈のラウンドで、この「大人の遠足」は解散で皆が合意した。
元々あぶらげさんが中心にいてこその「大人の遠足」だったから、この二日間は皆がラウンドしながら彼女に別れを言った時間だったのかもしれない。


川奈ゴルフコースでのゴルフは、それこそ書き切れないくらいのいろんな事を感じたゴルフだったので、明日以降数回にわけてこのブログに書いて行くつもり。

そう、今になってこのゴルフの感想は...「まるで、浅草の花屋敷の、あのジェットコースターに乗って楽しんだみたいだなあ」。


その理由は...次回。

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出発

Bu150304出発は今夜、もちろんゴルフプレー自体の楽しみよりも強いかもしれない「ゴルフ前夜の車中泊と一人宴会」を楽しむ為に。
近くの道の駅でのゴルフ前夜の時間というのは、まるで遠足前夜の小学生のように心躍る時間...もし車中泊出来る車をお持ちの方であるならば、是非お勧めしたい「ゴルフの楽しみ」の一つ。
一寸したゴル関係の本など持って行き、コンビニ何ぞで仕入れた摘みを肴に軽く一杯...それは、仕事からも世間の面倒な付き合いからも離れた、贅沢な時間だと自分は思う。
明日のゴルフのプレーを考えるも良し、昔別れたあの人の事を考えるも良し、腹が出てあちこち痛んで思うようにならない身体を嘆くも良し、「世が世であればオレだって」なんて思うだけ無駄な事を怒ったってかまわない。
ストレスが溜まったんだの、なんでオレばかりだの、なんで判ってくれないだの....そんな事、「どうせ人生そんなもんじゃない」なんて、ゴルフをやってりゃ判るだろ...ってなもんだし。

世間を生きてく間に汚された、文句や不満や愚痴や嫉妬が酒に流されて消えて行けば、あとはやられてもやられても何故か何時も夢を見ながら戦いに出かける「ただの」ヘボゴルファーに変身出来る。
スタートホールじゃ誰だって「無垢の自分」でスタート出来るんだから、それからどうなるかは全く全くお前次第。
なあ、人生に疲れているって思っているあんた...なんであんたはほぼ99%ズダボロになってしまうのが判っているのに、また懲りずにコースに来るんだい?
「そんなに辛い顔で帰って来るんなら、ゴルフなんてヤメてしまえばいいのに」なんて、誰かが書いていたっけ。
それでも再びまた、夢を持ってコースに行く元気があるんなら、人生だってまだまだ捨てたもんじゃない? とも誰かが書いていたっけ...

「名門」とはいうけれど...この川奈ゴルフコースというのは、以前は川奈ホテルが経営しており、基本的に川奈ホテルに泊まらなければプレーは出来なかった。
歴史は古いがホテルに泊まりさえすれば誰でもプレーは出来る...そういう意味では一般のゴルファーにも門戸は開かれていたのだが...宿泊費とプレー代を合わせるとほぼ10万になるという事で私のような貧乏人にはとてもプレー出来るようなコースではなかった。
そういう意味で、ここは昔から金持ち専用のリゾートコースであり、敷居は非常に高かった。
それが川奈ホテルが倒産した後、色々と経営がかわり、今は西武グループの経営でパブリックコースとして運営されている。
そのため、大島コースはホテルに泊まらなくてもプレー出来るようになり、プレーフィーも以前と比べるとかなり安くはなっている。
とは言っても、他のコースに比べれば相当高額なんだけど。

今回はあぶらげさんとの「大人の遠足」として、このコースに所縁のある方にかなりリーズナブルな値段でプレー出来るように交渉してもらい、一泊2ラウンドを実現する事になった。
このコースが殆どの「普通の」ゴルファーにとって(高額故に)一生一度になるのと同じ...我々夫婦にも一生一度のラウンドになるはず。

そのかわり、このコースの歴史と佇まい、ロケーションと特異な世界は十分に満喫したいところ。
天気が良ければ、海も富士山も、そして今が盛り河津桜も、もう滅多に経験する事が無くなった「クセのある良い状態のコーライグリーン」も、忘れられない想い出になるだろう。

そして、本来この旅の中心にいて、なによりもゴルフに情熱を燃やしていたあぶらげさんの思いも、この二日間一緒にプレーするはずだ。

夕飯を食べてから、ゆっくり車中泊の地に出発する。

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ラウンド準備

Bu150303昨日夕方、1時間打ちっ放しで200球程打って来た。
打つと言っても、アプローチや100ヤード以内のハーフショットもそれなりに打ったので、実質八分スイングでは150球くらい。

中で10球程色々なクラブで八分以上のスイングもした。
実際のラウンドともなるとバンカーやラフから打つ事も多くなるので、そういうケース用の少し力を入れたスイングだった。
流石に強く打てばそれなりに手首に衝撃が来るので、テープで固定した左手首はなるべく動かさないつもりのスイングを意識した...つまり、左手は完全なウィークにして、右手はいろいろと握り変えて球筋の違いと、スイングプレーンの変化でどうそれが変わるかをチェック。
まあ、普通に打てば余程手首を返して行かない限りスライスボールになる。
意識してインから下ろして行くと、なんとかフェアウェイに残りそうなスライスになるので、このボールで行こうかと思う。
ただし、インからうまく下ろせないと右に消えて行くスライス・・・コースボールだとどのくらいの曲がりになるか、ちょっと見当がつかない。
川奈名物のラフがどのくらい強いのか...ショットには、アプローチにはどのくらい影響するのか?
手首がこんな事になっていなけりゃ、距離は短いだけに「イケイケ」のゴルフをしようとするばかりで、こんな風にコースと仲良くしようなんて考えなかっただろうなあ。
身体を痛めたおかげで、今までよりもずっと深くコースとその歴史を楽しめそうだ...実に有り難い。

そして、夜...やはり手首が普段よりも熱を持って、少し腫れて来た。
しかし、疼痛はあるもののギクッとしたりズキンとするような痛みはなく、「冷やすと気持ちいい」程度の腫れと傷口のピリピリするような痛痒さがある程度。

今日は昼前に手術をしてくれた外科医に診断してもらい、入念にチェック。
「無理をしなければ」まあ大丈夫だろうという事で、5日6日のラウンドはお許しが出た。
ただ、痛めた時の激痛の記憶があるので左グリップをウィークにしている(以前のようにフックに握ると手首が痛むような気がする)のだが、手術が上手く行ったので以前のようなグリップでも痛みは出ないはずだと言われる。
急に激しくやって痛み出しては元も子もないが、「徐々にやれば以前のようなグリップでも大丈夫なんじゃないか?」との言葉に、もう以前のようなグリップで同じ様なゴルフをやりたくない自分がいるのに気がつく。
今のところ(ラウンドして試していないので)上手く行くかどうかは判らないウィークグリップだが、「このグリップならスイングが劇的に変化するのではないか?」という事を、本当に面白がっている(期待している?)。
つまり、「このグリップの方がパーシモンドライバーとクラシックアイアンにあっているかも?」という感触は、ならばこれで「残り少ない自分のゴルフライフで、また違う楽しみを見つけられるかも?」って事になり、このやむを得ない変化を(痛い思いはしたけれど)「変態ゴルファーらしく」それなりに楽しんでいるって訳。


天気は良いようだ...まあ、鉄板晴れ女のWT54さんがいるし、あぶらげさんも一緒だから雨になるはずない、ってことだ。

花粉はいよいよ酷くなって来た。
それなのに、今年は何処のドラグストアに行ってもここ数年愛用していた「鼻マスク」が売ってない!
もういくつもの店を探したけれど、何処にも置いていない...どころか入荷していない、と言う。
普通のマスクじゃゴルフやり難いので、あれが丁度便利だったんだけどなあ。
評判が悪かったのか、あまり売れなかったのか。

まだ数個去年の残りがあるので川奈ではそれを使うつもりだけれど、これっきりもう手に入らなかったら、川奈の後は花粉シーズンが終わるまでゴルフはお休みになるだろうなあ。
明日夜には出発する為、今から今年初打ち・初ラウンドの準備は始めておこう。

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春の旅

Bu150302_22月も「あっ!」という間に終わってしまって、確かめてみればもう3月。

春のイメージがあちこちから顔を出し始めると同時に、最悪の花粉が辺りを覆い始めやがった。
目の症状は眼科で貰った目薬で、その度に押さえ込める様になったけど...ついに今朝はくしゃみが連発し始めた。
どうにもならない時は鼻炎用の薬を飲むが、その前に鼻マスクを用意してとりあえずの防御態勢をとらないと...。

今日は2日...5日6日と出かける川奈への旅の準備を始める。
多分これは川奈で遊ぶ一生一度のゴルフだから、悔いの無いように今出来る万全の調子に仕上げる。
手首の調子は、やはり以前と同じ様なスイングは全く出来ないけれど...これは、考えようによってはスイング改造の大チャンス。
以前のスイングが「良いスイングだ」なんて自分でも全然思っていなかったんだから、そんなスイングが物理的に出来なくなるなんてかえって有り難いくらい。
ゴルフを始めて5年くらいの時のスイングは最近のとは全然違うものだったし、ついこの間までのスイングはともかく力を入れてぶっ飛ばしたいだけのスイングだった...今はともかく手首を痛めないように、ウィークグリップで最大で八分のスイング...ボールをフェースの芯で打ち抜く事に集中して優しく振り抜こうとしている。
練習場ではまだまだ思い通りには打てないが、とりあえずはボールを打って楽しめる程度には回復して来た。
大島と富士を回る二日間のゴルフだから、無理はしない・謙虚に徹する・ともかくそこでプレー出来る事を楽しむ...それが目標。
ゴルフを始めて31〜32年程...あと何ラウンド出来るか判らない年齢になって、うちの奥さんと二人で川奈のラウンドを楽しめる事...これは、結婚41周年を過ぎた旧婚記念旅行のようなものだと感じている。

さて川奈のラウンドでのこだわりは、どちらか、あるいは両方でパーシモンに糸巻きボールのラウンドをする事。
しかし、そうなると惜しいのがアイアン...MOIマッチングしてもらったのはヤフーで落としたミズノのMP32とMP60の組み合わせアイアン。
...ああ、難しいとは言え黒トップをMOIマッチングして貰えば良かった(黒トップをお願いしなかったのは、難しい為と言うより、あのバカバカしい溝規制の為に諦めた部分が大きい)。
まあ、これは持って行って手首の様子を見ながら使うかどうか判断する...歴史を楽しむコースで遊ぶなら、道具もそれに見合うものを使って自分なりにもっと濃く遊びたいんだよなあ(笑)。
だから、靴も昔のフットジョイの革靴にスパイクを変えたもの(以前記事にした)を履く。
...ただ、手首の調子によっては、衝撃の少ない現代兵器を使う事もありとはしておく。


本来なら一緒に遊ぶはずだったあぶらげさんは参加出来ないけれど、プレーの都度都度にきっと彼女がプレーしている姿は目に浮かぶはずだ。

今日の午後には、練習場で150〜200球を色々と打ってみる。
その結果は明日整形外科の医者に行ってチェックしてもらい、水曜の夜に旅に出発する。

川津桜が咲き誇っている様子がニュースで流れていた。
時は春、なんだよなあ。

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