ゴルフ名言かってに解釈

2015年4月15日 (水)

からだを使うな! 頭を使え!

Bu150316先日の川奈遠足で、左手首の保護の為にがっちりテーピングしてラウンドした。
おかげで、改めて自分が「昭和のゴルファー」なんだという事を実感してしまった。

昭和のゴルファーと言っても、自分は最後の6〜7年くらいをプレーしただけで、その後の平成の時代をゴルフした時間の方がずっと長いんだけど...その6〜7年が一番熱中していたし、競技ゴルフを懸命にやっていたし、おまけに仕事でプロやトップアマと一緒にラウンドする機会が多かったので、その経験や体験が自分のゴルフの柱となってしまったようだ。
その時代はパーシモンに糸巻きボール時代の終わりの時期であったけど、それは同時にパーシモンヘッドのウッドとマッスルバックアイアンやフラットバックアイアンに糸巻きボールの組み合わせのゴルフが、一番熟成された時期でもあったと思う。
その時代のプロは、遠くから見ても一目で誰か分かるような個性的なスイングの持ち主が多く、またそれぞれが得意な技を持っている人が多かった。
そしてそれぞれ独自の理論を語る(でも、よく聞くとスイングの根底は理にかなっていた)語り口は面白く、一見珍妙とも見える技が実は誰にでも出来るシンプルで合理的な打ち方だったりする、レッスン名人が多くいた。

そんな昭和のゴルフのレッスン名人でもあり、代表的業師の一人がこの佐藤精一。
小兵で非力ながら、日本オープンや日本プロに勝った強豪であり、プレーの速さから「早打ちマック」の異名を取リ、その多彩な技は定評があった。
彼のボソッ、ボソッと呟く言葉は、どれをとっても我々の役に立つ名言になるような粋な言葉で、いわば歩くゴルフ名言製造機みたいな存在だ。


今回、手首を固定して動かせなくしてみると、シンプルに打つティーショット以外で自分の望む球筋のボールを殆ど打てなくなっていたことに気がついた。
特にアプローチやバンカーショットやグリーンを狙う「曲げるショット」が打てない。
これは
「仕事をするのはクラブヘッドだ」
「みんな身体を動かそう動かそうとしてるけど、クラブヘッドを動かすのを忘れてる」
「からだはいいんだ、頭(クラブヘッド)を使うんだよ」
なんて彼が言っていた言葉が気に入って、ともかく「ボールに当たる周辺のヘッドの動き」を重要視して作り上げた自分のスイングが、左手首をガッチリ固定されると手も足も出なくなるスイングである事をしみじみ思い知らされた(笑)。
...そうか、やっぱり俺は「昭和のゴルファー」ってことか...そこでこう感じた訳。
ここで俺の言う「昭和のゴルフ」ってのは、手首を柔らかく使って右に左に上に下にボールに悪戯する変態スイングする人のことで、昭和の時代も「立派なゴルファー」はみんなカッコイイシンプルなボディーターンスイングをしていたので、お間違いの無いように。

...それで、この前の川奈では、足りない頭で考えた。
ティーショットは、現代兵器だとともかく真っすぐのイメージでリストを使わずに大人しく打てば問題はない(つまんないけど)。
アイアンは、フックはフックに構えてフェースをかぶせて大人しく打てばフックする(面白くないけど)。
ところがスライスが上手く打てない...スライスに構えてフェースを開いても、上手く曲らずにボールが上がって飛距離が出ないで、弱々しくスライスするだけ。

まあ、これはいい。
困ったのがバンカーショット...ハンドファーストで当たるように固定していたので、ヘッドを先に行かせられない...つまりバウンスが使えずボールに直接当たりやすいし、アリソンバンカーを越える高さが出せない。
で、昭和の(変態)ゴルファーは考えた...左手のグリップの為にヘッドが行かないんだから、インパクトで左手のグリップの小指と薬指と中指を緩めりゃいい...インパクトで左手のグリップを親指と人差し指で摘むだけにしたらヘッドが走り、以後のアリソンバンカーは全て一発で出ておまけにピンに寄った(もちろんパットは入らなかったれど)。
アプローチもそう...左手のグリップを緩めなければ寄らない...って、どれだけ俺は普段から手首使ってたんだろう。

ティーショットは、二日目にパーシモンに変えてから球筋がある程度上手く打ち分けられた...つまり、スライスならヒールで、フックならトウで、で打つようにするとフック・スライスが打ち分けられた...今思うと、パーシモンって本当に偉大だったんだよなあ...

パーシモンに糸巻きボールでプレーすると、頭に浮かぶのは早打ちマックのピリッと香辛料の聞いた言葉達...それとあの林由郎の、酒場で隣のおっさんに話しかけられたような田舎訛りたっぷりの、噛めば噛む程味のある言葉達。


そうだよな、昭和のゴルフでなにが悪い。
球打ち遊びにゃ、オレ達の昭和のゴルフのが最強さ...本人が楽しむだけならね(笑)。

ああ、昭和の変態ゴルフ、万々歳!



...ってか(笑)。

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2014年9月 5日 (金)

クラブがインパクトゾーンにある間...

Bu140804「クラブがインパクトゾーンにある間、顔の左側面が動かなければ競技ゴルファーになれる」...ベン・ホーガン。
ベン・ホーガンは、ツアー64勝・メジャー9勝のゴルフ史上に残る大選手。
「謹厳」・「厳格」・「生真面目」・「実直」などの評価の他に「冷酷」・「酷薄」「人嫌い」などの評価も残る。
スイングのメカニックを追求して、スイング理論の定番として現代にも評価される「モダンゴルフ」を残す。

さて、この言葉...要するに昔から伝わる「ステイ ビハインド ザ ボール」を判りやすく言った言葉だが...近年デビッド・デュバルやアニカ・ソレンスタムの「あっち向いてホイ」打法が一時代を作った事で、余り言われる事が少なくなった。
しかし、現代のボールストライカーとして評価される様なプロは、例外無くインパクト時に顔の左側は動いていない。
結局左側を動かしても正確なボールを打てたのは、全盛期のデュバルとソレンスタム以外にはいないのだから、彼等のスイングが特殊なものだったという事だろう。
むしろ最近活躍しているプロを見ていると、昔よりかえって頭を動かさずにスイングする人が多くなったように見える。
年をとってもレギュラーで活躍しているヒメネスの様に、スイング中頭が微動もしないゴルファーの方が長持ちする様な気がする程だ。
(余談だけど...今のプロゴルファーで、一番頭が動くのはタイガー・ウッズだと思う(上下動だけど)。)

パーシモンの時代には、少し年をとって飛ばなくなると回転の力だけでは弱いと感じて、身体を揺さぶりながら打つスイングの人が多くなった。
パーシモンヘッドに鉄のシャフトでは、そうでもしないと本当に飛ばなかったのだ。
それがヘッドの素材がかわり、シャフトにバリエーションが増え、年寄りも道具の力に助けられて若い人にそれほど飛距離で負ける事が無いようになって来た。
そうなると、身体を揺さぶったり腕力を無理に使わずに、インパクトゾーンでステイビハインドザボールが出来ていればきちんとボールとヘッドをミート出来て、パーシモン時代よりずっと飛ぶようになった。
結局「ステイビハインドザボール」は、今も昔もゴルフスイングの一番のポイントでありツボでありコツなのだ。

ただし、打った後でいつまでも意識的に頭を(顔の左側面を)残そうとしすぎると、軽い「鞭打ち症」になる可能性が高いので要注意。
特に思い切り振った時なんて、絶対に頭を残し過ぎちゃいけない。
あくまでも「インパクトゾーンの間」だけだ。
右肩がアゴに触ったら、もう頭を動かしても大丈夫だから。

...このベン・ホーガンの「モダンゴルフ」を自分のゴルフスイングのバイブルとする人は、プロ・アマ問わず非常に多い。
しかし、気をつけて欲しいのはこの本の基本は「酷いフックを打たないスイングの方法」にある事だ。
この本は「完璧主義者」とも「完全主義者」ともいわれた生来のフック打ちのホーガンが、「いかにして完璧なフェードボールを打てるようなったか」を書いた本なのだ。
勿論基本的なスイング理論は間違ってはいない...どころか、今の時代のスイング理論の基本になっていると言える。
しかし、この本はほとんどのスライサーにとっては、あまり役に立たないし危険でもある。
多くのプロやレッスンプロが本当に上手くはスライスに悩む素人ゴルファーを救う事が出来ないのは、彼等がゴルフを始めたのが子供の頃なので「一度もスライスを打った事が無い」からなのだ。
だから彼等はここ一番で出るコントロール出来ないフックに悩む事があっても、右の池を怖がるスライサーの気持ちは判らない。
ベン・ホーガンも同じ。
彼にとって生涯の問題は、危険なフックから安全なフェードへのスイング改造だった...と言う事を前提に「モダンゴルフ」は読まなくてはいけない。

しかし...私のように右にも左にも曲る「ワイパーショット」を打つ人は、頭の構造か性格の捻れがボールの球筋に出てると言う事で...つける薬は無い。

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2014年8月 7日 (木)

最後のパットまで...

Bu140714「最後のパットまでベストを尽くすことが出来ない人を、私は軽蔑する。」...ボビー・ジョーンズ。
ボビー・ジョーンズは、あのマスターズの開催を始めたことで知られるゴルフ史上の人物。
「球聖」と呼ばれ、プレーの技術やマナーに於いて「ゴルファーの鑑」となる人物として知られている。
しかしこのボビー・ジョーンズでさえ、若い頃は上手く行かない時にはクラブを投げたり、試合を投げたりしたことがあったことは余り知られていない。
短気でマナーの悪さを指摘されたりした若き時代の後、「パーおじさんを発見した」という言葉が知られる辺りから「よきゴルファー」の見本と言われる様になっていった。
だからこれは、自分に対する自戒の言葉だとも言えるんじゃないかと思う。

覚えは誰にでもあるはずだ。
一生懸命練習して、かなり自信も持って望んだラウンド....朝から高揚した気分で、明るい希望に満ちたスタート...
ところがあれほどの時間と労力をかけた練習の成果が出ない。
それどころかやることなすこと裏目に出てしまって、それ以前のゴルフにだって出なかった様なミスが出る。
ラッキーなんて言葉の出る幕は全く無く、アンラッキーばかりが自分に襲いかかる。
「あれほど練習したのに」「あんなに気をつけていたのに」「なんでこんなに...」、そんな言葉が頭の中をぐるぐる回る。

そうしてラウンドの半ば程で、積み重なるミスの重さに耐えかねて悪魔の自分が顔を出す。
「ふざけんなよ!」「やってられねえよ!」「オレには才能なんてものがないんだ!」「練習なんかしなけりゃよかった」....
集中力は無くなり、不満と愚痴ばかりが口から出て今まで練習したことを無視するようにいい加減にボールを打って、早くラウンドを終えようとする。
コースから逃げるように帰って行って、「もう二度とゴルフなんてやるものか」とさえ思う。
...本当にゴルフをやめるなら、それでもいい。
道具を売っぱらうなり捨てるなりして、ゴルフをやめるのもひとつの正しい選択だ。

しかしどんなに時間をおいたとしても、またゴルフを続ける可能性があるなら、これは絶対にやっちゃダメなこと。
後にゴルファーとしての恥ずかしい記憶が強く残ってしまうから。
自分もそう...帰りにパターを河に投げ捨てたり、クラブをへし折ったり....みっともなく恥ずかしい思いが沢山ある。

そして、例えばやめるまで行かなくてもコンペなんかで体験すること。
それは途中で大叩きしたりして、もう優勝とかライバルに勝つなんて可能性は無くなったと思い込んで、投げやりになったり、マゾヒスティックに無茶したり、「起死回生のショット」ばかりを選んだりして更に崩れてコンペを終える....すると、あら不思議....優勝やら、ライバルに勝つやらには、何とたった1打足りなかったりする!
「ああ、あの時にバカな攻め方をしてなければ」「あそこで切れずに慎重にプレーしてれば」「あの最後のパットをお先にしないでちゃんと入れてれば」....
そんなことは皆経験しているだろう?

こんな時には、こう思うのだ。
「オレが叩いている時には、みんなも叩いている」
「このコースのアンラッキーは強烈だから、きっとみんなにもやってくる。」
「これはオレの修行だ...きっと近くで奇麗な女神さんがオレのやることを笑って見てる。」

まあ、本当は崩れて傷だらけになったとしても、ゴルフをやめない限り...次のラウンドに心弾ませて望みたいなら、ラウンドを投げたり絶対にしないことだ。

「顔で笑って心で泣いて。」
「武士は食わねど高楊枝。」
痩せ我慢出来ないなら、ゴルフなんてやらない。

...そういうことだ。

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いま終わったショットはすぐ忘れ、次のショットに集中せよ

Bu140707「いま終わったショットはすぐに忘れ、次のショットに集中せよ」...ジャック・バーク。
ジャック・バークは1949年から1963年にかけて、米ツアーで20勝した名手。
1956年のマスターズとPGA選手権に勝った。

この言葉もゴルフの経験の長い人程、思い当たる事が多いだろう。
今に伝わるゴルフの格言の中には、やはりこのブログで書いた事がある「悪いショットはすぐに忘れろ、良いショットは繰り返し頭に入れておけ(チャールズ・ムーア)」なんて言葉もあるんだが...
このチャールズ・ムーアの言葉は実に役に立つ言葉だけど、人によってはその「良いショット」が別な不調の元になる事があるからゴルフって奴は難しい。
「良いショット」だけを繰り返し頭に入れておこうと言っても、その良いショットというものが「ある事」をしたからだと思っているといつの間にかそれにこだわり、やり過ぎ、「オーバードゥ」で調子が悪くなってくる。
普通のゴルファーは、漠然と「良いショット」のイメージを持つより、「ここが良かったから良いショットになった」と思ってしまうのだ。
良いショットのイメージをそのまま持ち続ける事もまた、結構難しいものなのだ。

ならば、ジャック・バークの言うように「終わったショット」は、もう自分で何も出来ないのだから良かろうが悪かろうがすぐに忘れ、次の一打...自分が出来るのはそれだけなのだから...に全力を集中するのが一番良いのではなかろうか。

一打の結果が良くても悪くても、ゴルフは「次の一打」から始まるのだ。
もう既に打ってしまった一打は、やり直しも訂正も出来ない。
そんな過去に未来を左右させないで、今生まれたての次の一打を全力で楽しみ味わう。

フェアウェイの奇麗な所からは、目一杯のファインショットの夢を見るのもいいだろう。
ただし、打つ前からピンそばにひっつく様なスーパーショットの甘い夢を見ると...人生と同じように苦い結末が待っている事が殆ど。
程々に謙虚な気分で立ち向かわないと、ゴルフの女神様も振り向いてくれない。

次の一打がトラブルショットなら....喜ぶがいい。
これぞゴルフの醍醐味。
大きな困難、大ピンチと言える状況からの起死回生のショット程、ゴルフが人生同様に高揚させてくれるものはない。
ここは神の助けを考えずに、己の能力を百パーセント使って立ち向かえ。
ベストを尽くした後で、ゴルフの女神に(ラッキーがある事を)静かに祈れ。

もし、何もかもの可能性が見付からず、ただ一打を捨てて横や後ろに出すだけしか出来ないならば、それも人生の修行と思う。
その横に出した事も、スコアの勘定もスッキリ忘れて...(それが修行だ)...次の一打のみに集中する。
集中出来なくても集中する。
もし、それが出来たらスコアはともかくゴルフを楽しめるゴルファーになれた、と自分を褒めていい。

絶対に「次の一打」を、集中せずになげやりに打ってはならない。
わざわざ自分が、「こんな所で」ゴルフをしている理由を思い出せ。
次の一打を楽しみ、それが終わればまた「次の一打」を楽しむ。
同じ「一打」は決して無く、「次の一打」はいつも一期一会の「その時だけ」の「その一度きり」のショット。
100打てば、100回の一期一会のショットを楽しめる。
「次の一打」を100回楽しめる。

こんな遊びは他にない。

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2014年7月 5日 (土)

ぶっ飛ばしたいなら、まず両腕の力を抜け

Bu140623「ぶっ飛ばしたいなら、まず両腕の力を抜け」...ジーン・サラゼン。
ジーン・サラゼンは、1920〜30年代を代表するプロゴルファー。
サンドウェッジの考案者でも知られている。

この言葉、多分聞いたって出来はしないだろう。
ボールをセットして「飛ばしたい」という気持ちになった時、腕やグリップに力を入れるのは当たり前。
ものを投げるにしろ、棒や剣で何かを叩くにしても、そういう気持ちになったら自然に上腕や前腕や握っている手に力は入る。
重いモノを投げたり、重い剣で叩き切ろうなんて思ったら、力を入れなくちゃ狙った所に飛ばしたり叩き込んだり出来ない。
それが人間の本能的な動きで、人間はそうやって生きて来た。

ところがゴルフに関しては、飛ばしたいと思って腕に力を入れてもちっとも飛ばない。
むしろ普段より力を入れた分だけ曲ったり、当たり損ねのミスになる。
普通のアベレージゴルファーが「ここ一番」で飛ばそうとすると、まずグリップに力が入り続いて前腕に力が入り筋肉が硬くなり、肘は外側に向いて、肩の筋肉が盛り上がり肩とグリップを結んだ三角形はガチガチに筋肉で縁取られる。
そしてついでに大胸筋が硬くなって盛り上がり、ちょうどゴリラが胸を張って威嚇する様な姿勢になる。
スイングを始めればトップまでにどんどん力が入って行き、普段のトップの位置まで来たら「ここが勝負!」なんて気持ちになって、更にもう一段トップを深めて力を貯めようと力の漲った両腕が頭の上を舞う。
頭はスエーしたあげくに戻って来てボールを殺気を持って睨みつけ、最大限に力を入れあげた両腕はクラブヘッドを頭の前にまで振り回し、息を止めて集中した気合いは窒息しそうな苦しさの中で「ボールを引っ叩く!」ことだけを思って....あとはそれを解放すればいい...はずなんだけど。

手応えは情け無い程の「外れ」感覚で、ほぼインパクトと同時に自分の口から悲鳴が飛び出すのを感じる。
飛んで行くボールを見つけると(殆どの場合はボールは見失っているはずだけど)、自分の思いとは正反対の方向へ情け無く飛んで行く。

みんな覚えがあるはずだ...当然自分もある(笑)。

原因はなんだろう?
簡単に言えば、ゴルフクラブは軽すぎるし、細すぎるし、長すぎるし、打つ場所が変な位置についていすぎるから。
腕に力を入れることで、軌道が反れ、ブレーキがかかり、スイングのタイミングもリズムも滅茶苦茶になり、自分でも驚く様なトンデモショットになってしまう。
そして運の悪いことに、ごくたまに出会い頭のまぐれ当たりショットで飛んでしまうこともある。
100回打って100回ミスすりゃどんなアホでも間違いに気がつくものなんだけど、100回に1回あり得ない様なミスショットで飛んでしまう...悪い動作と悪いタイミングと悪いリズムが重なって信じられない好結果になることがあるのだ。
ただ、そんなものの再現性は「全く無い」のに。

ところが上級者やプロになると、飛ばしたい時には「クラブヘッドに仕事をさせる」ということが判っている(逆に言えば「クラブヘッドに仕事をさせることが出来た」から、上級者になれたんだろうけど)。
それはどういうことかと言うと、腕力を使わない方が「ヘッドが走る」ことに気がつき、さらにヘッドを走らせる為にはどこをどう使えばいいかを彼等なりにそれぞれ追求して、彼等なりの方法でクラブヘッドを走らせる事が出来る。
それを彼等なりの言葉で言うと、「腰を速く切る」だとか、「右足の蹴り」だとか、「肩のターン」だとか、「ゆるゆるグリップ」だとか、「シャフトを長くする」だとか...
「腕力を鍛える」という人はまずいない。
飛ばす為に腕力を使うというのは、実に自然でシンプルで簡単で楽で当たったときの快感もあるのだけれど、実はそれを我慢して「身体の他の部分を上手く使ってヘッドを走らせる」というのがゴルフスイングの真実...

多分その「身体の他の部分を使って」という所には、それぞれのゴルファーに合った方法というのがあってそれを見つけるのが一番大事な事かも知れない。
「ここは飛ばす」と思った時に、ある人は「テークバックをいつもより大きく深く」なんて言うし、「ある人はトップから思い切り腰を左に回す」って言うし、ある人は「いつもよりゆっくりしたリズムで」と言うし、ある人は「いつもより小さめなバックスイングでただ身体の回転スピードを上げる」なんて言うし...
ヘッドスピードをいつもより上げようと思うだけで、これだけそれぞれのイメージが違う。
自分なりのクラブヘッドの走らせ方を探すのが飛ばしのコツとでも言う事だろうと思う。

自分に関して言えば...「飛ばそう」と思っただけで、ミスをしてしまう(笑)。
だから、「飛ばしたい」という本音をいかにして隠して(騙して)飛ばすスイングが出来るかが勝負(笑)。

スイングに入る時に「俺は飛ばしたいなんて思ってないさ」って独り言を言って、打ったあと「実は飛ばしたかったんだよねえ」なんて呟ければ大成功。

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シニアと女性ゴルファーは

Bu140609「シニアと女性ゴルファーは、身体の最大のターンと腕の最高の伸ばしをあまりにも早くあきらめすぎる」...ジャック・ニクラス。
「帝王」二クラスの言葉。
このあとに「頭がスウェイせず、グリップが緩まず、左かかとが地面から2・5センチ以上上がらない限り」オーバースイングにはならないから...と言っている。

他のプロの言葉に「シニアになれば身体が硬くなるのだから、オーバースイングなくらい振り上げた方がいい」というのがある。

今回はニクラスの言葉のままじゃなくて、逆説的ヒントとしての名言考。

コンパクトなスイングでの正確なショットと、他人から褒められる奇麗なスイングを維持し続けるのも立派な事だが、そういうゴルファーがシニアになって身体が硬くなり筋力も落ちると、急速に飛ばなくなって今までパーオン出来ていたのが寄せワンでしかパーを取れなくなる...するとゴルフがいつも「拾う」「耐える」だけになり、ただひたすら辛いものになってしまう。
やがてゴルフをやめてしまう人も多くなる...それじゃあ、もったいないだろう?

飛ばなくなったシニアゴルファーに共通しているのが、今までよりだんだんバックスイングが小さく変化して行く事....若い頃はべた足でも肩が十分まわっていて左腕は真っすぐ伸びていたのに、年をとるに連れて肩がまわって来なくなる...それを感じるから以前のトップの高さまで上がらない腕を、肘を曲げる事によって「以前と同じ様な所に上がっている」と錯覚させるトップになって行く。
当然腕だけで上げる形になるからヘッドスピードは落ち、タイミングも狂い、飛距離はどんどん落ちてくる...なんとかそれを道具でカバーしようとするが、結局そのままでは報われることもなく「もう年だ、全然飛ばなくなった」と諦めてしまう。

年をとったからこそ「振らなくちゃいけない」のだ。
見栄や格好を自慢するより、「当たって飛んでこそ」のゴルフ遊びだ。
ニクラスの言葉はオーバースイングにさせない為の言葉だから、ここはその逆で行ってみる....腕をなるべく伸ばし、身体を思い切りターンさせて、オーバースイングでもいいからクラブを振り回して飛距離を取り戻す為に。
つまり、頭は多少スウェーしてもいい。
グリップは緩んでもいい。
左足は2・5センチ以上上げてみる。
それで、引っ叩く。
その方が気持ち良いし飛距離も絶対出るはずだ。
勿論多少は曲がるだろうけれど、競技で優勝を狙うのでもなければこんな振り方で距離を取り戻して楽しむ方がいいんじゃないか。
大きくヒールアップした左足のおかげで、腰も肩も楽にまわるはずだ。
そうしたら意識して左手を伸ばし続けてスイングする...左手が伸びていればそれがガイド役になって力を入れ過ぎても軌道は狂い難い。
グリップはインパクトで締まっていればいいから、トップでもしっかり握るなんて考えない...ヘッドが行き過ぎるくらいでいいだろう。
それであとは「インパクト命で引っ叩く」...フォローやフィニッシュなんて考えない...飛んで行くボールだけに意味がある。

女性ゴルファーも同じだ。
「美しいゴルファー」を目指すなら、これはやめておいた方がいいけれど...他の女性より飛ばしたいなら、やってみる価値がある....友達同士なら飛んだ方が一目置かれて気持ちが良いに決まってる。

ニクラスがこれを言ったのはまだ30代の時。
女性や、50代後半以降のシニアの気持ちはまだ判らない時代。
ジジイのオレは、前半は正しいが後半は判っていない、と敢えて言う。
左腕を伸ばすのも、身体を思い切り回すのもシニアゴルファーに大事な事だけど、その為にはタブーを犯す必要がある。

勿論「左腕を伸ばす」というのも、「できるだけ」と言う事...実際にシニアになって左腕を伸ばし続けてスイングる事には無理がある...ただ、イージーに腕を曲げてのスイングはスイング軌道が小さくなり手だけで当てることになり、「打ち抜く」強さのスイングにはならないから飛距離は全く出なくなる。
シニアになって飛ばなくなったら、ニクラスが言う「オーバースイングになってしまう」ことをあえてやって、やっとクラブを振り抜くスイングになるということだ。

ゴルフはやっぱり、飛んだ方が面白い。

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2014年6月 6日 (金)

細かい事を考え過ぎたら、バックスイングが・・

Bu140526_2「細かい事を考え過ぎたら、バックスイングがうまく出来る分けないさ」...アーノルド・パーマー。
この言葉には、あとに続く言葉にアーノルド・パーマーが見つけた我々に役に立つ「スイングの真実」がある。
曰く
「大事な事は、頭を動かさず、正しいグリップをし、クラブと腕と肩を一体にして後ろに引けば、トップの位置など全く問題ではない」

疑問は一杯あるだろう。
「頭を動かさない」のは判るが、今の時代のレッスンでは「頭一つくらい動いてもいい」が常識だ。
正しいグリップ?...言うのは簡単だが、実際何が正しいグリップなのか判らない。
「クラブと肩と腕を一体にして後ろに引く」...コックは? 左腕は? 右肘は? 左肩は?
「トップの位置はまったく問題じゃない」...どこに上げてもいいの?

パーマーのスイングは、確かにトップまで一気に上げる...コックだのシャフトの方向だのヘッドの位置なんて全く気にしていない様な勢いで上げる...だから「頭を動かさない」が、スイングの軸と言うか中心と言うか錨のようなものになるんだろう。
クラブも腕も肩も一体にして上げる...パーマーのスイングは、トップで完全に背中が目標方向を向く。
やってみれば判るけど、肩や腕を意識しないで背中を目標方向に完全に向ける程上半身を回せば(捻れば)、切り返したあとはその溜まったパワーで些細な事は関係ない様なスイングになる(笑)。

要するに頭を動かさずに背中を目標方向に完全に向ける程のバックスイングをすれば、些細な事は関係なくボールを引っ叩けるから結果が悪いはずは無い!...というパーマーの考え方。
まあ、普通のヘボゴルファーである我々にとって「そんな馬鹿な!」ってなる様な理論だけれど、いやって程ゴルフスイングを勉強したあげくに「テークバックの始めは30センチ飛球戦に沿って動かす」とか「左腕が地面と水平になったらコックを完成させて」とか「左手甲が正面を向いたらクラブフェースは」とか「右肘は身体につけたまま」とか...膨大なチェック項目をクリアーして行ったスイングで、あなたの納得のいくボールを打てただろうか?
望んだ様な結果や、それに近い結果を感じた事があるだろうか?

殆ど無いはずだ(笑)。
真面目に取り組んでいればいる程次々と新しいミスが出て来て、それを修正する度にますますスイング理論の迷宮に深く迷い込み...やがては自分が何を目指していたのか判らなくなる。

ならば、ここでパーマーの言う通りに古い上着(新しい上着か)を脱ぎ捨てて、素っ裸になってただ頭を動かさずに背中を向ける程に身体を回す。
そして、パーマーお得意の「ヒットイットハード!」だ。
頭が動いたりグリップが緩むとボールにちゃんと当たらないけど、意外に気持ち良く振り切れると思う。
ついでに言うと、「フィニッシュなんて考えない」もパーマーの言葉。
「インパクトまでが大事であって『打ち抜いた』らあとはボールの行方に関係ない」ということ。

真面目なゴルファー程、どうにもならない袋小路に陥りやすいのがゴルフスイング。
地面にあるボールは自分からは動かないから結果は全部自分の責任。
「悪いのはみんな自分」と自分自身を責め立てて、「ゴルファーってのはみんなマゾか!」ってくらいにイジイジと反省しながら嘆き悲しみ愚痴を言う。

だからこそ、「ヒットイットハード」と「ゴーフォーブローク」のパーマーゴルフ、やってみるとゴルフスイング理論に侵されたマンネリヘボゴルファー脳を、一気に覚醒させる事が出来るかも知れないぞ。

まあ、木っ端微塵になる事もあるだろうけど、一度壊した方がいいゴルフスイングもあるからね。

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スタンスをとってしまったら...

Bu140519「スタンスをとってしまったらすべてが決定したのだ。 あとはやる事は一つだけ「ただ打つだけ!」だ。」...レズリー・ショーン。
レズリー・ショーンは1920年代に活躍した著名なゴルフ評論家。
ピリッとした風刺の効いた言葉を多く残している。

で、この言葉の意味と言うのは・・・・要するに「構えたら早く打てよ!」ということ。
最近コースでスタンスをとったまま、モゾモゾ動いてなかなかスイングを始めない(始められない?)人を、また多く見かけるようになった。
グリップをいろいろと握り変えたり、上下左右に忙しくクラブヘッドを動かしたり、背中を丸めたり伸ばしたり、あるいは首を亀のように伸ばしたり引っ込めたり...いつまでそれをやり続けるんだ?なんて気になる様な人をあちこちで見かける。
まあ、そんな人は九分九厘酷いミスショットで終わるんだけど、たまに上手く打っちゃう人がいるからたまらない。
上手くいったもんだからそれで間違いないと思い込んで、ますます打つまでに時間がかかる。
...上手く打てたのは偶々の偶然なんだから次からはミスが殆どなんだけど、自分じゃおかしくないと思っているから打ち終わったあとまでモタモタとティーグランドの上で他の人の邪魔をする。

以前のゴルフブームの時には、構えたままピクリとも動かなくなって,,,それがあまりに長いものだから見ている人が心配になって顔を見に行こうとした途端、いきなり全速全力ショットをぶちかます人が結構いた。
これはバックスイングの方がダウンより速い様なスイングになる事が多く、殆どが目も当てられない様なミスショットになる。
こんな人はアドレスのまま死んだように動かなくなる事から、「地蔵さん」とか「ゾンビ」とか陰で言われていた...一緒にまわっている人はたまったもんじゃないから、月例なんかでは一緒の組になりたくないと嫌われていた(何故か本人だけがそれが判っていないのだが)。

今はジッと止まってしまうんじゃなくて、いつまでもモゾモゾしている人が多いというのは何か理由があるのかも知れない(プロの影響かレッスン書の影響か...)。

しかし、この「アドレスに入ってから時間がかかる」というのは良い事は一つもない...ミスが増えるし、他のゴルファーからは嫌われるし、何より美しくない(むしろ気持ち悪い)。

ここは以前書いた「7秒ルール」をもう一度思い返すべきだ。
7秒ルールとは「ティーアッップしたあと7秒以内に打つ」という事。
これには科学的な理由がある。
人は何かをしようと決めた時に、7秒間はその事に集中出来るが7秒を越えてしまうと「不安」や「疑問」や「迷い」や「恐怖」や「失敗の記憶」などがどんどん頭の中で生まれてくる。
それは時間が経つ程大きく強くなって、人をその頭に湧き出て来た様な失敗に誘い込む。
それは「失敗願望」とかいわれるもので、失敗すると「ああ、やっぱり」とむしろ安心してしまう様な心理になる。
「失敗」したいのではなく「成功」したいのなら、心を決めてから7秒以内にスイングを始めると決めておく...そうすると、悪いイメージで一杯になってからスイングを始めるよりもずっと失敗は少なくなるはずだ。

ただし、7秒ルールを守っても、実力以上に良いショットを打てるようになる訳ではないからお間違いの無いように。

こうした「遅い」ゴルファーは自分が「遅い」とは思っていないものだが、7秒という時間を決めると必ず「そんなに早く打てない」と言う。
...もしあなたが「7秒では早すぎる」と感じたなら、あなたは他のゴルファーから「遅いゴルファー」だと思われている確率が高い。

こういうゴルファーはたとえ上手くても、スコアは悪いがプレーの速いゴルファーよりもずっと敬遠されてしまうからご注意を。

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2014年4月 2日 (水)

Slow back, Slow down

Bu140331「Slow back, Slow down」...スコットランド古諺。

誰でもが聞いた事がある言葉だろう...「ゆっくり上げて、ゆっくり下ろせ」。
遥か昔のスコットランドで人々がヒッコリーシャフトのクラブでゴルフを楽しんでいた時代から、先端科学に基づいた新機能クラブでゴルフを楽しむ今の時代まで言い伝えられて来た「スイングのポイント」。
...色々な事を勉強し、様々なゴルフを体験し、迷い道を延々とふらつき歩いたあげくに戻って来る言葉。
結局、「ゴルフスイングとはこれなのだ」という事がわかるまでにどのくらいの失敗を重ねて来ただろう,,,ベテランゴルファーには、そんな感想を漏らす人が多い。

ゴルフクラブと言う物は、実に微妙な重さだと思う。
野球のバットやテニスのラケットと違い、先におもりがついてそれなりによく撓るクラブは、力を入れて振り回せばいくらでも速く振れそうな気がする。
強く握って前腕に力を入れてちょいと足腰で反動をつければ、恐ろしい程の風切り音が出るし、ボールに当たればどこまでも飛んで行くように感じられる。
自分は非力だと感じる女性や年寄りにだって、ゴルフクラブはその辺にある棒切れなんかよりよっぽど速く振れるし、振り回しやすい。
...だから、ゴルフはうまく行かない。

自分から決して動けないボールは、打つ人間の欲や見栄や願望で満身の力が込められたようなクラブの言う事は絶対に聞かない。
いくら力を入れようが、気合いを入れようが、ボールは打った人間に悲しみと絶望を残してどこかへ消えて行く。

遥か昔のスコットランドのゴルファーは、大きくしなるヒッコリーシャフトと、小さなフェースのクラブと、非常に高価なボールを前にして、「どうすればボールが言う事を聞いてくれるのか」を考えた。
そして、試行錯誤の結果「Slow back」...つまり、ゆっくりバックスイングして...「Slow down」...ゆっくりダウンスイングを始めれば、ボールはかなり言う事を聞いてくれる事に気がついた。

どうしても、ゴルファーはボールを前にすると平静ではいられない....自分のチェックポイントを考えるあまり、アドレスで固まってしまう人もいる。
そういう人は、やっと決心して動き始めるといきなりバックスイングでトップスピードになって、バタバタのまま打ち終える...まるで、不味い食い物を味がしないうちに飲み込んで逃げようとするように。
あるいは、飛ばす為には反動が必要だ、とばかりに思い切りバックススイングとダウンスイングを速くしようとする...ちょっとでも途中でスピードが落ちると、全然飛ばなくなると言う恐怖心があるみたいに。
あるいは、やっとバックスイングが速すぎるとミスが多いと気がついたのに、トップからはいきなり猛加速をしようとする...インパクトまでに自分のヘッドスピードが加速しきれないんじゃないかという不安に襲われて。

実際には「ゆっくり上げてゆっくり下ろす」と言うのにもリズムが必要で、ただ遅ければ良いってものではない。
ダウンの始めはゆっくりでも、インパクトまでにはその人に合ったリズムでの加速が必要だし、スイングのメリハリと言う物が無くてはキレのいいショットは打てない。

よく言われる「脱力スイング」というのもこの言葉と共通してはいるが、「ゆっくり」にしても「脱力」にしても重要なのは無駄な力の入れ過ぎが問題なのであって、全身脱力したりゆっくりが過ぎて間延びしたスイングは悪い結果にしかならない。

よく名言で「竹箒を振るように振れ」とか「大きな鎌を振るように」とか言われているのは、ゆっくりではあってもきちんと使う筋肉は使い、全身も緩んでいなくて「調和のとれた緊張状態を保ちながらスイングする」事がポイントだからだ。

「ゆっくり上げて、ゆっくり下ろす」事は、簡単なようで恐ろしく奥が深い言葉。
普段の練習から、この言葉を意識して自分のスイングリズムを作り上げると良い...上手くいった時には「ゆっくり振れている」し、「上手く脱力している」し、「軽く振っているように見えるのによく飛んでいる」と言うスイングになっているはず。

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ゴルフは幻惑のゲームだ

Bu140324「ゴルフは幻惑のゲームだ。『自分には上手く出来ない』とわかるのに四十年近くかかってしまったんだから」...テッド・レイ。
テッド・レイは英国出身のプロゴルファーで、ハリー・バードン等当時の3巨頭の陰に隠れた存在ではあるが体重200ポンドを越える巨漢で、当時の英国一番のロングヒッターだった。
1912年の全英オープン、1920年の全米オープンに勝っている。
英米両オープンに優勝したのはハリー・バードンに次いで二人目。
全米オープンに優勝したのは43歳の時で、これは史上最年長優勝記録となった。

古ぼけた帽子をかぶり、常にパイプをくわえてプレーするユニークなスタイルのゴルファーで、当時としては驚く程の飛ばし屋だった。
その代わりによく曲がりもしたが、それを絶妙のリカバリーで切り抜けた、アイアンの名手でもあったという。
そんな名手の言葉がこれ。

飛ばし屋でアイアンショットも上手いレイだが、当時の3巨頭ハリー・バードン、ジェームズ・ブレード、J・H・テイラーの陰に隠れた存在であった為に、彼等を越えるべくずっと努力は続けた人物だった(それが全米オープンの最年長優勝記録となる訳だが..)。
その彼にして40年もたってやっと「自分はゴルフが上手くプレー出来ない」ということを悟るんだから...ゴルフってのは何と業の深いゲームなんだろう。

我々なんか、ゴルフ始めたときから「出来ない』ってことばかり経験してるってのに。
これはつまり、下手なヤツ程すぐ「わかる」、上手くなる程「わかんね〜」ってことかな(笑)。
我々のようなヘボゴルファーは、しょっちゅう「わかって」開眼しちゃあすぐに絶望と後悔の海に投げ出されるのが当たり前だからなあ。

でもそれだからこそ逆に、我々はゴルフに熱中するとず〜ッと長い間ゴールなんか見えない深い飽きのこない冒険と探索の旅を楽しめる、とも言えるんだろう。
どんなゴルファーだって、練習すれば自分が上手くなる手応えを感じる事が出来るし、ラウンドすればどこかで未来につながる希望のかけらを発見する事が出来る。
夢や妄想の実現は実際のラウンドではほぼ100%叶わないけど、それでもへこたれないくらいの面白さや可能性を感じる事が出来る。

本当にテッド・レイの言う通りだろう事はわかっているけれど、我々は根拠の無い自信と誇大妄想に吊り下げられた夢によって、明日もまた「希望の一歩」を踏み出すだろう。
「あんなこと」や「こんなこと」をしてみれば上手くいくかも知れない。
「ここを治して」、「あそこを変えて」、ならいけるかも。
いやいや、道具を替えればばっちりさ。
いやいや、あれはコースが悪かった、コースが良ければ上手くいく。
なんてね。

諦めちゃったら、おしまいさ。
...せっかくの遊びが楽しめない。

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