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2016年10月 5日 (水)

ケセラセラ... (2015年5月11日)

Bu150511_3土曜日に一つ違いの従兄弟の通夜があった。
父方の従兄弟...一つ年下で、関東北部のある街のかっての「名家」を受け継いだ長男だった。
名家と言っても、その家が隆盛を誇ったのは曾祖父の代迄だった。
...遥か以前は、あるJRの駅の駅前から200メートル以上続く塀を持った豪邸の主であり、その土地の実力者であり、庄屋として二宮尊徳を世話したりした記録が残る土地の文化・歴史の保護者でもあった。
本当かどうかは知らないが、家系図やら伝説が残り数百年続く家柄とか言われていたが...現実は、興隆させた当主の代からの三代目、彼の祖父の代にそのことごとくを潰し果たしてしまった家だった。
祖父は死ぬ迄一度も働かずに、広大な土地を切り売りして遊びの限りを尽くし、殆ど全てを無くした後に女の家で脳溢血で死んだといわれている。
従兄弟はその孫として生まれたが、その父の代に残ったものは巨大な廃墟のような本家の家のみ。
二抱え以上もある大黒柱に巨大な梁で組み合わされた大きな茅葺きの家は、取り壊すのにも巨額の費用がかかるため、雨漏りを修理するのみで住み続けるしかなかった....その、かっては広大だった庭先も、ぎりぎりの近さまで数十件の家が並び(全て祖父が土地を切り売りしたため)、家に入る進入路も車が入れる幅しかなかった。
その上、彼の両親も急な病で早くに亡くなり、彼と彼の姉とが中学卒業の頃から兄弟7人の面倒を見なければならなかった。
没落した本家の周りには、今でも豪勢な分家の家々があるのだが...本家の生活は、まだ若い頃から彼が必死に働いてなんとか支えていた。
私の父親は彼の叔父に当たる事から、実質かなり金銭的にも彼等を援助していたが、本家の家を再建するには遥かに足りなかった。
年が近い事から何度か彼とは話をしていたが、一度没落した家を元通りにすると言うのは現実問題として不可能に近く、彼にはただ自分達の生活を懸命に維持する事しか出来なかった。

元々身体が強い訳でもなかった彼だが、ちゃんと弟5人の面倒を父親代わりにみて、見事に育て上げた。
殆ど肉体労働で厳しい仕事をしていた彼は、近年身体を壊し病気がちだったとは聞いていたが、すぐに命に関わるような病ではないとも聞いていた。
真面目で大人しい男だった。
優しい男で、声を荒げるような事はきわめて稀であったと言うし、他人とのケンカも聞いた事はなかった。

人がどんな環境に生まれるかは自分では選べない。
その人の人生がどうであったか、幸せだったか不幸だったのか、本人以外には判断しようがない。
...しかし、行ってしまった男の表情は、実に静かで優しげに微笑んでいた。

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